2014年06月05日

ブルージャスミン/BLUE JASMINE



 「『欲望という名の電車』をコメディにしたみたいな」と、アカデミー賞授賞式の中継の



ときに、この映画のことを町山さんがそう表現していた。 最近のウディ・アレン作品は



オムニバス風のライトコメディが続いてたけど、その路線に飽きて変えてきたのか?



 ウディ・アレンがあまり好きではないあたしですが、これは本人が出てこないし、むしろ



ケイト・ブランシェット目当てで。 しかしいつものウディ・アレン映画のように、観客は



シニア以上の方々が大変多かったです。 この特性は神戸だけ?



   虚栄という名の花



 ジャスミン(ケイト・ブランシェット)はサンフランシスコに住む妹のジンジャー(サリー・



ホーキンス)のアパートに向かっている。 かつて夫のハル(アレック・ボールドウィン)と



ニューヨークで贅沢三昧のセレブな日々を送っていた彼女だが、今は何もない(むしろ



借金が山ほど)。 しかしその現実を受け入れたくないジャスミンは、次第に神経をすり



減らしていく・・・。



 確かに、ジャスミンは“イタい女”として描かれていて、冒頭から客席に笑いが起こる。



空気が読めず、世界が自分を中心にまわっているかのような態度には、他人に「ざまあ



みろ」と思わせる何かがある。 しかしあたしは全然笑えなかった。 サンフランシスコに



いる<現在>とニューヨークの<過去>が交互に描かれ、次第につづれ織りのように



「何故ジャスミンがそうなったのか」がわかる仕組みになっている。 そうなったら余計、



笑えない。 痛々しくて、とても悲しすぎる(しかしわからない人もいるらしく、最後まで



笑っていたり、ジャスミンをバカにした言葉を吐いていた)。



   とりあえずジャスミンのいっちゃった感じの目が怖い。



 確かにジャスミンは問題をたくさん抱えていて、自業自得といえる部分もある。



 だけど、新天地においてジャスミンを取り巻く人々もまたどこかずれている。 いわゆる



<まともな人>がいない中で、ジャスミンだけ叩かれてしまうのは何故?



 それっていじめの構図とちょっと似てない?



 プライドと精神安定剤とアルコールを頼りに、<過去>を守ろうとしているジャスミンが、



なんだかあたしはとても他人事ではなくて、痛々しい気持ちでいっぱいになってしまったの



だった。



   この姉妹は服の趣味も含めて、

                      人生の価値観に共通点がない。



 アレック・ボールドウィン、ちょっとやせてる! かっこよかったかつての面影が十分窺える



じゃないか!、とびっくり。 またしてもピーター・サースガード登場ですが、あたしは彼の



顔を見てすぐ気づけない・・・。



 いちばん悪いのは(という極論をあえて言うならば)、ジャスミンの夫(アレック・ボールド



ウィン)! ジャスミンはただ彼に恋して、自分自身がなくなってしまうほどに彼のことを



愛しただけ。



 うーむ、ウディ・アレン、好きじゃないのに、こんなに心えぐられるとは・・・くやしい。



 ただ、音楽はもうちょっと考えた方がよかったかな、という気がする。 ウディ・アレン個人が



好きなのであろうオールディーズなジャズ(しかもレコード音源)は、寓話的なイメージを与え



こそすれ、ジャスミンの心の傷にはそぐわない。



 あ、そのへんが、この映画を“コメディ”と受け取らせてしまう原因かしら。 もしくは、



ジャスミンを描いたけれど共感はしていないという意思表示? やっぱりそういうところが、



ウディ・アレン好きじゃない理由かな〜。


posted by かしこん at 20:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 movie | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする