2014年05月30日

とらわれて夏/LABOR DAY



 ジェイソン・ライトマン監督といえばデビュー作『サンキュー・スモーキング』以来



コメディタッチの作品が多く、そういうのが得意・自分のスタイルとして好きな人なのだと



思っていた。 『マイレージ、マイライフ』はコメディでもちょっとビターな味わいでは



あったけど。 でもこの映画は完全シリアスな佇まい。 邦題がやたらメロドラマ調なのが



不安だが、見てみよう!



   この愛は、罪ですか?



 13歳のヘンリー(ガトリン・グリフィス)は、夫に出て行かれたことで神経衰弱となっている



母のアデル(ケイト・ウィンスレット)を守ることが自分の使命だと思っている。 自分が一緒に



いなければ一人で外出もできない母のため、なんとか週に一度スーパーに買い物に連れ



だすのも自分の役目。 出ていった父は子連れの女性と再婚し、週に一度彼らと夕食を共に



する決まりに。 「家族だぞ」と言われても、ヘンリーには母の方が大切だった。



 ある日、母とスーパーにやってきたヘンリーはフランク(ジョシュ・ブローリン)と出会う。



 彼は脱走犯で、ヘンリーを人質に取ることでアデルの家に一時匿ってほしいと願い出る。



 いやー、神経がまいっている女性をやらせたら、ケイト・ウィンスレットうまいなぁ!



   顔は怖いが、礼儀正しく紳士的なフランク。



 チラシには<人生を変える5日間の出来事>みたいなことが書いてあって・・・いくら



なんでも相手は犯罪者なのに5日間では短くない?、と思っていた。 逃亡者と少年の心の



交流的エピソードは『8月のメモワール』など比較的よくある話でもあるし。 と、そんな



意地悪な見方をしていたあたしだが、この映画にはちゃんと説得力があるんだよね!



 ヘンリー視点で描かれているところがポイントで、アデルとフランクの心の動きははっきりと



描かれることはなく(だからあらすじはメロドラマなのだがそういう描写はほとんどない)、



ヘンリーが思い描くという形で観客も同様に想像するだけ。 ヘンリーは息子でしかないが



アデルが頼りにする男になりたくてがんばってきたのに、さっとやってきた男がその地位を



奪うというジェラシーも、フランクに対して父親的憧憬を持つ過程を丁寧に描いているので、



ドロドロしなくてすむあたりも見ていて気が楽である。



   三人揃ってピーチパイもつくる。



 強面なのに、家についてまずすることは料理(レードルやスプーンなどを使わず、なんでも



マグカップを使うのはご愛嬌)という意外性(そしてまず人質に食べさせるという気遣い!)、



家や車のガタついた箇所を修理し、野球も教えるフランクは“理想的な男性像”ですよ、特に



ずっと父親が不在で<大人の男>を身近に見る機会がなかったヘンリーにとっては。



 ヘンリーなしでは成立しない物語になっているところが、この映画のいいところ!



 原題の“LABOR DAY”とは9月初めの連休のこと。 これが終われば新学期、学校が



始まる。 <夏の終わり>という意味合いなのかな?



 大人になったフランクの語りで締めくくられるこの話は、ピーチパイがひとつの大きな



ファクターに。 「なんてよくできた話だ!」と思えば原作はジョイス・メイナード。 確かに



ものすごく小説的! でもそれを映像的に仕上げたジェイソン・ライトマン監督、お見事!



 なるほど、ピーチパイというか、アメリカ的フルーツのパイが食べたくなる感じは、『ツイン・



ピークス』
以来かもしれない(あれはチェリーパイだったっけ?)。


posted by かしこん at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 movie | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする