2014年05月23日

ある過去の記憶/LE PASSE



 そんなわけで、満を持しての『ある過去の行方』鑑賞。



 予告ではサスペンスタッチのイメージを持っていたのだが・・・わかりそうでわからない



人間の心理にサスペンスタッチで迫ってはいるものの、二組の男女、親子という構図は



『別離』とほぼ同じ(ストーリーの方向性は違うのですが)。 なので若干の既視感を



覚えなかったわけではない。



   別れ行く男女にもたらされた、衝撃の告白。

       思いも寄らない真実がその姿を現した時、さらなる疑惑を呼び起こす。



 映画はほとんど説明なしで進む。 空港に降り立った男はその場に不慣れな様子で、



出迎えに来ているらしき人を探している。 ガラスの向こう側にようやくその姿を見つけるが、



二人は出会ってうれしいのかどうかわからない。



 二人の会話から、男はアーマド(アリ・モサファ)といい、現在はイランに住んでいるが、



4年前から別居している妻マリー=アンヌ(ベレニス・ベジョ)と離婚手続きをするために



パリに来たのだとわかる。 かつて一緒に住んでいた家に行けば、マリー=アンヌとその



娘であるリュシー(ポリーヌ・ビュルレ)以外にも小さな子どもと若い男サミール(タハール・



ラヒム)がいる。 マリー=アンヌとサミールが再婚するために早くはっきり離婚したいのだと



言うが・・・アーマドは何か違和感を覚える・・・という話。



 てっきり主役はアーマドなのかと思って見ていたら、なんか違った! というか、はっきり



誰かを主役と説明できるような映画ではない、ということか。



   リュシーがカギを握る役?

        どっちにしろ、また「子供が苦しむ」話になっちゃってますね。



 台詞の応酬と、散りばめられた何らかの意味が込められたモチーフ。 すべてをはっきり



描くわけではないので深読みしようと思えばいくらでもできるし、それも監督のスタイルなの



だろうと思うけれど・・・“家族”にこんなにも複雑な事情が絡んでたらなんか疲れちゃうな、



というのもあたしの本音ではある。



 リュシーとアーマドは実の親子ではないので、次の結婚はマリー=アンヌにとって3回目



なのかな? マリー=アンヌとアーマドが何故ダメになったかがわからないのでなんとも



言えないが、彼女は結婚とか家族とか向いてないんじゃない? 本人にそのへんの自覚が



ないので周囲の人間は振り回されてしまう、というのがこの悲劇の真相ではないかと・・・と



なると関わってしまった人は身の不運を嘆けばいいのか、何らかの責任はあるのかとか、



答えの出ない迷宮に入り込んでしまいますか。



 ベレニス・ベジョさん、『アーティスト』のときの無邪気なキュートさとは打って変わって



<美人だけどめんどくさい女>を好演。 『タイピスト!』でもそんな要素のある役柄だった



のでこういうほうが得意なのかな? サミール役の人はハンサムな分だけ優柔不断だったり



自分勝手だったりするところが目立ち、印象のわるい役柄であった。



   <どう過去を捉えるのか>、が

                      三人それぞれ違うのがミソか。



 だから、というかやっぱりというか、それぞれの会話や思いはかみ合うことがないよ・・・



哀しすぎるなぁ。



 そんな中、「えっ!」と声が出そうなほどに唐突感のあったラストシーン。



 でもこのシーンのおかげで多少の救いはあるのか・・・。



 それでもやっぱり“しんどい話”であることには変わりはない。 あぁ、なんかぐっと疲れた。



 『プリズナーズ』のような息苦しいほどにしんどい映画に対しては「疲れた」という感想は



なかったのだが・・・なにが違うんだろう?


posted by かしこん at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 movie | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする