2014年04月29日

あがり/松崎有理

 先日の『盤上の夜』が面白かったので、同じ賞(第一回創元SF短編賞)で大賞を獲ったこちらも読んでみることに。
 舞台は<北の街にある蛸足型の古い総合大学>、と裏表紙のあらすじに書いてあったので、つい北大を連想したのだが、読み始めてすぐにそれが東北大だとわかった。 そうか、関東以西に住む人たちにとっては仙台も十分の“北の街”なのだ。 神戸に住んで結構たつのに、あたしの無意識の視点は今でも北東北であると知るのはうれしいような、切ないような。

  あがり.jpg 連作短編集としての英題は“PERFECT AND ABSOLUTE BLANK:”

 表題作の『あがり』には“Which Won?”という英題が。 『盤上の夜』もそうだったけど、最近の日本のSF(特に短編)は英題をつけるのが流行りなの?
 それはともかく、大学の研究室(しかも理系限定)の日常生活の中に紛れ込んだ、世界の行方を左右する出来事が描かれる。 なるほど、短編一作だけで見るならば、『盤上の夜』よりもこの『あがり』のほうが完成度が高い(というか、これ一作できっちりまとまっている)。
 ただ、連作短編集として見た場合、ゲームの盤上から世界に向かって広がっていく『盤上の夜』のほうが普遍性が高い気がする。 『あがり』に収録された6編は、よくもわるくも大学内部で世界が完結しているから(勿論、好みの問題だと思いますが)。
 ただ、あたしも一時は理系にいた身として、「あー、あるある」というところはいっぱい。
 たとえ旧帝大でも予算のなさは一緒か・・・と妙にわびしくなってみたり。 あぁ、蒸留水とか純水とか、一階にある機械からポリタンクに詰めて台車に乗せて運んだなぁ(エレベーターは二台あるのだが、動くのは一台だけで半期毎に交替、経費削減のため)。 掴んだだけで試験官が粉々に割れて唖然としたこともあったっけ(決してあたしの握力が強かったのではなく、いわゆる金属疲労のような感じ。 それだけ代々長く使っていたということです)。
 そんなわけで、懐かしいという感じともちょっと違うのだけれど、自分の研究室時代の様々なエピソードをいっぱい思い出してしまった。 それだけリアルでごく当たり前の日常なのだけれど、文系の方々にしてみたら異世界らしい。 なんだか不思議。
 そして昨今話題になっている、研究者としての姿勢や科学雑誌に投稿する重要性(どの雑誌を選ぶか、など)、一番乗りでなくては意味がない、けれど他者による再現性が保たれなければ価値がない科学者の宿命などもしっかり書いてあり・・・やっぱりそういうことって常識だよな、と思いを新たにする(しかしあたしは実験用の寒天でお菓子を作ったり、いたずらで研究資材を使ったりといった余裕はなかったよ)。
 「文系か理系か分けること自体がナンセンス」、と文系でもなく理系でもないあたしの曖昧な立ち位置を弁護するためにそう思ったりすることもあるし、両方の経験があるから双方の橋渡しができるのがあたしの強みと考えることもあるけれど・・・やはりあたしはちょっと理系寄りなのかもしれない。 人間関係が苦手で世渡りのうまくない人たちが多いし、そんな彼らを弁護したくなっちゃうもんね。 ま、そう言うあたしも、世渡りは全然うまくありませんが。

ラベル:SF
posted by かしこん at 09:16| Comment(0) | TrackBack(0) | ☆ 読んじゃいました | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする