2014年03月03日

アメリカン・ハッスル/AMERICAN HUSTLE



 アカデミー賞授賞式前に、ノミネートされている映画(で、日本で公開されていて、近くで



見られるもの)を見ておきたいたかったのだが(別に決まりも義務もない、単なるあたしの



趣味)、『ダラス・バイヤーズクラブ』だけ間に合わなかった・・・。 それでも今回は日本で



既に公開されている映画が比較的多いなぁと感じる。 下手すりゃ1・2本ってときもあったし。



ま、別にアカデミー賞がすべてじゃないんですけど、お祭り気分ということで。



   奴らは生き抜くためにウソをつく――



 デヴィッド・O・ラッセル監督の作品って面白くないんじゃないんだけど、ちょっとあたしの



好みとはズレるというか、どこかで「むむっ?」って感じがするんだけどキャスティングが



豪華なのよねぇ。 前作『世界にひとつのプレイブック』からブラッドリー・クーパーと



ジェニファー・ローレンスをそのまま引っ張ってくるのはずるいでしょうだし(ちなみにノン



クレジットでデ・ニーロも出てます!)、『ザ・ファイター』からはクリスチャン・ベイルと



エイミー・アダムス。 俳優たちに信頼されている監督なのかもしれないけれど、こんだけ



旬のいい役者を揃えたらそれなりにいいものができるのは当たり前じゃないか。



 そう、脚本だけでは完璧ではないから、その不足部分を役者に埋めてもらっている、と



あたしは感じるので「ずるい」と思うのかもしれない。



 舞台は1970年代後半のアメリカ。 クリーニング業を営みながら、裏では詐欺をしている



アーヴィン(クリスチャン・ベイル)は、あるパーティーでシドニー(エイミー・アダムス)と



出会い、お互い一目で恋に落ちる。 二人の感性はとてもよく似ていて、彼女の協力を得て



彼の詐欺がより巧みに、標的が高額になっていくのに時間はかからなかった。 が、ある日、



彼らはFBIのおとり捜査に引っ掛かり、捜査官のリッチー(ブラッドリー・クーパー)に逮捕



されるが、罪に問われたくなかったらもっと大物を引き渡せ、と更なるおとり捜査に協力を



持ちかけられるのだった(といっても二人に断る権利はないけどね)。



   精一杯ハゲを隠すアーヴィンと、毎晩

   くるくるカーラーを欠かさないリッチー。 70年代ってそんな髪型にみんなこだわってたの?



 あのー、ほんとにクリスチャン・ベイルですか?、と聞きたくなるでっぷり度合い。



 どう見てもかっこ悪いのだが、「見た目は良くないけど、彼の内側からにじみ出る自信の



ようなものに惹かれた」と語るシドニーの気持ちも段々ちょっとわかるような気がしてくるから



不思議。 本来、正義の側に立っているはずのリッチーをはじめとするFBIのみなさまも



いっこうに魅力的に見えないのも面白く、またしても<正義と悪の二項対立>という言葉の



薄っぺらさが際立つ。 しかもアーヴィンたちの詐欺の手口が『ウルフ・オブ・ウォール



ストリート』
のディカプリオたちのやってたこととかなりかぶり・・・だまされた人々のことを



考えると暗澹たる気持ちになった。 どういう時代だったんだ、アメリカ?!



 ちなみに“hustle”には“詐欺”という意味合いもある・・・ゴージャスな顔触れや衣装から



“はじけるほど盛り上がる”みたいな意味を感じ取ってしまいがちだが・・・でも『スティング』



のような爽快さはないのでした。



 時間軸がくるくる回る、大胆な省略法の採用、70年代後半に起こった実際の政治家収賄



スキャンダル<アブスキャム事件>を題材にとっておきながら事件そのものを正面から



取り上げるのではなくワキ扱いにする、などなど、工夫された要素はわかるのだが・・・この



キャスティングでなかったら面白いと感じられたか?、と思うと微妙。



   カーマイン市長(ジェレミー・レナー)を標的に。



 ジェレミー・レナーもこんなに垢抜けない役とは! 市長だけど!、と絶句。 なんだか



町工場の若社長っぽかった・・・。 そして実はアーヴィンには精神衰弱気味の妻ロザリン



(ジェニファー・ローレンス)がいて、愛人の存在を察知してなんやかんやと邪魔をするので



あるが・・・このジェニファー・ローレンスが何をしようとも「悪いのはわたしじゃなくてあなた



なのよ!」という独自の論理を展開するりっぱな“おばちゃんキャラ”になっており(まだ23歳



とかなのに)、シドニーが貫録負けするほどのふてぶてしさに完敗。 あたしはジェニファー・



ローレンスにこういう役を求めていないぞ! 『世界にひとつのプレイブック』のときと



<精神的にあやうい>って意味では似たような役ばかりやらせないで! これで賞とったら



(もう結構助演女優賞とってるけど)どうするつもり!



   エイミー・アダムスも“お色気おねえさん”度が

   強調されてるし・・・鈴木京香のようになってしまうのだろうか。 ふたりとも、コメディエンヌ

   要素があるんだからもっとそれを引き出した役をやってほしいわ。



 映画としてはスクリューボール・コメディっぽさ全開なのだが、役者たちの演技や情念が



その軽さを飛び越えてしまい、結構重たい話になってしまっている感じ。 実はメインキャラ



たちの“自分探し”なんだけど、「その年齢で堂々と自分探しって!」と観客は笑い飛ばしたい



けど笑い飛ばせない何かがある・・・唯一脱皮できないままの人はかわいそうの一言だし。



 身につまされるわけでもないし、共感できる誰かがいるというわけではないんですけど・・・



なんとなく、後味がよろしくない。



 それは、アメリカ人ではないからであろうか。


posted by かしこん at 06:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 movie | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする