2014年02月05日

エンダーのゲーム/ENDER'S GAME

 原作に思い入れがある場合の映画化は、期待しないで見る方がいいとわかってはいるけれど、それでもちょっと期待してしまいたくなるのは何故なのか。 ごくたまに成功例があるからなんですよね〜。 でも今回はディズニー配給だし(いい話に収めるであろう気配あり)、上映時間は2時間切ってるし(絶対時間が足りないよ)、特に期待できる要素はないのにね・・・。

  エンダーのゲームP.jpg 「僕は、戦いたくない・・・」
   エンダー・ウィッギン、禁断の《サード》の少年戦士。
   宇宙戦争を終わらせることが彼の宿命――

 2XXX年、強大な軍事力を持つ昆虫型生命体フォーミック(原作ではバガー)の突然の攻撃からどうにか全滅を免れた人類は、来たるべき第二次侵攻が全人類存亡の危機と考え、世界中から優れた少年兵士たちを防衛軍ベースキャンプのバトルスクールへと集め、決して負けない司令官を急いで見つけ出し、育てなければならなかった。
 そこで見込まれたのがエンダー・ウィッギン(エイサ・バターフィールド)。 優秀だが兄ピーターは冷酷すぎ、姉ヴァレンタイン(アビゲイル・ブレスリン)は優しすぎるために失格となり、その二人の要素を兼ね備えた人物として特別許可の“第三子(サード)”として生まれた。 特別待遇の存在として、見込まれている者として、エンダーはバトルスクールに入る前も入ってからも孤立していて、よき理解者はヴァレンタインだけだった。
 あぁ、結構がんばっているのに、惜しい! そういう感想でした。

  エンダーのゲーム7.jpg たとえば、第一次侵攻が昼間というビジュアルにはびっくり。 他にも、宇宙を描く映像美はステキ。
 エンダーの内面にそって物語を描いていたのは原作を大事にしている気持ちを感じたし、敵の女王(原作では巣窩女王)との精神的交流にも言及して正義を盾に戦うことではなく滅ぼされる側の想いへの共感(続編のタイトルでもある“死者の代弁者”の立場)まで少々駆け足ながらも語ったことで、ただのSF戦争アクション映画とはまったく違う存在ですと言えるので、それはとてもよかった。
 ただやっぱり時間が足りなかった〜。 ビーンをはじめとする“エンダーの仲間たち”が結構あっさり仲良くなってしまう感じ・・・ここはもうちょっとひとりひとりの個性を掘り下げてほしかった。

  エンダーのゲーム2.jpg バトルルームの外壁が透明で、地球が見えるってのも斬新だった。 無重力的動きもなかなかよくできていて、『ゼロ・グラビティ』よりも先に見たかった・・・。
 巨人との心理ゲームにももう少し時間を割いてほしかった。 わかりやすさ優先のためであろうが、グラッフ大佐(ハリソン・フォード)をはじめとする大人たちの事情が早めに見えてしまうのも残念。 エンダーを支えるために行動するはずのヴァレンタインが、ただの見守るお姉さんになっていたのも不満。 でもそれって結局、あたしが原作の先を(邦訳が出ている分は全部)読んでしまっているからか!
 この映画を単品で見るならば、「日本における、いわゆる“セカイ系”の原点」としてうまくまとめられていると感じるのかもしれない・・・。
 あぁ、“期待”ってなんなんだろう。
 とはいえ、女王のビジュアルには少々度肝抜かれました。 あたしの想像とはかなり違っていたので。 まるで<枯れ葉でつくったマザーエイリアン>みたいでしたよ。

ラベル:映画館 外国映画
posted by かしこん at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 movie | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする