2014年02月02日

キリングゲーム/KILLING SEASON

 大物スター初共演!!、と言われても・・・かたや最近仕事を選んでいない感じさえするロバート・デ・ニーロですからね、そんなに期待はしてないんですけど(ならば、何故観に行くのか?!)。
 かつてのボスニア紛争に、国連軍とNATOは手遅れと言われても仕方のない時期に介入。 当時NATO軍の一員として現場入りした元アメリカ軍人のベンジャミン(ロバート・デ・ニーロ)は、今ではアパラチア山脈の山小屋に家族と離れ一人で暮らしている。
 一方、セルビア人元兵士のコヴァチ(ジョン・トラヴォルタ)は当時の出来事でずっと彼に恨みを抱いているようで・・・様々な伝手を頼ってベンジャミンの居場所を突き止める。

  キリングゲームP.jpg 楽には、死なせない。

 そんな二人の、<やってはやり返され、またやり返す>のアクション映画ではありますが、爽快感は皆無、そしてただひたすら痛い(そのわりに、回復が速い気がする不思議さ)。
 セルビア訛りの英語を話すトラボルタがなんだか一所懸命な人に見え(若干イカレてるんだけど)、そしてデ・ニーロはなんであんなにチェックのネルシャツが似合うのか。
 背景にボスニア紛争を持ってきているけれど、ベトナム戦争でも、イラン・イラク戦争でもなんでも当てはまりそう。 「紛争の原因を遡ったって、なにも出て来やしない」など、さりげなくいいセリフもあり。 なのに何故戦うのか? 結局のところ、人は「自分の気がおさまらない」という単純な理由に突き動かされてしまう生き物なのか?、という問いかけでもあり。

  キリングゲーム1.jpgキリングゲーム3.jpg どちらかといえば「はじめは被害者」的な雰囲気だったデ・ニーロも、ある瞬間から狂気が爆発。
 仕掛けたほうがいたとしても、同じように対抗してしまったら戦いは終わらず、局面だけを切り取ってみればどちらに正義があるかなどはわからない。 そしてどこで手を引くのかきっかけが見つからなければ、相手を殺すまでは終わらない。 二人の戦いを描いてはいるが、これって実は矮小化された国家による戦争そのものの姿では?
 そう思えば、この映画がどこか寓話的なのも意味がわかるかも。
 アパラチアの自然、不意に現れるヘラジカやハクトウワシの悠然とした美しさもまた、人間のちっぽけさを引き立てるし。
 それにしても、ここまでやり合わないと立場の違う者たちは理解への道を進めないのでしょうか・・・。 それはそれで、人間のダメさ加減が浮き彫りに。 暴力で争う以外の方法で理解しようとしたほうがいい、いや、むしろするべきである、という実はとても教訓的な映画だったのかも。 ならば大物二人の共演も、納得です。

ラベル:映画館 外国映画
posted by かしこん at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 movie | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする