2013年12月26日

利休にたずねよ

 どうも此頃、時代劇が続いている。
 中でもこれは正統派時代劇の趣だが、冒頭から<利休 切腹の朝>とテロップが出ることになんだか萎える。 更に中谷美紀がナレーションをするという、まさに時代劇のパターンなのだがちょっとがっかり。 『清須会議』のテロップなし・ナレーションなしをあたしは気に入ってしまっていたらしい。 だからこの映画でも人物に名前のテロップを出さないのはよかったです。
 利休についての細かな知識があたしにはないのだが、どうやら映画は利休切腹後の妻・宗恩(中谷美紀)の回想として進むようだ。 だから“利休”の名をもらう前からのことも、妻は彼を利休と呼んでいる。

  利休にたずねよP2.jpg この男 歴史を 狂わす

 豊臣秀吉(大森南朋)の命により切腹の覚悟を決めている千利休(市川海老蔵)。
 傍らに寄り添う妻(中谷美紀)から、「ほんとうは、あなたには、他に想い人が?」という問いが発せられる(なにも最期の日に聞くことはないではないかと思ったが、そう軽々しく聞けない、最後のチャンスだからこそ聞かずにはいられないという女性の立場の弱さと執念深さのせいですかね)。 それにより、利休は来し方を回想する・・・という展開っぽいのですが、死ぬ前だから過去を振り返るのは当然なわけで、『利休にたずねよ』という題名の意味がよくわからなかった(見る前は、礼儀作法から政治的なことまで様々な人々が利休に教えを請いに来るからこういうタイトルなのだと思っていた)。

  利休にたずねよ1.jpg 中谷美紀がまるで明子ねえさんのよう。
 織田信長が伊勢谷友介だったり(出番は多くないけどかっこよかった!)、登場人物やキャストが『清須会議』と微妙にリンクしているのもつい比較してしまう原因で。 でも大泉洋が「マジで!」と叫んでも全然気にならないんだが、こっちでは秀吉のことをやたら「人たらし」と表現することに違和感。 結構新しい言葉ですよね? あたしが子供の頃は「女ったらし」という使われ方しか記憶にありません。 しかもせいぜいここ十年くらいのビジネス用語な気がするし・・・。 あと、利休が若かりし日に高麗から売り飛ばされてきた若い女性の世話をすることになったとき、「こちらの食事が口に合わないのだろう」と市場で唐辛子を大量に買い込む姿にもびっくり。 朝鮮半島にトウガラシが伝わったというか、日常の食事に利用されるようになったのは秀吉の朝鮮出兵以降ではなかったですか(ちなみにあたしの頃は<朝鮮出兵>と覚えましたが、最近の一部歴史教科書では<朝鮮侵略>となっています。 失敗してるのに“侵略”っていう?)。 もめ事のきっかけになった利休立像のクオリティも低かったし。 綿密な時代考証を謳われてしまうと、細かいところが気になります。

  利休にたずねよ6.jpg 利休側視点だからでしょうが・・・
 秀吉の小物っぷりが痛々しくて。 「人たらし」とさんざん石田三成(福士誠治)が褒め称えているのに、しかも天下人なのにいいところなしのただの小物という・・・。 こんな人がトップで、まわりの人たちがみんな気を遣っている・癇癪を恐れているみたいなのって哀しすぎる・・・(だから三成もすごくダメな人っぽい)。
 まぁ、大事なのは利休の美学なのでしょう。
 使われている茶器などはいいモノっぽかったし、<侘び>を画面で切り取ろうとする努力は感じられた。
 ただ、「美とは恐ろしいものです」という台詞が何人かの人から再三出てくるのですが、その恐ろしさを映像に出し切れていないというか・・・あー、台詞で語って終わってしまったかなぁ、というのが残念。 トータルでも「残念な映画」という印象かも・・・切腹の年だけ急激に老けこんだ利休の姿とか(それが十二代目團十郎にそっくりだったんで笑ってしまったりするんだけど)、大森南朋が痛々しいとか、東映がんばれって思ったりとかが印象深い。

ラベル:映画館 日本映画
posted by かしこん at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 movie | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする