2013年08月23日

最愛の大地/IN THE LAND OF BLOOD AND HONEY



 大作ばかりでもあれなので(それはそれで面白いんだが)、ガツンとくる映画も見たいな、



ということでものすごく久し振りに神戸国際松竹へ。 ここでしか上映しない作品も多いの



だが、レイトショー枠なし・4つのスクリーンで常時6作品以上を上映しているため時間を



合わせるのが難しい!



 ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争を描いたアンジェリーナ・ジョリー長編初監督作品!、と



いうだけの宣伝文句に「なにしろ国民難民高等弁務官特別大使だから一般には知られて



いない情報も手に入る立場でできるだけ公正にあの紛争を描くのか、それともあえて悲劇を



重視するのかどっちなんだろう?」という興味をひかれたのは事実である。



 でもそれだけではなかった、女の底知れぬ強さとはかなさのほうがむしろ印象に残って



しまう。



   いまこの地で 本当の愛が試される



 ファーストカットの風景は、もしかしたらアンジェリーナ・ジョリーが初めてこの土地を



訪れたときに見たものなのかな、と感じる。 少し寒々しい緑に覆われた起伏のある大地。



 紛争が起こる前は、セルビア人もボスニア人もクロアチア人もそれぞれが隣人として



仲良く暮らしていた、とテロップが出る(正確に区別するとすれば、セルビア人はギリシア



正教徒、ボスニア人−ボシニャック人はイスラム教徒、この映画字幕ではムスリムと表現、



クロアチア人はローマ・カトリック教徒。 でもこの地に住む人々の言語・文化は共通)。



 事実、ボスニア人でムスリムの画家アイラ(ジャーナ・マリアノヴィッチ)は最近知り合った



セルビア人警官ダニエル(ゴラン・コスティッチ)とデートに出かけ、ライヴを楽しみ一緒に



お酒を飲む。 が、ライブハウスのにぎわいが最高潮を迎える頃、突然爆弾が破裂する。



大勢の人が死に、この事件が紛争のきっかけとなったのだろうか。



 4ヶ月後。 アイラと姉たちは不穏な状況を察して逃げ出す準備をしていたが、アパートに



セルビア独立軍が踏み込んできてムスリム系男性住民を全員射殺。 若い女性・技能を



持つ女性はセルビア軍のための下働きその他として即連行。 そしてその場で彼女たちは



理不尽な命令に対しても逆らえば即殺されるという現状を目にして凍りつく。 そしてアイラの



視線の先にはセルビア軍の将校となっているダニエルの姿があって・・・という話。



 なんとダニエルはセルビア軍のブコエビッチ将軍の息子だったのだ。



 仕方がないことなのだが、台詞が英語である。 現地出身の俳優さんたちを揃えたのだろう



リアリティも、なんだかそれだけで損なわれてしまう感じがして残念。



 ムスリムの女性に対する仕打ちはほんとにひどいのだが、それはセルビア軍側が特別



残酷だというわけではなくて(残忍なのは残忍だけど)、そういう状況下になればどこにでも



起こりうること(バカな男はいくらでもいて、そういうやつほどいくらでもつけ上がる)。 一人の



女性が連れて行かれても、周囲の女性は誰も助けようとしないというのもまた・・・抵抗しても



殺されるだけだというのが身にしみてわかっているから、心を殺して我慢すれば命だけは



助かるかもと思っているから。 でもあたしは殺されても抵抗できるやつでありたい。



 勿論、その場にならないとわからないけれど、そしてできればそんな場には身を置きたく



ないけれど。 「とにかく戦争は始まったら簡単には止められないのだから、とにかく戦争は



ダメ」という監督の主張はストレートに伝わったので、そこは成功だったのではないかしら



(歴史的?には<ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争>だが、現場にいればそれは戦争である)。



 ただ、「本当の愛が試される」のかどうかについては・・・悩むところだ。



   ダニエルのアイラを助けたい気持ちは確かだったとは

                  思うが・・・彼は彼で父親との関係で葛藤を抱えている。



 アイラとダニエルは付き合い始めたばかりだったようだし、まだ心の底からの信頼関係は



築けていなかったように見える。 その状態で紛争に巻き込まれたのだから(ましてアイラは



迫害を受けた側である)、ダニエルを信用しろというのも難しい話。 ロマンティックな演出を



一切廃し、白い壁に写る影で叙情を漂わせるものの、アイラの本心はわからないように



なっている。 勿論、ダニエルへの愛情もあっただろうけど、憎しみも同じぐらいあったの



かもしれない。 そんな彼女の強さが、他の抵抗もできずにただひどい目にあわされて



殺されていった無名の女性たちの悲しみや哀れさをもかき消してしまいそうで、そこは



やりすぎだったような・・・でも実にアンジェリーナ・ジョリーらしいような。



 ダニエルの父親はムスリムを異様に憎んでいるが、それは子供の頃に自分の家族を



殺されたからで、しかもそのムスリムというのはハンジャール(親ナチ派のイスラム教徒)



だったりする。 アイラの祖父はパルチザン(ナチに抵抗したグループ)なのである。 民族



視点にかたまると、個人の主義主張は見えなくなってしまう愚かな例だ。



 ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争を扱った映画は何本か見たことがあるが、ほとんどが



<その後>の物語、かろうじて生き残った女性たちの苦悩にフォーカスした映画が多かった



ように思う(『サラエボの花』や『あなたになら言える秘密のこと』などなど)。 実際に戦争



状態を描いたものってあまり見ていなかったかも(『ウェルカム・トゥ・サラエボ』ぐらい?)。



 1993年〜1995年、という決して昔ではない時期、大国に利がないという理由で国連が



早期に介入しなかったという事情が世界の罪悪感を疼かせるのか(そのあたりはルワンダ



問題と似ているなぁ)。 しかし言い訳ですが、日本にいると民族紛争の切実さって理解し



がたいものがあるし・・・言葉が通じて文化的価値観もほぼ同じなら敵対する必要がない



ではないかと。 まぁ、現在ネット上では考え方の違いで罵詈雑言が飛び交っているけれど、



だからって実際に殺し合うわけではないし。



 日本は平和ボケです、すみません。 でもそんな平和ボケを守るためにも精いっぱいの



努力が必要なんですよね。



 この映画には救いがなくて、涙を流す余裕もない。 でもだからこそいろいろ考えることが



できるのかも。



 『IN THE LAND OF BLOOD AND HONEY』血と蜂蜜の大地で



 どんなことがあろうとも、それでも故郷はいとおしいということなのか、どこの誰であっても



ルーツを辿ればいい時代も流血の時代もある、ということなのか。 てことは戦争のない



国も時代もないじゃん・・・。 お先真っ暗、という気持ちになるが、だからこそチャレンジ



すべき問題なのでしょうね。 まずは個人が人間としてレベルを上げていかないと・・・反省。


posted by かしこん at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 movie | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする