2013年05月02日

シャドー・ダンサー/SHADOW DANCER



 『クライング・ゲーム』から20年、現在に生まれた緊迫のIRA映画、とチラシの裏に



ありました。 『クライング・ゲーム』はレンタルで見たので20年もたったのかどうかの



実感はないのですが、確かにかつてはイギリスでテロといえばIRAでしたね。 『麦の



穂をゆらす風』を見てIRA誕生の発端を知ったあたしとしては(この映画は今もあたしの



トラウマですよ)、最近IRAの噂をきかなくなってうれしかったんですが(そのかわり、



アルカイダ系のテロは暗躍していますね)、2012年にエリザベス女王とIRAは和解して



いたんですね。 よかったよかった。



   彼女に残された選択は、25年の刑務所暮らしか

                             密告者<スパイ>になることだった。



 しかしこの映画で描かれるのは1993年。 少女期に弟が戦いに巻き込まれて死に、



コレット(アンドレア・ライズブロー)は一族揃ってIRAという環境にいるシングルマザー。



今回はロンドンの地下鉄に爆弾を置いて逃走するはずが、途中で見破られてしまい、



更にはMI5に拘束されてしまう。 黙秘を貫くコレットだが、彼女のことをすべて調べ



つくしてあるMI5の捜査官マック(クライヴ・オーウェン)から、このままテロ実行犯として



25年の刑に処せられるか、息子と一緒の生活と引き換えに兄弟の動向、ひいてはIRAの



活動内容を定期的に報告する役目をするかどちらかを選ばされる。



   時間と根気の心理戦。



 苦悩の末、密告者の道を選んだコレットだが、IRA内部も情報漏洩には厳しい目を



光らせており・・・どちらにせよ彼女はいばらの道を歩むことになる。



 ドキュメンタリー映画を撮っていた監督(『マン・オン・ワイヤー』のジェームズ・マーシュ



監督)の作品ということもあり、ディテールが実に細やか。 はじめに拘束されたコレットは



MI5のふたりに両脇からがっちり押さえられて秘密の取調室に連行されていくのだが、



家に戻ったコレットが上着を脱ぐと両方の二の腕にくっきりと、人の手の痣が! それ



くらい強く掴まれてたんだな・・・とこっちがひるんでしまうほど(しかしコレットはまったく



意に介していない)。 それがIRAの一員として歩んできた覚悟? 実はよくあること?



 コレット役のアンドレア・ライズブローは実は『ウォリスとエドワード』のウォリス役の人



だったのですが、すぐに気づかず(見たことある人だなぁとしばらく悩んでいた)。 だって、



人生に疲れた感じというか、しかし追われる者・戦う者としての覚悟が秘められた強さ



とか、ウォリスのときより老け感はあるけど美人だと思ったんですもの!



   またこの赤いコートがね・・・女の意地の象徴みたいで。



 一方、マックはマックで自分が<ハンドラー>として情報を引き出しながらコレットの



安全を守らねばならない、という任務の困難さを痛感。 同僚?・上司?であるケイト・



フレッチャー(ジリアン・アンダーソン)からも「彼女は信用できるの?」とプレッシャーを



かけられ、「むしろ彼女に入れ込み過ぎなんじゃないの?」と揶揄されてみたりして、



孤立を深めていく。



 1993年設定なので、コンピューターや携帯電話、もしものときの無線スイッチなどが



相当昔のものに感じられて面白かったです。



 当時、IRAの活動拠点であったベルファストでは、ほとんど“隣近所はみなIRAと



それを擁護する者たち”といった趣きで・・・思想信条が極まってテロリストになるという



選択があるのだと思うんだけど、そこに血の繋がり・地縁が絡んでしまったら理性的な



対話なんかできるのか?、と普通に思います。



   自分より息子が大事。

     でも逆に“血のつながり”が弱点になるのなら“子供をつくらない”というのも一つの

     選択肢だと思うのですが・・・それとも、“同じ志を継ぐ次世代を生み出すこと”も

     またテロリスト一族の宿命なのでしょうか。 でもコレットならば息子には違う

     世界で生きてほしいと思っているだろうに。



 そして<スパイ>の定義がよくわからなくなってきた・・・。



 ジェームズ・ボンド的には「必要な情報を手に入れる者・何らかのミッションを完遂する



者」というイメージだけど、「密告者」=「裏切り者」という感じがする・・・どの立場にいるかで



それが決まるってことですかね。



 もともとIRAの掲げた<アイルランド独立>という理想は高かったんだけど、時間が



たつにつれ復讐のための復讐というか、コレットの兄たちがしようとしたことなんて完全に



やつあたりのレベルだし・・・ずっと前に『パトリオット・ゲーム』を見たときにも思ったの



だけど、テロルの原理は実行者が私怨を挟んだ段階で崇高な理念は地に落ちてしまう。



その後、何を言おうと説得力を持たなくなるのに、何故当事者たちは気づかないのか。



裏切り者がいる!、と制裁を加えることで、顛末は恐怖政治になるしかないのにどこで



終わらせるつもりなのか。 ・・・あたしには、わかりません。



   ジリアン・アンダーソン、

      『Xファイル』のときより美人な感じがしますけど! この映画、美人レベル高い!



 クレジットで、原作者が脚本も書いていることに気づいたので原作も探してみようと



思います。



 <ラストの秘密は誰にも話さないで下さい>と、これまたチラシに書いてありますが



・・・誰にも言えませんよ!、あんな後味悪いラスト!



 かなり、へこみます。


posted by かしこん at 06:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 movie | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする