2013年04月30日

本棚を組みたてました!



 さて、この三連休、あたしはひたすらに本と本棚と格闘。



 相手は先日の地震で雪崩を打った本の山。 地殻変動が起こり、新しい層と古い層とが



混ざりあったり上下巻のどっちかが行方不明になったりと断層・褶曲が甚だしかったの



ですが、どうにか整理してみる。 が、明らかに置く場所が足りない・・・このままでは同じ



ことを繰り返してしまう、ということで、本棚購入を決定! で、先週のうちに届いていた



のですが、廊下に立てかけっぱなしでした。



 とりあえず自分の部屋は段ボールにカラフルビニールテープを貼って作っていた簡易



本棚を増設してみたのですが、それでも間に合わないのでリビングに薄型の本棚を



置かせてもらうことに(幅45×奥行き32×高さ180、それが届いた本棚)。 全部を



文庫用に、と思ったけれど大型本もあったので・・・しかし標準装備では棚の数が足りない!



結構広いスペースが開くので、ここは少し工夫したいところだ(ホームセンターやら雑貨屋を



回ろう)。



 で、あたしの抱えている未読本なんですが・・・100冊くらいあるんじゃないか、という



気がしてきて途中で数えるのをやめました(それ以上ありそうな気がしてきました)。



 で、出版社別に本を並べてみたりして・・・創元推理文庫の背表紙の色はどうやって



決められているのだろう?、とその共通項を読み取ろうとしてみたり。 薄い黄緑は古典?



薄いピンクは女性作家? 薄い朱色はイギリス作品? 薄い青緑はヨーロッパ作品かなぁ、



と考えてみたけれど、例外が見つかる・・・(調べたら正解があるのでしょうが、自分であー



でもない・こーでもないと考えるのが好きなのです)。



   と、こんな感じに。

       今後増えることも想定して余裕を持っていますが・・・どう並べるかも考える。



 基本は未読本がすぐに出せる状態を作ること、お気に入りの本の定位置をつくること、



既読本でそう簡単に再読しなさそうなやつは段ボールに入れてしまうこと、を目的に進めて



いますが、そうすると以前段ボールに入れたやつも出してきて整理し直したい気持ちに



(シリーズものとか続きが出てるし、一緒にまとめておきたいとかあるではないですか)。



ハヤカワ文庫はトールサイズ以前・以後で分けたいよねぇ。 日本人作家と外国人作家



とも分けたいかなぁ(というかマンガも多いんだよ、どうしよう)。



 と、そんなこと言ってると終わらない・・・続きは連休後半に!


posted by かしこん at 04:55| Comment(8) | TrackBack(0) | 日記のようなもの | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年04月29日

To Be Loved:Deluxe Edition/Michael Buble



 いつの間にやら、マイケル・ブーブレのニューアルバムが



 洋楽アーティストは特に、油断をしているといきなり出ていたりするからなぁ(それは、



ただ単にあたしがしっかり情報収集をしていないからなんですが)。



 輸入盤・日本盤とあって、当然収録曲数の多い日本盤だろ(高いけど・・・)、と思って



いたらば、日本盤よりも曲数の多い“Deluxe Edition”が輸入盤から出ることに。 当然、



こっちだ!



   To Be Loved:Deluxe Edition/Micheal Buble

      通常盤のジャケットのバックはオレンジ色。 赤が特別盤のしるし。



 全17曲ですが、相変わらずのスタンダードのカバーからオリジナルの新曲まで幅広く。



 一曲目から期待を裏切らないゴージャス路線でスタンダードを、次はポップ色を強くした



オリジナルを、といった曲順にもよく気が配られている。 全体的にアップテンポのアレンジを



多めにしているから、合間に入る“しっとり歌いあげソング”が沁みます・・・。



 あぁ、あたしがこんなにも<ジャズ・ボーカル>というものにはまる日が来ようとは・・・



もともとジャズファンクやアシッドジャズなんかはジャンルとして好きだったんですけどね、



ロバート・パーマーやボビー・コールドウェルがジャズに行ったときも「歌が上手い人は



何を歌ってもうまいねぇ」程度の感想だったのですが、ブーブレさまと出会ってからは



スタンダード曲を他の人と聴き比べをするようになったりしてますからね。



 映画の挿入歌として使われていたりしてもすぐ気づくようになったし。 あたし、成長してる?



 今回、びっくりしたのはブライアン・アダムスと共作していること! そしてデュエットも!



 ブライアン・アダムスとしてはロック色抑え目かもしれないけれど、彼はもともとメロディ



メーカーですからね・・・あくまでソフトなマイケル・ブーブレの声と、ハスキーヴォイス代表



みたいなブライアン・アダムスの掛け合いに違和感がないのが素晴らしい。



 あ〜、いい声



 ちなみに、ボーナストラックには“Be My Baby”カヴァーもあったりして、楽しい。



 ずっと『Skyfall』リピートだったCDプレイヤーが、その場を明け渡しました。


posted by かしこん at 04:07| Comment(0) | TrackBack(0) | Music! | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年04月28日

続々・図書館の逆襲



 調子に乗って本を借り出すあたしがいけないのですが、だからって何ヶ月も前に



予約を入れていた本が急に来るのも困りもの・・・そのタイミングもわかったらいいのに!



(予約者何人中、あなたは○番目です、みたいな。 そんなシステム仕様変更しただけで



膨大な費用を負担しなければならないことはわかっていますので、はかない夢ですが。



でもカウンターの人に聞いたら教えてくれるらしいですよ)。



 というわけで、<予約が詰まっている本>は早く読んで返さねば・・・と焦ってしまうあたし。



   特捜部Q−Pからのメッセージ/ユッシ・エーズラ・オールスン



 特捜部Qシリーズも第三弾。 前二作とも、読んでいるあたしの気分を不快にして



やまない描写が多々ありまして、もう読むのはやめようかと思っていたんだけれども・・・



この作品で“ガラスの鍵”賞(北欧ミステリを対象に贈られる文学賞)を獲ったということ



なので、じゃあちょっとは洗練されたのかな、と期待して。



 まぁ、事件としては相変わらずひどい話なんですけれども、確かにこれまでの話よりは



いくらかましというか、多少救いがあるというか。



 物語の構成上、被害者視点&犯人視点と捜査側視点が交互に並ぶので、犯人に



対する意外性はないし(それはある種の倒叙物としては避けて通れない道なんですけど)、



幼少時のトラウマや家族関係が原因でそうなった、みたいなのもちょっと飽きてきたかな〜。



 結局はタイムリミットものになってしまう点でミステリとしては弱いのですが、続きが気に



なるから読んじゃうんですよね(つまりは自分が弱いのでした)。



 それよりも、マイペースすぎるデンマーク人の仕事っぷりが気になってしまいます



(それでも読んでいるうちにお国柄が違うからと慣れてはきているのですが)。 一応、



主人公のカール・マークに「仕事しろよ!」と言いたくなること何回も・・・日本人が仕事し



過ぎってこういうことなのかな?



 第一作目から続いている謎はまだ明かされないし、マークとアサドやレギュラーメンバー



たちにもそれなりに愛着を覚えてきたし、なんだかんだと続きを読んでしまうのだろうなぁ、



と思う(近々4作目が発売になるし、こう順調に翻訳されるということは翻訳ミステリが



売れていない日本でも人気があるということなんでしょう。 それはめでたい)。



 でも、ドイツ語からの二重翻訳(デンマーク語から直接日本語にじゃない)というのは



残念です。





   アグルーカの行方/角幡唯介



 サブタイトルは<129人全員死亡、フランクリン隊が見た北極>。



 これって、ダン・シモンズの『ザ・テラー』の元ネタのことだよね?、という興味で。



 デビュー作『空白の五マイル』よりもずっと読みやすかった、と感じたのは筆者のプロと



してのキャリアのなせる技か、それともあたしの好きな<極地>という題材のせいか。



 なかなか面白く読みました。 



 幻の北西航路発見のために、19世紀にイギリスの威信をかけて北極圏に出発したのが



フランクリン隊129名。 その後、ほぼ全員が消息不明のまま今尚“極地探検史上最大の



謎”とされるフランクリン隊の足取りを追うために自分も同じルートを歩いてみた、という



「普通の人なら思いつくけど多分実行には移さない」ことを実行に移してしまった筆者の



日々の記録&北西航路発見までの探検史まとめ。 今回は北極冒険家・萩田泰永氏との



二人行です(だから写真が豊富なのかな?)。



 “アグルーカ”とはイヌイット語で「大股で歩く男」のこと。



 フランクリン隊の生き残りらしき人物のイヌイットによる目撃談をまとめ、アグルーカとは



誰のことだったのかを検証してますが、それはこの本の一部にすぎない(結論は『ザ・



テラー』と同じだったような気がするし)。



 結果的に成功した(犠牲を出さなかった)冒険記というのはなんとなく楽観主義的だったり、



ナルシズムが見え隠れしたりするものが多い気がするんだけれど、筆者は自分の情けない



姿を赤裸々にさらけ出すので別の意味でリアル。 まぁ、「赤裸々」というか、「とほほ」と



呼ぶかは読む人次第ですが(あたしとしてはとほほ感が強く感じられましたが)。



 ぐっときたのは、自分たちは現在GPSを持って移動しているが、そもそも地図すらなかった



場所に向かう人々の覚悟や恐怖はいかに、と自問するところ。 あたしも、初めて行く場所は



事前に調べます(当たり前ですが)。 伊能忠敬がすごいってのはそういうところでもある



のだけれど、あるかどうかも定かでない北西航路を探す・しかも生きて帰れる保証はない



(勿論、参加者全員がそこまでの危機感を持っていたかはわからないけど)。 ばたばたと



まわりの者たちが斃れていく中、それでも先を行こうと、どうにかして国に戻ろうとしたの



だろうアグルーカ。



 探検って、ものすごく、かなしい。



 と、あたしは思うのだけれど・・・探検に魅せられる人々もまたいるわけで。



 せめて、どんな些細な持病であっても持っているのならばその薬は携行しようね!、と



いうことは強く伝えたいのだった。


posted by かしこん at 07:05| Comment(0) | TrackBack(0) | ☆ 読んじゃいました | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年04月27日

『ぷにたま』に、はまっています。



 紅茶ゼリーブームはまだ終わっていないですが、気になるデザートに新たなる発見。



 とはいえ、近所のスーパーではときどき「どかん」と入荷されて、それが売れてしまったら



しばらくはなしのつぶて。 忘れたころにまた入荷される、という不可解なシロモノです。



 どういう流通ルートなのやら・・・。



   『ぷにたま』 山崎製パン

      賞味期限が4月7日になっていますが、その時期に撮影。



 「ぷにぷにとした食感」を第一に謳っておりますが、ようは小さめのシュークリームです。



ただ、生地がポンデケージョのようにモチモチしているというか、独特の弾力があるというか。



だからシュークリームのようだけど、似て非なるもの?



 あとは中のクリームの味が違います。 ミルククリーム(ちょっとチーズっぽさも感じる



濃厚な味)・ミルクチョコクリーム(意外にもチョコの味がしっかりしていてバランスがよい)、



他にカスタードクリームのがありますが、このときにはもうカスタードは残っていなかった



・・・ま、いちばんシュークリームに近い味わいなのでしょう。



 このときは一個¥68−でした(小ささがお分かりいただけるかと)。



 次に見つけたらまた買うぞ!、と思ってますが、見つからない・・・。



 求む、目撃情報


posted by かしこん at 20:42| Comment(0) | TrackBack(0) | ごはん・お茶の時間 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年04月26日

ザ・マスター/THE MASTER



 PTA(ポール・トーマス・アンダーソン)新作、ということで期待の一本。 カンヌでも



評判よかったみたいですし。



 が、南の島ですか?な冒頭から、砂浜から立ち上がるホアキン・フェニックスを見た



瞬間、「あ、また静かに狂っている人だ!」とすぐわかる。 まるで『ゼア・ウィル・ビー・



ブラッド』のように、強烈な自我のぶつかり合いが描かれる映画なんだろうか、と不意に



重苦しい気持ちになる。 もうPTAは“小粋な人と人とのつながり”、みたいな映画を



つくってはくれないんだろうか。 そっちの興味はなくなってしまったのか。 静かに狂って



いる人たちに魅せられてしまったのか。



 でも、この映画も“人と人との<濃密な>つながり”を描いた映画ではあったのです。



   男はただ、信じようとした。



 第二次世界大戦(太平洋戦争?)の帰還兵であるフレディ(ホアキン・フェニックス)は 



従軍中からアルコール依存症で、海軍兵士ながら船底や甲板の上でよれよれな態度を



続けていた(でも戦争が終わったので誰も咎める者などいない、それぞれが自分のことで



精いっぱいではあるから)。 アメリカに帰ってきたはいいものの、就職をしてみても酒は



止められず、従軍中に手に入るものでつくっていた無茶苦茶な酒を新たに工夫しつつ飲み



続ける。 職場を飛び出し、放浪の果て、彼はある船に乗り込んで眠りこんでしまう。



 目覚めると、船は出港しており、そこでは<ザ・コーズ>という宗教団体の教祖ドッド



(フィリップ・シーモア・ホフマン)の娘の結婚式だった。 追い出されるかと思ったが、



ドッドはフレディを興味深い客と受け入れてくれ、フレディの質問になんでも答えてくれた。



フレディはやがてドッドに心を開くようになり、二人の心の距離は急速に縮まり・・・という話。



   と、あらすじを書いてもこの映画の

      本質には近づけない・・・とにかく登場人物の“表情”がストーリー以上に重要。



 すでに第二次大戦後のアメリカが帰還兵の心のケアについて意識していた、というのは



驚きだったけど(勿論、意識していたことと実際行動に移せているかはまた別の話。 うまく



いってたらベトナム帰還兵のみなさんはもっと楽になっていただろうに)、フレディの言動は



幼少時の生活環境から形成された性格に加えて戦争に行ったことによるPTSDの影響が



明白。 ドッドを「マスター」と呼ぶことで(教団内では普通に誰もがドッドを「マスター」と



呼ぶのですが)、彼はもう一度人生をやり直しているつもりだったんだろうか。 もしくは、



一種のセラピー効果?



   が、フレディの“マスターへの忠誠心”は

        ドッド自身をも動かす・・・実は似た者同士なのか?



 <マスター>と祭り上げられる人間、トップに立つ者は基本的に孤独である。 まぁ、



その孤独に耐えられなければ上に立つ資格などないのだが、ドッドはその孤独を埋めて



くれるものとしてフレディを必要としてしまった(フレディのつくるあやしげなカクテルを



「ひどい味だが、クセになる」みたいなことを言っておかわりを要求したり)。 そんな信頼が



フレディにも伝わって二人の関係は良好だったが、<ザ・コーズ>を批判する者を許さな



かったり、信者の中でも疑念を抱く者に暴力をふるったり、と、フレディの言動もしくはその



存在が教団の、ひいてはマスターの邪魔になるとドッドの妻・ペギー(エイミー・アダムス)は



危機感を募らせる。



   あえてくっきりさせているのであろう

     目元のしわが怖い。 マクベス夫人的なキャラだと思っていたが、迫力は

     『ミスティック・リバー』におけるローラ・リニーのほうが上だった・・・。



 というか、男二人が濃すぎなんです!



 反発にあい、疎外されたと感じ出したフレディが取る行動は・・・という展開になっていき



ますが、これまたストーリー的に大きな流れがあるわけでもなく。



 でも目が離せないのは、フレディとドッドの会話がほとんどまったく噛み合っていない



から。 お互いが言いたいことを言い、尋ねたいことを尋ね、それに答えているようであり



ながら会話が成立しているわけではない。 特に“プロセシング”という教団内の儀式?



めいたもの、一種の自己啓発的なものなんだけど、それをする二人の場面は圧巻。



 カメラはフレディとドットを別に撮り、話しているときは二人が同じ場面に入ることはない。



だから余計に、会話の噛み合わなさが強調される。 お互いを理解しているような気が



するのもお互いの美しい誤解なんじゃないの?、と見ていてハラハラする。

   

 <ザ・コーズ>のモデルはサイエントロジーらしいですが(だからマスターのモデルも



創始者である人物なんでしょう)、特定の宗教を糾弾するとか告発するといった内容では



まったくない。 描かれるのは人間関係のあやうさと難しさ、しかし時に奇跡のように訪れる



ひとときの親密さの輝き。 もしやそれが、一瞬の永遠ってやつ?



 普通の人々の人間関係も、フレディとドッドほど極端でなくとも突き詰めれば似たような



ものなのかもしれない。 支配と服従、一方的な依存、心酔、などなど、そんなものから



まったく自由になって生きていくことなどできるのだろうか。 あたしも沢山の人から影響を



受けていて(さいわいにも絶対的な一人ではない)、影響を受けていたことにも気づかずに



いることもあるくらいだ。



 マスター(メンターでもいいかも)なしに、人は生きていけるのか。



 この映画はそんな問いかけをしているような気がする。


posted by かしこん at 05:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 movie | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年04月25日

今日は、3冊。



 部屋の本の整理が進まないので、リビングに本棚を置かせてもらうことにした。



 といっても壁一面はすでに本棚である・・・隙間利用の、細型で背が高いやつを導入予定。



そうなると、背表紙を同じ出版元で揃えたら気持ちいいだろうなぁ〜、という欲が出てまいり



ます。 が、そんなことをしていたらすぐに埋まってしまうのだ・・・。



 なのに、また本を買ってしまう矛盾。 というか止められない習慣?



   サタニックブランチ/坂田靖子



 あたしが坂田作品を読み始めたのは割と遅い方なんですが・・・それでもなんかはまる



のよねぇ。 個人的にすごく好きなのは『マイルズ卿ものがたり』。 あと、『ビギン・ザ・



ビギン』
シリーズと『マーガレットとご主人の底抜け珍道中』。 『バジル氏の優雅な



生活』
はちょっと別格かな? イギリスものが我ながら結構好きみたい。



 せっかちでおっちょこちょいな人に、冷静沈着で先が見える人、というのがコンビものの



基本設定で、この『サタニックブランチ』もそれを踏襲しています。 舞台もイギリスだしね♪



   冬に散る華−函館水上警察/高城 高



 『函館水上警察』の続編、単行本『ウラジオストクから来た女』の改題・未収録作品



収録版。 だから文庫を買うのが好きなのですよ・・・。



 明治24年の函館描写がしびれます。



   日本SF短編50−U/日本SF作家クラブ編



 この前、Tを買ったばかりなのにもうUが出たか!



 1973−1982年の10年間ということで、ぐっと親しみが湧くというか、よく知っている



お名前続出(といってもリアルタイムでは読んでないですよ)。 最初の10年を経て、



次の10年が日本SF界にとって充実と拡散の時期だったことがわかります。



 収録されている作品もですが、一人一人の作家紹介や、10年分の総評みたいな



ページが面白いです。 日本SF史を詳しく知る感じ!



 でも、確かこのあと、冬の時代が来たんだったわよね・・・。


posted by かしこん at 05:14| Comment(0) | TrackBack(0) | ☆ 買っちゃいました | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年04月24日

あやうく、調剤薬局難民・・・



 だいたい月に一度ほど、通院しているあたしです。



 で、処方箋をもらって薬を引き換えに行くわけなんですが、いつも行っていた調剤



薬局が、この3月31日で閉店(移転や統合ではなく、閉店。 6年ぐらい通っていたん



ですけどね)。



 ちょっと特殊な薬を処方してもらっているので、小さいところとか、ビルのワンフロアが



小さい病院の集まりみたいになってるメディカルモールに付随している調剤薬局では、



そこのモールにある専門医の薬の品揃えが優先だろうから多分あたしの求める薬は



ない(実際、近くにあるところに行ってみたら、ほとんどなかった)。



 家の近くにある調剤薬局はかなり大きいからそこは大丈夫だろうけど、薬のために



まっすぐ帰らなければならない(寄り道できない・レイトショーも見られないわ)。



 それじゃ不便だし、やっぱり三宮周辺で見つけないと〜、とハラハラしていたら、「在庫が



ないです」と教えてくれたモールの調剤薬局の方が、「ポートライナーの駅のそばにある



調剤薬局は、市民病院から戻ってこられる方がお使いになることが多いので、相当の



種類が揃っていると思いますよ」と親切にも教えてくださる。



 そうだよね!、総合病院の近くの調剤薬局だよね、狙い目は!



 というわけでポートライナー三宮駅に隣接する調剤薬局に向かう。



 「すみません、初めてなんですけど」ということで保険証を出して、既往歴や現在の



体調などのアンケートを書く。 さすが、そこは神戸市民病院の患者を多く扱っている



だけに、いろいろ素早い(まぁ、あたしが行ったときに空いていたということもある)。



専門用語もぽんぽん出てくる。 おまけにちょっとドライだ。



 あ、ここ、楽かもしれん、と思ってみたり。



 自分でこの場所のことを思いつけなかったことに、自分でがっかりなのだった。



 教えてくれた方、ありがとうございました。


posted by かしこん at 04:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記のようなもの | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年04月23日

鉄のクラウス〜スピンオフ〜/青池保子



 先日、マンガをまとめて買いに行った日、この一冊だけが見つからなかった。



 本屋を大小取り混ぜて4軒回ったのに! 実は発売はガセネタ? それともこれだけが



ダントツに売れまくってるの?!



 やっと、今日、さんちかの福家書店で発見。 最後の一冊でした。



   <鉄のクラウス>の表記はドイツ語なのだから、

                 <スピンオフ>もドイツ語にしてほしかった・・・。



 「スピンオフ」と言っても、この表紙なら中身は『魔弾の射手』でしょ?、と思ったが・・・



『魔弾の射手』は豪華本なので実家に置いてきた・・・手に取ったらソフトカバーだったし、



上から見た感じではカラーページも多い(本屋では袋に入っているので)。



 背表紙の帯を見たら、『イブの息子たち』との関連作品や、企画物『ブラックジャック』との



コラボ作品が収録、とあるではないか。 これは、買いだ〜



 そして久し振りにしみじみと『魔弾の射手』を読み返し・・・あたしのシリアスなスパイ物に



対するイメージって全部ここからきているな、ということを納得(あと、『Z』シリーズ含めて)。



 クラウス・ハインツ・フォン・デム・エーベルバッハ少佐=“鉄のクラウス”の愚直なまでの



任務に対する一途さというか、任務以外にはたらきをさける頭をもたないトーヘンボクさを



あたしは大変愛しているようだ(だから仕事バカの人も結構好きなのだ、勿論、常識を



持ち合わせていることが前提だけど)。



 それに、途中で人が死んだりする展開はあっても、しめくくりはどこか穏やかな空気が



漂う(勿論、二重スパイやらはこの先、大変な尋問が待っているだろうが)。



 そこが少佐の人間性というか、すごく好きなところ。



 ジョン・ル・カレとかだとラストも救いがないもんね・・・(スパイスリラーとはそんなもん



です、と言われたらそれまでなんですが)。


posted by かしこん at 05:28| Comment(2) | TrackBack(0) | ☆ 読んじゃいました | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年04月22日

西瓜割の棒、あなたたちの春に、桜の下ではじめる準備を 第一印象



 日曜日のマチネ(そして大阪公演楽日)、CityBoysMixPresents『西瓜割の棒、



あなたたちの春に、桜の下ではじめる準備を』
を観てきました。



 てっきり14:00開演だと思っていたので、数日前に13:00開演だと気づいてあわてる。



梅田までの移動時間も考えて・・・寝過したらどうしよう!、とか、彼らのライヴに行くのが



一年半ぶりということもあり、あたし自身もそんなに最近他の芝居見に行ってないよなぁ、



というせいもあるのか、なんか緊張して眠れませんでした。



 だから、なんだかボーっとしながら舞台を見てしまった気もする。



 感想をアップするには少々お時間をいただきます(どう受け止めていいか、うまく言葉が



見つからない部分もあって)。



 でも、今回、作・演出が宮沢章夫になったことで(あたしは彼が書いていた時代のことは



はっきり知らないのですが)、あたしの知ってる最初のシティボーイズの世界にすごく近い



気がした。 すごくナチュラルな、彼ら自身の地が見えるみたいな。 そう思うと、三木聡の



ときはなんだかんだ言って三木聡の世界だったんだな・・・。



 驚くほどストレートにコントで、でもしっかり一本の“演劇”でした。


posted by かしこん at 05:16| Comment(0) | TrackBack(0) | シティーボーイズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年04月21日

アンナ・カレーニナ/ANNA KARENINA



 冒頭、スクリーンには舞台が映り、幕が上がれば<1874年 帝政ロシア>の文字。



 むむっ、これって舞台劇の趣向? これまで何度も映画化されてるロシアの文豪作品と



なれば新しい手法を使いたい気持ちはわかるが、他の作品を見たことがない人もいる



わけだし(しかもあたしは原作も読んでませんよ、あらすじはなんとなく知ってるけど)、



この実験的要素が吉と出るか否か。



   時代を駆け抜けた、美しくも激しい運命の愛が、現代によみがえる――。



 政府高官の職に就くアレクセイ・カレーニン(ジュード・ロウ)の妻であるアンナ・カレーニナ



(キーラ・ナイトレイ)はロシア社交界の花。 ある日、浮気者のアンナの兄の浮気がまた



ばれて、嘆き悲しむ兄嫁のためにモスクワへ向かうことに。 列車の中で知り合った貴族の



女性と親しくなったアンナは、彼女を迎えに来た甥の青年将校アレクセイ・ヴロンスキー



(アーロン・テイラー=ジョンソン)とモスクワ駅で出会ってしまい・・・という話(この頃は



ペテルブルグが主都?なので、モスクワは田舎扱いです)。



 あー、キーラ・ナイトレイはコスチュームプレイが似合いますねぇ。



   とはいえ、目があやしい。



 もともとが長い話なので、場面転換や時間の経過をあらわすのに舞台的な装置の



動かし方を使う、というのは面白いんだけど、面白いだけにコメディ要素がどうしても



つきまとい、大悲恋メロドラマというこの映画の本筋にふさわしいのかどうなのか。 脚本



そのものは正統派なので、むしろ同じように正統派の演出で攻めたほうが悲劇感がより



強まったのではないか、と思ったり。



   鏡を多用したカットも、内省:神の前に立つ

    自分、を現わしているのか。 このダイヤのネックレス、見たことあるような。



 アンナは息子を愛してはいるが、夫との生活は愛がないものと思っているらしく、兄嫁を



慰めながら自分自身が抱える空虚さに思いを馳せている・・・のだけれど、その空虚さが



具体的に見ているものに伝わらない。 時代が違うせいもありましょうが、仕事をせずに



贅沢な生活ができているのに(ロシアの労働者の姿だって彼女は見ているのに)、その



ことに対する感謝の念はないのか! で、結局ヴロンスキーとの逢瀬にのめり込んでいく



わけなんだけど、夫と愛人の名前が同じってどうなの? アレクセイとはよくある名前で



しょうが(愛称はアリョーシャだったよ)、そこはトルストイの皮肉?



 ヴロンスキーがアンナと出会う前にお付き合いをしそうだった女性・キティ(アリシア・



ヴィキャンデル)がヴロンスキーに振られ、でもずっとキティを思っていた地方の地主



リョーヴィン(ドーナル・グリーソン)を受け入れていく過程はアンナをめぐる展開よりも



ずっと地に足がついていて好感が持てた。 リョーヴィンは地主だけれど小作人たちと



一緒に農作業をする人だし、名家の娘であるキティも自分から動くことを厭わないよく



できた娘・妻になっていく。 この二人のエピソードがなかったらこの映画は死ぬほど



退屈だったかもしれない(まぁ、原作で描きたかった本質はこっちの方なんでしょうけどね)。



   冴えないオーラを醸し出すジュード・ロウ。



 <自分らしく生きたいだけなのに、時代がそれを許さなかった>と描きたいのだろう



アンナの姿。 しかしキティに比べたらただのメンヘラ女にしか見えないんだけど〜、どう



しよう?!、と別の意味でハラハラしてしまいました。 そもそも、二人が初めて会う場面が



<運命の出会い>って感じがしなかったし。



 アーロン・テイラー=ジョンソンも『キック・アス』のときに比べたら成長した感はありますが、



一目で心を奪われる美丈夫かどうかと言われれば・・・どうでしょう(だって、夫はハゲて



きてるとはいえジュード・ロウですよ!)。 カレーニンはただただ不器用なだけで、彼は



彼なりにアンナのことを愛してるじゃないか・・・そこも時代ですよ、なんか不憫。



 衣装や宝石類はとても豪華だし、それを楽しむのも手ですが。



 ラストシーンは、「なんか、ここ、読んだことある!」と気づく。 大学入試用の国語の



練習問題で、出てきたかも・・・と思い出し、やたら現実に引き戻されるのであった。


posted by かしこん at 06:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 movie | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年04月20日

昔から読んでいるマンガは止めどきがわからない



 いろいろとマンガが出ていたので買ってしまいました。



   やじきた学園道中記U 6巻/市東亮子



 津軽編完結。 作者への津軽への愛着をひしひしと感じさせる内容でした。 あたしの



何故か記憶に残っている祭囃子の歌(近くではあるけど、ほんとに地元の祭りではない



のだが)が漢字で示されていたときは驚いた! あれってそんな意味だったのか!、と。



 近くにあると、意識しないものなのですよね・・・神戸市民、歴史に興味なさすぎ!(ある



人もいるけど)、とかかつて憤ったことあったのですが、なんかすみません。



 ただマンガとしては・・・ご当地ネタで「ほうほう」ということはあるけれど、ストーリー的には



いまいち盛り上がれなくなってきており、ここらへんで打ち止めにした方がいいのかなぁ、



という気持ちに。 次はどこが舞台かによって考えよう。



   悪魔(デイモス)の花嫁 最終章 5巻/あしべゆうほ

                       原作:池田悦子




 最終章として新たに生まれ変わってから、本来のヒロインたる伊布美奈子さんの影が



薄いったらない! アップの表情すらなくて、<すごい美人>設定が実感できません。



もともと狂言回し的なキャラクターではあるけれど・・・。



 オムニバス短編形式なのですが、いつも話の途中で巻が終わる(後編は次の巻)ので、



前の話を思い出すのに時間がかかるし、読み終わっても消化不良だし・・・どうもすっきり



しない読後感。 毎回、前の巻から戻って読めばいいのでしょうが・・・。



   ツーリングExp.Euro 4巻/河惣益巳



 『ツーリングExp.』から始まったこのシリーズも、試行錯誤の末(?)、タイトルが



ユーロに落ち着いて4巻目。 一応ストーリーはずっと続いております。 今回は、これまで



語られそうで語られていなかったフランの死の理由(過程)がついに明らかに!、という



ことで、けっこうあっさり出てきてびっくりしました。 エドとフランの若き日のエピソードが



好きなあたしとしては、「なんか、もう読みたいところ出てこないのかなぁ・・・」という



気持ちに。 相手に命を捧げても構わない、となってしまった恋愛は、しんどいですなぁ。



   老いた鷹でも若い鳥より優れている/小池田マヤ



 これは最近の作品です。 『女と猫は呼ばないときにやってくる』の続編。



 高円寺のサラダをメインに出すバーと、そこの常連女性陣4人(お店に行くようになって



仲良くなった世代も立場もバラバラな人たち)のうちの、美魔女と名高い小鳥遊(たかなし)



さんが主役バージョン。



 「妻と母でいることに疲れたわ」とおっしゃる小鳥遊さんなのですが、そういうことに悩む



方とは思えず(でも世代的にそうなのかなぁ)、「役割なんていいじゃない、“私”は“私”で!」



と考えてしまうあたしは、先の世代の方々の苦労の末にこの幸運な立場を享受できている



んだなぁ、と頭が下がります。



 とはいえ、「パート主婦も、長く勤めていれば役員と知り合いなのよ」とさらっとおっしゃる



小鳥遊さんは、只者ではないんですが。



 このシリーズ、これで終わっちゃうのかなぁ。 まだ読みたいのになぁ。


posted by かしこん at 14:57| Comment(0) | TrackBack(0) | ☆ 読んじゃいました | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年04月19日

汚れなき祈り/DUPA DEALURI(BEYOND THE HILLS)



 これも152分であります。 最近、長い映画が続くなぁ。



 しかし『4ヶ月、3週と2日』のクリスティアン・ムンジウ監督の新作となれば、見ない



わけにはいかないではないか。 その後のルーマニアについても、知りたいし。



 はじめ、修道院が舞台と聞いて「『マグダレンの祈り』と似てるのかな〜」、と思ったの



だったが、全然違った。 だが題材は変わっても、映画の雰囲気は『4ヶ月、3週と2日』に



通じるものがあったのだ。 音楽で盛り上げるわけでも鋭いカットをたたみかけるわけでも



なく、ごく普通の光景を映している風に見せながら、その映像には緊張感とスリルと不安



感がないまぜになっている。 ショッキングなはずのシーンのほうがむしろ普通で、何気ない



場面のほうが見ていてドキドキする。 だから152分間、心ひそかにドキドキしていた。



 テイストは違うのだが、この監督はあたしの中ではトマス・ヴィンターベアに近いものが



あるイメージかも。



   わたしたちを引き裂くのは、神か、悪魔か――。

    2005年ルーマニアの修道院で起きた実話を基に、パルムドール受賞監督が

                        再びカンヌを揺るがした衝撃作。



 小さな頃から孤児院で一緒に育ったヴォイキツァ(コスミナ・ストラタン)とアリーナ



(クリスティーナ・フルトゥル)との間には強い絆があった。 しかしアリーナが出稼ぎに



ドイツに行っている間に、ルーマニアに残っていたヴォイキツァは修道院に入り、信仰の



道に身を捧げていた。 愛するヴォイキツァを取り戻すために一緒にその修道院に入る



アリーナだったが・・・という話。



 冒頭の、列車横で人の波に逆らってアリーナの姿を探すヴォイキツァの姿からもう



なにか不安の予感。 それは一般社会に適応できないことなのか、適応をはなから拒否



していることなのか。 その後、アリーナを連れて行った修道院の入口には<異教徒は



立ち入り禁止>の看板がある(アリーナは帰依して修道院に入るわけではなく、あくまで



ヴォイキツァの友人という立場のままである)。 それでもう、先行きに悪雲が垂れこめる



のがわかってしまう悲しさ。



   久し振りに会ったのに、

    お土産も渡したのに(「あ、でもここには電気が通っていないの」とアリーナが渡した

    コンセント式キャンドルはあっさりお役御免になる)、彼女の生活は信仰中心かつ

    優先で、アリーナの心はすさむ。 なんだかそれも当然だと思える。



 修道院の院長(司祭)は他宗教を口撃するかなり排他的な人物で、その心の狭さも



また不吉な要素。 ここはルーマニア正教会という設定でしたが・・・ロシア正教と影響



ありそうな感じ。 カトリックもプロテスタントも彼の信じるものとは違うようだ。



   だが、修道女たちは彼を「お父様」と

     慕っており、疑いなど微塵も抱いていない。 貧しいが、静かで穏やかな生活。



 彼らにしてみれば“アリーナ”という異分子が入ってきたということなのだろうが、外の



世界を経験してきたアリーナにとってはこの修道院が異質であり、そもそも孤児院育ちの



彼女にとって外の世界が優しいわけもなく、彼女の救いはヴォイキツァひとりなのに、



その彼女に受け入れてもらえないというのはさぞつらかろう・・・それが引き金にもなり、



アリーナの精神はより不安定になっていく(二人には友情以上のものがあったと暗示



されているし)。 だからそれは精神病だから!、とすぐわかることなのに、修道院に



いる人々にはその知識がない。 神に祈れば解決すると思っている。



   冬が来て・・・隔離された状況下では

       各人の視野はさらに狭くなる。 寒さは人をおかしくするしね。



 近年ではヴァチカンでも悪魔祓い講座では「まず精神病として扱うべし」というお達しも



出ているというのに、2005年の出来事だというのに、アリーナには悪魔が取り憑いて



いるとそこでは判断されてしまう・・・あぁ、情報がないって、哀しすぎる。



 ヴォイキツァが悪いわけではない、司祭だって頭は固いが地位を利用して修道女たちに



悪行をしたりしないし自分たちの食費を削っても孤児院を支援しようとするある意味高潔な



人物である。 他の修道女たちも同様。 それなのに、悲劇は起きる。



 神に祈っても人は過ちを犯す。 その愚かさに、救いはあるのだろうか。



 アリーナとヴォイキツァを演じた二人の若き女優が素晴らしい。 二人とも映画初出演



だと話題になってましたが(PRで来日したときのインタビューを見た)、舞台などで演劇



経験は十分積んでいるらしい。 さぞ!、という感じでした。



 独裁政権が終わって、ルーマニアの中心街は普通の感じなのに、ちょっと引きこもって



しまえばこうなのか・・・とわかるシーンは複雑な気持ちに。



 それは日本でも世界のどこでも、起こりかねない問題だから。


posted by かしこん at 06:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 movie | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年04月18日

1枚で終わるはずもなく・・・



 と、そんなわけでADELEの『Skyfall』を購入したあたしですが、このあたしが



CD1枚だけで帰ってこれるわけがないのであります。



 当然のように、他にも買ってしまったよ



   EXILE〜孤高〜/HURTS



 UKエレクトロポップの新星・HURTSのセカンドアルバム。 デビューアルバムが



大ヒットした後ではいろいろと大変ではないかと思っていましたが(わりと余計なお世話)、



意外にも早いペースでの新作登場にびっくり。



 一聴目は「・・・地味?」という印象だったのですが、それはファーストアルバムがほんとに



“エレクトロポップ”だったから。 そのジャンルにとどまらずに彼らは一歩踏み出して、



“耽美”の領域に入ってきた そんな感じがしました。 でも、全体として端正。



   NATIVE/ONEREPUBLIC



 希代のメロディメイカーという噂のRyan Tedderを擁するバンドONEREPUBLICの



新作にして3枚目のフルアルバム。 あたしはファーストアルバムから割とリアルタイムで



買い続けていますが(きっかけは海外ドラマ『コールドケース』のクロージングに使われた



数曲がどれもよかったから)、一枚目が名曲揃いということもあり、二枚目は少々印象が



薄かったのです。 でも少し意識を離して二枚目だけを単独で聴けば、じわじわとよさが



伝わってくるスルメのようなアルバムなんですが。



 しかしこの三枚目は、一曲目から飛ばしている。 単純にキャッチーだというわけでも



ないのですが、全体的にアップテンポ寄り? タイトル通り、土着の・大地のリズムを



大事にしているようなアレンジが効いているのでしょうか。



 この二枚もなんだかリピートで聴いてしまいそうな気配。



 そしてこれらのジャケット写真を探してネット上をうろうろしていたら、他にもほしいかもと



思わされるアルバムがごろごろ転がっている・・・整理がつかないからちょっと買うのを



控えようと思ってたんだけどなぁ。 いろいろと、ままならない。


posted by かしこん at 04:58| Comment(0) | TrackBack(0) | Music! | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年04月17日

Skyfall/ADELE

 アルバム出るまで待てないなぁ(また、アルバムに必ず収録されるとは限らないし)、ということでアデルの『Skyfall』のシングルを買いました。
 ¥500−。 仮にダウンロードしたって¥200−か¥300−はとられるのだから、これ1曲とインストバージョンと2曲しか入ってないけどいいか!、と思って。
 しかし輸入盤なので歌詞がなかった・・・。
 まぁ、だいたい覚えてるけど、そしてネットで探せば歌詞は落ちているけれども(洋楽はアルバムのブックレットに歌詞が載っていないことが多いので、歌詞を検索できる専用サイトがいくつもある。 ○にCマークがついていたりするので著作権的にOKなのかな?)。
 それで、しばらくリピートで聴いております。

    youtubeに飛びます。 歌詞・対訳つき。 
    個人的には ♪When it crumbles♪は“粉々になっても”って感じが。

 CDプレイヤーでカナル式のイアフォンで聴いているのですが、どうも、映画『007 スカイフォール』でのオープニングのときほどのインパクトがないような・・・映画館は思っているよりずっと音響がいいのか? それとも映像との相乗効果がすごかったということなのか? あたしが期待しすぎてたということなのか?
 けれど、ちょっと自分でも歌ってみたいなぁ、と思ってしまう歌であります(もうカラオケなんて何年も行っていないけど。 そしてバックにコーラスがないとかなりさみしいけど。 なにより歌がうまくないと最後まで持たせられない歌だけれど。 子供の頃、声楽をちょっとかじったことがある程度では練習しないと声が出ないですからね〜)。
  ♪ Let the sky fall
    When it crumbles
    We will stand tall
    Face it all together
    At skyfall       ♪
 とはいえ、サビの部分は結構作業とかしながら口ずさんでしまっている・・・。

ラベル:洋楽
posted by かしこん at 05:53| Comment(2) | TrackBack(0) | Music! | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年04月16日

『ドゥームズデイ・ブック』が来た!!



 先日の<コニー・ウィリスの日>のことですが・・・、『ドゥームズデイ・ブック』のハード



カバーを古本屋さんで見つけられなかったあたしは、思いあまってあまぞんにアクセス。



 そしたらば「品切れ 入荷未定」の文字。



 「お取り扱いできません」ではないということは、『オール・クリア2』が出たら、それまでの



『ブラックアウト』からの売り上げがそれなりによければ増刷がかかるかもしれない、と判断。



むしろこうやって予約注文(?)しておけばハヤカワに「待ってる人がいるよ」という意志が



伝わるかも、ということで、その日(4月12日未明)、注文を入れたわけです。



 あまぞんからの<注文受けました>メールには「いつでもキャンセルできます」の文字が



あってこちらの気分をへこませましたが・・・



 が、14日の夜には「発送しました」メールが



 え? 何かの間違いじゃないの?



 しかし、翌日には不在連絡票が入っていたのでした(なので受け取ったのはその翌日)。



  

                『ドゥームズデイ・ブック』/コニー・ウィリス



 あたしの知ってるやつと表紙変わってる!(しかしハヤカワ文庫はトールサイズを採用



してから装丁をかなり一新しているのでそのせいかもしれない)



 が、帯には『ブラックアウト』のことが書いてある・・・。



 思わず上巻の奥付を見る。



   2013年4月15日 四刷



 増刷したばっかじゃないか



 ほんとにタッチの差というか、ちょっと待ったら普通に本屋さんで出会えたではないか・・・



なんじゃこりゃ。



 ちなみに下巻の奥付には同じ日付で 三刷 とありました。 普通、最初は上下巻は



同数刷るものだろうから、上巻だけ買って下巻を買わなかった人が結構いたということで



・・・これを上巻だけで読むのやめられる人がいるってすごい(ま、買っただけで読んで



いないのかもしれないけど)。



 で、下巻にあった<訳者あとがき>はなんと新たな書き下ろし(恩田陸さんによる解説は



最初に文庫化されたものと同じです)。 『オール・クリア』の販促の意味合いがあるのかも



しれないけれど、オックスフォード史学生シリーズの長編第一作として、今回の再販にあたり



それ以降の作品との比較で訳語を統一したりといったブラッシュアップを施したらしい。



 それって<新版>とか<改訂版>とか入れるべきでは?



 とはいえ大森さん、短期間にすごく仕事してるなぁ



 『オール・クリア』を1と2一緒に出せとか思っててすみません



 が、あとがきには更に、ヴィレッジブックスで長らく品切れ状態だった『航路』も近々



ハヤカワ文庫で刊行予定、と書いてあって倒れる。 そ、そんなぁ、ハードカバーをようやく



探し出したのに〜。 せめてその旨、『オール・クリア1』の帯に書いていてくれたなら・・・。



 もう、どうせなら『わが愛しき娘たちよ』も再発売してください。







 地震で雪崩れた未読本を地味に整理しています。



 とりあえず移動、って感じなので「上下巻一緒にしておいたのに片方が見つからない!」



(多分、とりあえず並べ替えた他の山の中)ということが多々ありますが、「あたしったら、



こんなにも未読本を抱えているのか・・・」と愕然とする。



 図書館から本を借りている場合ではないのでは?



 新しい本を買っている場合ではないのでは?



 手元にあれば「いつでも読める」という安心感から、ついつい図書館本や他の人から



借りた本を優先してしまうのですが、読む気になるタイミングって意外と本に呼ばれている



ときだったり、自分が必要としてるときだったりするから。 もしかしたら今回の地震も、



あたしにとってはひとつのタイミングだったのかもしれず(被害に遭った方々には申し訳の



ないことですが)。 ただ、阪神淡路大震災後に神戸に引っ越してきた者としては「あの



震災を体験していない」ことはひとつの引け目というか申し訳ないと感じてしまうことで、



そして東日本大震災を体験していないことは北東北で多くの年月を過ごしてきたあたしに



とってはそれもまた引け目というか、劣等感や喪失感などが織り混ざった複雑な気持ち



でした。 震度4(体感としては5)だけど、今回身をもって経験できたのは、なんかやっと



みんなに追いつけたような、そんな気持ちもあったのです。



 被害がないからこそ、そう思えるんでしょうけどね。 あぁ、欺瞞だなぁ。



 とりあえず、未読本専用の文庫本棚を買うべきではないか、と考え始めた今日此頃。



しかし、それをどこに置いたらいいのだ。


posted by かしこん at 05:42| Comment(0) | TrackBack(0) | ☆ 買っちゃいました | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする