2013年03月30日

ひまわりと子犬の7日間



 本来、あたしは動物ものが苦手です。 しかし・・・堺雅人が出てるし、宮崎弁での



ネイティブ言語での芝居だし・・・ということで、興行成績を上げるためのご祝儀のつもりで



行ってみました。



   首輪を失った母犬「ひまわり」。

                       もういちど、きみに、愛を伝えたい――。



 冒頭で、主人公神崎彰司(堺雅人)のナレーションが言う。 「亡くなった妻が言って



いた、どんな生き物にも歴史があると」みたいなことを。 そしてのちに保健所で出会う



ことになるある犬の<歴史>がサイレント映画風に語られていくわけですが・・・ここの



段階で『わさお』レベル。 なんかやばいことになってるぞ、という雰囲気があたしをつらく



させるのであった。



 保健所で働く神崎彰司は「保管期間は7日間、それが過ぎたら殺処分」をどうにか回避



するため、娘と息子にも協力を仰ぎ犬の里親探しに奮闘する。 そのため期限破りもまま



あり、自分の家でも2匹の犬を引き取っている。 動物を一匹でも多く助けたい、という彼の



願いはいつも上司(小林稔次)の小言の対象。 「こんな仕事、俺には向いてないっすよ、



どうせ腰掛けですから」とほざく同僚の一也(オードリー若林)には、彰司が何故そこまで



するのか理解できないのだが。



   堺雅人が表裏のない(含むところがない)

    笑顔で演じる役なんて、なかなかないよなぁ、というのは新鮮でした。



 ただ、保健所における<動物の殺処分>についてきっちりと省略なく描いているのは



とてもいいです。 でもあたしが個人的にふと思ったこと・・・死刑執行官は誰がボタンを



押したかわからないような配慮がされてるけど、保健所職員にはそんなのはない。



 自分たちでガスを準備して、動物たちを送り込み、自分でボタンを押す(その際の彰司の



表情は、今作における堺雅人のベストアクトです)。 彼らへのメンタルケアはなされて



いるのであろうか。 「人間と動物を一緒にするな」という声もありましょうが、少なくとも



死刑囚は犯罪者(冤罪の人もいるかもだが)、だが動物たちはそれこそ何の罪もなく、



人間の都合のせいだけではないか。



   が、結果的に犬を殺す仕事であることには

    変わりがない・・・仕事の詳細を娘にどう話すか悩む。



 そのような問題提起につながるのは前半だけで(映画は声高に主義主張を述べている



わけではなく、あたしが勝手に感じたことだが)、後半は子供を守るために人間に心を



許さない母犬と彰司との関係が中心となりハートフル方面に話が進んでしまいます。



 ストーリー上この親子は特別扱いみたいだけど、他の犬たちはどうなの?、というのが



気になって仕方がなかった(一応、ホワイトボードに「期限:○月△日」と書かれているのが



映るので、それこそ登場していない職員さんが働いてくれているのでしょうが)。



 また、堺雅人とでんでんの安定感は抜群なのに、中盤でんでんさんはさっぱり出てこず



(定年後の非常勤職員なのか? 月の半分しか働けないのか?、省略法の美学か?)、



そういう意味でも納得いかず・・・犬一家と神崎一家の対比が最重要だったということなの



かもしれませんが、ちょっとでも他の犬たちは他の職員が世話しています的描写があったら



よかったのに。 それこそ腰掛けの一也くんは何の仕事してるのか彰司さんと絡む以外は



いまいちわからない・・・。



   子犬はかわいいですわ、確かに。



 犬を“助ける”ということ、保健所のあり方、飼い主の立場・飼い主ではない人の立場、



犬も人間も同じ命です、などなど伝えたいだろうことがいっぱいありすぎて全部観客に



伝わるのだろうか・・・と心配になる、そんな映画です。



 なんか、奇跡が安売りされているなぁ、と感じてしまうのは、あたしは動物をまったく



飼っていないくせに動物好きだからです(震災で行く場所を失った犬猫たちを引き取った



人が、どこか狭いところにただ押し込めていただけだった、的なことを聞くと怒りの持って



いき場に困るほど腹が立つほど)。



 だからあたしに動物映画は難しい・・・いろんなことを考えてしまう、里親を探す会に



行ってみようかな、とかさ。


posted by かしこん at 20:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 movie | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

イギリスと北欧のミステリは今熱い!(あくまで主観)



夏の記憶/ピーター・ロビンスン



 アラン・バンクス主席警部シリーズ第二弾。



 今回は町中の事件ではなく、中心街から15マイルほど離れたキャンプ場やら丘陵



などがある場所で、石垣の中に男性の死体が埋まっているのが発見される。



   ここは荒野が表紙でもよかったような。



 そこから村の人々の心が波立ち、関係性が通り一遍ではないことが浮かびあがる。



 思わぬものを目撃してしまい、そのことにおびえるよりも自分の力で事件を解決したら



有名になってこんな田舎から出ていけるのに、と考えてしまう若い娘の気持ちがせつない。



その結果、出てしまう行方不明の人物を探すのに、グリスソープ警視は20年以上前の



事件を思い出す。



 ブレイディとヒンドリー、『荒れ地連続殺人事件』。



 そんなにもイギリス本土では衝撃的な事件だったんだなぁ、と感じいる(余談ではある



が、FBI行動分析課はゾディアック事件の模倣犯としてサカキバラ事件を分類している



らしい)。



 タイトルの『夏の記憶』はこの年の夏だけではなく、そもそもの始まりだったと言える



10年前の夏のことでもある。 誰もが抱く誰かへの印象が重なり合ってその人物の



実像に近いものをつくっていくけど、でも些細な誤差の積み重なりが虚像をつくっていた



のなら? 見えているものはどこまでが真実に近いのか。



 地味なれど、古き良きミステリだな!、という手ごたえを感じました。





冬の灯台が語るとき/ヨハン・テオリン



 スウェーデン南東部に、海岸線に沿うようにして浮かぶエーランド島が舞台。



 最も近い都市はカルマルで、ストックホルムとマルメのちょうど中間地点ぐらいにある。



島はバルト海に面していて、冬は海が凍るしブリザードもやってくる。 スウェーデンと



いっても、広いなぁ。



 なんかもう、今のシチュエーションだけで心惹かれる。



   表紙の味わいも好き。



 ストックホルムを離れて、近くに灯台のあるこの島の家に越してきたヨアキム一家。



 この家族には悲しい過去があったが、それを振り切るために新しい生活を出発させた



のに、またしても悲劇が・・・。



 この古い屋敷には幽霊伝説があり、それがキワモノとしてではなく物語にうまく入り



込んでいるというか、不思議な抒情性を全編に漂わせる効果をもたらしていて素敵です。



 ほんとは『黄昏に眠る秋』から続くエーランド島四部作らしいのですが、主要人物が



違うので(探偵役になる人だけが同じっぽい)どこから読んでも大丈夫らしい。 実際、



この話の中では『黄昏に眠る秋』に関しての言及はなかったみたいですし。



 雰囲気だけで十分に読ませる作品なんだけど、最後にはしっかりミステリとしての



解決が提示されていて・・・なんだかいきなり現実的になってちょっとびっくりした。



 幻想文学的にまとめてもよかったのかもしれない。 もうひとつの主役は時の流れと、



過去の死者たちだもんね。


posted by かしこん at 07:04| Comment(0) | TrackBack(0) | ☆ 読んじゃいました | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする