2013年01月19日

山岳もの、ついにフィクションに手を出す



神々の山嶺(かみがみのいただき)/夢枕獏



 ついに<山モノ>フィクションにも手を出したあたし。 新田次郎作品はちょっと読んで



いますが、あれはほとんど実話だし。 というわけで前評判の高いこちらから。



   8000m峰!



 カトマンドゥの裏通りにある小さな店で、カメラマンの深町はある古いカメラを見つける。



もしかしたら、このカメラはジョージ・マロリーの遺品かも!、と考えた彼はその真偽を



確かめる過程である男と出会う。 現地でビカール・サンと呼ばれるその男こそ、伝説の



<孤高の単独登攀者>羽生丈二だった!、という話。



 あれ、マロリーのカメラ、見つかったよな、とジェフリー・アーチャー『遥かなる未踏峰』を



読んだ記憶がよみがえる。 こっちが書かれたのはそのカメラが見つかる前のことで、



見つかったことにより文庫版では大幅に改定されたようだがストーリーのきっかけである



この部分は変えられなかったらしい。 後半に向かってカメラの真偽はどうでもよくなって



ます(羽生丈二のエヴェレストルートが変えられたのかな?)。



 深町さんは語り手という立場で羽生丈二の生きざまを間近に見てしまい、自分の人生も



変わってしまう人。 ミステリータッチだったりいきなりアクション映画的な場面も出てくる



けれど、基本的には人間を寄せ付けない山に魅せられた人々の業を描いた物語。



 寒さや気圧の低さなどの描写はノンフィクション並みにしっかりしています。 だからこそ



羽生丈二というキャラクターの特異性が際立つわけですが・・・近くにいたら絶対「こいつ、



めんどくさい!」と思うタイプですよ。 でも深町さんは男だから、それを超える彼の魅力と



いうかパワーに圧倒されてる感があり、読者にもあまり悪感情を抱かせないつくりになって



いるのはさすがですね。



 結局、生命の危険すれすれの登山をする人は、「今、生きている」という実感を得たくて



やっているんじゃないかなぁ、というあたしの予想を覆す展開にはならず、やっぱりか・・・



という印象。 そこまでしてしまう人たちは、ほんとに生きづらいんだろうなぁ。



 ま、面白かったんですけど、あとがきが自画自賛の嵐なので・・・「夢枕獏ってこんな人



だったっけ?」とまた別の認識が生まれました。





狼は帰らず アルピニスト・森田勝の生と死/佐瀬稔



 さて、『神々の山嶺』の羽生丈二のモデルとなった人物の評伝も続けて読んでみる。



 確かに登山歴は一緒だが(最後に登る山は違いますが)・・・こっちの人のほうが幾分



普通ではないか、とちょっと拍子抜け(当たり前である)。



 また佐瀬稔氏の文体があっさりしてるというか時間軸もころころ変わるので感情移入



しにくいというか、「あ、こいつのほうが近くにいたらめんどくさい!」と思ってしまいました



・・・すみません。



   でも写真で見ると森田氏は以前仕事を一緒にした人に

     似ている・・・「狼」とは思えなかったり。 勝手な印象。



 “求道者”だといえば聞こえがいいだろうし、「純粋な男だった」と言われれば確かにそう



でしょう。 でもそれ以前にやはりバカだったんじゃないかと。 筆者はその純粋さをかなり



好意的に描いていますが、かなりの社会不適応者なのは間違いないし、周囲の人々が



何度もチャンスを示してるのにそれにあえて背を向けているというのは・・・ピーターパン



症候群では、と思ったり(不幸な生い立ちというのもわかりますが)。



 結婚して子供も生まれて、さすがに彼も変わらざるを得ない・変わるほうを選択したのに、



また結局グランドジョラスに戻るというのは・・・どうしようもないですよね、という感じ。



 筆者はこの本を森田氏の息子さんに読んでほしいという希望をお持ちだったようだが、



森田氏の奥様から「読ませたくない」と厳しいお言葉があったようで・・・なんとなく、奥様の



お気持ち、お察しします。


posted by かしこん at 18:16| Comment(6) | TrackBack(0) | ☆ 読んじゃいました | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする