2013年01月11日

菖蒲/TATARAK



 今年最初の映画は、アンジェイ・ワイダ作品になりました。 老いてもますます盛んな



製作意欲、素晴らしい。 しかし『菖蒲』は2009年発表だとか・・・なんでこんなに日本に



来るのが遅れたのか、教えてほしい。



 まずは冒頭にこのようなテロップ、「この映画は女優クリスティナ・ヤンダのモノローグ、



ヤロスワフ・イヴァシュキェヴィチの短編『菖蒲』と映画の撮影部分から構成されている」。



 え?、そんな実験的な作品だったの?



   春の終わり、夏の訪れ、いのちの祝祭の時に――。



 撮影の最中に滞在していたらしい、荷物が片付けられたホテルの部屋のようなところ



から映画は始まり、そこでクリスティナ・ヤンダがこの映画がつくられる顛末を語る。



 どうやらはじめは普通に『菖蒲』という映画を撮るつもりだったらしい、しかし、彼女にも



監督にも事情が変わる出来事が起こってしまっていた。



 それから、ロケ現場で監督と女優が『菖蒲』の原作本の冒頭を読み合わせしている。



 <菖蒲>は不意に訪れる死の象徴であると原作者が捉えていることがわかる。 そして



スタッフ打ち合わせ、準備の光景があって、撮影開始。 そしてそこからは映画『菖蒲』の



本編となる。



 舞台はポーランドのある小さな町。 街の診療所を任されている夫が、妻のマルタ



(クリスティナ・ヤンダ)が手の施しようのない病状であることを確認する。 ワルシャワに



住むマルタの友人も会いに来るが、マルタの二人の息子を守れなくてごめんなさい、と



言って去る(どうやら二人の息子はワルシャワ蜂起の際に命を落としたらしい)。



 マルタにとって<死>とは突然自分のまわりから愛する者を奪い去っていくものだと



思っていて、それが自分に迫っていることには気づいていないか、気にも留めていない



らしい。 友人をバス停まで送って行った日、マルタは川岸のオープンカフェで美しい



労働者の青年ボグシ(パヴェル・シャイダ)に目を留めた、息子たちの姿をそこに投影



しているのは明白である。



   川原で再会した二人は、会話を交わす。

     実は勉強したいボグシに本を貸す約束をしたりして。



 とても静かな田舎町の風景なのに、死の影というか死の予感はいたるところに満ちて



いる。 ラスト間際の悲劇も当然予想されてしかるべき事故で、心が痛まないことはない



んだけど、「あぁ、やっぱりそうなっちゃうのか」という運命のいたずらというか皮肉というか



・・・。 しかし、のちのモノローグによってそれが必然だったことがわかるのだ。



 この映画が、彼らの<喪の仕事>。



 しかし、クリスティナ・ヤンダの苦悩は計り知れない・・・が、それすらも映画の中に焼き



つけるワイダ監督の老練さというか執念というか、すごいです。 しかもこんなトリッキーな



映画を<文芸作品>という形態で、しかも87分にまとめてしまうとは・・・。


posted by かしこん at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 movie | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする