2012年12月23日

チキンとプラム〜あるバイオリン弾き、最後の夢〜/POULET AUX PRUNE



 一文字だけ切れた〜! 原題は“POULET AUX PRUNES”です。



 劇中に登場する“チキンのプラム煮”のことを指す。



 『ラルゴ』で『ペルセポリス』のことを思い出したら、その監督の新作がやってきた。



 しかも、マチュー・アマルリック主演で!



 天才的な才能をもつ音楽家のナセル・アリ(マチュー・アマルリック)は大事な



ヴァイオリンを失って以来様々なヴァイオリンを探し求めたがどれを使っても、



かつてのような音が出ないことに絶望して、死ぬことにした。



 絶望という病の床にいながら、最期の8日間で自分の人生が走馬灯のように



よみがえる。



   叶わなかった愛が、いちばん美しい。



 なので冒頭に登場したマチューはびっくりするほど老けている。 目が落ちくぼみ、



顔色も悪くて、一瞬誰だかわからないくらい。 しかしある人物に出会ったことで輝き、



拒絶されたことでまた落ち込み、死を願う床の中で見る夢は過去の美しい記憶の中で



彼はまた若きハンサムに戻る。 ナセルの母親をイザベラ・ロッセリーニが演じている



のだけど、回想シーンにおける彼女は実に優雅で美しく、息子に与えた影響が大き



すぎる・・・とおののく。



 なんともまたリアリティは完全無視のファンタジックな作品なのですが、あえて



リアルを描かないことで浮かび上がるリアルもある、ということで。



 舞台はペルシャ・イランということになっていますが・・・巨匠と呼ばれる名演奏家も



お金に困るのかしら?、あたりのことがよくわからない。



   ナセルの永遠の恋人の名はイラーヌ。

                   監督の、イランへの愛?



 ナセルが天才ヴァイオリニスト、巨匠、と呼ばれるようになったのはある意味過去の



悲恋のおかげ。 本来ならばその<引き裂かれた恋>をリアルタイムに描き、その



悲しみからの救いをヴァイオリンに、音楽に求める、というのが正統派のストーリーで



あろう。 しかしその悲しみがあまりにも深ければ、一見救われたように見えてもその



ヴァイオリンを失ったときにまた蘇ってくる。



 そもそも、救いなどあるのか? 人は結局喪失感の穴をどうにかなにかで塞いで



見えない振りをしているだけではないのか? そして芸術家と呼ばれる人々は繊細さを



ごまかせないが故により苦しむのではないか?



   ヴァイオリンを自分の望む音で弾ける・・・それだけで幸せ。



 実は結構残酷な話なんだけれど、ファンタジックで適度なユーモアを交えた語り口



なのですんなり入っていける(ところどころでアニメーションを効果的に利用)。



 それとも、あたしがマチューを好きだからそう思うのか?



 ナセルもつらい目に遭っているけれど、結構ナセル自身も他の人(特に奥さん)に



ひどいことをしている、というのが後半どんどん明らかになり、人生ってなんて残酷・・・



の感が強くなりますが、見終わってみても「チャーミングな物語」という感想は変わら



ないのが不思議で面白い。



 絶望とは死に至る病、といったのはキルケゴールだったかしら。 でもそれって結構



自分勝手だったりするのよね。 でもそこがまた、愛すべき“人間”というやつなのかも。



 マチュー・アマルリックがとにかくキュートで、それだけで満足だったりもするのだが



(ハリウッドもマチューを使うならこれくらいの心意気で!)、この先WOWOWで放送



したら完全保存版にするわ!


posted by かしこん at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 movie | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする