いかにも、ミニシアター系作品です、といった風情。 そのくせ激しい攻撃性と
繊細さを併せ持ち、イギリス労働者階級の苦悩が若者だけでなく老年世代にもある
ことを伝え、そっちに行くか!、という意外性もあり。 衝撃的な冒頭から、観客の
首根っこを引っ張りまくる映画でありました。
ただ、いかんせん観客の平均年齢が高く・・・ミニシアターにあまり足を運ばない
お客さんも多かったのか(それはそれでとてもいいことなんですが)、マナーの悪い人が
目立ったという残念なことに。

ジョセフ(ピーター・ミュラン)は失業中で家族もなく、犬とともに暮らしていたが、
酒びたりのせいなのかもともとの性格なのかうまく感情−それも怒りの制御がうまく
できず、周囲にあたり散らしては物を壊し、我に返っては自己嫌悪の日々を繰り返して
いた。 ある日もトラブルを起こし、逃げるために身を隠した先でハンナ(オリヴィア・
コールマン)と出会う。 ジョセフを罵倒するのではなく気遣う言葉をかけてもらったことで、
ジョセフは自分のつらさを理解しこのままではいけないと感じるように。 ハンナもそんな
彼を応援してくれるのだが、実は天使のように優しいハンナもまたどうしようもない苦痛を
抱えており・・・という話。
ポスターや邦題からイメージされるような素朴さは一切ありません!
労働者階級から一歩も出ることがないジョセフと、ちょっと階級が上の社会の奥様である
ハンナとは本来接点がないのだが、どうやらハンナはボランティアでお店をやっている
(手伝っている?)らしい。 篤い信仰心で初対面の(しかも店に無言で入って来て隠れる)
ジョセフのために祈りを捧げるのもハンナであり、子供を持てないことに涙を流すのも、
夫に逆らえずに怯えて酒に逃避するのもまたハンナである。 人の悩みや苦しみに
階級は関係ない、助け合う人々もまた階級違いではなくひとりひとりの個人である、と
描かねばならないほどイギリスの階級社会は今も根深いのか、と暗澹たる気持ちになる。

キャスティングがリアリティをより演出。 でも場面によってハンナはすごく美しいのです。
と、先行きが暗いのは二人だけではなく、ジョセフのご近所のぼうや(母子家庭で母親が
恋人を連れ込んでいる、児童虐待の温床そのものである)もだし、自宅で生命維持装置に
つながれているジョセフの親友も、アル中である現状にどうもしない別の友人も。
というわけでつらく救いのない話なのですが、ジョセフがだんだんしっかりした人になって
いくというか、もともと持っている資質が目覚めていくように見えるところが救いになって
いて、途中で足踏みもするけれども最終的にはしっかり自分の意志で歩きだす、という
余韻が素晴らしい。 改めて考えるとひどい話なんだけれども、見ている最中はそこまで
重くならないのはジョセフのおかげかと(でも冒頭の彼はほんとにひどいので、ラストでの
彼は別人のようなのだが)。
人は変われるのだ、というのがこんなにも確かな希望になるとは。
悪い方向に行ってしまうとわかっていながらその状況から抜け出せない、と感じる人には
この映画は勇気を与えるかも。
それにしてもジョセフはなんであんなに怒りを抑えられないのか不思議で(もしや情緒
障害的なものかと思うほどで)、あたしはそこまでひどくない・冷静に自分の置かれた
状況を判断してるよな、と自分の足元を確認できる映画でもありました。