2012年12月31日

思秋期/TYRANNOSAUR



 いかにも、ミニシアター系作品です、といった風情。 そのくせ激しい攻撃性と



繊細さを併せ持ち、イギリス労働者階級の苦悩が若者だけでなく老年世代にもある



ことを伝え、そっちに行くか!、という意外性もあり。 衝撃的な冒頭から、観客の



首根っこを引っ張りまくる映画でありました。



 ただ、いかんせん観客の平均年齢が高く・・・ミニシアターにあまり足を運ばない



お客さんも多かったのか(それはそれでとてもいいことなんですが)、マナーの悪い人が



目立ったという残念なことに。



   何度も人生に傷ついて、それでもまた人生に救われる



 ジョセフ(ピーター・ミュラン)は失業中で家族もなく、犬とともに暮らしていたが、



酒びたりのせいなのかもともとの性格なのかうまく感情−それも怒りの制御がうまく



できず、周囲にあたり散らしては物を壊し、我に返っては自己嫌悪の日々を繰り返して



いた。 ある日もトラブルを起こし、逃げるために身を隠した先でハンナ(オリヴィア・



コールマン)と出会う。 ジョセフを罵倒するのではなく気遣う言葉をかけてもらったことで、



ジョセフは自分のつらさを理解しこのままではいけないと感じるように。 ハンナもそんな



彼を応援してくれるのだが、実は天使のように優しいハンナもまたどうしようもない苦痛を



抱えており・・・という話。



 ポスターや邦題からイメージされるような素朴さは一切ありません!



 労働者階級から一歩も出ることがないジョセフと、ちょっと階級が上の社会の奥様である



ハンナとは本来接点がないのだが、どうやらハンナはボランティアでお店をやっている



(手伝っている?)らしい。 篤い信仰心で初対面の(しかも店に無言で入って来て隠れる)



ジョセフのために祈りを捧げるのもハンナであり、子供を持てないことに涙を流すのも、



夫に逆らえずに怯えて酒に逃避するのもまたハンナである。 人の悩みや苦しみに



階級は関係ない、助け合う人々もまた階級違いではなくひとりひとりの個人である、と



描かねばならないほどイギリスの階級社会は今も根深いのか、と暗澹たる気持ちになる。



   ハンサム&美人とは違う基準の

    キャスティングがリアリティをより演出。 でも場面によってハンナはすごく美しいのです。



 と、先行きが暗いのは二人だけではなく、ジョセフのご近所のぼうや(母子家庭で母親が



恋人を連れ込んでいる、児童虐待の温床そのものである)もだし、自宅で生命維持装置に



つながれているジョセフの親友も、アル中である現状にどうもしない別の友人も。



 というわけでつらく救いのない話なのですが、ジョセフがだんだんしっかりした人になって



いくというか、もともと持っている資質が目覚めていくように見えるところが救いになって



いて、途中で足踏みもするけれども最終的にはしっかり自分の意志で歩きだす、という



余韻が素晴らしい。 改めて考えるとひどい話なんだけれども、見ている最中はそこまで



重くならないのはジョセフのおかげかと(でも冒頭の彼はほんとにひどいので、ラストでの



彼は別人のようなのだが)。



 人は変われるのだ、というのがこんなにも確かな希望になるとは。



 悪い方向に行ってしまうとわかっていながらその状況から抜け出せない、と感じる人には



この映画は勇気を与えるかも。



 それにしてもジョセフはなんであんなに怒りを抑えられないのか不思議で(もしや情緒



障害的なものかと思うほどで)、あたしはそこまでひどくない・冷静に自分の置かれた



状況を判断してるよな、と自分の足元を確認できる映画でもありました。


posted by かしこん at 20:24| Comment(2) | TrackBack(0) | 映画 movie | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年12月30日

最終目的地/THE CITY OF YOUR FINAL DESTINATION



 シネ・リーブル神戸での上映だったのですが、実は予告を見た記憶がない。



 てっきり来年公開かなぁと思っていたら12月15日から公開スタートで、しかも



朝一回! マジか!、と「休日は一人の用では出かけない」というルールを破ることに。



 だって、真田広之がアンソニー・ホプキンスと共演だよ?! しかも<長年連れ添った



パートナー>役だよ?(チラシより)、見ないわけにはいかないでしょう!



   あきらめた愛、忘れてしまった愛、だけどここで最後の愛を見つける



 『ゴンドラ』という世界的ベストセラー一冊だけ発表してあとは沈黙を守って死んだ作家



ユルス・グントの伝記を執筆したいコロラド大学の教員オマー(オマー・メトワリー)だが、



グントの遺族から公認許可を断られてしまう。 勿論、非公認で書くこともできるのだが、



公認をとることがコロラド大学との取り決めにある(つまり公認のもとにグントの伝記を



執筆できなければ、大学の職を失う)。 同居する恋人のディアドラにたきつけられ、



オマーはウルグアイのユルス・グント邸に直接交渉に行くことに。 その屋敷には



ユルスの妻キャロライン(ローラ・リニー)の他にユルスの愛人アーデン(シャルロット・



ゲンズブール)とその娘、ユルスの兄アダム(アンソニー・ホプキンス)とそのパートナー・



ピート(真田広之)が住んでいて・・・、という話。



 『ゴンドラ』の書影にあるユルスの写真はアンソニー・ホプキンスの若き日なので、



最初はてっきり双子設定とか、死んだふりをしているが実はアダムがユルスなのでは、



と勘繰ってしまいましたがそんな仕掛けはなく、まっとうな文芸大作でした。 さすが



ジェームズ・アイボリーの名にふさわしいというか。



   ナチュラルな陰影感。



 ウルグアイという異郷の地を舞台にしているということもあるけれど、なにしろ屋敷に住まう



メンバーが濃い。 一応オマーくんが主役なのでしょうが、まわりがすごすぎて狂言回しに



終わっている感じ(いや、それでいいのかも)。



 まずは期待の真田広之ですが、いい! 英語の台詞にも違和感がなく、長く使っている



人みたいだし、なにより存在がキュートだ。 15歳でアダムに拾われた設定でしたが、



40歳となった今でもその頃の面影でみんなに見られているんだろうな、とか、本人も



意識せずともそういう感じが残っているのかやたら少年ぽかったり。 そしてまさかの



ヌードあり! 腰から脚の線が美しくて心の中でどよめきました。 日本の映画なら



こんなシーン見られないよな・・・と、これだけでも見た価値あり感!



   アンソニー・ホプキンスに対等に渡り合ってるし♪



 そしてあたしの大好きなローラ・リニーはまたしても「気が強くて素直になれない、



プライドの高い女」という感じの役ですが、その内側に脆いものを抱えているというベタな



感じまでも美しく、毅然としていて見惚れます。



 シャルロット・ゲンズブールが「23歳なの」というのにはぶっ飛びますが(というか、



劇中の登場人物の年齢設定が俳優に比べて若めなのは生活の疲れなどをちゃんと



出すため? あえて現実離れな設定にするため?)、愛人という立場なれど無邪気で



純粋なところがユルスの死後もみんなと一緒に暮らしちゃってる理由なんだろうなとか、



いちいち説得力があったりして。 アンソニー・ホプキンスは当然の安定感です。



 それにしても、これだけの人たちをひきつけ、死後も足止めさせるユルスとはいったい



何者なのか? オマーは彼のことを調べるはずなのに、周囲の人間関係に巻き込まれる



ような形で自分の足元を見失う(いや、もともと彼もまた泥沼に片足を突っ込んでいると



いう状態なのは冒頭の出来事で暗示されているのですが)。



 いないからこそその人物の存在が大きすぎるのか。



 大きな枷がはずれたあとに、勇気をもって一歩進める、それが<最終目的地>への



スタートなのかも。



   だからこそキャロラインはユルスの残したものを

         ・・・燃やすのか燃やせないのか。



 『ファイナル・ディスティネーション』と口に出せばつい理不尽ホラー映画が浮かんで



しまうのですが、<死>を意識しない最終目的地がある、ということを教わるわけです。



文芸大作っていうと退屈そうだったり意味不明描写が多い感じがしますが、この映画は



まったくそんなことはなかった。 キャストが自分好みって、すごく重要。



 エンドロールで2008年映画と・・・そういえばずいぶん前に「真田広之、アンソニー・



ホプキンスと共演」みたいな記事を読んだことがあるような・・・文芸物は公開が遅れること



多々ですが、真田広之が出演という日本で宣伝できるものがあるじゃないか! 映画の



内容がダメというならまだわかるが、こんなにいい雰囲気なのに、その上、豪華キャスト



なのに。 なんとなく理不尽な気持ちで映画館をあとにした。


posted by かしこん at 23:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 movie | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

砂漠でサーモン・フィッシング/SALMON FISHING IN THE YEM



 原題は“SALMON FISHING IN THE YEMEN”、原作本は『イエメンで鮭釣りを』



だったのですが、イエメンでは客が呼べないと思ったのであろうか。 でもこの映画の



軽やかさは、『鮭釣り』よりも『サーモン・フィッシング』のほうが似合う。



 そんな感じのなんとも大人のファンタジーラブコメでした。



 ダメダメなユアン・マクレガーが見られたのもよかった!。



   イエメンに鮭を泳がせろ!? ありえない国家プロジェクト始動!

    サエない水産学者に振りかかった無理難題。 それは信じる力を取り戻す旅。



 「イエメンでサーモン・フィッシングがしたい」というシャイフ(アムール・ワケド)の希望を



かなえるために、イギリス国内の代理人であるハリエット(エミリー・ブラント)は鮭の



専門家である水産学者のジョーンズ博士(ユアン・マクレガー)に接触する。 そんなのは



無茶な話、と一顧だにしないジョーンズだが、アフガンに対する英国の関与問題から



国民の目をそらせたい英国政府は「アラブでちょっといい話はないか」とシェイフの



プランに乗る。 予算無制限・何してもよし、となった<イエメン鮭釣り計画>に不承不承



取り掛かるジョーンズだが、金持ちの道楽だと思っていたシェイフの心の底からの



情熱を知り、そして困難な計画故やり遂げたくなるという科学者としての本能が刺激され



・・・という話。



   やる気のないプレゼンは絵にも表れる。



 あらすじだけで十分にテイストがわかり、その先も想像がつくのではありますが、そこは



監督がラッセ・ハルストレムだけに、手堅くまとめるだけでなくプラスアルファがあるのです。



 妻の尻に敷かれ、仕事への情熱がルーティンワークの退屈さに乗っ取られそうなダメ



学者、という初期設定から、出てきたばかりのユアン・マクレガーはほんとにカッコ悪いと



いうか精彩のない感じなのであるが、研究に真摯に向かい合うようになってくると次第に



輝きを増す! それでも私生活においてはなかなか判断を下せないというダメぶりを



引きずっていて、<ダメ男の似合うユアン>健在です。



 それに比べたらエイミー・ブラントはちょっと類型的な役ではあるけれど・・・十分に



チャーミング。 恋愛方面の彼女の悩みはそれなりに観客の共感を得るものであった



かと(まぁ、そんなよくできた話があるか!、とつっこまれたらそれまでですが)。



 が、なにより物語を引き締めるのがアムール・ワケドさん演じるシェイフ・ムハンマドの



存在! 彼の一言一言がなんか染みるのです。 上に立つものはこうあらねば、の見本



みたいな人で、だからこそ孤独も深いのだろうな、という。 自国人には言えないだろう



ことをジョーンズ博士には言う、みたいなことされたら、そりゃジョーンズ博士もがんばっ



ちゃいますよね!



   二人を繋ぐのはともに<釣り人>であること。



 と、そんな基本的にいい人ばかりで物語が進むわけではなく、かき回す存在として一人



悪目立ちするのが英国政府広報担当のパトリシア(クリスティン・スコット・トーマス)。



政府のプラスイメージになりそうなことなら何でもやるし、役に立たないと判断したら



容赦なく切るその姿はビジネス的には正しいのかもしれないけど人としてはどうよ!、の



これまた見本。 でもクリスティン・スコット・トーマスはやたら楽しそうに演じているのだ、



周囲の迷惑返り見ずに振舞ってみたい願望というのも誰の中にもあるのだろうか。



 不可能を可能にする地道なプロジェクト、恋愛、政治風刺、人間関係、陰謀、再生と



様々な題材を取り込みながらコメディ路線を進み、シリアスを挟みつつ結果的に



<ファンタジックなラヴストーリー>におさめるとは、さすがです。 生涯の一本ではない



けれども、見たあとにさわやかで穏やかな気持ちにしてくれる。



 そういう映画ってよくありそうで、実は少ない。


posted by かしこん at 23:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 movie | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年12月29日

悪の教典



 原作は結構前に読了済み。 映画は見る気はなかったのですが(三池監督、ちょっと



苦手だし)、生徒役に二階堂ふみと染谷将太が出ると・・・『ヒミズ』のふたりをそのまま



持ってくる監督の図々しさにあきれつつ、あの二人が普通の高校生としての生活を送る



姿が見られるのならば見たいなぁ、というとんでもない弱みを刺激されたような格好に。



   まるで出席を取るみたいに、先生はみんなを殺し続けたんだ。



 高校の英語の教師・蓮実聖司(伊藤英明)は“ハスミン”というニックネームで



生徒たちからも慕われ、周囲の教師からも一目置かれる存在。 しかし実は彼の



本質はサイコパスであった・・・という話。



 なんとなく原作から抱いていたサイコパスのイメージがこの映画ではちょっと違う



感じで解釈されているような・・・ま、傍迷惑な存在であることには間違いないですが。



映画として新しい表現は、彼のテーマソングとして『匕首マッキー』と『マック・ザ・ナイフ』を



使っていること。 ここはすごくいいなぁ!、と思ったけれど。



 ハスミンの内面にクローズアップしすぎてるせいで最後のあれも彼の計算であることが



伝わりづらいというか、彼の幻聴・幻覚みたいなものを描いてしまったら反社会性人格者と



いうより精神異常者ではないか、という気がしてしまい、<悪>のどうしようもなさが浮かび



上がらないではないか、とちょい不満。



 まぁ、そこは伊藤英明が一皮むけた熱演、ということで満足すべきか(三池監督が彼を



気に入りすぎだからなのではないか、とハスミンの脱ぎっぷりのよさから感じたり)。



性格が悪いことを自覚している性格の悪い男をやらせたら右に出る者がいない吹越満が



出番少ないながら強烈だったり、林遣都くんが「あ、あの生徒役か!」と出てきた瞬間に



わかってドッキリしたり、あと大人が微妙に『のぼうの城』とキャストがかぶっているのが



気になってみたり。 二階堂ふみの役はあれだろうけど、と予測してましたが(そういう



意味では原作に忠実)、染谷くんそっちか!、とわかったら脱力。 どっちにしろ別れ



別れになるふたりなのね・・・それでも、普通の高校生活を送るふたりが少しの間でも



見られてよかったです(だからもはや目的はなんなのかと)。



   心なごむ三人の姿だったなぁ。



 ラストに向かい皆殺し展開ですが、それに対して何も感じない自分・・・どうしよう。



 しかし驚愕したのは To be continued.



 え、続くんですか!?(映画は原作のラストまで描いてます)



 意味がわからなくてぼーっとしていたら、エンディングクレジットにはエグザイルな



方々の歌が・・・いやいや、ここ、『マック・ザ・ナイフ』を使うべきなんじゃないの?



 大人の事情って完璧でない映画すらも台無しにするわ。


posted by かしこん at 21:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 movie | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

007 スカイフォール/SKYFALL

 これ、新しい『カジノ・ロワイヤル』から何年後って設定なんだろう?(前作『慰めの報酬』はそのまま続きという時間軸だったが) ボンドがなんか老けてるよ!、というのがファーストシーンの印象。 が、それは彼がもう駆け出しではなくある程度の実績がある<ダブルオー要員>になったことの証明。
 オープニングの怒涛のアクションのさなか(CMでも流れてましたが)、ふと乱れた袖の位置を直す仕草。 おぉ、英国紳士だ!
 毎回期待のオープニングクレジット、今回はアデルがテーマソングを担当ということで・・・往年の007的メロディでありながらしっかりアデルの歌になっていて(彼女が歌う姿が目に浮かんだ)、アカデミー賞のステージで歌ってくれないものかなぁ、と思う。 ここまでで結構満足してしまったあたし、それで正解だったかも。

  007スカイフォールポスター2.jpg この映画にはキャッチコピーがありません。
      それはそれでチャレンジであり、自信?

 Mの監視役としてやってくる男(レイフ・ファインズ)がすごくイヤミンな感じで面白い(で、実はいい人なんだろうなぁ、みたいな)。 新顔Qとして登場するベン・ウィンショーが、これまでのどの映画で見るより若くて、「若返ってる!」と驚愕。 ボンドもQを子供扱いですが、『パフューム〜ある人殺しの物語』の印象が強すぎて大丈夫かと勝手に心配していた彼がいろんな役を見せてくれるのはとてもうれしい。

 それにしても、『スカイフォール』って、もしかして番外編?、と感じてしまうほど、ジェームズ・ボンド(ダニエル・クレイグ)の<自分探し>もしくは<ミドルエイジ・クライシス>がテーマになっているような・・・『ダークナイト』にも似た、<自己の存在証明>を迫られている感じ。 ヒーローが自分の存在を自分で肯定する道を見つけなければならないほど、この世界は混迷しているのでしょうか? いるんでしょうね。
 というわけで、今回の敵はボンドの上司M(ジュディ・デンチ)に個人的な恨みを抱くかつてのMの部下・シルヴァ(ハビエル・バルデム)。

  007スカイフォール01.jpg なんとシルヴァのアジトは軍艦島だ! ロケOKなの?

 ある意味内輪げんかであり、ひとつの精神世界に住みつく白と黒の戦いにも思える(このあたり、キリスト教的世界観にも通じるのかもしれませんが、あたしにはよくわからず)。
 勿論、アクション山盛り・異国情緒あふれる最新鋭の映像美あり・スコットランドに戻っての伝統的展開と<王道のアクション映画>なのではありますが、実は地味にストーリーを追っていくとつじつまが合わない部分が・・・そこは言ってはいけないのだ。
 劇中でシルヴァが「今や世界征服なんか秘密組織をつくらなくてもネット環境があれば可能」みたいなことを言うのですが、そういう時代になっている以上ボンド・ガールって必要?、というあたしの懸念を笑い飛ばすかのごとく、今回ボンドに関係する女たちは「え、それだけ?」みたいにあっさり消えていく。 ボンド・ガールなんて実はいらないことを制作陣はよくわかっているようである。

  007スカイフォール02.jpg ま、今回いちばん目立ったのはMだけど。

 歴史ある作品だからこそ、時代に即して新作をつくり続ける意義を問い直していかなければならないというのは重たい作業なのね。
 それだけに、ラストにびっくり!
 これって、ショーン・コネリーの時代につながるじゃないか!
 原点回帰を図っていたのか!
 MI6の崩壊と再生が裏テーマだったのか(Mとボンドが疑似家族的関係だったことを考えれば、MI6は家であり家庭。 わ、監督はサム・メンデスだった! 『アメリカン・ビューティー』のテーマをここにも投入か?!)・・・と盛り上がったので、中盤以降のつじつま合わない感はどうでもよくなりました。 むしろ、この次はどうなるのだ!、という期待感に包まれる。
 結果的に、よかったんじゃないでしょうか、この映画。 むしろ007ファン必見!

ラベル:映画館
posted by かしこん at 20:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 movie | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年12月28日

大混乱の仕事納め



 今月上旬からあまりにバタバタしすぎており、今日が仕事納めであるとは俄かに



信じ難かったのであるが、確かに年内最終日である。



 「いいんですか、明日から休みに入っていいんですか!?」、と聞きたいくらい



とっちらかっている・・・プリントアウトした書類の置き場所に困って、あやうく家に



持って帰ることになるかと思った(その方が危険)。



 一応、29日から明けて1月3日まではお休みである。



 しかし4日は金曜日だ・・・結局5日も出勤することに。



 おかげで年末年始感覚がまったくなく、プロジェクトが中断している宙ぶらりんさで



いっぱいである。



 しかし今日は12月28日。 図書館からお呼び出しメールをもらっているのに全然



取りに行けてない(『極北』は第二章に入ったところでタイムアップ、夜間の返却ポストに



投げ込んだ)。 こっちの休みと同じ期間で図書館は休みを取るので、今日行かないと



1月4日に行かないと流される。 仕事の合間に図書館に行くことにした。



   マンハント〜リンカーン暗殺犯を追った12日間

                  /ジェイムズ・L・スワンソン




 『声をかくす人』と『リンカーン/秘密の書』のおかげでアメリカ北部と南部はなんで



そんなに仲が悪いのか、知りたくなって。 これ一冊で答えが出るとは思わないけど、



とっかかりやヒントがあるのではないかと。



   最終目的地/ピーター・キャメロン



 先日見た映画(レビューはまだ全然書けていません)の原作本。 映画の雰囲気が



すごくよかったのと、あたし好みの豪華キャストだったので追体験したくて。



   ブラックアウト/コニー・ウィリス



 買おうかどうか悩んでいて、とりあえずで図書館に予約を入れたらもう来たよ!



<新ハヤカワSFシリーズ>(通称:新銀背)史上最厚。 続編『オールクリア』はもっと



長くなるので史上初の上下分冊になるらしい。 となると買った方がいいのか・・・。



 ふと、気づく。 図書カードの有効期限が2012年の12月末まで。 今じゃん!



 あわてて更新手続きをしていただく。 「図書カード番号が新しくなりますので・・・」と



言われる。 はっ、前の番号はそらで覚えていたのに、覚え直しか!



 が、もっと問題は、あたしが神戸に来てから10年がたった、ということである・・・



(図書館の貸し出しカードの有効期限は10年間)。 ひとつの都市に10年間続けて



住んだのって、生まれて初めてかも。 合計年数では地元の方が長いけど、大学



などで中断してるから。



 もう10年も住んでいるのか、と、10年間一ところに住んだことがない自分ってどう



なの?、と自らの流転(?)の人生を顧みる。



 仕事に戻り、なんだかんだと帰る頃には電車のホームは最終電車であると告げて



いた。 ええっ! もうそんな時間?



 やっぱり、年末感はゼロである。


posted by かしこん at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 本・読書 reading books | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年12月27日

のぼうの城



 もしかしたらやっちゃったかなぁと思ってはいましたが・・・やっちゃいましたよ。



 時代は戦国末期。 豊臣方の石田三成軍2万人に対してたった500人で忍城(おし



じょう)を守った城代・成田長親(野村萬斎)と、彼を支える城の中の者たちの物語。



   この男の奇策、とんでもないッ!

      豊臣軍にケンカを売った、でくのぼうがいた。



 なんというか・・・水攻めのシーンが3.11の津波を思い出させるからと公開が1年



延期になったのだが・・・それでもちょっとうっとくる映像(何シーンも繰り返されるから



余計にそう思えるのだろう)。



 が、そもそも冒頭の人名表記とかナレーションとかが「これはまっとうで本気の時代劇



ではない、パロディです」って言ってるみたいでまず肩すかしだし。 そしていろんな



意味で野村萬斎に頼り過ぎなのが見える悲しさというか・・・中途半端に長いし、佐藤



浩市は佐藤浩市でいいんですけど、それ以上でもそれ以下でもないし・・・ほんとに



演技を監督した人はいるのか? 野村萬斎にまかせっきりじゃないのか?!



   実際、野村萬斎あっての作品ですよ。

     戦国末期だというのに、長親殿だけ考え方が現代人なのも不思議。



 というわけで、途中、ちょっと寝ちゃいました・・・。



 しかしエンドロールで、かつての忍城跡周辺の今が映されるんだけど・・・地名という



ものにはそれぞれ謂れがあり、だからこそ名前が残っているのだ、という静かな主張



にはちょっと胸を打たれた。 ちょっと前、市町村合併が流行って地名がいろいろと



変わってしまったけれど(町名など狭い範囲には残っているのかもしれないが)、名前に



残る伝統を無視して変えてしまっていいものかという危惧をあたしはひそかに抱いて



いただけに、この指摘にそのことを思い出しましたよ。



 この国の歴史はつながっている。



 北東北は長い間歴史の教科書に登場しない土地柄なので、神戸に住むようになって



関西には日本の歴史のキーワードがいっぱい散らばっているではないか!、と驚愕



したのですが、住んでいる人は意外と気にしてないというか、なんとも思っていないと



いうか・・・もったいないです。


posted by かしこん at 04:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 movie | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年12月26日

ウーマン・イン・ブラック 亡霊の館/THE WOMAN IN BLACK



 結構前ですが、『ウーマン・イン・ブラック』の舞台をあたしは上川隆也・斎藤晴彦の



二人芝居で見まして・・・大変見ごたえがあった!、と記憶していました。



 メインキャスト以外の役柄も二人でそれぞれ分け合って演じるので、役者の技量が



試されるし見てる方も満足度高いし、ということで大変面白かったのですが、「あれ、



こんな話だったっけ・・・?」と映画を見ながらしばし困惑。



   見たら、逃げられない。



 19世紀末のイギリス・ロンドンで弁護士として働くアーサー・キップス(ダニエル・



ラドクリフ)は長男の出産の際に妻を亡くしたことに今もさいなまれている。 乳母も



頼むが父親一人での子育ては金がかかるのに仕事にも集中できないため、財政難が



押し寄せている。 仕事を選べる状態ではない彼は、上司から田舎町へ出張し、イール



マーシュの館の売買手続きを片づけてこいと命じられて4歳の息子を乳母に託して夜行



列車に乗る。 果たして、そのイールマーシュの館がある村はよそ者を嫌い、散々な



態度を取られた揚句、次々と奇妙な出来事がアーサーを襲う・・・という話。



   館はゴシック。



 時代設定は映画でははっきり言っていないんだけど、アーサーが列車の中で読む



新聞に「コナン・ドイルが交霊会に興味を示す」みたいなことが書いてあったり、村で



いちばんのお金持ちのデイリー(キアラン・ハインズ)だけが村で自動車をもっていたり



ということからだいたい推測できるかと。 ハリー・ポッターのあとにいきなり現代劇では



なく時代モノを選ぶあたり、妻子持ちという設定のみで成長した感を見せつけ、あとの



雰囲気はそんなに変わってないと思わせるような戦略を感じますが、原作がイギリスの



古典的なゴーストストーリーなので(しかも演出にJホラー要素をたっぷり使っている)、



ハリポタファンだからと見に来た少年少女にはトラウマになったのではないかと少々



心配してしまいます。 それくらい、結構どぎつくホラーです(血しぶきは飛ばないから



レーティングくぐりぬけたのかしら)。



 そんなわけで(?)、ダニエル・ラドクリフほぼ一人芝居の場面が多いのですが、



映画的工夫がそこかしこに。 でも日本人から見ると「あ、これ『リング』だ、『呪怨』だ」



だったりするんですが・・・(ロッキングチェアの場面で舞台との繋がりのことも思い出し



ましたけど)。



   あぁ、このシーンも舞台にあったなぁ。



 個人的にはキアラン・ハインズが素敵! いつもはいい人だか悪い人だか微妙(で、



どちらかといえば悪い人が多い)なんですが、今回は最初から最後までいい人だ!



(それでよろこぶのもなんだかなって話ですが)



 ただ、キアラン・ハインズはやはりベテランだしうまいので、この二人での芝居と



なるとダニエルくんの若さが見えてしまうのがちょっと残念かな・・・と。 仕方ないん



ですけどね! あと、アーサーと黒衣の女とのやりとり(?)のくだりが思いのほか



長く感じてしまったのもちょっと残念かな(2時間越えぐらいの気分だったのですが、



実際の上映時間は95分!)。



 それにしても、何故欧米の人形やおもちゃはリアルでかわいくないのか・・・だから



余計に小道具としての怖さがあるんだけど(屋敷に<見猿聞か猿言わ猿>があった



んだけど、東洋趣味なのか? Jホラーへのオマージュか?)。



 やはり日本のキャラクター文化は独特なんだな、と納得した次第。



 古典的作品を正統派で演出、という心意気は買いますが、結構音で驚かしてる部分が



多くて・・・ちょっとそれはあざといかな、と。 イメージをうまく使っている場面もあるん



だけどね。 ホラーファンは、大変贅沢で、我儘です。


posted by かしこん at 04:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 movie | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年12月25日

人生の特等席/TROUBLE WITH THE CURVE



 すごいなー、イーストウッド、映画つくりまくりだな!、と思っていたら、これは



彼の監督作品ではなく、珍しく主演しただけの作品であった。



   スカウトマン、娘1人。 キャリア最後の旅に出る。



 長年、大リーグの名スカウトとして活躍してきたガス(クリント・イーストウッド)だが、



今シーズンはいつもと調子が違った。 近年、視力が落ちてきたのは確かだったの



だが、明らかに目が見えない部分がある。 だが全く治療しようという意志も見せずに



今まで通りの日々を送るが、近しい者はその異変を感じることになり、娘のミッキー



(エイミー・アダムス)に連絡を取る。 弁護士として活躍し、事務所のパートナーに



昇格しようかという大事な時期ながら、ミッキーはガスのもとを訪れる。 これまで



あまりい父娘関係ではなかったことに解決策を見いだせるのではないかと願いながら。



   だから彼女は携帯電話を手放さない。

      夜は仕事、モーテルからメールや書類のやりとりで忙殺。



 結果的には「そうなるんだろうなぁと思った通りの話にはなったが、そうなってほしい



なぁと思う流れだったのだからいいんじゃないか」という、「まぁまぁいい話」なのですが



・・・そこに至るディテールに、ちょっとつっこまずにはいられない要素が。



 ガスの目の症状は明らかに緑内障とかそういうタイプが疑われるのだが、早く手を



打てば何らかの解決方法はあるはずなのだが何もしない(ま、これはある年齢以上の



男性にありがちな、病状をはっきりさせれば現実に向き合わなければならなくなる−



ならば病状に気づかない振りをすればなかったことになるのでは、という女性から



見れば意味不明な自己防衛本能なんでしょうが)。



 で、ガスが目が見えにくくなっている描写として、ハンバーグを焼いているのに



焦げているのに気がつかない、というのがあるのだが・・・目は見えにくくても鼻は



きくでしょ? しかももうもうと煙が上がるくらいなんだから焦げてんのわかるじゃん!、



などという<目が見えない>ことを強調したいがあまりに現実的でない描写が目立つ。



 しかしそれ以上にイーストウッドが<自らの老い>を堂々と曝している、ということに



度肝を抜かれるのであります。



   補聴器・老眼当たり前、妻の墓の前で

        グチるし、その他肉体的な衰えを惜しげもなく披露。



 回想シーンにおける乱闘場面などは『ダーティーハリー』とか昔の映画から持って



きたのか?、だし、自分の映画人生の移り変わりもまたこの映画の中に閉じ込めた



かのような。 が、ただのジジイとはちょっと違うぜ、という部分も随所ににじませる。



 娘との関係性が悪くなったきっかけは、「え、そっち行くか!」だったりしますが



(それともそれがアメリカのリアリティなのか・・・)、それがあっさりスルーされることにも



心の中でどよめく。 エイミー・アダムスが<健康に気を遣うことがライフスタイル>の



有能な弁護士をやっていますが、だからってモデル並みのスタイルではないところが



普通っぽくて微笑ましい(わざと太ったのか?、と思うくらいで)。



 スカウトたちの仕事場は男社会、その中で生きていけばそうなる・・・というのなら、



なかなか男社会は女に優しくないような、ハードであるような。 これが父と息子ならば



また違った話になるんでしょうが、父と娘であることが<より、いい話感>を盛り上げて



いるように思える。



   かつてガスにスカウトされて野球選手になった男。

   今は現役選手を引退し、スポーツ実況の希望を抱きながらのスカウト一年生。



 いつもなんとなくいらっとくるジャスティン・ティンバーレイクが、今回は脇にまわって



あまり出しゃばらない役柄だったのが好印象。



 というかこの頃、ジョン・グッドマンが脇でおいしい役続いてるんですけど!



 タイトルの<カーブについての問題>が、野球のカーブボールと人生の曲がり道と



いうダブルミーニングになっているのがちょっといい感じ。 好意的かつハッピーエンドを



暗示する邦題になってしまうのは、観客ターゲット年齢が高いのであろうことからは



仕方のないことかと・・・。



 定番だからこそ、胃にもたれない。 そんな手堅い映画でしたな。


posted by かしこん at 01:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 movie | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年12月24日

シティボーイズミックス、来年の公演が決定!



 どうやら来年のシティボーイズミックスの公演の情報が出た模様。





>帰ってきたシティボーイズミックス!

>ゲストに「いとうせいこう」を迎えて1年半ぶりの大阪公演決定!

シティボーイズミックス PRESENTS

「西瓜割の棒、あなたたちの春に、桜の下ではじめる準備を」



>出  演 : 大竹まこと・きたろう・斉木しげる(シティボーイズ)

>        中村有志 いとうせいこう

>        戌井昭人 笠木泉

>作・演出 : 宮沢章夫



>2月16日(土)チケット一般発売

>【大阪公演】

>[日  時] 4月19日(金)   ―   19:00

>          20日(土) 13:00 17:00

>          21日(日) 13:00

>                   ※開場は開演の30分前

>[会  場] シアター・ドラマシティ





 えっと・・・あたし、ドラマシティ含む梅田芸術劇場のネット会員ですが・・・チケットの



先行発売はあるのかしら? まだ先だから詳細未定?



 東京公演があって大阪、名古屋、北九州とまわってGWが終わるらしい。 春公演、



いつもより早めのスケジュールだ。



 しかもいとうさんが出るときは作・演出家が新しくなるとき・・・宮沢章夫って三木聡の



前に組んでた人じゃん。 一回転して逆戻り? それとも、この年になったからまた



新しくもう一度? ともかくも、いとうせいこう・中村有志と5人が揃ったときの安定感は



半端ないので是非是非万障繰り合わせの上で劇場に行きたいものだ!


posted by かしこん at 03:47| Comment(0) | TrackBack(0) | シティーボーイズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年12月23日

チキンとプラム〜あるバイオリン弾き、最後の夢〜/POULET AUX PRUNE



 一文字だけ切れた〜! 原題は“POULET AUX PRUNES”です。



 劇中に登場する“チキンのプラム煮”のことを指す。



 『ラルゴ』で『ペルセポリス』のことを思い出したら、その監督の新作がやってきた。



 しかも、マチュー・アマルリック主演で!



 天才的な才能をもつ音楽家のナセル・アリ(マチュー・アマルリック)は大事な



ヴァイオリンを失って以来様々なヴァイオリンを探し求めたがどれを使っても、



かつてのような音が出ないことに絶望して、死ぬことにした。



 絶望という病の床にいながら、最期の8日間で自分の人生が走馬灯のように



よみがえる。



   叶わなかった愛が、いちばん美しい。



 なので冒頭に登場したマチューはびっくりするほど老けている。 目が落ちくぼみ、



顔色も悪くて、一瞬誰だかわからないくらい。 しかしある人物に出会ったことで輝き、



拒絶されたことでまた落ち込み、死を願う床の中で見る夢は過去の美しい記憶の中で



彼はまた若きハンサムに戻る。 ナセルの母親をイザベラ・ロッセリーニが演じている



のだけど、回想シーンにおける彼女は実に優雅で美しく、息子に与えた影響が大き



すぎる・・・とおののく。



 なんともまたリアリティは完全無視のファンタジックな作品なのですが、あえて



リアルを描かないことで浮かび上がるリアルもある、ということで。



 舞台はペルシャ・イランということになっていますが・・・巨匠と呼ばれる名演奏家も



お金に困るのかしら?、あたりのことがよくわからない。



   ナセルの永遠の恋人の名はイラーヌ。

                   監督の、イランへの愛?



 ナセルが天才ヴァイオリニスト、巨匠、と呼ばれるようになったのはある意味過去の



悲恋のおかげ。 本来ならばその<引き裂かれた恋>をリアルタイムに描き、その



悲しみからの救いをヴァイオリンに、音楽に求める、というのが正統派のストーリーで



あろう。 しかしその悲しみがあまりにも深ければ、一見救われたように見えてもその



ヴァイオリンを失ったときにまた蘇ってくる。



 そもそも、救いなどあるのか? 人は結局喪失感の穴をどうにかなにかで塞いで



見えない振りをしているだけではないのか? そして芸術家と呼ばれる人々は繊細さを



ごまかせないが故により苦しむのではないか?



   ヴァイオリンを自分の望む音で弾ける・・・それだけで幸せ。



 実は結構残酷な話なんだけれど、ファンタジックで適度なユーモアを交えた語り口



なのですんなり入っていける(ところどころでアニメーションを効果的に利用)。



 それとも、あたしがマチューを好きだからそう思うのか?



 ナセルもつらい目に遭っているけれど、結構ナセル自身も他の人(特に奥さん)に



ひどいことをしている、というのが後半どんどん明らかになり、人生ってなんて残酷・・・



の感が強くなりますが、見終わってみても「チャーミングな物語」という感想は変わら



ないのが不思議で面白い。



 絶望とは死に至る病、といったのはキルケゴールだったかしら。 でもそれって結構



自分勝手だったりするのよね。 でもそこがまた、愛すべき“人間”というやつなのかも。



 マチュー・アマルリックがとにかくキュートで、それだけで満足だったりもするのだが



(ハリウッドもマチューを使うならこれくらいの心意気で!)、この先WOWOWで放送



したら完全保存版にするわ!


posted by かしこん at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 movie | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年12月22日

危険なメソッド/A DANGEROUS METHOD



 デヴィッド・クローネンバーグ新作。 またしてもヴィゴ出演!、ということに心が



躍りましたが、主役はマイケル・ファスフェンダー。 しかもファーストクレジットは



キーラ・ナイトレイだという不思議な状態に。 ま、この三人の関係がメインだから



いいのか。



   許されぬ愛。測れない心。

      偉大な心理学者ユングとフロイトの軌跡を辿る、史実に基づいた物語。



 ユング(マイケル・ファスフェンダー)の新しい担当は、ヒステリー発作持ちの



精神病患者ザビーナ(キーラ・ナイトレイ)。 暴れ回わる彼女にかねてより考えて



いた対話療法を試すことにしたユングは、患者との信頼関係を深めていく。 そして



理論上同じ系統の先頭を走るフロイト(ヴィゴ・モーテンセン)に、その過程を持って



会いに行くことから、精神医学上・現代思想上でも貴重なふたりの師弟関係は始まる。



 ユングはもっと直接的に(それこそ同じ大学で、とか)フロイトに師事していたんだと



思いこんでいたあたしはそのことにちょっとびっくり。 フロイトの著作は読んでいた



けれど、結構ユング手薄だ・・・と思い当たりました。



 ユングの「私は偶然を信じない」という口癖に笑いがこみ上げる。 これがシンクロニ



シティのきっかけか!



   いろんな意味で、フロイトは大人。



 それにしてもユング、なんてダメダメなんだ! 坊ちゃんかおまえは、というような



世間知らずさというか空気の読めなさというか。 なんとなくフロイトの考え方が



古くさいと感じられてユングは師から離れたのかと思っていましたが(もしかしたら



ユング自身はそう思っているのかも)、こりゃ、フロイトの方がユングから離れたの



かも、と思わされたりして。



 そしてまたもやってくれるヴィゴは、最初からそうだとわかっていなければヴィゴ・



モーテンセンだと気づかない見事なカメレオン振り。 というかアラゴルン(『指輪



物語』のね)があの人にとっては特殊な役どころというか扮装だったんだろうけど、



『ヒストリー・オブ・バイオレンス』とも『イースタン・プロミス』とも全然違うんですよ。



そりゃ、クローネンバーグもずっと仕事したいと思うだろうなぁ。



 対話療法について突き詰めていくはずの師弟の連絡のとり方は手紙。 片方から



片方への一方的な語りかけ。 これが葛藤を抱えた友情への対処法?



 ともかくも、この映画の肝は<会話・言葉>です!



 そう、対話でこそ深層心理を解放させられると思うからこその対話療法なんだけど、



自分が体験した過去・夢などを言葉で語るということは、ひとつのフィルター越しに



物事を探るということ。 だからこの映画もまた、直接的表現は避けて(あえて映像では



現さず)台詞の積み重ねによって本質にアプローチする。



 原作が舞台劇だから、ということもありますが・・・クローネンバーグにしてみたら



ものすごい自制の結果なのでは?!、とか感じたり。 なのでとても洗練された感が



あります。 だから会話で持たせられる俳優を選んでいるわけね!



   ザビーナはユングのどこがよかったんだろ

                       ・・・やはり<転移>かなぁ。



 キーラ・ナイトレイが発作のとき顔をつくりすぎ(顎が出過ぎ)なのがすごく気に



なりましたが・・・美人であることを捨て去る役作りはさすがです。



 フロイトの生活苦っぷり(というか子沢山で贅沢はできないという普通の感じでは



あるのだが、ユングが恵まれ過ぎてて腹立たしい)がせつない。 で、ユングは自分が



恵まれていること(財産家の奥さんのおかげだけど)に自覚がないので余計ムカつく



のですよ。



 フロイトとユングの決別、という大事件を出会いから終わりまで2時間に満たない



時間で、会話と役者の表情と静かな映像で描ききったこの映画、なんとも味わい



深いのです。 第一次大戦前のチューリッヒとウィーンが主な舞台、というのも



穏やかでよかったかも(しかし、その後に訪れるであろう世界大戦への予兆めいた



ものは見えるのだが)。



 やっぱりクローネンバーグ、好きだなぁ。 なんだかんだ言いつつヴィゴも好きです。


posted by かしこん at 23:59| Comment(2) | TrackBack(0) | 映画 movie | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年12月21日

エル・グレコ展@国立国際美術館



 先日の折に、エル・グレコ展にも行ってまいりました。



 意外と、思ったよりもお客さんが少ない感じでラッキー(それとも、大阪ではエル・



グレコは人気がないのだろうか、とハラハラ)。



   スペイン美術黄金時代の巨匠 世界の傑作、奇跡の集結!



 確かに、エル・グレコ作品は日本にあまりない感じ・・・ここまでいっぱい見られる



チャンスはなかなかない。 冒頭の説明板に「“エル・グレコ”とはスペイン語で



“ギリシャ人”のことである」みたいなことが書いてあって、「あ、知ってる知ってる」と



思ってから考え込む。 何故あたしは知っているのか!



 答えは、『サラディナーサ』でした(で、フェリペ2世やドン・ファン、ドレイク提督や



オレンジ公ウィリアムなどのことを思い出す)。



 あぁ、この緑がかった青の衣と赤の衣の対比が好きなんだよね!



   <受胎告知>



 やはりキリスト教関係の題材が多い(フェリペ2世の肖像画などもありましたけど)。



時代の需要なのかな・・・修道士っぽい人の肖像画もとても素晴らしかったが。



 宗教画はなにしろ背景に対する知識が乏しいので、わからないことが多いのですが、



わからないなりに一枚の絵として訴えかけてくるものを感じ取れるようにはなってきた



かも。 習うより慣れろ!、ですかね。



 そして今回の展覧会の目玉がこちら。



   <無原罪のお宿り>



 全長3メートル、という大きさにまず圧倒される。 それに、どこから見ても、結局



見上げていけばある一点に視点が集中するようにできている構図に完敗。 天使が



天上の音楽を奏で、鳥たちが祝福に集まる、という華やかな美しさとよろこび、荘厳さが



混ざり合ってますよ。



 あたしの好みからいうとエル・グレコのタッチは許容範囲ではあるけれど「ものすごく



好き!」って感じではない。 それでも圧倒させられ、「これ素敵!」と思う絵もあり、



さすが巨匠と呼ばれる人は好みじゃない人間までも魅了する力がある、ということなん



でしょうな・・・。



 それにしても、ちょっと前まで「無原罪の御宿り(おんやどり)」と読んでいた気が



するんですが・・・あたしの勘違いでしょうか。



 ポストカードの値段が¥100から¥120に値上がりしていたことにかなしさを覚えた。


posted by かしこん at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 舞台・演劇・芸術・イベント | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年12月20日

ロックアウト/LOCKOUT



 最近(というかずっと)、リュック・ベンソンとは相性の悪いあたしだが・・・監督が



違うからまぁなんとかなるかなぁ、と。 というか、ガイ・ピアースのファンなのです。



彼が肉体改造をしてがらっとイメージチェンジをするというので・・・。



 2079年。 CIAエージェントのスノー(ガイ・ピアース)は今時珍しい、昔気質の



“すかしたヤツ”タイプで、有能ながらトラブルメイカー。 で、当然彼をかばってくれる



身内は組織にはいないので、濡れ衣を押しつけられた機密漏洩の罪で裁判なども



すっ飛ばして監獄におくられることに。 この時代、刑務所は宇宙に浮かんでいる。



囚人をコールドスリープさせておくため、脱獄は不可能と言われるのが宇宙刑務所



MS−1。



   2079年、究極の監獄は地球上には存在しない・・・

     ――脱獄成功率0%――おまえは修羅場に潜入せよ。



 が、ちょうどそのとき、MS−1には合衆国大統領の娘エミリー(マギー・グレイス)が



視察中、一気にトラブルが起こり囚人たちが刑務所を制圧して声明を送ってきた。



スノーは司法取引(?)として、エミリーを助け出せば罪をなんとかしてやると言われるが、



そんな小娘を助ける義理は彼にはない。 が、スノーが機密データを託した相手が



MS−1にいると知り、宇宙刑務所潜入に同意するのだった。



 と、自分であらすじを書いている間に「無茶苦茶な話だな・・・」という感想が浮かんで



きます。 事実、その通りの内容でした。



 冒頭のチェイスシーン、背景のCGのあまりのチープさに涙が出そうになった。



   ゲーム以下だろ、これ。



 ガイ・ピアースにはスターダムにのってほしいのですが、これはないよぉ。



 そして、どこかで見た場面、どこかで見た展開、どこかで見たようなカットでつながって



いくこの映画、サスペンスフルなアクションのはずなのに、途中でちょっと、寝ちゃったよ



・・・悪役がしょぼいんだもん、シチュエーションで盛り上げておいてそれ?!、みたいな



(宇宙を舞台にした<ばったもん『ダイ・ハード』>って感じ?)。



 あぁ、かっこいいガイ・ピアースを見に来たのになぁ。



   かっこいいところもありますが。



 かっこいいと言うより“減らず口の人”だよ・・・。 しかし彼の演技力のおかげでこの



いい加減な映画が多少なりとも見られるものになっているのも事実。



 ガイ・ピアースの魅力以外に語るところがない!



 やっぱりリュック・ベッソンはあたしには合わないわ〜(『グラン・ブルー』は奇跡的に



素晴らしい映画ですが)。 あぁ、ガイ・ピアースが出てなかったら見なかったであろう、



という直感は当たっていた。 あぁ、またもはずした感が。


posted by かしこん at 04:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 movie | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年12月19日

今日は、4冊



 紀伊國屋のポイントカード、今年いっぱいで切れるポイントがちょこっとあるので



使ってしまいたい。 というわけで探し物のために紀伊国屋へ。



   妖精派遣カンパニー/桑田乃梨子



 発見! ・・・とはいえ一冊しか並んでなかった、ドキドキだ・・・。



 で、これ一冊で帰ってよかったはずなのだが、ついうろうろ。 そして何故か発見して



しまうのである。



   アルスラーン戦記/田中芳樹



 かつて角川文庫で出ていた2冊を1冊に合本したノベルズ。 イラストも、かつての



天野喜孝から丹野忍にバトンタッチ。 これって、結果的に絵師がグインと同じルートを



たどっているわ。 しかも『アルスラーン戦記』、どこまで読んだか忘れているのである



(7巻ぐらいまでは読んだような?)。



 どうやら、長いインターバル後の第二部の評判はいまいちっぽいのだが、第一部は



面白かったはずである、記憶によれば(でもあたしは『銀河英雄伝説』や『マヴァール



年代記』の方が好きだったのではあるが、あれは曲がりなりにも物語が完結したから



であろう)。 そういえばしばらくグインも読んでないし(っていうかもう読むことはないん



だけど)、第一部でちょっと心の隙間を埋めてみよう。



 来年になれば、『氷と炎の歌』の第4部がやってくるはずである。



 これで帰ろうと思ったが、見つけてしまったのである。



   物語るあなた 絵描くわたし

                萩尾望都対談集1990年代編




 7人の対談相手のうち、2人がすでに物故者だよ・・・ということに打ちのめされる。



 でも買ってしまうのである。 あぁ、どれも単価が高いよ・・・。


posted by かしこん at 05:51| Comment(0) | TrackBack(0) | ☆ 買っちゃいました | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする