2012年09月25日

ぼくたちのムッシュ・ラザール/MONSIEUR LAZHAR



 てっきりフランス映画だと思っておりましたが、じつはカナダ映画でした・・・当然,



舞台もカナダ、モントリオール。 あたしは学校があまり好きではなかったのですが、



それとも好きではなかったからなのか、学校を舞台にした映画はなんとなく気になって



しまいます(『金八先生』はほとんど見てませんでしたが)。



   いちばん大事なことは、教科書に載ってない。



 映画はなんてことのない、冬の朝の光景から始まる。 ちょっと小生意気な風情の



シモン(エミリアン・ネロン)はその日の牛乳当番で、他のみんなよりも先に教室に向かう。



牛乳が三角パックなのが微笑ましいのだけれど、シモンはケースを落とす。 教室の



扉にはまったガラス越しに、担任のマルティーヌ先生が首をつっているのを見てしまった



から。 シモンを追いかけてきたアリス(ソフィー・ネリッセ)もそれを見てしまい、気づいた



他の教師たちによって生徒は誰も近づかないようにと指示を出されるものの、伝え聞いた



だけの他のクラスメイトよりも、シモンとアリスの衝撃は根深い。



 と、文章に書けば長いのですが・・・このあたりのシーン、ほとんど台詞なしなのです。



マルティーヌ先生も後姿だけ一瞬映っただけだし、編集がうますぎる!、と感嘆。



   そして、その後の対応がまったく異なるシモンとアリス。

    男の子だから? 女の子だから? ・・・いや、そこは個人差ということで。



 学校内の不祥事に右往左往する学校側、という図式は(そしてできればなかった



ことにしたいという結論も)まるで日本の学校と一緒だなぁ、と容易に想像がついて



しまう悲しさ。 世界のどこでも学校というものはこういうものなのかしら。



 いや、社会や組織といったものが大概そうだから、学校もそうなのだわ。



 このクラスを引き継ぎたいという教師はなかなか見つからず、そこに現れたのは



アルジェリア出身で移民申請をしている中年男性バシール・ラザール(モハメッド・



フェラッグ)。 このラザール先生がアルジェリア出身だというところも、この映画を



フランス映画と勘違いした理由でしたが、カナダも半分はフランス語圏ですもんね



(だからこの学校では「フランス語で話しなさい」と生徒たちはよく言われる)。



 「アルジェリアではそうかもしれませんが・・・ここではそれは通用しませんよ」と



ダメ出しされまくるラザール先生は自身も悲劇を抱えており、シモンやアリス、他の



クラスメイト達に寄り添う気持ちを他の誰よりも持っているのだけれど、それぞれに



傷ついた生徒たちから受け入れてもらうのに時間を要する。 けれどそれを暑苦しい



説教やはた迷惑なパフォーマンスでなんとかしようとするのではなく、ごくごく静かに



日常に何かが浸み渡っていくように描く制作側の自制心というか、語りすぎずにむしろ



省略を多用しながら物語を進めていく姿勢が素晴らしいと思いました。



   だから生徒たちもごく自然に、

                      ムッシュ・ラザールの存在を受け入れた。



 学校に禁止されていることもちょっと無視、大事なのはマニュアルを守ることでは



なく生徒一人一人に向かい合うこと。 そんな当たり前のことをこうして映画にしな



ければならないほど、教育は荒廃しているのでしょうか?



 いや、そんな流れは以前からあったはず。 ということは、学校という存在そのものが



限界という矛盾を抱えて存在し続けているということ?



 映画としては「いい話」だし、ムッシュ・ラザール役の役者さんも素敵だしアリスも



かわいいし、とても繊細な内容でよかったのですが・・・マルティーヌ先生の存在は



なんだったのかとか、割り切れない部分もいくつか。 それもこれも、あたしが学校を



好きではないからですかね(団体行動、今も苦手です)。


posted by かしこん at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 movie | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする