2012年08月24日

キリマンジャロの雪/Les Neiges du Kilimandjaro



 ヴィクトル・ユゴーの長篇詩『哀れな人々』から着想されたというこの作品、



基本的にはマルセイユを舞台にしたある夫婦の心あたたまる物語、なのですが・・・。



   たとえ貧しくてもやさしい心さえあれば

        たとえ貧しくても思いやる心さえあれば  世界はあたたかい



 ミシェル(ジャン=ピエール・ダルッサン)とマリ=クレール(アリアンヌ・アスカリッド)は



結婚30周年を迎える仲睦まじい夫婦。 夫のミシェルは労働組合の委員長として長年



働いてきたが、ついにリストラを断行しなければならなくなった。 あえてくじ引きで辞めて



もらう者を選ぶことになったがミシェルは自分の名前もそのくじの箱に入れる(委員長



権限でそんな必要もないのに)。 そしてしっかり(?)自分の名前が引かれる。 それが



ミシェルにとっての自分なりの筋の通し方で、マリ=クレールもまた理解を示すのであった。



 という、もうメインのお二人が十分高潔な人物というか(ミシェルは『サン・ジャックへの



道』のあのガイドさんですしね)、穏やかに語る二人の声のトーンがなんだかとても心地



よくて、文句の言いようがないですよ。



 しかも親族たちは結婚30周年のお祝いパーティーで、二人にキリマンジャロ行きの



旅行切符を贈る。 第二の人生を楽しむのね!



 と、いい人しか出てこないぞと油断していたら、なんと夫妻宅に強盗が!



 大事にしていたものやキリマンジャロ行きの切符も盗まれて、大ショック!



 人のよい面ばかりを見てきたマリ=クレールには余計ショックが大きくて、キリマン



ジャロにも行けないし、自分が長年信じてきたものが崩れ落ちたんだから取り乱すのも



当然なのだけれど、どこかこの二人は上品。



   お互い、自分を見つめ直しつつ。



 おまけに犯人は捕まってみればミシェルと一緒にリストラにあった(つまりそれまでは



一緒に働いていた)青年で、マリ=クレールの衝撃はさらに大きく。



 が、当然のようにそこには事情があって、幼い弟二人を養うためだったという・・・犯罪は



当然容認できませんが(しかもミシェルをあくどい上層部と同じに考えていたから隠し金が



さぞあるだろうと思っていたのだ、愚か者め)、幼い弟たちには罪はないわよね、と考えて



しまう二人。 人がよすぎるぞ!



 でも、この<人のよさ>って、落語とかにもよくあるし日本人が昔から持ってきた美徳の



ひとつなのでは? 人のよさ礼讃映画ですよ、これ。 となると、日本人のおひとよし感も



本来世界的に評価されてもいいってこと?(勿論、そこは「言うべきところは言い、毅然と



した態度を必要であれば取るけれども基本的な態度は“人がいい感じ”であればこそ



評価してもらえるのでしょうが)。



 もしくは、根底に覚悟のないただのおひとよしでは利用されて終わりますよ、ということ



なのかも。 なんかいろいろ考えてしまったじゃないか・・・。



   でもこの夫妻は

     「覚悟のあるおひとよし」なので、犯人の弟二人を引き取っちゃいますよ。



 それはいくらなんでもやりすぎじゃないの?、というご近所や仲間の冷たい目にも



かかわらず。 ここですね、日本に欠けているのはここですね。 むしろ冷たい目を



送っちゃいそうですもんね、すみません。



 ここで世論の圧力に負けて挫折するか、むしろ自分たちの力でまわりを動かすか。



<おひとよし道>も簡単ではないのだ!



 マルセイユの港町の風景は確かに異国なのだけれどどこか懐かしくもあり、デジタル



上映ではないフィルムの画質のちょっとした粗さが余計にあたたかさのようなものを



提供してくれるようです。 日本だったらこの映画の企画、通ったかな・・・と考えると、



日本のおひとよし度はたかがしれてるのかもな・・・と反省(なにに?)。



 とりあえず、ミシェルやマリ=クレールのような大人になりたいな、と思いました。


posted by かしこん at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 movie | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする