2012年06月15日

のどがじんわり・・・

 マスクをして寝てみましたが、のどの違和感がまだまだ。
 鼻水ずるずるってわけじゃないんだけど、どうもいつもちょっと鼻が詰まってるみたいな感じ。 喋ってると声が枯れてくるし、軽く咳も出る。
 仕方がないので熱を測る・・・36.74℃! ← あたしとしては微熱エリア。
 あー、なんかやばいです。 やっぱり病院に行かないといけないのかしら。
 というわけで、強制的に、寝ます。
 ヴィックスドロップを買い忘れたのが悔やまれる・・・明日こそ、買う!

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2012年06月14日

体調管理は大事

 このところ布団に入っても眠れないので、そこは潔くあきらめてリビングに移動。
 テレビをつけて録画していたドラマや映画を流し見・・・そうするといつのまにか寝ている。 なので調子に乗ってここ数日そんなことをやっていたら・・・今日起きたとき、どうものどに異変が。 くしゃみも連発、鼻水が止まらない。
 え・・・風邪、ひいた? もしや、寝冷えとか?
 エアコン、使ってないのに!!!
 一応、ひざかけサイズのブランケットをかけていたのだが・・・この暑いのに?
 何をやっているのやら、あたし。
 とりあえず、ロキソニン(鎮痛剤だが、のどの炎症を抑える効果あり)をのんでおこう・・・。 ヴィックスドロップも買っておこうかな。
 が、いちばん大事なのはやはり自分の布団で眠ることだ。
 そうじゃないと病院に行かなきゃいけなくなっちゃうぜ・・・。

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2012年06月13日

シンデレラの罠【新訳版】/セバスチアン・ジャプリゾ

 ちょっと前に読み終わっていたのですが・・・仕事場の「外国の小説って読んだことがないんです」というお嬢さん(以前、あたしに東野圭吾『夜明けの街で』を貸してくれた人)にそのまま貸してしまっていました・・・今日、戻ってきたので、ぱらぱらめくりつつ感想を呼び起こしていきたいと思います。
 刊行は1962年、あたしが生まれるずっと前だ!
 その当時から「フランスのミステリ史上に燦然と輝く傑作」の誉れが高くて、当時のキャッチコピー<私は被害者で、犯人で、証言者で、そのうえ探偵です>はまったく読んだことなかったあたしでも知っていました。 新訳が出たのをいい機会に読んでみたわけなのですが。

  シンデレラの罠新訳.jpg 装丁もぐっとそれっぽくなりましたよ。

 <わたし>、<ミ>(ミシェル)は火事にあって大火傷を負い、顔も焼け爛れてしまったので皮膚移植を受けた。 一緒にいた<ド>(ドムニカ)は逃げ切れず焼死。 真相を知るのは<わたし>だけなのに、ショックで記憶を失ってしまった・・・わたしはほんとうに<ミ>なのか? もしくは<ド>ではないのか?
 という、切実なる自分探し。
 メカメカしいトリックを使っているわけではないので、書かれた年代が昔ながらもあまり時代を感じさせない内容。 大富豪を資産を受け継ぐ娘と、その友人(もしくはお付きの娘)は貧乏な家の出、というあたりは昔の少女マンガの王道の設定ともいえるし、初めて読むのに初めてではない感じ。
 たとえば、<ミ>が手術後初めて目を覚まして、でも顔中包帯を巻かれてどうしたらいいのかわからないという不安・・・なんかこのシーン、見たことあるような・・・あ、ミネット・ウォルターズの『昏い部屋』だ!
 などなど、既視感を誘われるのは『シンデレラの罠』が古典だからかしら。
 読み進むうちに<ミ>は<ド>なのかもしれず、<ド>の振りをした<ミ>なのかもしれない・・・と次々変わっていく。 これこそ、パラドックスなのでは!
 いつしかサイコホラー要素までひそかに感じてきました。
 さすが古典、侮りがたし!

ラベル:海外ミステリ
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2012年06月12日

コージーと、私小説



猫とキルトと死体がひとつ/リアン・スウィーニー



 猫好きの範疇を越えた“猫命”のキルト作家・ジリアンの自宅から、飼っている



三匹の家から一匹だけが盗まれた! 「たかが猫」と警察は取り合ってくれず、



ジリアンは一人で盗まれた猫を探そうと東奔西走し、ついにその猫・シラーを



見つけるが、そこには男性の死体が・・・という話。



   とにかく猫を何よりも大切に考える人たちの生態。



 気持ちはわかるんだけど・・・死体を見つけたけれどその家の中には多くの野良猫



(もしくはシラー同様どこからか盗まれたらしき猫)がいっぱいいるという事実を目の



前にしたら、ジリアンは冷静さを失う。 いわば<現場を荒らす>作業を猫たちの



ために嬉々としてやる。 元警察官のトムから「そうやってきみが何かをするたびに



証拠が損なわれるかもしれないんだぞ」と再三言われるのに、「なら、もう十分損ね



ちゃったわ」と悪びれないのにはさすがのあたしもつっこみたくなる。



 しかもジリアンは『CSI:科学捜査班』を見ているようなのである・・・ならば現場保存は



常識(というか鉄則)、正規の手続きをせずに集められた証拠は、法廷で証拠能力を



持たないのに!



 多くのコージーミステリが、法廷に提出できない証拠を振り回して「事件解決!」と



やることにちょっと辟易してきました・・・。



 まぁ、そこに目をつぶれば「猫をかけがえのない家族と考える人々の真剣さと



ちょっとした異常性」が描かれていて面白いです・・・。 犯人はすぐわかってしまい



ますが、町に住む人々と猫描写で結構分厚い。







苦役列車/西村賢太



 完全にあたしの趣味ではありませんが、仕事場の人に貸してもらったのです。



   “列車”はあくまで比喩です。



 北町貫多・19歳・中卒・人足(日雇労働者)。 そんな彼の底辺な日々はちょっと



前の芥川賞をとりましたが・・・。



 過去を振り返って書いてあるので筆致はあくまで冷静なれど、その当時の<若気の



至り>という言葉では済ましきれないどうしようもなさ・イタさみたいなものも正面から



描いていて、この著者は恥ずかしさといたたまれなさで家の周りを走り回りたくならない



んだろうか?、と感じる。 それくらい“赤裸々”という言葉では追いつかないほど自分の



どうしようもなさをさらけ出しているのに。



 それが、<私小説家として生きる>という覚悟?



 そのくせ自分を「根はスタイリスト」と2回も書く・・・ギャグですか?



 最初の3ページに少々手こずりましたが、それを過ぎたら一気でした(そう厚い本



でもないから)。 貧困が彼に小説を書かせる原動力の大きなひとつであろうが、



作家として有名になりそこそこ稼げるようになってから彼の作風がどう変化するか



心配だが期待している、的なことを解説で石原慎太郎が書いていた。



 さすがの指摘。



 するとより自意識過剰に向かうのかな〜。


posted by かしこん at 05:37| Comment(0) | TrackBack(0) | ☆ 読んじゃいました | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年06月11日

過ごしやすい週末のはずが



 金曜からの雨のおかげか、この週末はちょっと涼しくて、暑さ&湿気に弱い



あたしとしてはとても過ごしやすい感じ。 おかげでぐっすり眠る。 寝過ぎでは



ないか、というくらい寝る。 もしかして、週末に寝過ぎてしまうから平日はあまり



眠れないのか? いやいや、“寝だめ”は不可能なはずですよねぇ。



 まぁ、「出かける予定がない」というのがお気楽さの要因というか、「○時に家を



出なきゃ!」みたいなプレッシャーがないのが大きいのかも。 というか、朝起きる



のが負担って・・・どれだけ遅刻を恐れているのか(もしくは早起きしたくないからか)。



 なんというか・・・「予定がないのが楽」って、社会生活を送る者としてどうよ、と



思ったり思わなかったり。



 ま、いいや、とダラダラ過ごしていたら、<心斎橋で通り魔>のニュース。



 なんかこういうの、勘弁してもらえませんか・・・。



 しかも現場は「なんか、ここ、通ったことあるかも」という・・・。



 それでなくとも最近兵庫県内では小動物の惨殺死体が連続して発見されたり、



神戸市でもわりと近いところで連続放火事件が起こっていたりと、実家の親から



心配メールが来ているのだ。 関西のイメージがまた悪くなるじゃないか(東北



地方からすると、関西は事件・事故がやたらに多いと見えるのである。 都市の



規模や人口がそもそも違うんだけどね)。



 誰でもよかった、と言えばいいみたいな感じ、いい加減にしてほしい!



 実際は自分が返り討ちにあわない相手を選んでいるではないか!



 ほんとに卑劣だ。 自分じゃ死ねないから誰かを殺す、という方向に逃げること



自体、卑怯者である。 心神喪失とか精神科への通院歴とか持ち出すなよ!



 なんかこういうことがあると(京都のひき逃げのときも思いましたが)、はたして



自分がそんな場面に遭遇した時に正しく対処できるのか、考えてしまう。 刃物を



持って襲ってくる相手から逃げられるか、他の人を巻き込まないように相手を取り



押さえることができるか(勿論、自分は怪我をしないで)。 まぁ多少の怪我は仕方



ないかも、でも重傷にはならない程度で。



 大学生のとき、友達にちゃんと合気道を習っておくんだった・・・(変質者への対処法



というか、急に腕を掴まれたときの振り払い方などは教えてもらったんですがね)。



 いざというときはカバンに盾になってもらうしかないよなぁ。 そのときはよろしく、と



愛用のカバンたちにお願いをする。



 通り魔は全国どこでももう出ないことを祈るのだが。


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2012年06月10日

ロボット/ENDHIRAN(THE ROBOT)



 驚異のインド映画、登場!、ということで・・・好奇心を抑えられず、鑑賞。



 あたし自身はインド映画をあまり見てはいないのですが・・・歌と踊りははずせない、



宗教・慣習的にラブシーンはご法度、などの事情は多少知っています。



 ロボット、なんてタイトルが直球だなぁ、と感じましたが、オープニングからCG感



満載のグラフィック映像でインド映画っぽくない! おまけにタイトルが出る前に、



“スーパースター ラジニカーント”の文字。 “主演”でもなく、しかも他の出演者の



名前もなく! ラジニカーントって『ムトゥ 踊るマハラジャ』の人でしょ? 何年前



ですか? あの時からずーっとスーパースターなんだ! それもすごいな!、と



オープニングから別の意味で感銘を受ける。



   ワケわからんが面白い



 ロボット学を研究するバシー博士(ラジニカーント)は10年をかけてまったく



新しいロボットをつくりだした。 そのロボットのチッティ(ラジニカーント)は博士に



瓜二つで、あらゆる知識・身体能力をデータとして持っている最強の存在。



 まず、博士がどう見てもオッサンである・・・なのに、博士が研究ばかりで自分の



ほうを見てくれない、と嘆き悲しむ恋人サナ(アイシュワリヤー・ラーイ)は若い美女



・・・ずるくない? おまけに博士の恩師に当たる人(ちょっと中尾彬似)も「もしかして



博士より若いんじゃ・・・」という印象。 これか、これがスーパースター扱いか!



 というわけでいろんな意味で過剰な映画ですが・・・それがなんだかすごく面白い。



   マイケル・ジャクソンを意識してるね!



 ミュージカルシーンはチッティの妄想シーンの具現であったり、サナのダンス



パーティーであったりとシーンのつなぎとしての違和感は最小限。 また音楽は



『スラムドッグ・ミリオネア』のA・R・ラフマーンということで耳に心地よいキャッチーな



メロディだし(ヒップホップもうまく活用)、「あれ、歌とダンス、もっと多くてもいいのに」



と思わせる。 もっとも日本公開バージョンは短縮版らしい・・・オリジナルは3時間



以上あるらしい、じゃあカットされてる40分は全部歌とダンスなのか? ・・・それは



多いな(でも編集が不自然だったところもあるので、カットされてたのは歌ばかりでは



ないと思う)。



 びっくりなのは、ラブシーンはご法度なのにもかかわらず残酷な場面は制約を



受けないのか、という・・・人が死ぬ場面など結構ダイレクトに描かれてて動揺しました



(なにしろ人が半端なく死ぬ)。



   それ、ほんとに撮ったのか!、

             とあきれ・慌てる描写続出。 結構心臓に悪い。



 そんなアクションシーンはなんでもありで、次第に開いた口がふさがらなくなり、



それを通り越したらばかばかしすぎて笑えてしょーがない。



 『アイ、ロボット』・『マトリックス』・『ターミネーター』などハリウッドのSF大作的



表現を映像面ではちゃっかり利用しつつ、テーマ性は実は古典的SF。 要は



『フランケンシュタイン』なんですよね。 「ロボットが感情を持ったら、それは人間と



何が違うのか」、ということを堂々と突き詰めております! アシモフのロボット



三原則も出てきたし、ラストシーンなんか星新一みたいだ! なんか泣けてきた!



 だから新しいことは特にないのですが・・・あたし、このジャンルが好きなんだわ、と



しみじみ感じさせていただきました。 ただ博士はチッティの技術をインド軍の役に



立つように、と考えているのにはちょっと引いたけど(娯楽映画にそこまで入れて



くるか・・・という。 このへんが国民性ですかね)。



 サナさん、すごく美人で女性らしいラインがハリウッド女優とはまったく違う。



 で、「おっさんじゃん」と思っていたスーパースターに対してそう思ったことを忘れた。



これもすごい!



   いつしかラジニカーントさん、見慣れました。



 インドではあまりにも大ヒットで、見たいお客さんに対する上映回数が追いつかず、



早朝4時から上映、ということもあったそうな・・・4時から見る人も見る人だがやる方も



やる方である。 それだけ、映画という娯楽が浸透しているんだなぁ。 さすがインド!



 でも、娯楽が一極集中なのもちょっとあれだな・・・と、自分が我儘なことも実感。


posted by かしこん at 19:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 movie | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年06月09日

幸せの教室/LARRY CROWNE



 邦題からイメージしていた映画とは、なんか違った。 だって原題の『ラリー・



クラウン』って、トム・ハンクスが演じている役の名前だもの! 『フォレスト・



ガンプ』みたいな感じか! そしたら脚本も監督もトム・ハンクス・・・どんだけ



気合が入ってるんだ。



 ラリー・クラウン(トム・ハンクス)はMマートの名物店員。 しかし大学を卒業して



いないためこの会社ではこれ以上の出世は見込めない、という理由でクビになる。



これまでの自分を否定されたように感じ落ち込むラリーだが、隣の家の夫婦の



薦めで近所の大学に通うことに。 学生部長から「人生が変わるよ」とアドバイスされ、



スピーチのクラスと経済原理のクラスを申し込む。



 一方、スピーチクラスを教えるミズ・テイノー(ジュリア・ロバーツ)は教職という



仕事への興味や情熱が薄れてきているやけにイヤな女で、しかし美人であることに



盛り上がるラリーは大学で、これまでとはまったく違う生活と友人たちを手に入れる、



という話。



   そこは、明日が好きになれる場所。



 最初のアップで、「トム・ハンクス、老けたなぁ」と感じてしまい。 トム・ハンクスを



映画館で見るのが久し振りだからだろうか・・・。 それとも主役のキャラまで



『フォレスト・ガンプ』に似てるからつい比較してしまうのであろうか(あれって



何年前の映画?)。



 まぁともかく、仕事をクビになり・妻とは離婚していてマイホームを抵当にお金を



渡した(只今銀行に返済中)、という大変お金に困っている人でもあっさり大学に



通えるというシステムにびっくり。 細かな手順については映画では描かれなかった



のであるが、なんか願書出せばOKみたいな感じ・・・そういうところは「いいなぁ、



アメリカ」って思う。



   めちゃ年下のクラスメイトもできる。



 経済学の教授は厳しそうな日系のおじさんなのだが、なんだかんだ言いつつ



がんばって結果を出す・努力して理解する人に対しては非常に寛容というか、



ちゃんと評価してくれる。 そうだよなぁ、途中寄り道もせずに大学に行くような



学生ばっかりよりも、いろんな年齢・キャリアを持つ人が集まる大学のほうが



若い学生にとっても刺激的だよな・・・と、自分の学生時代を思い出す(同じような



年代の人しかいなかったですね)。



 人生、いつでも気持ちは学生!



 ただ、イメージと違ったのは・・・そういう感覚が教室から得られるのかなぁ、と



(あ、経済学の講義からはそれを感じるけどスピーチクラスからは感じない)。



人生が変わるほどの魅力がスピーチクラスにあったのかどうかよくわからない・・・



のだった。



   先生が美人でよかった、ということ?



 で、映画としての大枠が実はラブコメだった、という。



 ラリーがやたらいい人なんだけど、だったらなんで離婚したのか?(そりゃ



相性は人それぞれですが、これが原因だったかな的なポイントはほしかったかも)。



テイノー先生もなかなか人でなしだがその夫もまた結構ひどいぞ、という救いの



なさとか(別れること前提にするための性格づけみたいで)。 この映画だけじゃ



ないですが、お互いに気遣わない人たち・もしくは女性を気遣う男性は描きつつ、



男性を気遣う女性を描いたらフェミニズム的に負けだから描かない、という痛さを



なんとかしてもらえませんか。



 とはいえ、この映画が痛さ満載なのかといえばそうでもなく、ラリーのとの会話



(相手は誰でも)はそれぞれ気がきいていて、ひねりがあったり笑いがあったり。



やっぱりコメディやってた方はうまい会話ができるんだなぁ!(日本に対して幾分



好意的なトークもあるし)。



 大事なのは環境に対する新鮮で素直なリアクション、まわりの人々との協調性や



友情、自分の趣味にも打ち込むこと、などという「自分の人生を幸せにするための



ステップ」を一段ずつあがっていく感じが見えるのが、この映画を見てなんとなく



ハッピーな気分になる理由かしら。 まだ階段は途中だし、先がどうなるかは誰にも



わからないけど、とりあえず今は。



 それにしても観客の平均年齢が高くてびっくりでした・・・。



 トム・ハンクスもジュリア・ロバーツも、その名前で呼べるお客さんはいいお年なのか



(若い人、いないんだ・・・)。 でもそういう年齢に向けてる映画だから、トム・ハンクスは



自分の役割がわかっている人なんだなぁ、と感じる。 さすがだ。


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2012年06月08日

何日か後の睡魔



 ここ何日か寝ていないので、さすがにしんどくなってきた。



 睡眠導入剤を服用。 いつもすぐは効かないので(本来は即効性の薬なのだが)、



チャラチャラ本を読んだりネットを見たりするのであるが、今日はやけに効くのが早い。



立ち上がったりするとフラフラ・よれよれである。



 うむ、ここでは映画の感想を書くつもりだったが、この先眠くなったら文章がよれよれに



なること明白である(いつもの文はよれよれではない!、と言えないところが悲しいが、



更にそれよりひどくなるということで)。



 なので、明日起きてから、それなりのものをアップします。



 すみません、今日は、寝ます。



 次に起きる時間は、不明ですが・・・


posted by かしこん at 23:59| Comment(4) | TrackBack(0) | 体調 好不調の波 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年06月07日

かなしみの噴水



 髪を切りに行かないまま3ヶ月以上、もうすぐ4ヶ月。 髪が伸びているし量が



増えているし、それが日々の湿気で膨らむ。 もう耐えられない!、と仕事に行く



前に髪を切りに行くことにした。



 あたしの行きつけのお店は完全予約制。 こちらの希望を聞いてはくれるが、



どうにもならない時がある。 だからあたしは「○日〜△日の間でやってもらえ



ませんか」とお願いをする。 で、一応お店は11時オープンなのだけれど、



こちらも一応常連・施術(っていうのか?)に時間がかかるから(今はカットとカラーと



パーマやってます)、ということで「じゃあ10時にいらっしゃい」ということになるのだ。



 三時間コースで梅雨時期のむしむしした空気に対抗できるような涼しさと、それを



自宅で再現するためのテクニックも学んだけど、多分絶対、このスタイリングは自力で



復元できないのであった。



 ともかくも、髪の長さを活かしてくれてのカットなのでした。 長く通っているお店は



何も言わなくてもあたしのそのときどきの示唆をわかってくれている大事な店なのだ。



特に髪を切るときに明確なコンセプトを言わないでも、美容師さんの「こうしたら



どうですか!」のご意見をお待ちする立場です。 だから今の店を変えません。



 ワックスとスプレーでばきばきに固められた髪では、帽子もかぶれない。



 今日は日に焼けた・・・。





 ついでに(思ったより早い時間で仕上がったので)、ジュンク堂へ行く。



 2階のハード・ソフトカバーの新刊・話題書のところに、『ブラッドベリ、自作を語る』が



書架立てて横置きされていた。 特にポップはなかったのだけれど・・・表紙に佇む



ブラッドベリがこっちを見てる。



 不意に、かなしみが足元から噴水のように急速に垂直に吹きあがってくるのを感じた。



 このままでは号泣大作戦が発動されそうだったので、足速にその場を離れた。



 自分が意識したときに<巨人>や<巨星>・<大家>と認識してた人は死なないん



だとずっと思って来たんだけれど。 90歳越えるとヤバいんだといまならわかる。



 ワイエスも、市川菎監督もそうだったし。



 これを見つけた。



   コトバのあなた、マンガのわたし 萩尾望都80年代対談集



 この時代はSF中心になっており、後半はブラッドベリへの愛情が駆け回っている。



これは読まずにはいられるだろうか、と、買う。



 それから仕事に行く。



 実はこの二日、一睡もしてない。 何が原因なのか(原因があれば)気になる。


posted by かしこん at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記のようなもの | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年06月06日

金星の太陽面通過から



 さて、金星が太陽を横断する日である。



 例によって日食グラスを持っていないあたしは、またしてもピンホールでなんとか



ならないかなぁと思ったのであるが、金星は小さかった・・・無理。



 ま、夜にネットで見ればいいや、とすぐあきらめる。



 なんとなく、実際の目で見えるかどうか、ということに固執しなくなっている自分・・・。



 そして夜、帰宅後。 ネットにつないで・・・最初に目に入ったニュースは、



   『華氏451度』のSF界の巨匠、死去



 はっ! ブラッドベリが!



 ・・・なんとなく、ブラッドベリも死なない人だと思い込んでいたよ。



 じわじわと、かなしみが。


posted by かしこん at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題・ニュースに思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年06月05日

久し振りにCDを買う・・・



 先日のNHK『今夜も生でさだまさし』にて、「そろそろ新しいアルバムが出るので」



的な発言をしていてびっくり。 え、6月に出すんですか?! 意外!



 ということで調べる・・・(番組内では発売日について言及しないのであった)。



 6月13日!



 そういえば最近タワレコ実店舗に行ってない・・・ということで何か出ていないか



調べてみる。



 何っ! マルーン5のアルバムが出るとな!



 あっ!、ジョン・メイヤーも出てるじゃん!



 うわっ!、さかいゆうまで!



 ・・・多分詳しく調べたらもっと見つかりそうなのだが、怖くなってきたのでいったん休止。



 とりあえずすでに発売されているもの、買う。



   Born AND Raised/John Mayer



 ジョン・メイヤー新作。 ジャケットからはノスタルジックな感じと前衛性と両方が



感じられますが・・・。 輸入盤で購入ですが、歌詞カードがあるのでうれしい。



 そんなにあたしはジョン・メイヤーが特別好きというわけではないのですが・・・



(ま、賞獲りすぎだってことにムカついている部分はあるけど)、前作をあらためて



聴いたらよかったんですよね。 だから次も気になりますよね、ということで。



 そしたら一曲目、カントリー!?



 ギターベースなのはうれしいけど・・・ちょっと時間をとってゆっくり聴き込みたいと



思います。





   How's it going/さかいゆう



 メジャー2作目。 基本路線は一枚目の延長線上ですが、アレンジはより幅広く。



作詞家をよそから引っ張ってきてのコラボレーションも目立ちます。



 さかいゆう、若さゆえの張り切り過ぎ感がちょっと気恥ずかしいのですが、どうも



この人のテイストが楠瀬誠志郎に通じるものがあるよ・・・、と感じてしまった気持ちが



消せないので、聴き続けたくなります。 本心としては楠瀬誠志郎さんに帰ってきて



いただきたいのですが・・・それでも、さかいゆうも聴いちゃうのかな〜。



 これももうちょっとちゃんと聴いた上で、また感想を。


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2012年06月04日

引き続くコージーミステリ その5



おいしいワインに殺意をそえて/スコット・ミシェル



 また別のコージー作品。 レストランでウェイトレスとして働いて生計を立てている



ニッキィだが、実は売れない女優。 ある日、イヤな客にぶちぎれて「もう潮時だわ」と



悟るが、そのイヤな客の連れだったハンサムがニッキィにある提案をする。 その



ハンサムはナパ・ヴァレーのワイナリーの若きオーナーだったのだ。



   でもそんなにうまくいくわけがない。



 ニッキィのワイン知識に感銘を受けた彼は自分の補佐役になってほしいと言う。 



生まれてはじめて転がり込んだ幸運?! 早速ナパへ出向くニッキィだが、そこで



死体を発見してしまう・・・。



 自分のすぐ近くに殺人犯がいるかもしれないのに、ハンサム相手に妄想が炸裂する



主人公、再び。 なんかもう、ハーレクイン・ロマンスですか?(あまり読んだことがない



ですが、イメージとして)



 不意に、ずっと前に読んだ栗本薫の『グルメを料理する十の方法』を思い出した。



 グルメがらみのミステリは結構あるけど、基本的に「おいしいものを食べたり飲んだり



することが好き」という気持ちが前提。 『おいしいワインに殺意をそえて』もそうなんだ



けど、『グルメを料理する十の方法』にはそれ以上に食にこだわることのグロテスクさ



みたいなものがあったよなぁ・・・(のちのち、栗本薫が摂食障害だったということを知って



納得するわけですが)。 好きだという動機だけで食べ物に関する蘊蓄を語れる、と



いうのは幸せなことなんだな、と実感。



 冒頭から半分以上ニッキィ視点で進むので三人称にする意味あるのか、と思って



いたら後半でいきなりハンサムくん視点登場。 これだけのために三人称か・・・もう



ちょっと工夫があればいいのに。



 面白くなかったわけじゃないのですが・・・本国ではシリーズがまだ続いているのに



日本ではこれしか訳されていない、という現状が、なんだか哀しいですね。





料理人は夜歩く/カレン・マキナニー



 <朝食のおいしいB&B>シリーズ第2弾。 クランベリー島の秋、観光シーズンが



終わって落ち着いたけれど、また経営の危機が迫るナタリーの<グレイ・ホエール・イン>。



 さらにナタリーの寝室の真上から夜毎なにかの音がして・・・もしかして、幽霊ですか?



そんな心配事が重なる中、洗濯係の女性が無断欠勤。 そんなことするはずのない人



なのに・・・とナタリーがポリーの家に向かうと、そこでポリーの死体を発見する。 まるで



自殺のように、自分に銃を向けて。



   幽霊は、かつてこの建物の料理人だったらしい。



 というわけで例によって警察に疑われ、このままでは自殺として処理されてしまう



ことに危機感を覚えたナタリーはいろいろと首を突っ込み、またしても自分の身体を



張って真相に辿りつこうとする。 しかし、これだけ毎回昏倒したり、病院で検査や



手当を受ける(それも入院レベル!)コージーのヒロイン、珍しい。



 その上、ナタリーの元カレまでもが登場し、調子のいい申し出をするもんだから



ナタリーはそっちか今の恋人のジョンかで心が揺れるというおまけつき。



 こういうの、お約束ですか?



 容赦のない事件、容赦のない結末。 コージーのハード路線街道まっしぐらだな〜。


posted by かしこん at 03:01| Comment(0) | TrackBack(0) | ☆ 読んじゃいました | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年06月03日

テルマエ・ロマエ

 公開当初からかなり混雑していて・・・こりゃしばらく待った方がいいな、と判断。
 それは『宇宙兄弟』もなんですけど、こっちはいささか原作に思い入れがあるため(ムッちゃんは大泉さんがよかった・・・)少々ためらいが。 というわけで一足先にこちらから。

  テルマエポスター.jpg 阿部寛が古代ローマ人、それだけでまずキャスティングの勝利。
 しかも前半、ほぼ、阿部寛が全裸! しかしそれに違和感なし! ギリシャ彫刻を見てるみたいで、エロさが入り込む隙間がなしなので安心して鑑賞できました。
 古代ローマ帝国、テルマエ(公衆浴場設計)技師のルシウス(阿部寛)は斬新なアイディアを求められ苦悩の日々を送っていた。 ある日、テルマエにいたら風呂の底に穴を見つけ、そこから水に流される。 すると彼は見たことのない風呂場、<平たい顔族>のテルマエにいたのである。 奴隷船用浴場に紛れ込んだと考えるルシウスだが、<平たい顔族>のテルマエには彼の知らない技術・アイディアが盛り沢山。 感銘を受けて戻り、新たにつくったテルマエはローマの人々に大受け!
 そんなことを繰り返し、ルシウスは大衆に名を知られる存在になっていく。
 そして当然、<平たい顔族>は現代日本人である。 原作は読んでいないのでどこからがオリジナルストーリーかわかりませんが・・・(多分上戸彩の役は相当ボリュームアップされていると思われる)。 そりゃ、古代ローマ人から見たら大和民族は顔がひらたいですよ〜、と素直に納得。

  テルマエ02.jpg こんな感じで古代ローマの場面では外国人エキストラに混じって違和感のないルシウスくん。 台詞は吹替日本語で、ちょっと海外ドラマ風。
 そう、海外ドラマといえばこのローマの街中に激しい既視感が!
 何年か前にWOWOWで見た『ROME』(HBOとBBCの共同制作だったかな?)のセットと一緒! 時代が違うから、足りない部分はCGで補っていたけれど、あのセットを借りたのか・・・。 そこが安くすんだからエキストラ増やせたのかなぁ、と勘繰ってしまいましたよ。
 前半は全裸の阿部寛で引っ張るギャグ展開で面白いですが、もうちょっとテンポをあげてもよかったような。 笑いにはスピード感と間が大事だわ。

  テルマエ04.jpg 絶対笑わないルシウスがいるからこそ、おかしいのですが。
 しかし皇帝ハドリアヌス(市村正親)が登場してからこの映画は別の示唆をしてくる。
 皇帝は言う、「ローマもこれからは武力のみで他国を制圧する時代ではない。 文化の力を広げるのだ。 それがよいものであれば、押しつけなくとも相手が勝手に取り入れてくれる。 お前がつくるテルマエもそのひとつじゃ」
 それだって文化侵略と言われてしまうかもしれないけれど、<よいものならば広まるだろう>というまるで選択の余地のあるような言葉。 このへんが日本人の感覚っぽくて(別名は甘ちゃんということですが)、あたしは大変感銘を受けました。

  テルマエ05.jpg メイクしているとはいえ、主要人物は日本人。
 ルシウスは皇帝の言葉に感動し、この人のためならばなんでもする!、と盛り上がるのだがもともとは<平たい顔族>のアイディアをもらってきただけ、ということに次第に良心の呵責が(そしてどれだけ真似しようとも向こうのほうがトータルの技術は上だし)。
 悩めば悩むほど彼はドツボにはまっていくのであるが、もともと彼はローマ市民。
 <平たい顔族>のことは奴隷と思っているのだからぱくったことに罪悪感を持つ必要がないのである(当時の人種や階層のヒエラルキーから見たら)。 なのにルシウスは黙々と働く平たい顔族を間近で見て、「何故彼らはこんなに私欲なく働くのか!」とじわじわと感銘を受け、その存在を認めるようになっていくのである。

  テルマエ06.jpg 平たい顔族のみなさん。
 まぁ、日本人にしてみたら「仕事だ〜! やろうぜ〜!」となったら協力してやるのが普通ですからね・・・奴隷がいるわけじゃないし、自分たちで動いた方が早いからね。
 そんな温厚な平たい顔族を見て、ルシウスは心の中で呟く。
 「お前たちの文化は素晴らしい! もっと自分たちの文化に自信を持つべきだ!」
 ・・・これ、3.11後の国威高揚映画ですか?
 でも、うっかり涙ぐんじゃいました・・・。
 ラテンのみなさまの力を借りつつコメディに仕上げて、ちゃんと直球のテーマを投げてくる。 ちょっと日本映画として新しい階段の一段を上がったのではないですか? 勿論、この映画が完璧であるとは言いませんが、でも目指してある程度成し遂げられているものは、シリアステーマに笑いを絡めることができないという日本映画の欠点をカバーしてあまりあるのでは。
 勿論、そんなにもルシウスが平たい顔族に歩み寄ってくれるのは、古代ローマ人も日本人も「風呂を愛している」という共通項があったからなんですけどね。
 ただ、ローマ人に感銘を与えてばかりでは面映ゆいので、日本人も古代ローマから学んでくればよかったのに・・・それが文化相互交流でしょう。 続編がもしあるのなら、そこをきっちり描いてほしいかな。
 阿部寛は素晴らしいですね! 期待の北村一輝は役柄が残念なキャラなのでいまいち爆発しきれず・・・ちょっとさみしい。
 満員の映画館はあたしは好きではありませんが、でもこの映画はそこそこお客さんがいる会場で、みんなで「わはははっ」って笑いを共有しながら見たほうが面白さは倍増しそう。 と、10人いるかどうかの映画館で、ちょっとさみしさを覚えてしまったあたしであった。

posted by かしこん at 23:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 movie | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年06月02日

またしても

 またしても貧血その他の要因でひっくり返ってしまいました。
 木曜の夜から、絶不調。
 なんとか金曜の仕事を終え、よれよれになって帰りつつ、薬を飲むからとざるそばなど汁に浸しつつ食べる。 で、寝る。 ダラダラと寝る。
 この蒸し暑さにもう負けている。 髪を切りに行きたいけど、いつものお店に予約を入れるタイミングが見つからない。 あ、お金もおろしてこなければ。
 6月1日のファーストデイで『ファミリー・ツリー』と『ミッドナイト・イン・パリ』を観に行くつもりだったのに・・・無理だった。 来週だ!
 というか最近、映画に行く予定が悉くうまくいかない・・・何本も終わられた。
 パルシネマに思いを託すよ!
 というわけであたしは、来週からの仕事のためにこの週末は寝て過ごす所存。
 あぁ、でも、返事を書かなきゃいけないメールがたまっている・・・。
 な、なんとかがんばろー!

posted by かしこん at 04:55| Comment(4) | TrackBack(0) | 体調 好不調の波 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年06月01日

レンタネコ

 荻上直子監督の『トイレット』に次ぐ新作、ということで期待しておりました。
 市川実日子がレンタネコ屋をやる・・・もうそれだけで初期設定OKですが、物語として・映画としてどうまとまるのかが気になって、いつものシネ・リーブル神戸へ。

  レンタネコポスター.jpg さみしいまま、なんてゼッタイいけません。

 平屋の日本家屋で、多くの猫と同居するサヨコ(市川実日子)は、今日も川べりでリアカーをひいて<レンタネコ屋>を商う。 そこに声をかけてくるお客たちとの話の顛末。 同時進行の話なのかと思ったら、お客さん一人一人に対するオムニバスストーリー形式でした。 しかもこれまでのどの映画よりもファンタジー設定。 主役が市川実日子だからなりたつ話(いや、彼女のことはとても好きです)。
 あぁ、きっとこの監督、ものすごくネコが好きなんだろうな・・・と感じてしまう。 ひたすらネコのかわいい仕草を狙うわけでもなく、ただ淡々とそこにいる姿を撮る、という姿勢だけでネコバカ度がわかるというか(ちなみにエンディングロールは『くるねこ』の人が絵を描いていて本編以上にほのぼの度上昇)。
 サヨコの家の裏に住んでいる毒舌おばさんを小林克也がやっているのがすごい。

  レンタネコ06.jpg 左の人、小林克也。
 多分、これは本来もたいまさこの役なんだろうけれど、小林克也(女装!)の得体の知れなさが半端なく(『スネークマンショー』か?!)、その存在自体が毒をはらんでいるのだけれどわけのわからなさがいい方向にミックスされて唖然としつつ脱力、というか。
 <ネコがかわいいファンタジー>に注ぎ込まれる異物感がディテールをつくるけど、リアル感からは遠ざかるというか・・・どこかはわからない日本家屋の隣家との関係性のみに還元されない不可思議な距離感というか。

  レンタネコ11.jpg 寝てるとネコが寄ってくる、よくある。 このネコは「歌丸師匠」と呼ばれていて、サヨコも頭があがらないこの家の主?
 それ以外はわりとフツーというか・・・『トイレット』がよかっただけに同じ感じを期待すると肩すかしかも。 ただ、飼い主とペットという大上段に構えた関係性ではなく、人間のほうが基本寿命は長いのだからできる範囲でネコたちの最後まで付き合いましょうみたいな、そこだけ守ってあとはお互い楽にやりましょう的な、ちょっとドライなところが面白いなぁ、と。 ただそこは犬好きの人には冷たく見えてしまうかもなぁと感じたりして(あたしは犬も猫も好きなので、それぞれの気持ちがちょっとわかります。 でも今は何も飼っていないので傍観者的感覚だけど)。

  レンタネコ10.jpg エサをどうするか、話し合い。
 子供の頃からネコが自然にまわりに集まってくる体質のサヨコにとってはネコたちはいて当たり前の存在。 ましてネコはそれぞれ自由気ままだし、過剰に心配したり世話したりしないで、お互い歩み寄った形で会議なんか開いてみたり。
 「これを、変える必要があるのか?」、と年齢的に結婚などを意識したりして考えることになってしまったサヨコの迷いがそのままこの映画だったのかなぁ、という感じもしなくもない。 ・・・急いで変える必要、ないんじゃない? このネコたちごとOKという人が現れるまで、今のままでいいのではないでしょうか。
 現状維持も、ファンタジーには大切な結論。

posted by かしこん at 03:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 movie | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする