2012年03月04日

クリスマスに少女は還る/キャロル・オコンネル

 全体の2/3弱まで読んだところで本を行方不明にしてしまい(未読本の山にまぎれてしまった)、一年以上が経過・・・最近、やっと見つかりまして、最後まで読みました。 そういう放置本、結構あるのですが・・・読み始めれば内容がすんなり思い出せるのだからそれでいいかな!

  クリスマスに少女は還る.jpg 原題:Judas Child とは「囮の子供」の意。

 クリスマスを間近に控えたアメリカのある田舎町で10歳の二人の少女が失踪した。
 実はこの町では15年前にも少女たちが誘拐されて殺害されている。 刑事ルージュ・ケンダルにとって忘れられない事件、殺された少女はルージュの双子の妹だったのだ。 しかしあの時の犯人は今は刑務所の中である。 まったく別の犯人なのか、それとも、過去の事件と同じ犯人なのか。
 と、あらすじだけ読めば、よくある「地方を舞台にした年少者対象のシリアルキラー物」という印象ですが、これが他の作品と明らかに違うのは、今回行方不明となった(つまり犯人に誘拐された)二人の少女、サディー・グリーンとグウェン・ハブルのキャラクターによるところが大きい。 ルージュを中心にして大人のパートが二人と犯人を探しているのだけれど、その合間にはどうにかして犯人を出し抜いて脱出しようとするサディーとグウェンの姿が描かれるのである。
 グウェンはニューヨーク州副知事の娘で(だからこそ警察側には早期解決のための政治的圧力もかかる)評判のよい生徒。 一方サディーはホラー映画マニアで、賢いが故に大人からは素直じゃないと評されるタイプ。 しかしサディーとグウェンは親友なのだ。 この二人が手を取り合って犯人に立ち向かおうという場面では、彼女たちを応援せずにはいられようか。
 そんなわけで、こんなにも「犯人が誰でもいい」小説は珍しい。
 いや、ミステリ的にフェアですし、この町の中に犯人が!、というおぞましさも描かれてはいるのですが、サディーとグウェンを助けてやって!、という読者の心の叫びほど強くないといいましょうか・・・だから犯人がわかっても意外性がないというすごさ。
 でも読みどころはサディーとグウェンだけではなくて、困った子供と見られがちのサディーをありのままに愛しているサディーの母親、はじめは頼りなさそうに見えたFBI捜査官のアーニー・パイルが終盤に向けて急速に存在感を発揮してきたり、さりげなく描かれていた町の人々の輪郭が次第に浮かび上がってくるところ。 群像劇好きにはたまらない感じです。
 そして迎えるエピローグ・・・もう、どうしてくれるんですか。
 絶対唯一神への信仰を持たない身としてはわかりにくい部分もあるのですが、でも少女たちの気持ちはわかるからのめりこんでしまうのでしょう。
 なんか、キャロル・オコンネルの他の本を読みたいような読みたくないような・・・。
 ちょっとこの物語から脱出するのに時間がかかりそうです。

ラベル:海外ミステリ
posted by かしこん at 20:52| Comment(0) | TrackBack(0) | ☆ 読んじゃいました | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする