2012年02月22日

どこまで本気で、どこまでギャグか



殺人者の健康法/アメリー・ノートン



 ノーベル文学賞を受賞したこともある大家が、奇病にかかり余命は短いと噂が



流れる。人嫌い・インタビュー嫌いの大作家から、“自叙伝”を語らせることは



できるのか。 世界中から我こそはとジャーナリストが名乗りを上げるが、一人、



また一人と玉砕していく・・・という話。



   実は、ほぼ会話劇です。



 底意地の悪い老作家に撃退されるジャーナリストたちの姿は皮肉たっぷりに描写され、



インタビューしようというのにその著者の作品を読んでないとか最低限のマナーもなって



いないことが露見する。 どの世界でもちゃんとしていない人はいるなぁ、ということ



ですが、この老作家もかなりの曲者で、前半は「これはほとんどコメディですか?



ブラックジョークですか?」という感じ。 中盤からある女性ジャーナリストが登場し、



彼女と作家とのやりとりはこれまでとはまったく違う緊迫したものになってから、作品の



空気もがらりと変わります。



 これはモダンホラーなのか!、と盛り上がってきたのに、そのオチは・・・。



 ちょっと肩すかしというかあっけないというか・・・でもそれがフランス風なのかもなぁ、



と感じるようにはなりました。





悪魔の紋章/江戸川乱歩



 あー、読んじゃった。 なんかもったいないけれど、読みはじめてしまったら先を



めくってしまうのだから仕方ないじゃないか。



   華麗なる、復讐譚。



 この作品だけではないのだけれど、乱歩の作品にはよく「八幡の藪知らず」という



表現が登場する。 藪が深すぎて道に迷うとか、そのように人工的につくった藪で



見物人を惑わす見世物、とあたしは解釈していて慣用句的に使ってしまっていたの



だが、かつて仕事で、人の名前を電話で確認するときに「幡さん」の文字を伝えたい



のだが上手く伝えきれていないと感じておられた相手に、あたしは「わかります、



『八幡の藪知らず』の八幡ですよね」と何気なく言ってしまってさらに相手を混乱させた



ことがある(その後、「八幡製鉄所と同じ字ですよね」、で決着)。 そのとき初めて、



あたしは『八幡の藪知らず』が日常語でないことを知ったのである!



 と、このように、乱歩作品で育った者には独特の慣用句が存在すると思う(多分、



これも笑える話であろう、あたしは本気だったから通じないことに困惑したが)。



 創元推理文庫の解説では、「いわゆる乱歩の通俗小説は本格推理物という観点からは



レベルが低いが、“笑える”という観点からは今でも高い娯楽性を保っている」的なことが



書いてある・・・若干、言葉足らずかなぁとも思えるのだけれど、「一生懸命やっている



本人の姿を、傍から見れば妙に滑稽に思える」というところがポイントなのだと思う。



ある種、シュールなコントに通じるような。



 でも、そんな手間暇かけた復讐劇が、あたしは好きなんだからしょうがない。


posted by かしこん at 02:51| Comment(2) | ☆ 読んじゃいました | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする