2011年12月30日

エコー・パーク/マイクル・コナリー

 ついにボッシュシリーズ12作目を読み終わる。 あとは『死角』のみですが、今年中には終われなさそうだ・・・来年まで持ち越し。
 いきなり冒頭から、ハリー・ボッシュの上司が前作『終決者たち』のときと違う人・・・なんかもうそれだけでイヤな感じが。 実際、これでもか、とイヤな方向に事件は展開する。 ・・・やりすぎじゃないですか?
 エコー・パークでパトロール中の警官にとがめられた男の車の中から、女性の死体が見つかり大騒ぎに。 その男は極刑を回避するため、過去の犯罪を告白すると取引を申し出る。 その中には、ずっとハリーが抱えていた未解決事件があった・・・という話。

  エコー・パーク1.jpgエコー・パーク2.jpg 表紙にある講談社文庫のマークって、装丁の足枷になってないかな?

 レイチェル・ウォリング再登場により、「またか、ハリー!、またか!」な展開が。
 今更なんですが・・・「ハリーって、子供か?」と思ってしまう場面が続き、なんかもうダメな人だな、と感じてしまう悲しさ。 過去のトラウマを克服しきれてないとかいう問題ではないです、もはや。 主人公が好きになれないと(少なくとも共感できる部分が少なすぎると)こんなにもストーリーに対して投げやりになれることに自分でびっくり。 どんなにひどいことが起ころうとも、「だからどうした」な気持ちのまま読み進めることができる・・・なんで読んでいるのでしょう?
 予想通りというかシリーズの流れから行っても当然のように“ひどい話”になっているのですが、それも「想定の範囲内」なのですよね・・・だからあまり意外性がない。 リアルタイムで読んでいたらまた違う印象なのかもしれないけれど、これだけまとめて読んじゃったら見えてきてしまうものがあるのよね。 ハリーは正義感からというよりも、強迫観念のように事件を解決せずにはいられない。 解決のためには手段を選ばないその態度は、一・二作ぐらい読む分には気にならないけど(むしろ頼もしいと思うかも)、12作も読んできたら両刃の剣という言葉ではおさまらないほど危険だとわかってきてしまいますからね・・・レイチェルにも共感しきれないけど、彼女の危惧は当然だ。
 というか、ハリーにいつも手段を選ばぬ捜査をさせてしまうほどアメリカの犯罪は絶望的なのか、解決できないままの事件が彼を苛み続けた結果がこれなのか、どっちなんだろ。 ミステリの枠を超えて「後味の悪さ」だけを提供してくるかのようなハードボイルドって! これだから!
 犯罪者ウェイツの造形もはじめは得体のしれない感じ全開だったけれど、幼少期の育ち方がハリーとよく似ていることがわかってからは「間違った犬に餌をやった」ということでハリーとどこかでわかりあってしまったり、となるとかつてハリーがホンボシと睨んだ男(証拠不十分のため逮捕に至らず)の存在がクローズアップ、またしても悪徳弁護士が絡んだロス市警内部の腐敗の構図に。
 毛色を変えるために、突然銃撃戦とか始めないでほしい・・・。
 やはりあたしはヘニング・マンケルの<ヴァランダー警部シリーズ>のほうが好きだな・・・(そうだ、それと比較するためにこれを読み始めたのだった)。

ラベル:海外ミステリ
posted by かしこん at 08:47| Comment(0) | TrackBack(0) | ☆ 読んじゃいました | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする