2011年12月07日

数学的にありえない (上・下)/アダム・ファウアー

 以下の内容は、以前のブログに2008年6月17日に投稿したものです。
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 図書館で、ある書棚の角を曲がったらこの本が目に飛び込んできた。
 あ、ずっと読みたいと思っていた本ではないか! そして最近思い出していたし。 これもシンクロニシティ?、 ということで早速借りて、読んでみる。

  数学的にありえない上.jpg 『数学的にありえない』
 この印象的なタイトルの本、多分刊行は2年ぐらい前だ。 出たときから気になってはいたのに手を伸ばさなかったのはハードカバーで上下巻ということもあるけれど、書評に難しいことを書く方々がこぞってこの本を褒めていたような記憶があったからだ。
 難しい話なのか???、という印象があたしの気を遅らせていた。
 だが、読んでみたらめちゃめちゃ面白いのである。 数学も物理もあたしの許容範囲内の程度だし!  あえて言うならアイザック・アシモフにマイクル・クライトンを合わせて、ダン・シモンズをふりかけた みたいな、ついでにちょっとジェフリー・ディーヴァーも入れて、とでも申しましょうか。
 だから先入観なしで 読んだほうが面白いと思います。
 ま、確率論的世界は癲癇でラプラスの魔、ぐらいは言っときましょうか。

  数学的にありえない下.jpg 少なくともこれを読んだら、内容を理解したら、無差別に人を殺そうとは思わないんじゃないかな。

 人は誰もがどこかで繋がっている。 自分はなんとも思ってなくとも、自分のしたことは誰かに何らかの影響を (心理的なものだけじゃなく物理的なものも)与えている。 そして自分も、受けている。 未来は、選択の積み重ね。 運命のようなものは、あるようでないようで、あとから見たらあるのかもしれない。 そんな感じ。
 だから、見えない自分の役割をわからなくてもまっとうしようよ、と言っているかのようだ。
 作者は子供の頃病気で失明寸前になり、長い入院生活を強いられたらしい。 そのときの救いはオーディオブックス(本を朗読したもの)だったとインタビューに答えている。 親も医者も与えてくれない“現実からの逃避”をそれは与えてくれたのだそうだ。
 やはり、物語には人を救う力がある。
 作者の、“生きること”に対しての肯定的態度がこの物語を書かせたんだろう。
 作中で結構人は死にますけど、 そんなある意味容赦のなさは彼の作家としての今後の可能性を示唆しているのかもしれない。  読むべき本は、多分そのタイミングでめぐりあう。 そんなことを実感してみました。
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 ・・・飛ばしている自分の文章のびっくり。
 “生きることに肯定的”というか、『心理学的にありえない』でも能力を使って自分たちを追いかけて来るやつらをやっつけなければいけないことはわかるが、その戦いで自分の命がどうなるかわからないと感じた子供たちはエンパス故に本心を悟られるけど、それをまわりの大人が責めたり考えを変えろと迫るような場面はなかった。 わかった、その意思を尊重する、と言っただけ。 巻き込まれた人の容赦ない死はがっつり描写するけど、「生きたい」という強い気持ちがある者を許す作風、なのかしら。

ラベル:海外ミステリ
posted by かしこん at 01:25| Comment(4) | TrackBack(0) | ☆ 読んじゃいました | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする