2011年12月31日

ウィンターズ・ボーン/WINTER'S BONE

 ジェニファー・ローレンスが様々な映画賞で激賞された作品、やっと日本で、神戸でも公開。 ダークな話だということはなんとなくわかっていたが、正直ここまでとは・・・。

  ウィンターズ・ボーンポスター.JPG 『あの日、欲望の大地で』以来、あたしは彼女に注目しています。

 舞台はアメリカ中西部のミズーリ州の山間部。 リー(ジェニファー・ローレンス)は17歳だが、精神病の母親に代わって幼い弟妹の世話をし、家のこともやっている。 父親はドラッグ売買の罪で逮捕されたが、約束の日に出頭せずに失踪、一週間後に保釈金の担保として家と土地が取り上げられることがわかる。 リーは期限までに父親を探し出さなければならなかった、生きていようと死んでいようと。
 あの、これほんとに現代劇ですか?、というほどに貧困度合いは極まっている。
 季節が冬だから、ということもあるけど、スクリーンに広がる風景は『フローズン・リバー』にとてもよく似ている気がした(雪や氷はないけれど)。 村というか周辺地域が非常に狭く、人間関係が濃密な感じも『フローズン・リバー』の特定居住区の描かれ方と似ていて、「え、同じ世界?」と感じてしまうほどだった。
 が、互いが互いを監視し合っているような空気は、この地域が麻薬産業で成り立っていることがわかるにつれて納得がいくのだが、最初は全然意味がわからなかった。

  ウィンターズ・ボーン1.jpg 弟妹、いくつなのだ・・・この二人に食べ物や教育を与えるのもリーの仕事。 綴りだけでなく銃でリスをとる方法も教えます。

 その中で生きていくしかないリーにとって救いは軍に入ってこの土地を出ることだが、それでは弟妹を捨てることになる。 なんでこんなにひとりで背負わねばならないのか考えると、非常につらい(何故こんな環境で子供をつくるのか・・・と親を責める考えてが浮かんでしまう)。 これも『永遠の僕たち』と同じ時代のアメリカの出来事なんだよなぁ、と思うと余計にかなしい(あの映画は衣食住に苦労してないが故になりたつ話か・・・と)。 日々の暮らしに精一杯だったら、死に囚われたり思いに沈むことはない気がする。 同じく死はすぐそこにあっても、切実なるリアリティがこちら側にはあるから。
 父親を探すため、伯父のティアドロップ(ジョン・ホークス)に手助けを頼むも彼は手を出すなと言う。 何かが隠されていると他の手掛かりを追えば、村の有力者の家族の女たちにリンチされる。 その男に声をかけたからだという。 言ってることが無茶苦茶だよ!、だが、男たちではなく女たちが手を下したことでリーへの気遣いになっているらしい。 でも顔殴ってるし、意味がわからん。

  ウィンターズ・ボーン2.jpg はじめは得体の知れないティアドロップも、いつの間にやら目のつぶらないい人になっていくのが意外。

 自分ではどうしようもない理不尽さに立ち向かうしかない少女を描いている、ということなのでしょうが・・・説明省略すぎだし救いがないしで、ものすごく悲しい。 リアルはリアルなんだろうけど・・・もうちょっとドラマティックなものがないと見ていてつらいだけなのですが。 原作は小説のようで・・・確かに、文章の世界向きの話です、だから映像だけではちょっと物足りない感じ。
 とはいえ、ジェニファー・ローレンスを見る!、という意味では彼女がリー役でなかったらもっとつらかったであろうし、彼女の力でなんとか見ていられるところがある。
 リーの気高さ・誇り高さは『トゥルー・グリット』の女の子に勝るとも劣らず、それだけが希望でした。 映像に冬の空気はよく出ているけれど・・・大人ってひどいなぁ、と思わされます。 自ら望んで母親代わりをしているわけではない、けれど弟妹にとってリーしかいない。 彼女はこれからも誇り高さ故に重圧を抱えて生きていくのか。
 貧困って誰のせいなんだろうなぁ。 ただ、悲しい。
 これが今年最後の映画になりました。 なんか、微妙・・・期待していただけに。

ラベル:映画館 外国映画
posted by かしこん at 23:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 movie | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

永遠の僕たち/RESTLESS

 ガス・ヴァン・サントの新作となれば気になります。 しかも加瀬亮が出ていると!
 オープニングからいきなりビートルズ“Two Of Us”。 それがこの映画のカラーをあらわしているようです。 瑞々しくて、軽やかで、ちょっと現実感がない。
 死にとりつかれた少年イーノック(ヘンリー・ホッパー)は、黒いスーツを着て見知らぬ人の葬儀に参列するのが趣味。 ある葬儀で出会った少女アナベル(ミア・ワシコウスカ)が、また別の葬儀でイーノックが関係者ではないとばれそうになったときに助けてくれる。 思わぬ出会いが二人に忘れられない時間をもたらす。
 “初恋の物語”と言ってしまってはそれまでなのですが・・・あくまで“死”がすぐ近くにあるのがポイント。 といってもこれもお涙頂戴ものではなく、淡々とした静けさがとても美しい物語になっています。

  永遠の僕たち6.jpg 性別無視な感じが余計に美しさを強調。

 何故イーノックは死にとりつかれているのか? 何故アナベルはそんなイーノックに理解を示すのか? はっきり説明はされないけれど見ていくうちに彼らの事情がわかってくるので、彼らの自分勝手に見える気持ちにも自然と理解が。 「若いっていいよね〜」じゃないけど、その年齢の人たちにしかできないことってあるよなぁ、としみじみする。 自分や相手のことだけ考えていられる時期、というか。
 期待の加瀬亮ですが、日本の特攻隊員の幽霊ヒロシとしてイーノックにしか見えない存在。 というわけでイーノックの親友というか心の支えというか、非常においしい役どころです。 描かれ方も非常に自然で、こんなにも日本に理解を示してもらえるってどういうこと?、とドキドキしてしまった。 外国の映画でこんなにも頻繁に日の丸が登場するのも珍しい・・・。

  永遠の僕たち3.jpg ヒロシはイーノックにしか見えないけど・・・その格好で普通にうろうろされるとちょっとビックリよね。

 それぞれが自分勝手のように見えながらも本質的に気遣いの人なのだとわかる場面、アナベルが「なにそれ、ナガサキの仇?」と笑いながら言ってしまうところでイーノックは「しまった」という顔をする。 ヒロシはその前に死んだから、原爆のことは知らないのだ。 事実を知ってしまい、落ち込むヒロシだが激昂したりはしない。 そして落ち着いた頃、イーノックは「日米関係は今やクールさ。 ・・・友達ってこと」と言う。
 ほんとですか!
 なんというか、大和魂へのリスペクトを感じるのですよね・・・。 握手ではなく、お辞儀で相手への敬意を表すとか(ラストのほうでお辞儀が使われる意味、日本人のほうがよりわかる!)。 ヒロシが出せなかった手紙もちゃんと日本語で正しく書かれているし、“カミカゼ”と呼び理解不能なものに分類するのではなく特攻隊員ひとりひとりの思いを掬いあげているところとか(加瀬亮が手紙を読むところ−そこは英語だけど−で泣いちゃったよ、あたし)。

  永遠の僕たち4.jpg 少ない三人一緒のショットが美しい。
    しかもアナベルとイーノック中心の会話なので、ヒロシは遠目、もしくはわざと顔を映さないようにしている。 アナベルには見えないから?

 正しく日本を描いてくれている、というところを割り引いても、イーノックとアナベルの関係を美しいままで描いたのがよかった。 でもヒロシの存在が外せないほど自然に物語に組み込まれているからこそ、映しだされる日本的なものにドキドキしてしまうのかも。
 なんか本国では評価が低いらしいのですが・・・はっきり結末は描かない作風の監督だけど、『パラノイド・パーク』よりはずっとわかりやすくて救いがあるような気がするけど・・・そう思うのも日本人だからかしら。
 『RESTLESS』ってタイトルよりも『永遠の僕たち』のほうが合ってるもんなぁ。
 安らぎがない、落ち着かない、不安・・・『死への畏れ』ってことか。
 イーノック役のヘンリー・ホッパーくん、デニス・ホッパーの息子さんだそうで。
 こんな若い息子いるんだ! しかも似てないし! ハンサムだし!(いや、あたしがデニス・ホッパーの若い頃を知らないだけだが)
 アナベルはダーウィンを尊敬しているという設定だが・・・進化論ならば少し前にウォレスもいるってことも知っておいてあげて〜。

  永遠の僕たち7.jpg ミア・ワシコウスカがベリーショートにしてとてもきれい。 服装もやたらお洒落だ。 イーノックは寝ぐせの髪そのままで登場するのに。

 イーノック、アナベル、ヒロシ、この三人の物語だった。 勿論、他にも人物は登場するんだけど、三人の関係を補足するために必要だったような。 悲しい話なのだけれど、美しいから観客も冷静に受け止められるかな。 いい映画観た!、という満足感に浸れました。
 加瀬亮の英語も自然だったな・・・ヒロシがなんでアメリカで幽霊してるのか(そしてペラペラに英語喋れるのか)は死後の世界の謎ということでとっておきましょう。

ラベル:外国映画 映画館
posted by かしこん at 19:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 movie | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ラビット・ホール/RABBIT HOLE

 『ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ』のジョン・キャメロン・ミッチェル監督の新作ということで・・・なんとなく気になってました。 もともとは舞台劇だそうで、確かに会話中心だけど、登場人物たちの表情をしっかりとらえることで映画は多くを語らせており、舞台劇だとは思いませんでした。
 深く傷ついた女がいる。 ニコール・キッドマンが佇んでいる最初のシーンでそれがわかる。 多くは説明がないのだが、そこここに散ばされている事実を拾い集めて、観客はこの一家に起こった悲劇を理解する。

  ラビット・ホール1.jpg メイクに力を入れず、洗いざらしのブラウスを着てばかり。 それでも十分美しいのです。

 ベッカ(ニコール・キッドマン)は郊外の一軒家に住んでいる専業主婦。 夫のハウィー(アーロン・エッカート)は働いているが、できる限り早く家に帰り妻のそばにいて支えようとするけなげな男。 だが二人は悲劇に対して全く正反対の対処をしている。 ベッカの妹イジー(タミー・ブランチャード)は奔放な性格で考え方が違う姉とはケンカが絶えず、ベッカにとっては母(ダイアン・ウィースト)もまたうまくいかない相手だった。
 母と娘ってなんでこんなにめんどくさいのか、とつい思ってしまう親子関係。 それは答えも決まった形もないからなんだけど、女同士で感情が絡まり合う場合はうまくやるのが難しい、ということでもあるかなー。 自分を育てた相手を否定するってかなりのエネルギーを必要とすることだろうに、ベッカはそうすることでしか生きられなかったのかも。 描きようによってはいくらでもドロドロになる部分を、必要最小限にしたのがよかったと思う。
 ラビット・ホール=うさぎの穴は、『不思議の国のアリス』を引き合いに出すまでもなく“異世界への入り口”。 望んだわけでもないのに違う世界にいきなり連れてこられる・・・理不尽な出来事に遭遇するときとはそういう感じなのでは。
 加害者となってしまった高校生ジェイソン(マイルズ・テラー)にとっても望んではいない世界。 元の世界に戻りたい、もしくはまったく別の世界に行きたいと。

  ラビット・ホール5.jpg だからこそ二人は語りあうしかないのだが。 でもお互いの顔を見合わせ合うことも目を合わせることも少ない。

 初めは何を描いているのか全然わからない絵が、徐々にその姿を現し、パラレルワールドを表現しているとわかるときの感動ときたら!
 SF的発想が人を救う、救いになることがあるというものすごい好例。
 ただ、ベッカが他の誰でもなくジェイソンと心を通わせることで慰めを見い出す、ということが感情的に納得がいかないのだが・・・(彼と会っていたことでハウィーが激怒する気持ちはわかるけど)。 しかしそれが、この物語が美しいポイントだったりするのだ。
 共感できないからといって何も感じないわけではないのよね。
 なんとも複雑な物語。

ラベル:外国映画 映画館
posted by かしこん at 07:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 movie | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

50/50 フィフティ・フィフティ/50/50

 27歳で、がんと宣告されたらどうする?、を、できるだけ笑い飛ばそうと語る映画というだけで好感が持てる。 日本の映画はこういう題材だとどうしてもお涙頂戴で重苦しい真面目一辺倒になるからあまり好きじゃないのよね。
 ラジオ局に働く、地味でまじめな性格のアダム(ジョセフ・ゴードン=レヴィット)は突然腰に痛みを感じたので病院へ行くと、脊髄神経に腫瘍ができていることがわかりがんの宣告を受ける。 五年後の生存率50%。 酒もたばこもやらないのに、人に迷惑かけて生きてきたわけでもないのに、なんで? が、地味な性格ゆえにその驚きが怒りになるまで時間がかかる(というか、そこで怒っても仕方がないとか思ってしまって自分の感情に蓋をする)。 そんなテンション低めのキャラクターがジョセフ・ゴードン=レヴィットによく似合う〜。
 病気を特別視せずに向き合おうと思うアダム。 しかし周囲の人間はそんなアダムに腫れものに触るように接し、病気前と態度が変わらないのは仕事仲間でもあり悪友のカイル(セス・ローゲン)だけ。 そしてアダムの闘病生活が始まるが・・・という話。

  5050-1.jpg セス・ローゲンとウィル・フェレルの違いがわからない・・・。

 「50%! すげー高いじゃん! カジノなら買ったも同然!」とはしゃぐカイルは「がんだってこと利用してナンパしようぜ!」と女癖の悪さを常々発揮、アダムを苦笑させる。 『ピザボーイ』に続きまたしても“若い男二人のアホ会話”が繰り広げられており・・・二十代ってそんなもんですか?、とあきれる。 まぁ、そんな軽いコメディ調がこの映画の生命線なのですが。

  5050-3.jpg 職場からコーヒーショップへ行く途中で、アダムは病気のことを告げた。 

 そんなバカ話のあと、「わかった、もう会社に戻ろうぜ」 「え、コーヒー買いに来たのに?」 「もう目が覚めたよ」 そんな言葉でカイルがアダムを気遣っているのはわかるのだが、いくら普段通りにしてるのがいいだろうと思ったとしても限度があるからね・・・基本、おバカであることが彼らしい。
 アダムの恋人レイチェル(ブライス・ダラス・ハワード)は「あなたを支えるわ!」と言いながらもプレッシャーで逃げ出すようになってしまい、病気がわかる前からアダムから気持ちが離れていた(もしくはそれほど真剣ではなかった)のは見えていたから「早くアダム、気づけ〜」とイライラ。 彼女にして見たら同情心が芽生えちゃったから見捨てるのもどうかと・・・という気持ちなんだろうけど、それってただ自分が悪者になりたくないだけよね〜。 『ヒアアフター』に続き“自分がかわいいダメ女”がすっかり板についたブライス・ダラス・ハワード、そうじゃない役もやってほしい。
 また、抗がん剤投与仲間のアラン(フィリップ・ベイカー・ホール!)とミッチからマリファナ入りのクッキーをもらい、生と死の狭間に直面する事態をハイの状態でクリアするなど、重いことを描きながらも重たく感じさせずに見せる構成が巧みです。
 今回ジョセフ・ゴードン=レヴィットは堺雅人っぽさ(笑顔だけで喜怒哀楽を表現)だけでなく、佇まいに加瀬亮っぽさまで感じさせ、うまさにニヤニヤしてしまった。 だから余計にセス・ローゲンの粗雑さが気に触りました・・・それはそれでうまいってことなんだろうけど。
 やたら心配するから母親に知らせるのは気が重い、と気に病むアダム、実際に話せば母親(アンジェリカ・ヒューストンです!)は泣きだすしそれを鬱陶しいと思う気持ちもわかるんだけど、セラピストのキャサリン(アナ・ケンドリック)から「夫は認知症でただ一人の息子は連絡してこない、となったらお母さんの話を誰が聞くの?」と言われて自分のことばかり考えていたことを反省したり。 病気が周囲に影響を与えるだけでなくアダムが自分を見つめ直すことになるのもよかったかな。 そして母親は最後まで自分がいちばん大変とかつらいとか泣きごとひとつ言わなかった、さすがです(認知症だという父親もいい味を出していて、現実的ではないのだろうが救われる部分もある)。

  5050-5.jpg 手術中、みんなで待つ。

 病気と付き合うアダムを描きながら、さりげなくも彼を支える周囲の人間すべてを描く映画になっているのがいいところ。 また、関係は“支える−支えられる”と分類されるものがすべてではないというところも。 それぞれの気遣いや思いが見えてくる場面では、思わず涙がじんわり。 “死を受け入れることで生きられる”というような、東洋的と思われがちの考え方も、実は西洋でもありなのだとわかるのは文化的な救いにもなるかと。 どんなところにも希望はある、と思えます。
 何故かエンドロールはパールジャム。 それもまたよし。

ラベル:外国映画 映画館
posted by かしこん at 04:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 movie | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月30日

エコー・パーク/マイクル・コナリー

 ついにボッシュシリーズ12作目を読み終わる。 あとは『死角』のみですが、今年中には終われなさそうだ・・・来年まで持ち越し。
 いきなり冒頭から、ハリー・ボッシュの上司が前作『終決者たち』のときと違う人・・・なんかもうそれだけでイヤな感じが。 実際、これでもか、とイヤな方向に事件は展開する。 ・・・やりすぎじゃないですか?
 エコー・パークでパトロール中の警官にとがめられた男の車の中から、女性の死体が見つかり大騒ぎに。 その男は極刑を回避するため、過去の犯罪を告白すると取引を申し出る。 その中には、ずっとハリーが抱えていた未解決事件があった・・・という話。

  エコー・パーク1.jpgエコー・パーク2.jpg 表紙にある講談社文庫のマークって、装丁の足枷になってないかな?

 レイチェル・ウォリング再登場により、「またか、ハリー!、またか!」な展開が。
 今更なんですが・・・「ハリーって、子供か?」と思ってしまう場面が続き、なんかもうダメな人だな、と感じてしまう悲しさ。 過去のトラウマを克服しきれてないとかいう問題ではないです、もはや。 主人公が好きになれないと(少なくとも共感できる部分が少なすぎると)こんなにもストーリーに対して投げやりになれることに自分でびっくり。 どんなにひどいことが起ころうとも、「だからどうした」な気持ちのまま読み進めることができる・・・なんで読んでいるのでしょう?
 予想通りというかシリーズの流れから行っても当然のように“ひどい話”になっているのですが、それも「想定の範囲内」なのですよね・・・だからあまり意外性がない。 リアルタイムで読んでいたらまた違う印象なのかもしれないけれど、これだけまとめて読んじゃったら見えてきてしまうものがあるのよね。 ハリーは正義感からというよりも、強迫観念のように事件を解決せずにはいられない。 解決のためには手段を選ばないその態度は、一・二作ぐらい読む分には気にならないけど(むしろ頼もしいと思うかも)、12作も読んできたら両刃の剣という言葉ではおさまらないほど危険だとわかってきてしまいますからね・・・レイチェルにも共感しきれないけど、彼女の危惧は当然だ。
 というか、ハリーにいつも手段を選ばぬ捜査をさせてしまうほどアメリカの犯罪は絶望的なのか、解決できないままの事件が彼を苛み続けた結果がこれなのか、どっちなんだろ。 ミステリの枠を超えて「後味の悪さ」だけを提供してくるかのようなハードボイルドって! これだから!
 犯罪者ウェイツの造形もはじめは得体のしれない感じ全開だったけれど、幼少期の育ち方がハリーとよく似ていることがわかってからは「間違った犬に餌をやった」ということでハリーとどこかでわかりあってしまったり、となるとかつてハリーがホンボシと睨んだ男(証拠不十分のため逮捕に至らず)の存在がクローズアップ、またしても悪徳弁護士が絡んだロス市警内部の腐敗の構図に。
 毛色を変えるために、突然銃撃戦とか始めないでほしい・・・。
 やはりあたしはヘニング・マンケルの<ヴァランダー警部シリーズ>のほうが好きだな・・・(そうだ、それと比較するためにこれを読み始めたのだった)。

ラベル:海外ミステリ
posted by かしこん at 08:47| Comment(0) | TrackBack(0) | ☆ 読んじゃいました | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月29日

マネーボール/MONEYBALL

 あたしはプロ野球にほとんど興味がないのですよね・・・(高校野球は好きです)。 だからどうしようかと悩んだのだけれど・・・結局“マネーボール理論”というものにひかれて鑑賞(ブラピにも、特別興味はないという・・・別に嫌いでもないが)。
 メジャーリーグの『オークランド・アスレチックス』のGMであるビリー・ビーン(ブラッド・ピット)は元野球選手。 常にリーグ優勝を狙ってはいるが基本的にお金のない球団なので、実力選手を育て上げても金持ち球団に次々引き抜かれてしまう。 金がなくても優勝できる方法はないか、と考えていたビリーは、ライバル球団の隅っこで働いている若者に目をつける。 それがデータ分析を専門とするピーター・ブランド(ジョナ・ヒル)で、彼を側近として雇い、ふたりは独自の手法で選手を集め始めるが、監督やコーチなどから「そんなマネーボール理論でうまくいくわけがない」と大反発をくらい・・・という話。

  マネーボール5.jpg はぐれ者が二人。

 打率や得点率ではなく、とにかく“出塁率”に重きを置くのがビリーたちの考え。
 だから塁に出ればよい、それがピッチャーゴロだろうがフォアボールであろうが。 誰も注目していないポイントだから、出塁率の高い選手なら高いお金を払わずとも集められる。
 GM:ジェネラルマネージャーの立場からの映画なので、ビリーに従わない監督やコーチが頭悪いように見えるが、監督やコーチの立場(それは、多くの野球ファンが自分の目線として語るだろう立場)からしたら「なに上が勝手なこと言ってるんだ」になるのでは・・・。 ビリーが元野球選手なだけに現場のことは知らないわけではないということがあるにせよ、他のスタッフとの話し合いが足りないのでは・・・とハラハラする(しかもマッチョ理論な監督がフィリップ・シーモア・ホフマンだということに最初気づかなくて、途中でびっくりする。 もっと似合う役を当ててやれよ・・・)。 自分の考えに従わせるためにビリーがとった行動は、かなり強引でひいた。
 そう、全体的にドライなのである。 金を払う・もらうのプロ同士の関係とはそういうものだ、ということなのかもしれないが・・・他の球団との選手の交換(トレード?)などもその選手に一言の断りもなく勝手に決める。 で、決まったら通告して終わり。 勿論、フロント側の人間もいつクビを切られるかわからない立場ではあれど、これはつらいだろ・・・としみじみ。 日本には馴染まない感じですが、そんなこと言ってられない時代が来るのかしら。

  マネーボール3.jpg だからこそ場面は少ないながらも、ビリーと娘(多分離婚してて、元妻が普段娘を育てている)との会話のシーンがいいあたたかさを醸し出している。 言葉だけでなく音楽を媒介にしたのも素敵!(彼女は『ブラザーズ&シスターズ』に出てる子じゃないだろうか)

 あたしは個人的に、捕手から一塁手に鞍替えさせられた彼が、試合で活躍してくれたのがうれしかった。 マネーボール理論そのものよりも、ビリーとピーターが一緒になってひとりひとりの選手たちにこの理論の有効性を説き、様々な助言や激励を与え、ともに心をひとつにしていく過程があったからこそ得ていく勝利だったのではないか。
 あの一連のシークエンスがとても好きです。

  マネーボール2.jpg ドライじゃない、築き上げたチームワーク。 しかしそうなると、「監督いらない」のでは・・・。

 ただ試合のシーンが少なくて、野球をよく知らないあたしにはわかりにくい部分もあり(むしろ試合よりもピーターがひとりでオーナーと交渉する場面のほうが盛り上がったり)、山場がどこかわかりにくいところも。 なので「え、これで終わり?」とラストは少々困惑。
 それは時間を忘れて見入ってしまったということでしょうか。 『ソーシャル・ネットワーク』と同じ脚本家だそうで、その感じ、一緒です。
 それにしてもブラッド・ピット、メガネをかけてデータを読む姿は『スパイ・ゲーム』の頃のロバート・レットフォードかと思いました・・・やっぱり似てるんだなぁ、と。
 そしてコロンビア映画はソニーの傘下だから、電化製品が全部SONYなのですよね・・・パソコンがVAIOなのは他の映画でも当たり前ですが(でもコロンビア映画以外では使われていない)、ビリーが試合結果に憤って投げつけるラジオまでSONY製だったのにはなんか笑った。 日本人ならではの楽しみ方?

ラベル:外国映画 映画館
posted by かしこん at 18:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 movie | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月28日

ウェンディーズが帰ってきた!

 ゼンショーの突然の契約解除に伴い、日本から姿を消したウェンディーズ。
 それが、帰ってきた! 東京・青山に一号店のみですが。
 勿論、あたしも地元にいた頃はウェンディーズなどありませんでした。 しかしマライヒが「ハンバーガーがいちばんおいしいのはウェンディーズ」と言っていたのを見て以来、“ウェンディーズ”は憧れの店になったのだ。
 そして神戸に引っ越してきたら・・・ウェンディーズがいっぱいあった。
 パティが四角い! ポテトがシンプルに塩味だけ(これはジャガイモに自信がないとできません)! チリが食べられる! フロスティうまい!
 というわけで一気にウェンディーズのファンになり、全メニュー食べつくす勢いで通ってました。 あたしのイチオシは期間限定だった“ベーコンアスパラバーガー”です(普通のクラシックスも好きですけど)。
 ある程度落ち着いてからは、それでも2・3ヶ月に一度は通っていたかな・・・近所のお店(そう、歩いていける範囲にウェンディーズがあった!)はあまり込んでいなかったので、図書館帰りに大テーブル占領して戦利品を眺めるのにいい場所だったのです。 流れるBGMも90年〜2000年ぐらいのポップス&ロック中心で、大変心地よかった。
 しかし突然の日本撤退騒動で、あたしの使い勝手のいいお店は消えた。 その跡地はいま、回転寿司屋さんになっている・・・新しいウェンディーズが店舗を拡大しても、この場所には戻って来てくれないかもしれない・・・さびしい。
 そう、まだ新規一号店がオープンしたばかりなのである。 来年、都内にあと2店舗を開く計画は立っているようだが、その先の具体的予定はまだ見えない(5年後に100店舗計画らしいが・・・その店舗はあたしの近所に来てくれるのかどうか)。

  新しいウェンディーズ.jpg オリジナルのメニューは残しつつ、新メニューも投入の様子。 これが吉と出るか凶と出るか・・・。

 ウェンディーズが消えてから、あたしはすき家も利用しないしマクドナルドも食べません。 ある意味で願掛けみたいなものだが・・・それで近くにまたウェンディーズが戻って来てくれるなら、たやすいことです。

posted by かしこん at 02:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題・ニュースに思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月27日

今日は2冊、と

 先日の品揃えの甘い店ツアーで探しきれなかったやつを、本日、ブックファーストにて入手する。

  数寄です!2.jpg 数寄です! 女漫画家、東京都内に数寄屋を建てる 弐/山下和美
 土地も決まり、いざ建てはじめます、な段階なれど、税金が払えなくて原稿料の前借りを生まれて初めて頼んでみたり、設計でもめたり大工さんたちにおやつを差し入れるか否かで悩んだり・・・一度腰が座ればなんとでもなるが、そこまでは優柔不断でうろうろばたばたする著者の性格にすごく共感。 工事中の現場を見に行っても大工さんに声をかけるタイミングがわからなくてすごすご帰るとか・・・すごくわかる感じ!
 で、実際に基礎工事に入ったのが2010年8月末から・・・単行本で読んでいるからタイムラグがあるのはわかっているんだけれど、2010年12月の上棟式(らしきもの)まででこの巻は終わり。 そこまでの途中で何度か耐震構造についてのんきに語り合っておられるのを見て、あたしはもう胃がきりきりしている。
 <参>巻にはついにあの日のことが書かれるらしい・・・待つ、次巻!

  天才柳沢教授の生活32.jpg 天才柳沢教授の生活 32/山下和美
 『数寄です!』を探すことばかりに意識が集中していて、こっちを探すことを忘れていた・・・(今日も『数寄です!』だけをつかんでレジに並んでいる間に、帯裏にこの本のことが書いてあったので思い出し、売場へ逆行)。
 作者近況のところに「一軒家に住み始めてから三ヶ月」という記述があったので、あぁ、もう無事に建ったんだなぁ、と安堵。 しかしその過程はしっかり読ませていただきます。
 相変わらずの観察者・柳沢教授ですが、今回は思わず涙するエピソードは少なく、それぞれの決断に至る一瞬に教授が立ち会うという形が多かったような。 数寄屋ネタも出てきました。

 そして、職業:医者の人に会ったので、「カフェインアレルギーってあります?」と尋ねてみる。
 「うーん、カフェインの耐性は人それぞれだからなぁ。 一概にはなんとも・・・そのときどきの体調とかにも左右されるし。 あ、でもそういえば、ぼくも40過ぎてから、コーヒー飲んだら頭が痛くなったりしてきたなぁ。 トシかなぁ」
 じゃあ、あたしもトシですか!!!
 「いや、だって40なってないでしょ。 原因をどうのこうの考えちゃうと気になるから、そこはあまり深く考えない方がいいんじゃない?」
 カフェイン量は同じでも、お茶の場合含まれるタンニンがカフェインの吸収を穏やかに作用するので、紅茶・緑茶などはコーヒーほどカフェインのインパクトは強くない、等の仕組みを調べたあたしに「あんま深く考えるな」と! ・・・まぁ確かに、考えすぎることで意識してしまう → 思いこみが条件反射的に不調を呼び込むことはあるから・・・それほどの実害がない場合、「気にしない」のがいちばんの方法なのでしょうが・・・。
 家に帰ってきて、お風呂から出てしばらくしてから熱を測ったら、34.79℃。
 低すぎだよ!、ともう一度測ったら、それでも35.24℃。
 とりあえず、基礎体温上げることをしないとな・・・と考えるクリスマス明け。

ラベル:マンガ 新刊
posted by かしこん at 02:58| Comment(0) | TrackBack(0) | ☆ 買っちゃいました | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月26日

その後・・・

 ミルクティーはやめて、紅茶だけで飲んでみることに。
 量も抑えめ、ぐびぐび飲まずに。
 ・・・それでもやはり、くしゃみ・鼻水・軽い吐き気。

 これって風邪か?、と熱を測ると36.42℃。 普通の人には平熱ですが、体温低めのあたしにとっては微妙に微熱。 少々頭がくらくらするっぽいが、食欲はある。
 ごはんにサラダとハッシュ・ド・ビーフを食すも、特に問題なし(しかし食べた後、なんだかやけに横になりたい気分・・・眠りたいというほどではないのだが)。
 もしかして、ただ単に疲れてるだけ???
 飲み物はとりあえず紅茶はやめて、柚子はちみつ漬けのお湯割り(いわゆるゆず茶ですが、国産です)にする。 風邪対策にも乾燥対策にもなりそうだし。
 年末年始休みまであと3日! これを乗り切ればなんとか!

posted by かしこん at 03:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 体調 好不調の波 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月25日

ロマンス/柳広司

 読み始めたらあっさり読み終わってしまった・・・270ページは少ないよ、もっと書きこんで500ページぐらいの分量があってもいい物語なのに。
 舞台は昭和八年、若き子爵麻倉清彬は幼馴染であり親友の多岐川嘉人(伯爵家の長男で帝国陸軍中尉)にある日突然呼び出された。 そこには親友とともに、見知らぬ死体が・・・それから始まる一連の出来事と、否応なく時代を見つめることになる一人の男と“ロマンス”の代償の物語。

  ロマンス柳.jpg この時代感が好きなのよねぇ。

 出世作『ジョーカー・ゲーム』のみで語られてしまうことが多いこの作者ですが、あたしは個人的に『饗宴‐シュンポシオン‐』が今のところいちばん好きだったりして。 裏切りだのどんでん返しだのというより、過去のある時代を描きだすのが非常にうまい人なのではないかと思っていて、そこは当然史実を下書きにしながらもあくまでフィクションであるという形。 小説や映画から歴史を学ぶ身としてはありがたい。
 というわけで単独のミステリとして見たらちょっと弱いというか、展開や解説も非常にクラシカル(というかあの時代に詳しい人にとっては明らかにネタバレ?)。 しかし祖母がロシアの没落貴族という“混血児”の宿命を持つ主人公のキャラクター造詣とかシリーズ化できそうなんだよね!(ある意味、『摩利と新吾』の摩利と共通の屈折感あり)。
 あと、日本の華族を描いた物語って結構好きなんですよね・・・“滅びゆくもの”の美学めいたものを勝手に感じるからでしょうか(勿論、高圧的なアホばっかり出てくるなら論外なのですが)。
 そして昭和八年を描いておきながら実は現在の空気感をも描いていたりとか(当然そこは意図的なんだろうなぁ、ちょっとあからさまではあるけれど)。 フィクションとしてあたしはこれをとても面白く読んだのだけれども、今の日本というものを考えたらひたすら哀しくなってくるというか、あぁ、日本がなくなる前に死にたいなぁ、と考えている自分もいるのだった。 “歴史”の前には国も個人も大した力も持たないはかない存在なれど、小さな積み重ねが流れを作ったり変えてしまうというものまた事実。 どう転がるかは誰にもわからない。
 だからこそ、清彬くんのその後が気になります。

ラベル:国内ミステリ
posted by かしこん at 04:10| Comment(0) | TrackBack(0) | ☆ 読んじゃいました | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月24日

カフェインアレルギーなんてあるのか?

 あたしは紅茶が大好きなのだが・・・最近、家に帰って来るのが遅いのであまりカフェインをとるのはよくないかな(余計に眠くなりにくいのではないか)、と思って、あまり飲まなくなっていた。
 で、“お湯を注げばロイヤルミルクティー”になる粉末をもらったので、それを急ぎの朝などに手早くあったまるしと思ってたまに飲んでいたのだが・・・どうも微妙に不調なのである。 インスタントはやはりいかんのかな、ぐらいに思っていたのだが・・・。
 昨夜。 次の日休みだし、たまった録画ドラマを見たいし、久し振りにちゃんとしたミルクティーを飲もうか!、とティーポットに沸騰したお湯で紅茶をいれる。 マグカップに8分目まで紅茶を注ぎ、ティースプーンにはちみつをひと匙入れてかき混ぜ、9分目になるように牛乳を入れる。
 ふっふっふ、うまい!、と自画自賛しつつ・・・。
 マグカップ半分を過ぎたところで、ぱたりと飲む手が止まる。 熱いうちに飲みたいのに、冷めてしまうではないかとわかっているのに、それ以上飲めない。
 そうこうしているうちにくしゃみ・鼻水が止まらなくなり・・・なんだか吐き気と頭痛が。
 なんだこれは?
 粉末ミルクティーを飲んだときもちょっとこんな感じになった。 あたしはコーヒーが苦手で、ミルクをたっぷり入れれば飲めるのだがあとから身体が不調を訴える(それこそ頭痛・吐き気、腹痛など)。 なんかそれと、似てる?!
 カフェインに対して、アレルギー?
 いや、子供の頃からずっと紅茶は飲んできたが、こんな症状になったことはなかった・・・じゃあ問題は、牛乳なのか? でも生クリームやらチーズやらを食べても特に影響はない。 この組み合わせがまずいとか?
 うーん、もうミルクティーは飲めないのだろうか。
 寝込みながら、そんなことを考えた。

posted by かしこん at 18:24| Comment(2) | TrackBack(0) | 体調 好不調の波 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月23日

今日は、7冊。



 でっかい本屋には行けない!(もう閉まっているから) 夜中まで開いている本屋は



品揃えが甘い! と、品揃えの甘い店を何軒かはしごして目当てのものを探す旅。



 それでもなんとかなるもので・・・。



   宇宙兄弟16/小山宙哉



 これはもう新刊出ればベストセラー入りなので、どこの本屋でも売ってます。



 前の巻では弟ヒビトの孤独な戦いをメインにした分、この巻では兄ムッタとケンジとの



“同志愛”というか・・・パートナーシップを超えた信頼感が描かれます。 ・・・ちょっと、



泣いちゃった。 妻と子供のために、を背負うケンジも立派だが、「自分はここにいても



いいのか」の疑問に押しつぶされそうになりながら「考えるのはやめる」と踏みとどまって



まったく新しいアイディアを生むムッタはすごいよ! ムッタはヒーローってキャラでも



ないし完璧でもないし、普通よりちょっと運がよくて、普通の人が見逃しがちなことを



見逃さない、普通とはちょっとだけ違う人。 そんな人が努力をしている、という姿が



なんだか泣けてきちゃうのだ。



   とりぱん12/とりのなん子

        今回の表紙はオオハクチョウ・・・。



 この巻はトリも出てきますが、主にムシ・ムシ・ムシって感じ。



 相変わらずの“北東北ワイルドライフ”ですが、さりげないところにも、ポイントとなる



セリフにも、「3・11後の東北で生きること」への思いが見えて・・・あたしは初めて



『とりぱん』で号泣してしまった。



  

           日出処の天子<完全版>2・3/山岸涼子



 あぁ、この3巻の厩戸王子、美しい〜。



 しかし一度に2冊も出るとは・・・出費じゃ。



  

                  透明人間の告白/H・F・セイント



 これはかつてハードカバーが出たときに「わー、面白そう」と思ったもののそこで



終わってしまい、その後いろんなところで褒められていたんだけれど大声で褒めてた



人たちがあまりあたしのなじみの人たちじゃなくて、「どうしようかなぁ」と悩んでいる



うちに文庫になったがいつの間にか姿を消してしまっていて、今回別の出版社が



再発売! ここらへんが買いどきでしょう、ということで。



 H・G・ウェルズの古典『透明人間』でも透明になった故の苦しさ、生きづらさは



描かれていたけれど、これは更にそのあたりを推し進めた内容らしい。 楽しみ。



   卵をめぐる祖父の冒険/デイヴィッド・ベニオフ



 つい先日WOWOWで『レニングラード 900日の包囲網』という映画を見たばかり



だったのだが、この話も同じ時期のレニングラードが物語の主な舞台で。



 シンクロニシティ!



 というわけで、今日は7冊・・・いくら払ったか、ちょっと忘れたい・・・一万円札が消えて



残ったものは・・・これだけ?!


posted by かしこん at 03:25| Comment(0) | TrackBack(0) | ☆ 買っちゃいました | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月22日

本好きの人と過ごす時間



 わりと最近、仕事場に入った方が本好きだと判明。 仲良くなったけど仕事が



終わる時間がまちまちだったのですが今日、同じタイミングで帰れることになり・・・



ごはんに行きました。 実は住んでいるところも近い!、とわかってお互いの近く



あたりの飲食業ビルにて、適当な居酒屋さんに入ります。 居酒屋さんに入るのは



久し振りだったのですが、ほぼ個室化されているのですね・・・。



 とはいえお酒が飲めないあたし、ウーロン茶で乾杯。



 今、なに読んでます?、という問いにあたしのカバンに入っていたのは・・・。



   ミステリが読みたい!2012年版

              結局、買いました・・・。



   『犯罪』/フェルディナント・フォン・シーラッハ



 図書館から「届きましたよ」と連絡があったから。 予約が詰まっているので期限内に



返さねばならない。 でも思ったより本が薄かったので、早く読めるかも。



   『ロマンス』/柳 広司



 これも図書館から。 『キング&クイーン』、『最初の哲学者』を読む前にこれか?、



ですが、「昭和初期の華族社会」が描かれていると知ったら気になるわけです。



   『西原理恵子の人生画力勝負』C

   この表紙は『テルマエ・ロマエ』への挑戦状らしい・・・これはさすがに、買ってます。



 あとは今持ってないけど、『シンドロームE』下巻に突入したし、乱歩の『魔術師』



読み終わったので『吸血鬼』に手をつけたところで、当然ボッシュシリーズの続き



『エコー・パーク』の上巻も1/3ぐらい。 いつも同時並行で何冊も読みますが、



あらためて並べると多い、か?



 あたしもだが、その方も幼少から本が好きだったとかで、今も本のない生活なんて



考えられないそう。 一緒です! では何故そんなにも本が好きになったのか、の



原因を探っていくと、お互いかなしい身の上話を持っていることがわかる。



 “子供の頃から本が好き”ってのは何らかのトラウマの裏返しですか?、という結論が



出そうになるではないか。 ・・・でも少なからずそういう面はあるかも。



 久し振りの長話。 話しながらいろいろなことを思い出すし、その方とは違うんだけど



根本的なところが似ているらしいということがわかったり。 楽しい時間を過ごしました。



 大人になってから友達はつくりにくいかと思っていましたが、仕事に対する考え方が



似ていて(というかベース部分が共通していればわかりあえる)、人として問題なくて、



同じ趣味を持っていたらすぐ仲良くなってしまえるものなのですね・・・その方も「仕事場で



友達をつくろうなんて考えはおかしい」という人だから意見は一致。



 そしてそんな二人がなんだか友達みたいになってる不思議。


posted by かしこん at 04:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記のようなもの | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月21日

はちみつお湯割りの季節



 今の仕事はやたら風邪の保菌者と会うことが多い。 いくらあたしが気をつけて



いても限界はある。 こうなったら、どうにかしてはちみつジンジャーをドラートに



買いに行かねば! できたらはちみつ柚子もほしい〜。 お湯割りにして飲むと



とてもおいしい。 ショウガが苦手なあたしですが、このお店のショウガのはちみつ



漬けだけはおいしいと感じる。



 と、何度目かのアタックでようやくお店に行ける(今、お店はトアウェストに移転して



おり、営業時間が11:00〜19:00のため、あたしにはなかなか行きづらいのです)。



 はちみつジンジャーとはちみつ柚子は無事ゲット。 冬のキャンペーン中とのことで



はちみつドリンクをいただきました。



   はちみつがサラサラしてて、混ぜもののない感じ。



 「新入荷のはちみつ、ございます!」ということで早速味見を。 何種類か試して、



気に入ったのが『国産ソヨゴ』。 モチノキ科だそうで・・・後味は確かに樹木っぽいの



だけれど、香りがあたしの大好きな『西洋菩提樹』にちょっと似てて、甘みは『ソヨゴ』の



ほうが強いんだけどね。 でもお湯割りにしたら同じくらいなごみそう・・・ということで



購入決定! 寝る前、お風呂上がりなどに飲むと鎮静効果があるので眠りに入りやすく



なるかもしれない、という可能性に期待します。



 ニュージーランド産ポフツカワも大量入荷していましたが、あたしはまだ瓶の底に



2センチほど残っているので次の機会にします。 でも『ソヨゴ』、値段聞いてなかった



からレジ打たれてちょっとびっくり・・・値段訊いたらよかった・・・。



 純粋はちみつの世界は奥が深いです。





 ※ブロガリメンテナンスのため、リアルタイム更新ができませんでした。


posted by かしこん at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | ごはん・お茶の時間 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月20日

ピザボーイ 史上最凶のご注文/30 MINUTES OR LESS



 オープニングの雰囲気が(3Dタッチではないが)『ゾンビランド』みたい!、と



盛り上がるが、監督同じ人だった・・・。



 “30分以内に配達できなければタダ”がウリのピザ屋で配達人をしているニック



(ジェシー・アイゼンバーグ)は、ある注文に駆け付けたならば襲われて意識を失い、



気がついたら時限爆弾をつけられて銀行強盗を強要される。



 そしてまた別の場所では、資産を一人占めする父親憎さから殺し屋を雇おうとする



ニート的ダメ男が機械や爆弾の知識を持つ相棒(?)とともに依頼料10万ドルを稼ぐ



方法を考えていた。



 はじめ、颯爽と車を走らせるニックの姿を映すのだが、実は“30分以内”に間に合った



ことのないダメダメ配達人であることがすぐにわかる(アメリカのピザ配達って車なのか。



バイクって日本の事情のせい?)。 とりあえずこのままではダメだと考えているらしい



ニックだが仕事の代案はないようで、小学校の代用教員をしている幼馴染の親友チェット



(アジズ・アンサリ)に「そんな仕事辞めちまえよ」と言ってみたり、チェットの妹がいい



仕事を見つけて町を出ていくと知って反対してみたりとまわりが自分を置いていくような



感覚にも耐えられないダメ男である(じゃあ、まず自分が仕事につけ!)。



 ナレーションひとり語りもないため、『ゾンビランド』のときのような観客共感ポイントも



なければかわいげもない。 ただ身勝手なイヤなやつじゃん、と見えてしまうのがなんだか



悲しいのである。



   やたらかってなにーちゃんで残念。



 それに比べたらチェットのほうが、直前にニックと大喧嘩して絶交宣言をしていたにも



かかわらず、爆弾チョッキを着て現れたニックのために協力してしまうお人よし感



(本人は正義感だというが)全開で好感が持てる。 しかし若い男同士ってこんな中身の



ない会話しかしないのか(というか、ほぼ下ネタか)・・・というのにげんなり。 それは、



ニック&チェットだけじゃなく、もしかしたら十歳ぐらい年上なニート的二人組の会話も



同じ感じで・・・さらにげんなり。 ふと、『SATC』を見た男性がげんなりする気持ちって



こういうことなのだろうか、と考える。



   原因は親に愛されないこと・・・

            いいトシしてすべてを親のせいにするな!



 殺し屋がマイケル・ペーニャだったり、資産持ちの父親役の方もよく見たことある人



だったりとキャスティングにも遊び心は感じますが、いかんせん「爆弾チョッキをきせ



られて無理矢理銀行強盗させられた現実の事件では、テレビカメラの前でチョッキは



爆発してその人は死んでしまった」という事実を思い出してしまうので、このネタで



コメディつくるとは悪趣味すぎないかとも考えてしまい・・・。



 今の現実では現悪という基準だけでは何も語れない、ということなのかもしれないが



(『ゾンビランド』にもそういう要素がありました)。



 笑いどころはあるのですが、もうちょっとテンポをよくした方がよかったような(82分



なのにもっと長いような気がする)。 オタクな映画ネタも満載ですが、あたしが好き



だったのはチェットの妹に「フェイスブック見てる?」と聞かれたニックが「もうやめた」と



答えたところですかね。



 あと、ニート的二人組の片方が車の中でノリノリで音楽を聴いているところで、もう



片方が苛立ってカセットテープ(!)を引き抜き、「ナンパに行く大学生じゃないんだから



こんなの聴くなよ!」と怒鳴るところ。 字幕には出てませんでしたが台詞では「Matchbox



Twentyなんか聴いてんじゃねーよ!」とあり、でも実際そこで流れていたのはThird Eye



Blindだったのであった。 と、多分見た人によってツボの台詞・場面があるのでは



ないかしら。



 しかしいちばんの問題は、四角い顔のインド系の人の顔を見たらどうもM・ナイト・



シャマランに見えてしまう、というあたしの顔認識能力の低さなのであった(声の違いは



わかるんだけどな〜)。



 むー、ジェシー・アイゼンバーグは早口芝居だけの人と思われないか、心配になる。


posted by かしこん at 03:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 movie | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする