2011年11月15日

天使と罪の街/マイクル・コナリー

 『ザ・ポエット』を読み終わり、満を持しての読み始め。
 解説ではあらすじや登場人物表ではポエットのネタばれはしていない、と書いてあり、確かにそうなんだけど本文の数ページ目にポエットの本名が出てきた・・・なるほど、これならば「先に読んで!」というはずである、と納得(犯人の名前わかっちゃったら読む気半減だよね・・・)。 でも登場人物の関係・因縁を知っておいたほうが面白いのは確かなので『ザ・ポエット』を読んでおいてよかったです。

  天使と罪の街1.jpg天使と罪の街2.jpg 表紙・・・微妙。

 が、それよりもあたしにはテリー・マッケイレブ(『わが心臓の痛み』の主人公で『夜より暗き闇』の主な語り手)のその後に衝撃が!(マカヴォイくんのことはどうでもいい、これには出てこないし)
 で、『ブラッドワーク』(『わが心臓の痛み』を原作にしたイーストウッドの映画)について作中人物たちが映画のモデルにされたこと−現実との乖離に不満を述べている、というのがやたら面白かった。 バディの気持ちなどまさに!、である。
 これって原作者としての気持ち?
 そして相変わらずFBIの傲慢さというか強引さがこれでもかと描かれ、ボッシュの立場の弱さを浮き彫りにする。 それにしてもテリー・マッケイレブのことをこんな風に扱うとは・・・作者は非情でなければ生きられないのだな。
 またしても女に弱いハリー・ボッシュに「困ったもんだ・・・」とあきれるしかなく(しかしそれにいちいち付き合う女たちにも問題があるということでもあるだろう)、“心の弾丸”説まで持ち出した運命の女・エレノアのことはどこかふっ切っている印象だし、それを他の女にあてはめようとするし、なんだか少し腹立たしい。
 殺人鬼ポエットを見つけた段階でホールドアップや拘束など目論まずに、さっさと撃ち殺してしまえばあとあと面倒なことにならないのに、と思ったあたしはひどいやつなのでしょうか。
 訳者あとがきにより、日本での出版社がころころ変わるのはコナリーの版権料が高いからということが判明。 そこはエージェントの問題だと思うけど、日本でいまいち大ヒットしきれてないからこそ版権料を据え置きして出版社・本屋に売ってもらう努力をしてもらった方がよいのでは・・・ということを考えてしまうのもまたあたしだけですかね(無理矢理上下巻にするのも単価を上げようという対策のように感じられる)。
 自分の弱さを認め、もう一度はいあがることに決めたハリー。 自分の弱さを認めることは悪いことではない、弱さに開き直るのではなく、弱さを踏み台にして強くなるためなのだから。
 と、なんだかんだで10作目まで読了! 今年中に残り3作読めそうである。

ラベル:海外ミステリ
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2011年11月14日

ツレがうつになりまして。

 すみません、またしても堺雅人目当てでございます。
 なんだかすぐ見に行くのがもったいないかな、と思っていたら見に行く時間がなくなり、このままでは終わってしまうわ!、と焦っての鑑賞。 かなり遅い時間のレイトショーでしたが、中高年のカップルが結構多い客席でした。

  ツレウツポスター.JPG 健やかなるときも、病めるときも、キミと一緒にいたい。

 夫がうつ病になったことをきっかけに自分たちの関係を見つめ直して成長していく夫婦のラブストーリー、ということでしたが・・・うつ病のことを説明しながらもあまり深く説明しきっていないところに(そこはあえてそうしなかったんだと思われるが)賛否両論わかれそう。 病状・症状には個人差があります、とは言われるものの、多分今患っている方が見たら腹が立つかもしれない(きれいごとしか描いてない、みたいな)。 病気のことを知らない人が見たら「そんなもんなんだね〜」で終わってしまいそうな危険性も無きにしも非ず。 だから“うつ病をテーマにした映画”ではなく“うつ病をきっかけとした夫婦のラブストーリー”として宣伝することにしたんだろう。
 そこに、制作側の誠意を感じます。
 宮崎あおいがかわいらしいのは勿論であるが、堺雅人がこれまた大変かわいらしい。
 うつ病患者ってそうじゃない人から見たら非常に鬱陶しい存在なのだが、それをただ鬱陶しい人ではなく“キュート”に描いているのがとても素晴らしい。 だからほんとはすごく深刻なシーンでも、笑いがおこったり微笑ましく見ていられるのだ。 観客側の心理に負担をかけない、素晴らしい芝居です(ただ逆にそれがうつ体験者の怒りを買う部分かもしれないのだが・・・でもよく見れば、ツレさん側のつらさも描かれているのですがね)。

  ツレウツ9.jpg はっきり説明されないが、だぶだぶのコートが激痩せを示唆。
 知っている精神科医に訊いたところ、患者さんにはこの映画を見ることを薦めてはいないとか(勿論禁止してるわけじゃないが、見たほうがいいとも言わない、と)。 何故ならば、治りかけの人には自分のどん底だった時期のことを思い出させてしまうから。 今つらい人は自分の境遇と比べて「自分にはこんな風にわかってくれる存在がいない!」と余計落ち込んでしまうから、だと。 確かに、いろいろなことはあっても順調に治っていくように描かれているし、妻だけでなく妻の両親(大杉漣・余貴美子もまたかわいらしい)も協力的で理解がある。 こんな環境にいる患者のほうが多分少ない。

  ツレウツ6.jpg 夫「昼間からごろごろするなんて申し訳ないよぉ」
    妻「いいじゃん、別に。 今は休むのが仕事」

 夫婦二人の姿がメインなので医者の描き方が通り一遍だったり、出てくるのもいい人が多かったりと“うつ病”という側面から見ると足りてない個所がいくつもあるのですが、それはそれ、わかった上であえてライトに描いたことに意味があると思います。 深刻に描こうと思えばいくらでも描けるのだから(そしてストレートに深刻に描かれたら見るほうもまたつらいぜ・・・)。
 うつ病を通り抜けた人、通り抜けかけている人には、過去の自分を客観視できる素材として非常に有効だと思います(だから堺雅人を主演男優賞に!)。
 それ故に、妻のマンガが立体化していくファンタジック描写はいらなかったな・・・この映画の世界自体がファンタジーとリアルの境界線ぎりぎりのところに存在しているので、そういうことをされると醒めてしまう。
 が、前作『日輪の遺産』ではダメダメだった中野裕太が意外にもいい味を出していたりして俳優として急成長していることに驚きました。
 あと、グリーンイグアナのイグくんが超キュート!
 うつ病は心の風邪、と言われたりしますが、風邪も人によってはあっさり治ったりするけどこじらせて肺炎になったりする人もいる。 ほんとに人によって症状が違うし、周囲に理解者がいたとしても治るかどうかはまたわからない。 薬だって効く人と効かない人がいる。 以前に比べれば世間の理解度は進んだ病気ではありますが、まだまだですね。
 この感覚を、他の病気にも置き換えて考えることがいろんな人とかかわる上で大事だなぁ、と非常にまともなことを考えてしまいました。
 でもなんだかんだ言っても、今年見た日本映画の中で見終わった後の気持ちはいちばんいいかも。 堺雅人、新たなレパートリーを増やしたね!

ラベル:日本映画 映画館
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2011年11月13日

カンパニー・メン/THE COMPANY MEN

 『アザー・ガイズ』がおバカ映画のジャンルの中から「大会社のトップが末端の労働者の700倍もの給与を得ているのはおかしい」というまっとうな訴えをしたのに対して、この映画はそのことに真っ向から取り組んでいる。 リストラの嵐が吹き荒れるアメリカ重工業界(この映画では造船業)を描きます。

  カンパニー・メンポスター.jpg どんなときも、上を向こう

 アカデミー賞受賞者勢揃いで描かれる本作、初監督は『ER』などでおなじみのジョン・ウェルズとなればスピーディーな展開を期待してしまうのですが、意外にもゆったりじっくり描写でございました。
 総合企業GTXに販売部長として勤務しているボビー(ベン・アフレック)は朝からゴルフを仲間と楽しみ、悠然と出社するような「エリート社員」。 「今日のスコアはいくつだと思う?」などと能天気に社内の人間に声もかけるも、反応は鈍い(しかしその理由に考えが至らず、空気の読めないコメントを続ける)。 リーマンショック後の不景気の影響で株価が急落、会社は大規模なリストラを始めようとしていたのだ。

  カンパニー・メン5.jpg ご想像の通り、ボビーはクビになる。
 こんなやつ、そりゃそうだろと観客は思うのだが、ご本人はまったく納得いっておらず、そのうえすぐにもっと好条件で再就職できると考えており生活スタイルを改めず、家族を苦しめることになるわけで。
 ほんと、ダメ男がほんとに似合うなぁ、ベン・アフレック(しかも愛嬌があってどこか憎めないダメ男じゃなくて、ほんとにダメな男のほう)。 それに比べてボビーの妻(マギー・ウォーカー)は非常にいい人で、突然失業した夫を献身的に支える。 なんであんなダメ男にこんないい奥さんがいるのか、不思議で仕方がないのだが、ボビーの義兄(ケヴィン・コスナー)が大工の棟梁さんでブルーカラー家庭出身だからかな、と思ったり。 手に職を持つ人はやはり苦境に精神的にも強い。
 GTXの重役で造船業部門のトップであるジーン(トミー・リー・ジョーンズ)はリストラから社員たちを守ろうと奮闘するが、一造船技師から出世した大ベテランのフィル(クリス・クーパー)もクビになり、ついにジーン自身も会社を追われることに。

  カンパニー・メン4.jpg かつて、ともに起業した仲間なのに。
 しかしジーンは株主でもあるので仕事がなくても生活は困らない、という皮肉。
 アカデミー賞受賞俳優勢揃い、な割には4人が全員集まるシーンはないのでちょっと物足りない(ケヴィン・コスナーの役は非常においしい役どころだというのに出番が少ない・・・ほぼ出ずっぱりともいえるベン・アフレックがダメダメ男なので印象に残らないのだ)。 いちばん印象深いのはトミー・リー・ジョーンズかも。
 「おめー、ほんとに仕事してんのかよ!」というようなやつの年収が1200万円余りと言われたら、そりゃウォール街でデモもしたくなるわな・・・という収入格差社会のどうしようもない矛盾を丁寧に描いてくれていますが、どこかむなしい(勝ち組に見える人たちも、リストラにあえばローンの多重債務者になるだけ。 身の丈に合った、ほどほどの生活というのができんのか? 見栄消費、まだまだアメリカでは盛んです)。
 アメリカの“ものづくり”はもう終わった、と誰かが言っていたのを聞いたせいかもしれない。 そしてこのままでは日本もそうなるのかな・・・というイヤな感じ。 映画は希望を残した終わり方になっていますが、現実はそんな簡単にはいかないだろうな、とつい考えてしまったり。
 やはり“ものづくり”をおろそかにする国には未来がないのだな・・・。

ラベル:外国映画 映画館
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2011年11月12日

頭痛、そして別な意味で頭痛

 昨日(金曜日)はやたらと頭が痛かった。
 睡眠不足が極まったか・・・と思ったが、それはいつものことなのでそれだけが原因ではない・・・自宅に持ち帰って仕事してたし、疲労か? ついでに木曜から天候が崩れ出してきてたから、気圧変化による偏頭痛かも、と。
 そうわかったとて頭の痛みが消えるわけじゃないんだが・・・。
 仕事場では「なんか午後2時から、巨人の球団社長が緊急会見するらしいですよ」と盛り上がっている人がいて、何故かニコ動で生中継を一緒に見てしまう。

   あたし 「プロ野球の監督官庁って文科省なんですか?」
   その人 「いや、違うような気もしますが・・・」
   あたし 「・・・なんか“コンプライアンス違反”の基準が違うような気がするのは私だけですか?」
   その人 「うーん、立ち向かう権力がそれだけ巨大だってことなんですかねぇ」

 あたしはプロ野球に興味がないのでその人物がどれだけの影響力を(野球界だけでなく財界や政界などにも)持っているかはさっぱりわからないのだが(しかし過去に民主党と自民党の連立政権樹立に口を挟もうとしてたあたり、なんとも自己評価の高い人だなぁとは感じたが)、プロ野球のことをそこそこ知ってるようなその人がそう言うのだから名指しされた人物が“絶大な権力”に胡坐をかいていらっしゃるのは確かなようだ。
 「こりゃ、今夜の『ニュースゼロ』がどう伝えるのか見ものですねぇ」、と笑ってその場は終わったのだが・・・その後も頭痛は続き、家に帰ってきてからもそっちに気をとられ、見るのを忘れていた・・・。
 これは、ちょっと寝ないとやばいかも、とパソコン開いてニュースサイトのヘッドラインを読もうとしてるのに読めない、という状態になってから気づく(遅い)。 2・3時間ぐらい寝るつもりでステレオをかけたまま(マイケル・ブーブレのセカンドアルバムをリピート設定)少し横になる。 そしたら・・・(途中、何度も目覚めているのだが)、身体が起き上がれない・・・。
 どんだけつかれてた、あたし!
 いやー、びっくり。 土曜日は見に行けてない映画を一気にはしごして見に行くつもりだったのだが・・・全然予定通りに動けないではないか。
 しかしおかげで頭痛は治まり、熱を測ったが36.3℃とめずらしくも5℃台ではない(というかそれが普通なんだが・・・低体温なのがあたしのよろしくないところ)。
 これなら明日は出かけられるかなぁ。
 と、ブログを更新するためパソコンを立ち上げ(昨夜、というか夜中に更新できなくてすみません)、読みかけだったニュースのヘッドラインを読んで・・・かたまる。
 あーあ、TPP参加表明しちゃったのか・・・あたしも内容はよくわからないんですが、ISD条項(TPPで定めたものが国内法に優越する)がある時点で「こっちの都合が通用しない・とりあえずやばい気がする」と思っていたので、でも賛成派のほうが多いみたいだから決まってしまうんだろうなぁ、とは思ってはいた。 しかし、首相の演説内容を読み、彼がISD条項のことを知らないままで(他にも知らないことはあった模様)参加表明していることがわかる。
 そ、それで首相と名乗る気か! 愚か者め!
 即刻国会に不信任決議案を提出しろ! そうすればとりあえずは勝手に外国に行って余計なことは言えないだろ! と、政治に素人の一国民ですらも思いつくようなことをしてくれない野党・・・何処の何に期待すればいいというのか、わからん。
 また頭が痛くなってきた・・・これは、寝ただけでは治らない。

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2011年11月11日

ポメラに新機種が!

 どうしようかとさんざん悩み、それでも買った電子メモ帳、キングジムの“ポメラ”。
 あたしのは初号機であります。 DM10、キーボードを折りたたむやつ。 ちょこちょこヴァージョンアップはしているけれど、基本<折りたたみキーボード>というのは変わらなかったのだが。
 しかし、この11月25日に新機種が出るという。 しかも、折りたたまないやつ!

  新しいポメラ.jpg キーボードが立派な分、画面の小ささがしょぼい・・・。

 辞書機能充実したり、Bluetooth対応でスマートフォンの外付けキーボードにできるそうだし、更に親指シフト入力も可能とか!(辻真先さんにプレゼントしたい・・・)
 しかし、あたしはそこまで機能いるかと言われれば、ノーである(そもそもスマートフォン持ってないし)。 だから、よいのだ。 キーボードを折りたたむ留め金があまくなっていても、あたしはパールホワイトのDM10を愛する。
 それに、サイズが変わったら今のポーチに入らなくなっちゃうし。
 そもそも文章入力だけに特化した電子メモ帳として存在したからこそ固定ユーザーが増えたのに、いろいろ機能増やしちゃったら「キーボード別づけのスマートフォンとどこが違うねん!」ってことにならないか・・・「だったらモバイルパソコンでええわぁ」ってことになっちゃはないのか。 キングジムよ、ポメラをどこに連れていくのだ。

ラベル:雑貨
posted by かしこん at 03:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 趣味・小物 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月10日

見仏記三昧

 何故か、あたしは仏像が好きである。
 彫刻についてはよくわからないのだが(ギリシア彫刻とジャコメッティは例外)。
 多分、きっかけは高校の修学旅行で訪れた「京都・奈良・神戸」コースで出くわした三十三間堂であったと思う。 無限にも思える大量の仏像が、あたしのどこかに刻み込まれた。 あのコースに京都の東寺が入っていたら、またすごいことになっていたかもしれないが、修学旅行のお約束・薬師寺のお坊さんの楽しい説教でしめくくられた(それはそれで楽しかったですが)。
 で、その後『見仏記』が出て・・・仏像ブームの火付け役と言われるこのシリーズだが、確かにあたしが感じたことがここで詳細に(かつ素っ頓狂な方向にも)語られている!、のだから面白いのも当然だった。
 ずっとシリーズを買い続けてますが、その新刊が出たと聞く。

  見仏記ぶらり旅篇.jpg 見仏記 ぶらり旅篇/いとうせいこう・みうらじゅん
 このシリーズが始まって18年だそうである・・・はじめは雑誌の連載として。 しかしふたりが“仏友”となってからは取材関係なくプライベートでも二人でお寺を巡っているそうだし、趣味と実益がかなえば結局趣味に寄ってしまうこの二人がとても面白い。
 神戸に住むようになってあたしもいろんなお寺を回りましたが、彼らと同じようなことを感じるときとそうでないときもあり、あたかもパラレルワールドを旅してる気にもなって楽しい。 だからいそいそと、新刊が出ると読む。 初期の仏像中心の記述もいいが、すっかり<紀行文>の風格すら漂わせる『見仏記』は、もしかしたらいつしかどこかの国語の教科書に採用されるのでは?!、という気がしないでもなかったり。

  見仏記ゴールデンガイド篇文庫.jpg 『見仏記5 ゴールデンガイド篇』も同時期に文庫化。
 ハードカバーで持っているのに文庫になるとつい買ってしまう・・・「文庫版あとがき」があるし、ときには文庫オリジナルコラムがあったりするから。
 今回の「文庫版あとがき」では、東日本大震災に触れられていた(まぁ、触れておかずにはいられないだろう)。 この本の収益は震災の基金に回されるそうなので、また買ってしまう罪悪感から解放してもらえた。
 人の生活は一瞬の出来事で変わってしまう。 けれど仏像は何千年も残り続ける(勿論すべてが残るわけではないし、残したいという人々の強い思いが仏像を残し続けてくれた側面もある)。 あたしがクジラやシャチといった巨大な生き物を前にするとその雄大さに酔いしれてしまうように、仏像を見ると「ここまで残ってきた悠久の歴史」と「それに比べればほんのちっぽけな自分の一生」の対比に圧倒されてしまうからでしょうか。
 あぁ、最近、仏像見に行ってないなぁ・・・。

ラベル:新刊 エッセイ
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2011年11月09日

まどろみ千金

 朝晩の空気が冷たくなってきた。
 とはいえ、あたしにとってはちょうどいいというか、ちょっと動くと汗かいたりして、そのあと寒くなってみたり、と着る服に毎日困っております。 まだ全然上着を羽織るレベルじゃないのでストールを巻くぐらいでOKですが、着るシャツの素材を間違えると失敗する・・・難しい。
 そんな中、誰かの車の下でまどろんでいるネコと出くわす。

  車の下のネコ.JPG あたしを見て一度身を起したが、すぐにまた寝た・・・おかげで足がずれたまま。

 車の下だから風通しを微妙に遮ってくれて、でも日光が浴びられる場所、ということだろうか。 この車、動いたらどうするんだ!、という危機感を一切感じさせません。
 さて、その日の帰り道。 もう真夜中近いというのに、ちょっとしたスペースでミケ(『動物のお医者さん』)の「おこしやす」姿勢で微動だにしないネコ3匹を見る。
 誰かを待っているのか? それとも定例会議ですか?
 しかしそれを横からじっとうかがうのも失礼なので、挨拶をして通り過ぎる。
 暗がりなので写真が撮れないのが残念だった。

ラベル:ノラネコ
posted by かしこん at 03:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 季節のこと/街の中の自然 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月08日

ミッション:8ミニッツ/SOURCE CODE

 ポスター見て「あ、ジェイク・ギレンホールだ!」。 それだけで見ようと思った作品。
 なんでなのか・・・あたしは彼の顔は好きなタイプじゃないんだけど、どうも気になる俳優です。 で、予備知識なく行こうと思ったらCM見ちゃって・・・。

  ミッション:8ミニッツポスター.JPG 「警告:このラスト、映画通ほどダマされる」

 いたずらにハードルを上げないほうがいいと思うんですよね、『パーフェクト・ストレンジャー』のぐだぐだぶりを反省してほしいのだがね、洋画の広報担当の方。
 が、オープニング見てびっくり。 ミシェル・モナハン、ヴェラ・ファーミガ、ジェフリー・ライトと渋い名前が挙がり、監督はあの『月に囚われた男』のダンカン・ジョーンズではないか! あの低予算映画の次がこれって・・・あれ、よほど高く評価されたのね。
 そしてジェイク・ギレンホールはすっかりアクション俳優が板につき・・・文系のプリンスと呼ばれていた時期もあったのは昔の話になってしまった感じです。

  ミッション:8ミニッツ2.jpgミッション:8ミニッツ4.jpg 銃も撃つし、爆弾も解除するよ!
 内容は語るとネタばれになってしまうので最小限にしますが、SF慣れしていない人にはわかりにくい設定では? そしてところどころかなり『月に囚われた男』によく似ています(こっちの方が登場人物がずっと多いし、予算も増えたのがありありですが)。 脚本家は別の人なので、同じような題材なのでプロデューサーが任せたのか、もともとの監督の趣味なのかはわかりませんが。

  ミッション:8ミニッツ3.jpg ヴェラ・ファミーガのクールビューティというかある種の冷徹さは、ケイト・ブランシェットに匹敵。 マッドサイエンティストなジェフリー・ライトは新しい『007』シリーズのときとはまったく違う人だった。

 実際に起こってしまった列車爆破テロを未然に防ぐのではなく、その第二弾として計画されている次なるテロを防ぐため、米軍が極秘に研究していた“ソースコードプロジェクト”が発動される。 知らないうちに被験者−任務執行者とされてしまったスティーヴンス大尉(ジェイク・ギレンホール)は意識を8分間だけ爆発前の列車にいる人物に転送される。 まったく違う人間として爆発物の存在・犯人の特定を行わなければならないのだが、事態が把握できていない彼は事件だけでなく自分自身のアイデンティティーも揺らぐ経験をする。 そして繰り返されるがまったく違う8分間を生きるうちに、過去を守り、救いたいと考えるようになる・・・という話。
 あぁ、ネタバレになるのにかなりあらすじ話してしまった!
 原題“SOURCE CODE”を字幕では“プログラム”と訳していましたが、ニュアンスとしては“ソースコード”のほうが正しい気がする。
 アクション&不条理SFのまま展開していくのかと思いきや、スティーヴンス大尉の<父親に伝えていないこと>をどうしても伝えたい、という思いがこの物語をぐっとヒューマンストーリーに引き上げ、列車に乗り合わせた人々を俯瞰するストップモーションでは不覚にも泣いてしまいそうになってしまった。
 そこにいる人々が持つ人生という名の物語と一人一人がかかわる人々の存在がワンシーンで浮かび上がるのです。 どんでん返しより(これは予測がつくけどはっきり描かれれば驚きはある)、実は感動するシーンのほうがインパクト大!
 しまった・・・ジェイク・ギレンホールはやっぱりうまい、としみじみ。
 だってそこにあるのは無私の祈りと癒しと、希望だったのだから。
 ダンカン・ジョーンズ監督、今後も要チェックです。

ラベル:映画館 外国映画
posted by かしこん at 02:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 movie | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月07日

ザ・ポエット/マイクル・コナリー

 ボッシュシリーズ10作目『天使と罪の街』を読もうとしたら、「これは『ザ・ポエット』の完結編にあたり、読んでなくとも話は通じるがコナリーの最高傑作ともいえる作品である『ザ・ポエット』のネタバレを含んでしまうので、まだの読者は先に『ザ・ポエット』を読むべきだ」的なこと訳者・解説者に再三言われて・・・先に読むことにしました。

  ザ・ポエット1.jpgザ・ポエット2.jpg なんか根負け。
    版元が扶桑社なので、またも上下巻の工夫がない表紙に。

 『ザ・ポエット』は刊行当時、地元の書店で買うかどうかさんざん迷った本で・・・(勿論そのときはマイクル・コナリーという存在は意識の外)、結局買わなかったのですが存在は覚えています。 『夜より暗き闇』でちらりと登場した新聞記者ジャック・マカヴォイが主人公だということで・・・でも『夜より暗き闇』でのジャックの印象があまりよくなかったんですよね(いや、あれはボッシュの印象もよくなかったが)。 主人公は必ずしもいい人だったり有能すぎる人間じゃなくてもいいのですが、どうもジャック・マカヴォイくん、いまいち。
 デンバーで新聞記者をしているジャックは殺人課の刑事として勤務している双子の兄ショーンの突然の自殺に衝撃を受ける。 兄を助けることはできなかったのかと自責の念にかられて周辺を調べるうちに、ジャックは“警官を自殺に見せかけて殺している人物”がいるのではないか、と考えるようになり・・・被害者の弟でありながら特ダネを追う新聞記者である自分、そして新聞記者では調査には限界があるのでFBIにネタを売り込み捜査に噛ませてもらうなど自分では心の中で言い訳をしているもののジャックの行動パターンは虚栄心あふれた新聞記者のものである。 そのくせ時折プロ意識に欠ける言動があり、ちょっとこの人と同じ仕事場で働くのはいやだな、と思わされた。
 現代のミステリやハードボイルドの特徴として、事件解決者はかつてのようなヒーローではなく、自分自身悩みや苦しみ・トラウマを抱えた不完全な人間で、その穴を埋めるように他人の底知れぬ心の闇を探らずにはいられない、という傾向があると思うんだけど、それでもやはり多少なりとも共感できる部分があった方が読んでて楽なんだよなぁ、ということに気づきます(これって読者として怠惰ということだろうか・・・)。
 で、肝心の意外な犯人ですが・・・<驚愕の真相!>と煽られていたのですが、『ナイトホークス』を読んだ後では特に意外性がないのですが、どうしてくれましょうか。(解説にも「『ナイトホークス』と合わせ鏡とも言える作品と書いてあった・・・)
 とりあえず、「アメリカ、病んでる人、多いな・・・」という感じ。
 この事件の後、ジャックは更に屈折するのか、仕事も隅に追いやられるのかちょっと気になったが・・・それが『夜より暗き闇』での彼の登場シーンにかかわってくることなのかも(だから印象悪かったのか・・・)。
 まぁこれで、心おきなく次のボッシュ作品が読めます!

ラベル:海外ミステリ
posted by かしこん at 03:30| Comment(0) | TrackBack(0) | ☆ 読んじゃいました | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月06日

二代目マウス登場!

 先日ご報告のマウスの不具合につき、アマゾンに新品を発注したところ、あっさりと届きました。

  二代目マウス.JPG エレコムの、光学式マウスでございます。

 サイズ的にはこれまで使っているものと大差なく、手の小さいあたしにはちょうどいい感じ。 そしてなにより、クリックが軽い!!!
 いや、多分これが普通なんでしょうが・・・これまでどれだけ無理をしていたか、他のものにも負担をかけてきたか、ということです。 だって、多分クリックが速すぎて、ソフトやシステムに情報が伝わらない・・・(時差が発生しています)。
 あたしがゆっくり使えばいいってことなんですけどね。
 しかし、いまのところ唯一の難点といえば・・・コードが長い!
 USBポートに差し込んでから、マウスパッドまでの距離が近いのでコードがすごくあまってます(これは初代マウスのコードが短めだったからということによる弊害)。
 まぁ、そのうち落ち着くかな・・・(でもコードが長いからって縛るのはよくないだろうし)。
 それと、マウスと一緒に注文したのは『だめっこどうぶつ』1〜5巻でした。

2011年11月05日

ある意味、原点揃い踏み

 最近時間が合わなくて大きい本屋さんに行けてない。 それはそれでストレスがたまることに気づく次第。 仕方ないので歩いていける範囲の小さな本屋をのぞく機会が増えるが、意外に掘り出し物を発見するので侮れない。

  伊勢物語.jpg 伊勢物語/木原敏江
 「むかし、おとこありけり」で始まる例の古典作品を作者独自の視点から抜粋・再構築。
 あたしは古典が大変苦手ではありますが(高校時代、現代文・漢文に比べて古文の点数は極端に低かった)、古語独特の音の響きとか、五七調・五五調・七五調といったリズムは好きなのである。 それを「現代語訳せよ」とか文法問題で攻められるからテストはさんざんだったのだが・・・それでも古典文学世界を愛せたのは、木原敏江がこれらの時代の物語を描き続けてくれたからだろうなぁ、としみじみ思う。
 『夢の碑』シリーズでも特に好きな『風恋記』は鎌倉時代、『雪紅皇子』は南北朝時代が舞台だし、実際の歴史と絡めて見れば特定の範囲だけ歴史にも詳しくなるのです。
 さて、今回は『伊勢物語』。 まさに作者の本領発揮!、ともいうべき和歌の解釈、装束の美しさが光ります。 そしていくら時代が変わろうとも男女間のことはほとんど変わっていないというか、過去に学べない感がありありです(でもそれはそれでもう仕方がないんですけどね)。
 「バカだなー、こいつ」と読んでいたのにうっかり泣いてしまったりして、筋運びと感情の発露の仕方もまたお見事です。 木原敏江の代表作のひとつである『アンジェリク』を初めて読んだのは小学5・6年ぐらいだったと思いますが、それ以来何度も読んでいるのですが、いい大人になってもいつも同じところで泣いてしまう・・・。
 この方もあたしに多大な影響を与えている人です。
 今後もマイペースで自分の描きたいものを描いていただければ・・・それを読むのが(読めるのが)、ファンとして十分の楽しみです。

  パタリロ87.jpg パタリロ! 87巻/魔夜峰央
 ついに『パタリロ!』も87巻ですよ。 今回は半分ミステリネタに妖怪話、江戸時代もの、神・精霊ものとバランスよく(?)配置。
 ミステリネタは別で連載してる『プリコロ』との兼ね合いがあるせいと思われるけど(プリコロは筋道はめちゃくちゃだが犯人だけを正しく当てなければならず、パタリロはすべてを正しく当てなければならない)、一部パタリロがプリコロ化している部分もあり・・・プロット考えるの大変なんだろうな、と勝手に思ってみたり。
 それでも人情話で落としてみたり(江戸時代バージョンは落語ですし)、ある意味不条理の『ドゲヌマを1ダース』をばかばかしい笑いでまとめちゃうところはさすがです。
 『パタリロ!』はこれまたあたしは小学生の頃から読んでいますが・・・「それ、どこから仕入れた?」的な知識はほとんどパタリロを読んで身につけたような・・・(それもまた大半は役に立つのか立たないのかわからない知識なのだが、それが多分人生を豊かにする要素だとだんだんわかってきたり)。
 あたしが好んで引用する言葉「頭は帽子の台ではないぞ」は確かパタリロがファイロ・ヴァンスかブラウン神父に変装したときに出てきた台詞だったような気がするんだけど、実際に使ってみるとまわりの人に驚くほど通じない・・・自分が知っていることが常識じゃないと知るかなしい瞬間です。
  ※頭は帽子の台ではない : 頭は帽子を乗せるためのものではなくて、そもそも頭の中身(脳)をどう使うのかが大事なのだぞ、的な意味。
 そのような決まり文句は他にいくらでもあったりして。
 一時期“マンネリがお約束でもいくらなんでもマンネリすぎだろ”な時期もありましたが、またそのトンネルを抜けてかつての勢いを取り戻しつつある感じなので、少女マンガジャンルでの初の100巻越え、期待します。

ラベル:新刊 マンガ
posted by かしこん at 06:49| Comment(0) | TrackBack(0) | ☆ 読んじゃいました | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月04日

夢売るふたり

 西川美和監督最新作ということで。 でもシネリーブル神戸での上映ではなかったので(神戸国際松竹でした)、時間の調整が大変(レイトショーもなければポイントサービスもないもの)。 でも、思えば『ゆれる』は今はなきシネカノン神戸で見たし、『ディア・ドクター』がたまたまシネリーブル神戸だけだったんですけどね。 そういう意味では、映画館を渡り歩く正しい小規模単館系映画路線を守っているわけですが。
 でも西川監督の評価はどんどん高まっているので予算がつくのか役者さんが賛同しやすい環境なのか、豪華キャストにどんどんなっていくのも楽しいものです(今回もチョイ役ですが香川照之が出ていて、どうも彼が出るだけで笑ってしまうあたしでした)。

  夢売るふたりポスター.jpg 夫婦で結婚詐欺。 人間最大の謎は、男と女

 東京の下町で小さな小料理屋(居酒屋?)を営む貫也(阿部サダヲ)と妻の里子(松たか子)はいそがしいながらも充実した幸せな日々を送っていた、貫也の過失がもとで店が全焼するまでは。 やさぐれる貫也に、もう一度頑張って店を持とうと盛り立てる里子だが、貫也のある過ちが里子にばれ、それをきっかけに結婚詐欺で新しい店の開店資金を集めようと思いつく・・・という話。
 男ってバカですね、女って怖いですね。 そんな一言で終わってしまうと言われればその通りではあるのですが・・・その過程には様々なものがあるのですよ、という例というか、愛し合うが故にただ愛を語り合っているだけではすまない、“生活”というものを挟んでしまった関係性がつくるどうしようもない溝。 うまくいっていれば気づかない振りができることにも、正面から向き合わないといけない恐怖。 普通の日常なんて、実はないんじゃないか・・・と思わされます。

  夢売るふたり04.jpg ダメ系な夫としっかり者の妻、という図式も・・・。
 特筆すべきは、やはりコメディではない阿部サダヲ! ちょっと笑わせにかかるシーンもありますが、基本的に二枚目路線でいくのが素晴らしいのです。 そしてもう、松たか子には自分をきれいに見せようという気持ちがかけらもなくて、その気概はミシェル・ウィリアムスばり。 鈴木砂羽もいい役でした(「ねえさん!」と声援を送りたい感じ)。
 つくづく、女性とは感情の生き物だなぁ、と(理性がないという意味ではありません)。
 脳の構造上、女性は過去の出来事を思い出すときに一緒に感情も思い出してしまうけれど、男性脳は出来事を事実としてしか思い出さない(感情は思い出さない)というこの絶対的な違いはどうしようもないですよね!(勿論、個人差はありますけれども。そして性同一性障害や半陰陽などを考えるといろいろと大変なので、あえて<男と女>と単純化して書くことをお許しいただきたい)。 そしてあたしは一応性別は女なので・・・男の人よりは女の人のほうが共感しやすいです。

  夢売るふたり03.jpg だましにかかっている夫の姿を・・・

  近くで見守る(?)妻。 夢売るふたり11.jpg 怖い。
 とはいえ、結婚詐欺に引っかかってしまう女性の気持ちもわかるし、自分を責める代わりに相手を怨む気持ちや、引っかかった自分が悪い・ま、いい夢を見たと淡々と事実を受け入れる気持ちもわかる。 そして自分から言い出しておいて他の女性と付き合う貫也への嫉妬に苦しむ里子の気持ちも。
 でも実は基本的に、貫也くんは料理人としての腕はいいのかもしれないけれどなにか本質的な資質に欠けているような気がする(火事を出した原因とか、手入れを怠らない包丁に対するちょっと杜撰な扱いとか)。 貫也の性格などよりも、そちらの方が気になりました(でもそれは愛がないからであろう)。
 そしてこれは映画の中ではそれほど大きく扱われてはいないのだけれど、<家族>というものへの考え方・受け止め方・憧れのようなものについても。 愛があって、献身的で、それでも子供がいなければやはり妻として失格とみなされるのか? そう見るのは他の誰でもなく自分自身だったりするのだが、なんだかそういう呪縛が苦しかったです。
 女って一生そういうものから逃れられないわけ?

  夢売るふたり06.jpg この鶴瓶さんの使い方はずるいわ・・・。 ほぼ出オチというか、いろいろ説明しなきゃいけないことをその存在感で語らせてるではないですか。

 見る側によってどうとでも取れるラストシーンはこれまた観客として試されている気分ですが(それでも、『ゆれる』よりはわかりやすいというか、後味は微妙だけどよいような・・・)、生活を前にして強くなれる女は、やはりすごいと思う。
 男性は一体女性にどのような夢(理想)を求めているのだろうか。
 ふと、そんなことが気になってしまいました。

ラベル:映画館 日本映画
posted by かしこん at 09:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 movie | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

スクリーム4:ネクスト・ジェネレーション/SCREAM4

 あぁ、なんで見ちゃったんだろ・・・『スクリーム』シリーズは家で見るのが王道だろ、ということに見終わってから気づいた(遅い)。 とはいえ3作目まで全部見ているのですよね、結局。 特に予習復習はしなかったけど、おぼろげな記憶でも大丈夫でした。
 ともかく、悲劇から10年後、シドニー(ネーヴ・キャンベル)は被害者たる自分の過去を乗り越えてあの町に帰ってきた。 シドニーの姪・ジル(エマ・ロバーツ)は高校生になっていて彼女たちの友人関係はかつての自分の過去を髣髴とさせる。 デューイ(デヴィッド・アークエット)は保安官になっており、ゲイル(コートニー・コックス)との結婚生活はなんとか今も続いているがかつての華やかさを忘れられないゲイルは鬱屈した日々を送っていた。
 そして、まためぐるあの日。 惨劇の幕はまたも切って落とされる。

  スクリーム4−1.jpg 結局、このビジュアルだけなんだよな・・・。

 『スクリーム』シリーズ自体これまでのホラー映画のパロディというかパスティーシュという立場から出発したわけで、それがセルフパロディの域に達するところまで来た、ということに妙な感慨を得たりするわけなんですが。 メインキャストのみなさん勢揃いなこともうれしくもあり、時間の流れを感じさせられちゃったり(シドニー老けた!、的な)。
 でも冒頭からそこそこ見覚えのある若いスターたちがぼこぼこ死んでいくお約束はそのまま(『新ビバヒル』のアニーだけじゃなく、クリスティン・ベルやアンナ・パキンまでいてびっくり!)。 しかし電話の声のいう言葉は、どんどんぞんざいに、趣も身も蓋もなくなっていく。
 ふと、劣化コピー、という言葉が浮かぶ。
 模倣犯は所詮模倣犯、ということか。
 例によって高校の映画サークルのメンバーが登場し(必ずマニアがいるのである)、今回論議されるのは“リメイクの法則”。

  スクリーム4ポスター.jpg 新たなゲーム、新たなルール 絶叫は、生まれ変わる―

 「先が読めない」がウリとはいえ、皆殺し大作戦になっていけば生き残った者の中に犯人はいるわけで(ときには死んだと思われていた中に犯人はいますが)、それにシリーズ三作目までで反則ギリギリのことをやってきたので、今回は正直意外性はない(けれど、登場する誰もが最初からあやしいと感じさせる演出はそれはそれで面白い)。 「あぁ、やっぱり・・・」という感じで。
 しかも保安官のデヴィッド・アークエットのとぼけた顔のせいなのか、どうも映画に緊迫感がない(のですみません、ちょっと寝ちゃった・・・)。 シドニーとゲイルの関係もいつの間に和解した?、みたいな、多分同じ被害に巻き込まれた者同士としての仲間意識が彼女たちを歩み寄らせたのだと思うんだけど、そのあたりの描写がちょっと足りないのが昔から見てきた者としては物足りないかな〜。
 それにしても、ホラー映画の裏テーマともいえる「いい気になっている若い者は痛い目に遭う」をここまで徹底させたやつもそうないかも・・・。 そう考えるとホラー映画とは大人からの若者への教訓なのか?(今更ですが)
 『ソウ』はほんとにシリーズを終えたようなので、ハロウィン時期狙いでまた新たなホラー映画は作り続けられるのでしょうが、『スクリーム』に関してはもう終わった、という気がする。 これはおまけ、もしくは番外編だ(というか、もう続けようがない感じ)。
 まぁ、シドニーが自分の人生を取り戻せた、と感じてくれたらそれでいい。

  スクリーム4あめ.jpg 入場者特典、フェイスマスク柄の金太郎飴。
 まぁ面白いですけど、こんなのを一人一個もらってどうしろと・・・。

ラベル:映画館 外国映画
posted by かしこん at 04:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 movie | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月03日

シングルクリックが何故かダブルクリックに

 最近、家で使っているPCのマウスの調子が悪い。
 真ん中のコロコロ回るところで画面スクロールしようかと思うと途中で動かなくなったり、いちばん困るのはシングルクリックしてるのに、勝手にダブルクリックと解釈されてしまうこと。 おかげでネットのリンクはウィンドウが2個開くは、来たメールをフォルダごとにわけようと思えば、複数のメールを選択しただけのつもりなのにそれが次々と開く・・・。
 気まぐれにスパイダーソリティアをしたら、トランプの山から二回連続で札が飛んでくる。
 チェックを入れようとすれば同時に解除されるし、ブログの下書きとして書いた文章をコピー&ペーストしてここの投稿ページに貼りつけたくても、そもそもはじめの文章自体をスムーズに選択できない(途中で切れたり、とんでもないところを選ぶ)。 エクセルでも複数のセルを行か列でまとめて選ぼうと思っても、最初のセルにダブルクリックして“セル内に書き込みの態勢”になってしまう。
 光学式マウスなので細かく分解はできないが、ちょっとできるだけ掃除などしてみたけど状況は変わらず。 なんかもう、つかれた!!!
 パソコン本体の付属品をそのまま使っているので・・・もう3年以上? まぁ、マウスも消耗品よね・・・ということで新しいのを買う決意をするも、時間がなくて電器屋さんに行けない。 つのるイライラ。
 ふと気づく。 アマゾンに頼めばよいのでは?
 で、ちょっと見てみた・・・今使っているのとまったく同じものはないが(東芝の付属品だから当然だ)、結構似た感じのあるし、しかも予想よりはるかに安い! なんじゃこりゃ!
 とりあえず買ってみよう、と思わせるのに十分なお値段でした。
 しかし問題はアマゾンからの荷物を受け取る時間がすんなりあたしにあるかということなのだが・・・ま、やってみよう(もしかしたら買いに行く方が早いかもだけど、お店じゃこの値段じゃ買えないだろうしな)。
 というわけで、交換しちゃうぞ、マウス! (← おまえは捨てられるんだぞ!)
 そういうことで症状が回復することを期待してみたりして。

2011年11月02日

幸せパズル/ROMPECABEZAS

 アルゼンチン映画。 服とか小物とかに原色が多いのに画面が派手に感じないのは太陽の光が強いせい? それとも全体的にどこかやわらかいフィルターをかけたみたいなフィルム撮影のせい? なんとも不思議な魅力の映画。

  幸せパズルポスター.JPG セニョーラ、shall we パズル?

 冒頭から、主人公らしき女性はずっと台所仕事をしている。 今夜のパーティーのための準備だとわかるのだが、たくさんの親戚・友人が集まってのパーティーの席でも彼女は立ち働くばかり。 が、実はその日は彼女の50歳の誕生パーティーだったのである! 自分で作ったケーキに自分でろうそくを灯して運んで、みなに拍手で囲まれながら吹き消して・・・そしてまた後片付けなどに戻る。 うわーっ、昔の日本みたいだ!(いや、地方ではまだこういうことありますが)、ということで微妙に心が沈む。 しかし専業主婦であることに誇りを持っているらしいマリア(マリア・オネット)は、パーティーの準備も後片付けも全部自分一人ですることがよろこびなのであろうし、自分の城と考えていそうなキッチンに「手伝います」という余計な人間を入れたくないのであろう。 だから「マリア一人にさせてひどいわ!」と憤慨するのもちょっと違うのはわかるのだが・・・でもなんか、もやもやしちゃうのよね。 また映画自体も説明を排除というか、誰か一人に寄り沿いすぎるわけでもなく、淡々と進んでいくのでもやもや感は解決してもらえなかったりするのだが。
 しかしそのパーティーの最中に落ちて割れた皿の破片を元通り並べ直すことに面白さを感じてしまったマリア、たくさん集められた誕生日プレゼントの中にエジプトの女王ネフェルティティをモチーフにした絵画のジグソーパズルがあったことから、一気にジグソーパズルの面白さにのめり込んでしまう。
 この過程が、ジグソーパズルをやったことのある人・好きな人なら「わかるわかる」の共感ポイント! あたしも「ジグソーパズル、やりたい!」と思ってしまったもの。
 やり始めたら時間忘れますよね、ある程度一区切りつくところまでやってしまいたいですよね。 そして、面白さにはまったら次のをやりたくなりますよね、という過程が過不足なく描写され、すっかりマリアの気持ちになる。

  幸せパズル2.jpg 楽しげで問題なさそうな家族なのだが・・・。
 夫もそんな妻が珍しいのか、一緒に買い物に入ったショッピングセンターでジグソーパズルコーナーに思わず立ち止まってしまった妻に「どれか買えばいいじゃないか」などと言う。 「いいの?」と訊く妻に「つくったらまた壊してまたつくればいい」発言。
 あ、こいつ、わかってない・・・というのがワンシーンでわかってしまう素晴らしさ。
 そしてマリアの美意識はショッピングセンターで売っているパズルでは我慢できず(その場では夫が手にとったものではなくクジラがジャンプしてる写真のパズルを買うのだが)、誕生日プレゼントにパズルをくれた人に電話して「あのパズルはどこで買ったの?」と聞いてしまう始末。
 訪れた“パズルマニア”という店(どうやら実在するらしい)は、まさにマリアにとっては宝箱。 素敵な絵画や写真のパズルで埋め尽くされた店内を夢見心地で歩く様子はこっちも楽しい気分にさせてくれる。 そこで彼女は「ジグソーパズル選手権大会にペアを組んで出ませんか」という個人広告に出会う。 そこから彼女の日常が大きく変わっていく・・・というストーリー。

  幸せパズル1.jpg 一大決心して連絡をとり、ペアを組んで大会に出ることになった相手は大富豪のジェントルマン。 お茶も自分の手でマリアに淹れてくれます。 そこは、マリアの知らない世界。
 どれほど愛し合っていても、夫が自分のすべてを理解しているわけじゃない(勿論、逆もそう)。 どんなに気を配って将来のことを考えて育ててきた子供でも勝手なことをして一人前の顔をする。 家族がすべてと思ってきた人生に後悔があるわけではないけれど、新しいことを始めてみたい・ちょっとした気晴らしがほしい・自分だけの秘密を持つってこんなに楽しいのかしら、という世界中にいる“平凡な専業主婦”を誘惑、かつ夢を見させる要素がてんこ盛りでございます。 あたしは専業主婦ではないけれども、同じ女として“趣味というよろこび”を知っていくマリアにとてもうれしさを覚えた(こういうところ、フェミニスト的かなぁ)。
 ラストシーンは「えっ!」というか・・・賛否両論の感がありますが、いろいろな結末にとれるし“見た人次第”ってことなぁのかぁ、と。 ただマリアは自分だけの世界を持つことで精神的な自立を果たせた、ということに青空と同じものを見る。
 なんとこの映画、ナタリア・スミルノフ監督のデビュー作だそうである・・・一作目でこれとは、なんかもう自分の語りができちゃってる感じ。
 アルゼンチン映画、今後も要チェック!
 そして、ジグソーパズルをやたらとやりたくなったあたし。
 だって、秘密も自由ももう得ているもの。

ラベル:映画館 外国映画
posted by かしこん at 03:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 movie | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする