2011年10月06日

エッセンシャル・キリング/ESSENTIAL KILLING



 ポーランドの巨匠イエジー・スコリモフスキ監督の新作、と聞けば「見たいなぁ」と



思うわけです。 前作『アンナと過ごした4日間』に度肝抜かれたもので。 



 でもヴィンセント・ギャロはそれほど好きというわけでもないが・・・ま、いいや。



   逃げろ! 逃げろ!! どこまでも!



 カンパニーマークなしで、いきなりのオープニング。 『127時間』の舞台になった



場所のような渓谷で、風が砂塵を巻き上げるその映像で心をわしづかみにされる。



 あぁ、そうだ、この人の作品はすべてのカットが絵画のような美しさなのだった!



 今回知りましたが、しばらく映画監督を休んでいる間、スコリモフスキ氏は画家と



しても活動していたらしい・・・納得。



 アメリカ軍が無線では「これは秘密作戦である!」と緊張感を醸し出しているのに



対して、現場の人々はどこか気分が緩みがち。 ほんとに捕まえるべき人間がいるの



かよ、という疑いと緊張慣れしてしまった人物の弛緩。 だが、ある人物が隠れていた。



逃げるためにロケットランチャーを発射、米軍兵士を何名も結果的に殺してしまった彼



(ヴィンセント・ギャロ)は捕まり、拷問にかけられる。 別の場所への移送途中の事故で



逃亡のチャンスを得た彼は逃げる・とにかく逃げる。 そしてアメリカ軍は、追う。



 それだけの話といえばそれだけの話なのですが・・・説明を最小限に削り込んでいる



ためわからないことが非常に多い。 アメリカ軍側は彼を完全にテロリストとみなして



対応しているが、実際にその通りなのかの確証はない。 彼が自爆テロを容認する



イスラム過激派の演説を聞いているシーンは回想で出てくるが、彼がその作戦に



参加しているのかただ話を聞いているだけなのかわからない。 むしろ序盤の拷問



(顔にタオルを張り付けてその上から水をどんどん注ぎ込むやり方。 『エクスペン



ダブルス』で効率的な方法で最近の主流と紹介されていたけれど、ほんとらしい・・・)が



彼の生存本能へのスイッチを入れてしまったような気がした。



 手段は問わない、とにかく生き残るのだ、という。



   逃げろ!の本能の声に従い、次第に彼の手は血塗られる。



 雪が降り、白一面の世界になった逃亡先は寒さと食糧不足と、もしかしたら神経に



作用する“どこまでも続く白い光景”が彼をさいなむ。



 はっきりって彼にはもう理性的な判断ができる力も余裕も残っていない。 雪が降り



積もっているのにある木にだけ実が残ったままってことは・・・それは毒ってこと(だから



鳥も動物も食べない)のに、彼はむしゃむしゃと食べてしまう。 そして予測通り幻覚を



見始める(このあたり説明がまったくないので、わからない人には意味不明なシーン



だったと思う。 いきなりホラーになったような)。 まぁその前から、追われている恐怖心・



飢えや乾きも相まってばしばしと人を殺してしまう彼だけれど、本能でしか動いていない



彼にヒューマニズムを説くのは非常に酷に思えてくる。 観客は「そこは殺す必要ないん



じゃないの」と思っても彼にはそれがわからない。 しかし尋常ではない行動をとって



しまって、さすがの彼も「自分はいったい何をしているのか」と気づく。 人間性もほんの



少しだけど本能に組み込まれているのかしら。



 見ていて彼に感情移入できるわけではないんだが・・・(なにせ彼の背景がわから



ないし、一言もしゃべらないから彼の人となりもわからない)、なにしろ追う側もひどい



んで観客はどこを追っていいかわからない。 それ故に非常に長く感じますが、ふと



時計を見ると驚くべき時間が過ぎていることがわかる。 彼の閉塞感をこっちも体験



してしまっていたのだった。 多分、そのあたり監督の計算通りでしょう。



 ある民家に辿り着くと、そこには耳の聞こえない女性(このへんの解釈は『アンナと



過ごした4日間』にいささか似ていなくもない)。 傷の手当てを受けて、翌朝出ていく男。



 それだけの映画といってはそれまでですが・・・“カットがほとんど絵画の構図”である



ように“隠喩にあふれてもいる”。 一筋縄ではいかない作品です。



 でもキライじゃありません。



 帰りに、監督からのメッセージが掲示してあった。



   私の映画を熱烈に支持してくださる日本の皆さまへ

   この作品は私が今まで作ってきたなかで最高傑作と断言できるものです。

   映画製作における全ての面で100%完璧に自分を表現でき、

   人間が生き延びるとはいかなることか?この主題を極限まで追求しました。

   ぜひスクリーンで御覧下さい。

                   イエジー・スコリモフスキ



   このサインの「家路」は自分の名前とかけた洒落?



 最高傑作って自分で言えちゃうなんて、すごい!



 確かに<生き伸びることだけ考えた人間が陥る精神状態と行動>は見事に描かれて



いたと思います。 容赦なしに。


posted by かしこん at 03:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 movie | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする