2011年07月14日

127時間/127 Hours



 “安楽椅子探偵”ならぬ“室内山岳遭難道楽研究家”としては、この映画も



はずせません。 なにしろ実話です。 そしてジェームズ・フランコほぼ一人芝居、



というのにも興味をひかれます。



   このシーンを使ったポスターが、意味深です。



 オープニングは軽快な音楽、画面を三分割・四分割して楽しさを演出するかの



ようなカット割りはどこか懐かしのMTV風。 おや、ダニー・ボイルはまたポップ



路線に戻ろうというのか? それともこの題材にはスピード感が大事だということ



なのか?



 アーロン・ラルストン(ジェームズ・フランコ)はロッククライミングが大好きというか



そのための休暇を楽しむために普段働いているような男。 一匹狼で、計画も綿密に



立てず、行き先を誰にも伝えることはない。 今回の彼の旅の目的地はユタ州の



ブルージョン・キャニオンだが、当然誰にも言ってない。 荷造り中に実家の母親から



電話がかかってきたが留守電に応対を任せたまま。 しかも荷造りといってもがさがさ



家の中をあさって、思いつくままナップザックに入れてる風情(幼稚園の遠足でも持ち物



チェックリストを見ながらそれに合わせて準備する、という習慣?が身についている



日本人から見たら、もうそれだけでアーロンの態度が不安)。



 棚の中も手を突っ込んで触ったものだけを引っ張り出してる感じで、「あぁ、スイス製の



万能ナイフ、持っていかなくてどうする!」と開始早々から叱りつけたい気分に。



 都会の雑踏から逃れて孤独に浸りたい、という気持ちはわからなくないですよ。



   向かった先はこんなところだし。



 けれどアーロンはなんでも自分でできてしまう人なのか、人に頼る気なんてさらさら



ないみたいだし、ブルー・ジョン・キャニオンで出会ったトレッカー女子二人に、ガイド



資格持ってないくせにガイドのふりして知られざる場所をえらそうに教えたりする。



それで、喋るアーロンを観客は始めて見るわけなんだけど、なんか微妙にうざいの



である。 それは、自信過剰さが全面に出てるからか、性格的に自己完結しているが



故に他人とのコミュニケーションの加減がわかってないからなのか。



 多分モデルとなった人物に似せているんでしょうが、今まで見てきたジェームズ・



フランコとは喋り方から何から違って、びっくりしました(ちょっとハンサムでもこんな



やつ、近くにいたら嫌だ、と思っちゃった)。



 ガールズと別れ、ひとりで渓谷を渡っていると、不意に足元の岩が崩れて・・・



気がつくと落石と岩壁に右手を挟まれ身動きが取れない状態になっていた。



 ここで、タイトル『127 Hours』が出るのです。



 わ、うまい!



 この瞬間から127時間の話なのね、ということと、そこまでは前段だったんですよと



いう意味合いと、観客を(アーロンと同様)容赦ない現実のはじまりに引きずり込むと



いう荒業をタイトルを出すだけでやってのける。 オープニングクレジットは最初から



出てるのに、タイトルだけ出ていないことをここで思い出し、その効果に愕然としました。



 映像は編集次第でいかようにも観客にインパクトを与えられるとよく知っていて、



また自信があるからこそできる技。 ダニー・ボイル、見直しました(上から目線で



すみません、でも『ザ・ビーチ』があまりにひどかったもんで)。



   装備の不完全さを後悔しても後の祭り。



 そこからは、右手を挟まれたアーロンの悪戦苦闘のみ。 なのに飽きさせること



なく最後まで走りぬける力も見事なものです(実話だから展開を知ってる人もいる



わけで・・・それなのに緊張感は合間に緩和の笑いを潜ませつつ持続する)。



 アーロンの後悔、幻覚、願望などを現実の光景と織り交ぜながら展開させるので



「渓谷に挟まれて動けない」というまさに“動きのない映像”にも単調さはかけらもない。



大したことないことに結構描写をさくわりには(しかしそこもまたのちのちの伏線へと



つながるのですが)、最大の決断をする場面ではあえてその覚悟なり準備なりを



見せずいきなり始める(だから、ショッキング描写が苦手な方はお気をつけください。



結構平気なあたしですが「・・・え? えーっ! マジ!」と蒼ざめた)。



   幻覚は幸せな記憶となり、彼に生きる力を与える。



 「生きたい」と願う気持ちが強ければ、人はここまでできるものなのか。



 それが素直にすごいと思えた。 あたしだったら・・・ここまで“生きたい”という気持ちを



貫き通せないなぁ、途中であきらめちゃうと思う。



 何でも自分でできてしまう人は、ここまでの経験をしないと生き方や考え方を変え



られないのかもしれない(そして多分、それでも変えられない人は命を落とすのかも



しれない。 けれどアーロンは一人が平気で何でもできる人間だったからこそ、この



127時間を耐え抜けたのかもしれないのだ)。



 あたしには無理です。 だから、冒険も山登りもしないんだなぁ。



 アーロンはその後も冒険をやめることはなかったけれど、行き先を書いたメモを



ちゃんと残すようになったそうだ。



 やはり危機に学ぶ者は強い、ということでしょうか。



 そして、よく考えたらこの映画では『大いなる喪失』が描かれているわけなんですが、



その喪失感をまったく観客に感じさせずに、むしろ『生きることの希望』をより強く



印象付けるつくりになっている、ということに後から気づいた。



 それもまた、すごい。



 『スラムドッグ$ミリオネア』より、いいと思うな!(でも『ミリオンズ』も好きよ)


posted by かしこん at 05:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 movie | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする