2011年07月17日

悪の教典/貴志祐介



 えーっと、これはずっと前(去年!)に図書館に予約を入れていて、忘れた頃に



連絡がきました。 当然次の予約もつまっているので、上・下巻を期限の二週間で



読み切れるか心配・・・だったのですが、PCトラブル解決のための待ち時間で



上巻を読み終わり、下巻に入ってしまったのです。



 結果的に、二日で読み終わってしまいました。



 でも、出版されてから時間がたっているし、すごい評判になったし、新聞の下の



広告欄で断片コピーいろいろ見ていたので自分なりに話を予測してしまっていた



ようで、「あれ・・・なんか思ってたのと話が違うかな」という印象に。



 サイコパスの描き方としては(学術的に?)正しい感じがしますが・・・肝心の



ストーリーが「あえてラノベを書いてみました」みたいな。 貴志祐介がこんな軽い



ものを書くとは・・・意外。



  



 サイコパス・蓮実教諭に全精力をつぎ込んでしまったのでしょうか? 書きわけも



されない高校生たちがあまりに不憫(一部、ストーリーのカギを担う生徒たちだけ



それなりに書き込まれるけど、それ以外は誰でも同じ、的な)。



 もっと高校生たちが反撃する部分があると思ってたんだけどな〜。



 しかし一気読みしてしまったとはいえ、高校生たちの個性があまり見えない(感情



移入しきれない)とはいえ、ひとクラス皆殺しの展開は・・・読んでて疲れるというか、



ちょっと精神的に来るものがある(ちょっと寝込んだ)。 だからこそあえて軽いタッチで



物語は進んできたんだろうけどさ。



 終章に、ほんとは作者が書きたかったことが詰まってる感じがしたけど、短いから



そこだけでは消化不良感も。 でも現行の死刑制度というものに一石投じるための



内容だったのかな(しかもそれは「死刑廃止論」の方向ではない)。



 それにしても・・・学校を出てからだいぶたちますが、思い返すにつれ「学校って



恐ろしい場所だったな」と考えてしまう。 よく生きて出てこれたものだ、と思う反面、



確実に精神的に何らかの傷を負わされたことは明白で。 これは学校という存在の



問題なのか、集団生活によって浮かび上がる日本人(しかも未熟な子供)の欠点



なのか、学校生活になじめない弱い人間を救済する手段がないからなのか(というか



むしろ「そのくらいでへこたれてどうする」的な根性論が今も教育界にはびこっているし)。



 いくら大人がいようとも、親がモンスター化しようとも、子供は自分で子供の世界を



サバイブするしかないのだ。 サイコパス教師なんて、「見た目は大人・中身は子供」で



子供にとって最悪の敵ではないか。



 教員採用試験ではそのあたりのことも審査すべきだという提言?



 しかし淫行などでつかまる教員の数を考えれば、高度な心理テストの導入は必須化



されるべきだよな・・・(でも高度な知能を持つサイコパスは「答えるべき回答」を知って



いるので、解読側にはそのへんの裏を読む力も必要になってくるわけで、そういう力の



ある人は日本にどれくらいいるんだろう)。



 『悪の教典』、物語としては本を閉じてしまえばあとには残りませんが、「学校とは・



教員とは」とかを考えちゃうと深みにはまります。


posted by かしこん at 19:05| Comment(0) | TrackBack(0) | ☆ 読んじゃいました | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

テンペスト/THE TEMPEST



 だいぶシェイクスピアがわかってきました、いろいろ遅すぎるあたしです。



 (しかし今『テンペスト』と話すと仲間由紀恵のほうになるよね・・・それはそれで



楽しみですが)



 とりあえずこれは、ポスターのヘレン・ミレンの凛々しさに「見ねば!」と思い、



書かれていることをよく読んだら監督はジュリー・テイモアで、あの血みどろ



復讐劇『タイタス・アンドロニカス』をメタ・フィクション込みの皮肉全開のコメディ



『タイタス』として映画にした人物じゃないか! ということでさらに期待しちゃうじゃ



ないですか。



   私に抱かれて、世界よ眠れ。



 結果、見事な舞台劇でした。 多分、風の妖精であるエアリアルを縦横無尽かつ



自由気ままに動かしたかったがために映画にしたんじゃないか・・・そんな気さえ



するほどに。



 その昔、実弟の陰謀によりミラノ大公の座を追われたプロスペラ(ヘレン・ミレン)は



娘ミランダ(フェリシティ・ジョーンズ)とともにどうにか孤島に流れ着き、長年の魔術への



研究の成果と途中で出会った妖精エアリエル(ベン・ウィンショー)の力を借りて復讐の



機会を狙っていた。 そこへナポリ王アロンゾー(デヴィッド・ストラザーン)、実弟で



今はミラノ大公のアントーニオ(クリス・クーパー)らを乗せた船が近くを通りかかる



ことを知ったプロスペラは、魔法の力で嵐を起こし、船を転覆させ乗員をこの島に



流れ着かせる。



 それからプロスペラの復讐が始まる・・・という筋書きだった。



 原作ではプロスペラは“プロスペロー”という男性だそうですが、なるほど、序盤の



娘の利用の仕方は男親っぽい思考。 でもこの映画自体、ヘレン・ミレンありきの



企画だったんだろうな、と感じられること多々。 他も豪華キャストですしね。



 岩の精霊?キャリバン(ジャイモン・フンスー)を見たときは「えっ、『イン・アメリカ』の



人だよね・・・なんかずいぶん身体がごっつくなっちゃってるけど、どうしたの?」と困惑



(立ち姿きれいな印象だったので)。 でもこの物語の中ではぴったりの役でした。



 しばらく見ないうちにすごくうまくなってる・・・ということを知るのもまた、なんとなく



うれしい。



   シェイクスピア劇に欠かせない道化の存在、

     片方がアルフレッド・モリーナだと気づかなかったあたし・・・役で変わりすぎです。



 「舞台とどこが違うんだよ!」とお怒りの方もいるようですが、全員が生の舞台を



見られるわけじゃないので、映画として残すならそれはそれでありかと(だったら映画に



しかできない表現をしろ、という気持ちもわかるので、『タイタス』並みの大胆な仕掛けを



期待したんだけど・・・意外に正統派でした)。



   ジッパー多用の衣装もまた、舞台であることを

      捨てていないというか全面的に主張しているというか。



 しかし、プロスペラが女性であるが故に、最後の決断により現代的な意味合いが



加わったことは確実で。 やはり結局、ヘレン・ミレンのための映画だったのかな、と。



勿論、それはそれで説得力があり、彼女以外の誰にやらせたらいいのか思いつかない



のではあるけれど。 それにしてもベン・ウィンショーは人間じゃない役のほうが似合う



のであろうか・・・彼の俳優人生が、微妙に心配ではあります(でも、歌うまかったな〜)。



 シェイクスピア独特の長い台詞がなんだか面白くなってきてしまった・・・慣れって



すごいです、はい。


posted by かしこん at 05:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 movie | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年07月16日

トラブル顛末記 その2



 翌日も「ようこそ」画面のまま進まないパソコンを前に、あたしは頭を抱えた。



 何度も何度も強制終了しては本体に負担がかかる。 そもそも立ち上がらないのが



問題だが、“スタートアップ復元”では限界がある(何回もやったが同じ手順の繰り返し)。



 そうだ、原因はWindows自動更新なのだから、“Windowsシステムの復元”をする



べきでは?



 もう何度目かわからないが、電源ボタンを押して起動する際にF2ボタンを押し続け、



バイオス画面を通過して“システムの修復”メニューへと辿り着く(最初から行きたい



ときは起動と同時にF8を連打してください)。



 で、システムの修復だが・・・自動更新したある時点までさかのぼって修復してくれる



のだが、「ある時点」を選ばねばならない。 直近二日間のが出てきたが、それはあたしが



強制終了させた日付でもある。 非常に怖いので、もっと前の日付のも出して、新しいの



から4つ目ぐらいのから修復を試してみた。



 で、カリカリと円柱アイコンも点滅し、動いてくれたが・・・出てきたメッセージは



   復元に失敗しました。 致命的なエラーがあります。



 ち、致命的! ここであたしは、最悪全データ消えてもいいからリカバリーディスクを



使うことを覚悟した。 リトライ。 もうひとつ前の日付で。



   復元に失敗しました。 致命的なエラーがあります。



 ・・・パソコンの買い直しも、一瞬覚悟した(まだ4年しか使ってないのに〜、と心の中で



泣いたよ、勿論)。



 もうひとつ前の日付を選んで、もう一度復元を指示。



 そしたらなんか、これまでよりも作業に時間がかかっているよ!



 そしてついに、「復元に成功しました」の文字が!



 自動で再起動され、もう何度目かわからないいつものログイン画面に辿り着く。



 パスワード入れて・・・エンター!



 またしても「ようこそ」画面は出たが・・・あっけにとられるほどすぐにそれは消え、



一瞬暗くなった画面には、右下に時刻を示す数字が浮かび上がり、下部バーに次々と



アイコンがあらわれる。 そして、あたしの壁紙が!



 あー! やっとパソコンが開いたー!



 なんかこうやって書くと非常に順調のようですが、待ってる時間が非常に長くて



(そしてそうなるとわかっていても青や黒の画面に粗いドットでコンピューター文字が



並ぶのは見ていてドキドキする)、合計で本を一冊半読んでしまうぐらいかかったの



でした。 精神的にも、よろしくない。



 というわけで今は無事にメールもネットもできてますが(復元によりあたしが書いてた



映画や本の感想の下書きや写真などのデータも無事でした)、とりあえず現状で



バックアップを取り、リカバリーディスクもつくり直した。



 あぁ、よかった・・・と思ったら・・・またもやWindowsの自動更新の合図が来ている



・・・やりたくない・・・次は大丈夫だろうか。



 パソコンを使うことに慣れてしまうと、トラブったときの精神的苦痛&疲労、その手間と



時間がものすごく痛手に感じる。 まぁそれは、あたしがなんとなくしかわかってないで



パソコンを使ってるからなんですけどね。



 とりあえず、最低あと二・三年はこのパソコン使いたいんで、がんばってください、



お願いします。 あまり負荷をかけないようにしますから。



 しかし問題は自動更新なのだ・・・また、ブラックアウトしたらどうしよう。


2011年07月15日

トラブル顛末記 その1



 パソコンが立ち上がらなくなってしまったのでした。



 きっかけは、Windowsの自動更新。 木曜深夜、パソコンを閉じようとしたら



「必要なプログラムを取り込んで再起動、シャットダウンします」の合図が出ていて、



仕方がないのでそれをクリック。



 そしたらなんかいつもと違い、途中で何かを読みこむのが止まってる。



 なんで? 暑いからかしら?、と思っていたら、不意にモニター画面がブラックアウト。



 ・・・えっ?



 マウスの矢印も出ない、キーボード何さわっても反応なし。



 円柱型のアイコン(ハードディスクとCPUを表してる?)が普段なら点灯もしくは



点滅してるはずだが、まったく光ってない。



 こ、こ、これは・・・どうしたらいいの。



 昔のパソコン(そりゃもう、Windows以前ですよ)なら、「困ったときにはリセットボタン」



だったけど、最近のパソコンは下手に勝手に電源落とそうものなら何言われるか



わかったもんじゃないし。 でも、これはどうしようもないよなぁ・・・ハードディスクが



動いてないなら、いいか!、と電源ボタン長押しで強制オフ!



 で、ちょっと待ってみて・・・再び電源、オン!



 そしたらまぁ当然のことながら、「正常にシャットダウンされませんでした」みたいな



コメントが出てきたわけで、まったくその通りですというわけでセーフモードを選び、



“スタートアップ復元”プログラムを起動。



 ちょっと時間がかかるわけで・・・どきどきしながら終了を待つ。



 で、終了してくれたから、そしていつものログイン画面が出てくれたから、パスワードを



打ち込んでリターンキーを押したわけです。



 そしたらいつもの「ようこそ」画面になり・・・しかし小さな青いリングがいつまでも



ぐるぐると回り続け・・・いつまでも、いつまでも。



 えっ!!!



 ようこそ画面ではキーボード操作も効かず、またも手も足も出ない・・・どうしたら



いいの〜。 で、また例によって円柱アイコンは光ってないわけですよ。



 あぁ、仕方ない。 またも強制終了。



 パソコン本体も熱くなってるし、あたしもつかれたし、続きは明日!



 ということでブログのリアルタイム更新ができませんでした・・・。



 そしてパソコン自体も立ち上がらないままだったのです。



 あたしの努力は、次の日に持ち越し。


2011年07月14日

127時間/127 Hours



 “安楽椅子探偵”ならぬ“室内山岳遭難道楽研究家”としては、この映画も



はずせません。 なにしろ実話です。 そしてジェームズ・フランコほぼ一人芝居、



というのにも興味をひかれます。



   このシーンを使ったポスターが、意味深です。



 オープニングは軽快な音楽、画面を三分割・四分割して楽しさを演出するかの



ようなカット割りはどこか懐かしのMTV風。 おや、ダニー・ボイルはまたポップ



路線に戻ろうというのか? それともこの題材にはスピード感が大事だということ



なのか?



 アーロン・ラルストン(ジェームズ・フランコ)はロッククライミングが大好きというか



そのための休暇を楽しむために普段働いているような男。 一匹狼で、計画も綿密に



立てず、行き先を誰にも伝えることはない。 今回の彼の旅の目的地はユタ州の



ブルージョン・キャニオンだが、当然誰にも言ってない。 荷造り中に実家の母親から



電話がかかってきたが留守電に応対を任せたまま。 しかも荷造りといってもがさがさ



家の中をあさって、思いつくままナップザックに入れてる風情(幼稚園の遠足でも持ち物



チェックリストを見ながらそれに合わせて準備する、という習慣?が身についている



日本人から見たら、もうそれだけでアーロンの態度が不安)。



 棚の中も手を突っ込んで触ったものだけを引っ張り出してる感じで、「あぁ、スイス製の



万能ナイフ、持っていかなくてどうする!」と開始早々から叱りつけたい気分に。



 都会の雑踏から逃れて孤独に浸りたい、という気持ちはわからなくないですよ。



   向かった先はこんなところだし。



 けれどアーロンはなんでも自分でできてしまう人なのか、人に頼る気なんてさらさら



ないみたいだし、ブルー・ジョン・キャニオンで出会ったトレッカー女子二人に、ガイド



資格持ってないくせにガイドのふりして知られざる場所をえらそうに教えたりする。



それで、喋るアーロンを観客は始めて見るわけなんだけど、なんか微妙にうざいの



である。 それは、自信過剰さが全面に出てるからか、性格的に自己完結しているが



故に他人とのコミュニケーションの加減がわかってないからなのか。



 多分モデルとなった人物に似せているんでしょうが、今まで見てきたジェームズ・



フランコとは喋り方から何から違って、びっくりしました(ちょっとハンサムでもこんな



やつ、近くにいたら嫌だ、と思っちゃった)。



 ガールズと別れ、ひとりで渓谷を渡っていると、不意に足元の岩が崩れて・・・



気がつくと落石と岩壁に右手を挟まれ身動きが取れない状態になっていた。



 ここで、タイトル『127 Hours』が出るのです。



 わ、うまい!



 この瞬間から127時間の話なのね、ということと、そこまでは前段だったんですよと



いう意味合いと、観客を(アーロンと同様)容赦ない現実のはじまりに引きずり込むと



いう荒業をタイトルを出すだけでやってのける。 オープニングクレジットは最初から



出てるのに、タイトルだけ出ていないことをここで思い出し、その効果に愕然としました。



 映像は編集次第でいかようにも観客にインパクトを与えられるとよく知っていて、



また自信があるからこそできる技。 ダニー・ボイル、見直しました(上から目線で



すみません、でも『ザ・ビーチ』があまりにひどかったもんで)。



   装備の不完全さを後悔しても後の祭り。



 そこからは、右手を挟まれたアーロンの悪戦苦闘のみ。 なのに飽きさせること



なく最後まで走りぬける力も見事なものです(実話だから展開を知ってる人もいる



わけで・・・それなのに緊張感は合間に緩和の笑いを潜ませつつ持続する)。



 アーロンの後悔、幻覚、願望などを現実の光景と織り交ぜながら展開させるので



「渓谷に挟まれて動けない」というまさに“動きのない映像”にも単調さはかけらもない。



大したことないことに結構描写をさくわりには(しかしそこもまたのちのちの伏線へと



つながるのですが)、最大の決断をする場面ではあえてその覚悟なり準備なりを



見せずいきなり始める(だから、ショッキング描写が苦手な方はお気をつけください。



結構平気なあたしですが「・・・え? えーっ! マジ!」と蒼ざめた)。



   幻覚は幸せな記憶となり、彼に生きる力を与える。



 「生きたい」と願う気持ちが強ければ、人はここまでできるものなのか。



 それが素直にすごいと思えた。 あたしだったら・・・ここまで“生きたい”という気持ちを



貫き通せないなぁ、途中であきらめちゃうと思う。



 何でも自分でできてしまう人は、ここまでの経験をしないと生き方や考え方を変え



られないのかもしれない(そして多分、それでも変えられない人は命を落とすのかも



しれない。 けれどアーロンは一人が平気で何でもできる人間だったからこそ、この



127時間を耐え抜けたのかもしれないのだ)。



 あたしには無理です。 だから、冒険も山登りもしないんだなぁ。



 アーロンはその後も冒険をやめることはなかったけれど、行き先を書いたメモを



ちゃんと残すようになったそうだ。



 やはり危機に学ぶ者は強い、ということでしょうか。



 そして、よく考えたらこの映画では『大いなる喪失』が描かれているわけなんですが、



その喪失感をまったく観客に感じさせずに、むしろ『生きることの希望』をより強く



印象付けるつくりになっている、ということに後から気づいた。



 それもまた、すごい。



 『スラムドッグ$ミリオネア』より、いいと思うな!(でも『ミリオンズ』も好きよ)


posted by かしこん at 05:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 movie | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年07月13日

お久し振りの再会にてランチ@ココノハ



 ものすごく久し振りに、あーるさんと会った。



 ときどき(そんなに頻繁ではないが)メールをやり取りしていたので、まったく



音信不通というわけではなかったのだが、よく考えたら実際会うのは一年ぶり



ぐらいだった、ということに驚く。 まったく、大人はなかなか時間が合いません。



 最近外食から離れているあたしはさっぱりお店がわからないので、「じゃぁ、



ミントに新しくできたカフェに行ってみましょうか」ということに。 あーるさんは



すでに行ったことがあるようだが、初心者のために合わせていただいた。



 しかも当日、あたしは携帯電話を忘れ・・・写真が撮れず。



 あーるさんの写真を転送していただきました(ブログ転載許可もらいました)。



 ランチメニューは別にもあるのですが、ここはパンケーキに力を入れている店



らしいので、「どうせならデザートにパンケーキ食べたいですよねぇ」ということで、



“デザートセット”をセレクト。 これは時間関係なく食べられるようです。



   まず前菜?



 手づくり豆腐に何かが乗っかっている(この何かがよくわからなかった。 色から



梅味だったらどうしよう、と思ったもののそういうこともなく、ザーサイほどきつい



味付けでもなく、程よくいい感じ)。 そしてパプリカのピクルス?



 “ヘルシー”を全面に押しているお店のようです。



   これはあたしのメイン、鮭親子リゾット。



 お米は当然、雑穀入りであります。 チーズはそんなに強くなく、さらっといける感じ。



でもイクラに熱が伝わったらおいしくなくなるので、そこは急いで先に食べました。



   あーるさんのメイン、ペンネグラタン。



 具はブロッコリーと明太子がメイン、この中にも豆腐が入っているそうです。



  そして二人揃ってパンケーキバニラアイス添え。



 黒いところはあんこです。 和洋折衷のメニューが基本って感じか。



 量が多くないのでパンケーキだけの食事だけはありか、というのはこれだけでは



判断できないのだけれど、パンケーキブームはまだこっちまで来てないのかな?



普通においしいですが、「ものすごくおいしい!」という東京方面の評判のお店と



どう違うのかの比較はわかりません。



   あーるさんの珈琲とあたしの紅茶。



 何故か紅茶にぐるぐると渦巻きが・・・何故?



 そして紅茶は湯呑のように持ち手のないカップに入っていたので、はじめは熱くて



持てませんでした(お皿ごと持ち上げて飲むのはマナーとしてOKなのか?)。



 そして女子同士のお約束としてのお喋りが止まらず、なかなか長居をしてしまい



ました(しかしお店はそんなに込んではいなかったので)。



 女子には程よい量(しかし喋りながらゆっくり食べると結構おなかに来ます)で、



明るく光のさしこむ店内、木目調の家具に和テイストの食器。 女子に使いやすい



お店だなぁ、という印象。 ま、お洒落の分、ちょいお高めです。


posted by かしこん at 01:58| Comment(0) | TrackBack(0) | ごはん・お茶の時間 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年07月12日

すぐに調子に乗ります



 ちょっと調子がよくなると、例によってまた街をうろうろしてしまいます。



 まずは本屋に〜。



   飼うか飼われるかR(リターンズ)/桑田乃梨子



 12年前に出た『飼うか飼われるか』の続編なのかと思ったら、原本に加筆・修正した



もの・・・ということで・・・新しく読むところがあるならば買ってしまうではないか。



 動物好きの筆者なれど(あたしが筆者に共感するのは「シャチが好き!」というところが



あるからだろうなぁ)、当時は何も動物は飼っていなく、その後愛猫となる“にょろり”との



出会いとその日々が、世界各地に動物を見に行くエッセイの合間に挟まれる。



 まぁ、これがあってこその『ねこしつじ』なのかなぁとも思う。



   ななめの音楽T/川原由美子



 わー、なんかこの人の新刊見るの久し振りー、と思って手にとった。



 でもしばらく見ないうちに絵の感じがだいぶ変わってませんか?(といってもあたしが



読んでいたのは『前略、ミルクハウス』とか『Climb The Mountain』とかでしたが・・・)



 で、読んでみたら・・・1ページが平行横長の4コマ割りで、吹き出しの形もほとんど



同じだし、なんとなく「同人誌?」って感じが・・・。



 もしくは、『ファイヴスターストーリーズ』みたいな、SFに特化するが故に普通のマンガ



書体としてのコマ割りを捨てました、みたいな。 だからコマとコマの間の“行間”が、



狭かったり広かったり。 ・・・これは、好みがわかれそう。



 スティームパンクに少女、ということなのか、この先にそれ自体が罠として仕掛けが



あるのか。 続きが気になるようなならないような・・・。



   フレンチ警視最初の事件/F・W・クロフツ



 「えっ、最初の事件ってこれだったっけ!?」と困惑したら、「警視に昇進してから



最初の事件」ということだったのね・・・あー、びっくりした。



 で、あたしがこのタイトルをまったく知らなかったのは、この本がほぼ50年ぶりの



復刊(しかも新訳)だからであるらしい。 そりゃ、知りませんよね。



 この調子ならば、今年もやはり復刊・新訳ラッシュは続くな、きっと・・・お金もだが、



置き場所のことをちゃんと考えなければ。



   暗い鏡の中に/ヘレン・マクロイ



 「これぞ伝説の最高傑作!」と帯にあるんですが・・・マクロイの本、復刊のたびに



「最高傑作」って書いてる気がする。 確かに、『幽霊の2/3』の世界のひっくり返し方は



素晴らしかったですが(読んでるこちら側の現実も揺らいだからね)、同じレベルかそれ



以上を期待しちゃいますよ。



 と、そんなこんななので、ちょっとづつ確実に読み進めていても、トータルとして



いつまでたっても枕元に積まれた未読本は減らないのだった・・・



 ま、「読む本がない!」(そんなことは今後一生ないだろうが)という状態になるよりは、



ましだと思うことにして。


posted by かしこん at 04:19| Comment(0) | TrackBack(0) | ☆ 買っちゃいました | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年07月11日

戦火のナージャ/UTOMLYONNYE SOLNTSEM 2



 これが『太陽に灼かれて』の続編だと聞いたので、ちょうどCATVの洋画専門の



チャンネルでやるからそれ見てから行こう、と思ってプログラムガイドにピンクの



ペンで丸までつけたのに、忘れた・・・



 しかし上映終了時期は迫っており、『太陽に灼かれて』の放送予定も終わって



しまったらしく、パート2から参加です。 とはいえ前作は16年前だそうなので、



まぁ大丈夫かなぁ、と安易に考えたあたしがいけなかったです。



   お父さん、生きていますか?



 2度目の元町映画館。 レディースデイなれどあたし以外の客はみなシニアで



ある・・・。 「いい映画やと思うんやが、神戸でここしかやってないのう」と元気な



御老体は先日『レッド・バロン』をご覧になったそうで、「いい映画ででっかい部屋



だったんだが、客が4人しかいなくってよ。 誰も見ないのかなぁ」とロビーで主に



受付の人、しかし待ってる客全員に向けてるくらいの音量で話していたので、



おずおずと「あたしも『レッド・バロン』見ましたよ」と自己申告してみた。 



 あたしは割合公開すぐに行ったので、まだお客は10人以上いたと思う・・・それでも



大ヒットは見込めなさそうな映画に、比較的大きなスクリーンをあてがってくれたOS



シネマズミント神戸には感謝したいです(複葉機のドックファイトを、小さなスクリーンで



やっては申し訳ない、と思った人がいたのだと信じたい)。



 「あれ、ええ映画やったよなぁ」



 「はい、よかったです。 でもドイツ映画でしたけど英語でしたよね?」



 「そこやねん! ドイツ語ちゃうかったのがなー」



 「え、英語だったんですか」と、受付の方も参入。



 「ジョセフ・ファインズとか英語圏の役者さんも出てましたし、最初から世界配給を



見込んだみたいでした(と、勝手なあたしの印象を事実のように喋るなよ・・・)」



 「あ、なるほど〜」



 しかし御老体は別のものに興味をひかれたのか話は違うほうに行ってしまい、



『レッド・バロン』の話はそれで途切れた。 でも、普通の映画館でそういうことは



あまりないので、これも小さい映画館の(そして思いついたことを喋りまくる人からの)



恩恵なのだろうという気がした。



 と、前振りが長くてすみません(いや、映画も長かったけど)。



   多分、前作でも大きな役割を果たしたの

   であろう人物は、この時点でKGB幹部のアーセンティエフ大佐(オレグ・メンシコフ)。

   ナージャの存在を知ってかくまっているし、そしてコトフ元陸軍大佐は既に

   処刑済みであると書類をつくったらしい。 彼がカギを握る人物ぽいのだが

   ・・・出番少なかった・・・次に持ち越し?



 思想犯の投獄・スターリンの粛清、そして第二次世界大戦を背景に、多分前作で



生き別れてしまった父と娘(コトフとナージャ)の数奇な運命・・・という話だと思われ



ましたが・・・ロシア人、意外とユーモア好き? 冒頭からお笑いポイントが・・・そして



ストーリーも幾分寓話的(ちょっとご都合主義というか偶然が重なり過ぎというか)。



 だから実際に起こった戦争をモデルにしているのに、他の戦争映画に比べると



なんだか悲壮感がなくて(ソ連兵側もあまり事態を掌握してない感じありだし)。



 でも戦場シーンは『プライベート・ライアン』的にリアル追求姿勢なので、全体の



印象がアンバランス。



   のちのち父は再び戦場に駆り出され、

    最終的に極寒の地で何かを待っている・・・。



 最終的にはコトフのいる世界とナージャのいる世界が微妙に重なり合っていない



ような、時間的にずれているのか、もしくはコトフの世界はもう死者たちの世界なん



だけどそのことに気づかずに戦い続けてるかのようにも思えてきてしまったです



(でもそれはあたしが『太陽に灼かれて』を見ていないから、らしい)。



   逃げたナージャはいつの間にか

      衛生兵?として戦場へ。 そして死にそうな兵士の要望に応える。



 唐突な終わりはあたかもロシア正教におけるイコンのようなものを指しているの



かしら(やはり寓話性が強いということ?)、と思っていたら、あたしのうしろの列で



見ていたご夫婦(この方たちは前作をご覧になっていたらしいのだが、ご主人が



動くたびにあたしの背もたれをガンガン蹴るので正直迷惑だった)が帰りがけに



「まだ続きありそうやな」と言っていて・・・え、じゃあこの二時間半も、完結編への



つなぎなわけね!、と衝撃を受ける。



 ロシア人、気が長すぎないか・・・。



 しかもコトフを演じているのは監督のニキータ・ミハルコフ自身であり、ナージャ役も



なんと監督ご本人のお嬢さんとのこと(名前もナージャ・ミハルコフ!)。



 なんだかすごい・・・私小説的とか半自伝的とかそういうわけでもなさそうなのに。



 というわけで、これ一本では評価ができない映画のようです。



 映画に引き込まれないわけでもなかったのですが、説明不足を感じる部分と、



ユーモアと呼ぶには不謹慎と感じる場面(そこが“人間臭さ”なのかもしれないけど)が



ちょっとあたしの気持ちにそぐわないので・・・そこがいささかマイナスで。



 やはり戦争はよろしくない、と思いつつも、ポーランド側に同情してしまっている立場と



してはソ連もドイツもどっちもどっちという気もするし・・・難しいわ。


posted by かしこん at 05:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 movie | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年07月10日

軽蔑



 「いまどき中上健次かよ!」というのがまず最終に思いついたことで、鈴木杏ちゃん



ファンのあたしとしては彼女のヌードを売り物にする戦略もまた腹立たしい。



 そしてまたかなしいことに、杏ちゃんのけばい化粧やタトゥ姿、ポールダンサーという



職業自体も似合わない・・・ラブシーンも別にストーリー上絶対必要とも思えなかったし、



杏ちゃんが不憫でなりません。 もっといい仕事、選ぼうよ。



 廣木隆一監督は結構評価されている監督のようなのですが、あたしには合わない



かも・・・『やわらかい生活』もそうだったんだけど、テンション低めの日常会話が



さっぱり聞き取れないのです。 今作は冒頭からそうだったので、主人公がどういう



状態に置かれているのかさっぱりわからない。 なので彼・カズ(高良健吾)が何故に



ダンサーの真知子(鈴木杏)をそんなに好きなのかさっぱりわからない(というか



そもそも初対面なのか一方的に好きなのかすでに恋人同士だったのかそれすらも



わからない)。 だから何故「一緒に逃げよう」と言われて真知子もその言葉に乗って



しまうのか、わからない(余談ではあるが、多分歌舞伎町?から二人が走って逃げる



夜の街に韓国料理店が次々あって、ちょっと気持ち悪くなった)。



 えっ! 「原作読んでない人お断り」ですか?!



   世界は二人を愛さなかった。



 で、よくわからないのですが、真知子さんは信条として“恋愛は男と女は五分と五分”



という譲れないものをお持ちのようです。 カズは「わかったよ、五分と五分だね」と言い



ながら、二人が逃げた先はなんとカズの地元。 資産家のカズの実家の持ち物である



アパートの一室で新しい生活が始まるが、当然カズの昔の仲間たちが群れてきて、



真知子さんは孤立無援に。 「オレがちゃんと働いて真知ちゃんを養ってやるよ」という



カズだが、仕事は親父さんのコネでお情けで雇ってもらった酒屋の配達(勿論、それ



すらも彼は満足にこなせない)。



 天性の末っ子気質ですか、カズくん。



 いやー、甘ったれというか人生をなめてるというか現実を知らないというか・・・自分の



言いたいこと・やりたいことはまわりが受け入れて当然、本人自覚してないけど「自分は



みんなに愛されて当然」って思ってるやつほど始末に負えないというか・・・そりゃー、



あきれて真知子さんも東京に戻ってしまいますよ(だって「五分と五分」の意味が全然



伝わってないということじゃん)。



 どこに“魂を揺さぶる壮絶な愛のドラマ”があるのか、頭が痛くなっちゃったよ。



 確かにカズみたいなやつが近くにいて、「こいつなら許されるのに俺は全然ダメなんだ」と



考えちゃうようなやつがいたら、そうとうカズに恨み持ってるだろうな・・・と思っていたら、



どうやらそういう役回りらしい山畑(大森南朋)登場。



   チンピラやくざな本領発揮。 



 高利貸しをしている彼はばくちに入れ込むカズに明らかに返済不可能な金を貸し、



いたぶって楽しもうという意図が見え見えなのだが、愛されボーヤ・カズは人を疑うことを



知らないというかどうにかなると思っているというか・・・ここまでアホだとかまう気もうせる。



 こんなアホにわだかまりを持ち続ける山畑もまた、不幸な人間だったということで。



 というかどうしたんだ大森南朋、最近チンピラ役みんな一緒ではないか。



 と、登場人物の誰ひとりとして感情移入できないうえに(緑魔子さんはさすがにすごい



と思いましたが)、カメラワークなどで特に目を見張るところもなく、日常会話は聞き取り



づらいし、音楽の使い方ダサダサだし(というか人物の心情を演技ではなく歌の歌詞で



高らかに歌わせるのってどうなの? そこは表情なり態度なりで表現すべきところなの



では? 曲自体はいい歌でも、ダサいイメージがついてしまってかわいそう)、いったい



どこを褒めたらいいの・・・



 役者の方々はそれぞれ、がんばっておられたのですがね。



   カズの父(小林薫)は厳格で寡黙ながら

   得体の知れない存在である。 この親子の確執をもっとはっきり描いてくれれば

   わかることもあっただろうけど・・・。



   緑魔子さんはカズの祖父のかつての

   愛人という役どころ。 日蔭者の悲哀・女の孤独を知っているが故に真知子を

   可愛がってくれる。



 若い二人の後先考えない暴走的な愛(しかしそれだけだったら理解者がいれば悲劇は



起こらないわけで、やはりカズのダメダメな性格が困ったもんだということに)の行方は!、



と物語を引っ張りたいのは見え見えですが、もう先がわかっちゃうから全然感動も感慨も



ないよ。 あぁ、やっぱりそうなっちゃったか、で納得、みたいな。



 しかも、「そもそも、それは愛だったのでしょうか?」という根本的な疑問があたしの中に



生まれてる。 こ、これは、どうしたらいいの?



 原作を、読むべき?


posted by かしこん at 06:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 movie | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年07月09日

夏バテでしょうか



 ちょっと、体調を崩しました。



 いつも「元気いっぱい!」というわけではないあたしですが、低空飛行なりの



マイペースは保持していたものの・・・もう暑さに、限界です。



 梅雨が明けたとはいえ、湿気がゼロになるわけではないし。



 金曜の夜からテレビを見ながらダラダラ横になり、気づけば朝4時。 そのまま



パソコンをつけずに布団に入り、夕方近くまで目覚めては寝て、のくりかえし。



 やっと起き上がって・・・PCを立ち上げる(しかも木曜夜、パソコンも調子悪くて、



セーフモードでしか立ち上がらなかった。 いろいろやってなんとか調子よくなった



ものの、こいつも休ませるべきかと思い)。



 多分、(二人とも)夏バテ?



 しかし・・・よく考えたら、あたしは最近あまりちゃんとした食事をしていなかった。



 朝は野菜ジュースを飲むものの、麦茶・ヨーグルト・ガリガリ君・・・そういうもの



ばかり食べていた。 それではいかんと「食べる」を意識してもせいぜいのどを



通るのは日本そばぐらいだったり(たまに汁をゴマだれにしてみたりと工夫)。



 おかげでちょっとやせたけど・・・ダウンしてたら意味がない。



 まぁ紅茶やコーヒーに入れるミルクを豆乳にしてみたりと一応栄養バランスなど



考えてはいるものの、食べる気力がそもそも湧かないのが問題です。



 がっつりお肉が食べられるようになりたい・・・。


posted by かしこん at 18:55| Comment(2) | TrackBack(0) | 体調 好不調の波 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年07月08日

SUPER 8/スーパーエイト



 「早くも最高傑作の呼び声」とCMかかってますが、だまされませんよあたしは。



 『E.T.』+『スタンド・バイ・ミー』というのも褒めすぎなような気がするし。 とはいえ



見に行っちゃうんだから結果的には騙されているのか・・・。



 舞台は1979年、アメリカのオハイオ州。 冒頭で何かの工場で“無事故記録日数”の



看板から数字が外され、『1』におきかえられるシーンで、「あ、何か事故があったんだ」と



観客にわからせる感じは好きだったが、その後の葬儀のシーンで必要以上に台詞で



語っちゃってたので印象がマイナスに。 やっぱり男の子ってバカだな! デリカシーが



ないな!、と確認できる場面でした。



 そしてテレビのニュースからはスリーマイル島の爆発事故のことが流れている。



 あのー、これが公開延期にならない理由は?(まぁ、夏休み最大の話題作を逃す手は



ないということなんでしょうけど、スピルバーグにも嫌われたくないだろうし・・・でもなんか



納得がいきませんよ。 基準はいったい何なのだ? WOWOWで放送の『クリミナル



マインド』シーズン4なんか、夏の輪番停電中に起こった連続殺人が描かれているので



という理由で放送無期延期ですよ。 シーズン最終回なのに! 見て不快になる人が



いるからとか、真似されたら困るからとか言い分はわかるんですが、その基準が日本



政府の放射能安全数値ばりに都合よく変わるから納得できないのだと思う)



 話がそれました、映画に戻ります。



   きっかけは、映画の撮影。

     勿論子供たちが撮る映画だから演技はとってつけた感じだが、それでも

     エル・ファニングはまわりを絶句させる演技を披露!



 ゾンビを題材に8ミリ映画を撮る子供たちは、撮影中にある列車事故を目撃し、



事態に巻き込まれてしまう。 その場は逃げるも、事故の処理には軍が関与し地元の



保安官は口出しできない雰囲気。 そして子供たちが撮っていたフィルムには、驚く



べきものが映されていた・・・という話。



   逃げる方向間違ってるぞ!、と叫びたく

     なったあたし。 みながたいして怪我せずにすんだのは奇跡みたいなもん

     だから、普通の人は真似してはいけません。



 アメリカ郊外、子供たちの友情と親との確執と和解、異星人は実はいい人で悪いのは



人間のほう、など、往年のスピルバーグ映画に繰り返し使われたモチーフが全部網羅



されているような感じで、多分おとうさん世代は懐かしさ全開ではないだろうか。



 J.J.エイブラムス的なのはやたら容赦のない描写と、類型的すぎる子供たちの中に



絶対的ヒロインを入れたこと、かな。



 エル・ファニング、かわいい〜。 ゾンビメイクされても、ゾンビ演技しても、何やっても



うまいんですけど!



   また親同士の葛藤が障害となって、

             ひそやかな恋が育つ予感。



 “驚くべきもの”の正体をなかなか映さない、しかも活動しているのは夜や地下、と



全貌をあえてはっきりさせない手法はもうそれ自体も定型なのでイライラすることもなく



(逆に全体像をはっきり見てしまうと『プレデター』のようにがっかりするんだろうなぁ、と



思って)、ま、こんなもんでしょう(誰も見たこともないクリ―チャーをつくりあげるのは、



もう難しい段階なのかな。 今WOWOWで『ウルトラQ』のハイビジョンリマスター版が



放送されているので余計にそう感じたり)。



 多分『喪失とそれからの回復』という今の日本にも大事なテーマを描いてはいるん



だけど、登場人物が見るからに典型的なので(それは映画に対するわかりやすさを



助け、ノスタルジーを誘うのだが)あまり胸に迫ってこないのが残念。



 でもそれはあたしが大人になってしまったからで、これを見て感動する子供は素敵



だと思う。 あたしが『E.T.』見てボロボロ泣いたように、そうあってほしい。



   大人の和解もまた、盛り込まれるし。



 エンドロールで彼らがつくっていた8ミリ映画が左半分で流れるが、そっちを見てしまうと



クレジットがまったく読めないというかなしさ(お父さん二人の名前を確認しようと思って



いたのに・・・)。ゾンビをつくり出しちゃった謎の会社が『ロメロ化学』なのがツボです。



 まぁ夏休み大作として、可もなく不可もなく、というところでしょうか。



 もはやこれでは胸躍らなくなったあたし、感性の限界を感じる。


posted by かしこん at 01:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 movie | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年07月07日

追悼・和田慎二・・・

 パソコン開いてネットにつないで、MSNのトップページに並んでる検索数の多いキーワードがふと目に入り、凍った。

   和田慎二 死去

 「・・・えっ?!」
 思わずそこをクリックした。 ずらっと、彼の死を伝える記事が並んでいた。
 つい先日、妹から「仕事つまってて、沼さんばりに帰ったら寝るだけ」ってメールが来てて、「沼さん! 懐かしい!」という話をしたばっかりだったのに・・・。
 まだ61歳だったんだ・・・若いころから自己キャラは“ヒゲのおじさん”で通してたから、ずっと年齢のイメージがなかったなぁ(と言いつつリアルタイムで読み始めたのは途中からなので、その時差も余計にあるかも)。
 『スケバン刑事』はもうとっくに完結していたから、古本屋を回って全巻揃えた。 『超少女明日香』シリーズもあるものは全部買って、雑誌『花とゆめ』を読んでいたのでそこに連載が移ってからはずっと読んでいた(その後、版権がメディアファクトリーに移ってからは妹が買ってくれていたので借りて読んだ。 結局<明日香シリーズ>も完結してない)。
 『ピグマリオ』もいいよねぇ。 正統派のハイファンタジーだった。
 『傀儡師リン』は完結してから全巻揃えようと思っていたのに・・・。
 でも多分、あたしがいちばん最初に彼のマンガを買ったのはこれ。

  銀色の髪の亜里沙.jpg 『銀色の髪の亜里沙』
 多分もはや売っていないのではないか・・・当時でも珍しかった、マンガの文庫本。
 これは子供心にも強烈な印象で、何回読んでも飽きなかった。 今も実家にあるが、読み始めたら止まらないであろう。
 罠にはまり両親を殺され、自分も殺されかけたところを危うく助けてもらうヒロイン。 しかしそこは洞窟で、地質学調査(?)のために訪れていて迷って抜け出せなくなった研究者夫婦が何年も抜け出せずにいた場所だった。 亜里沙はその二人から知識と教養と生きるために必要な知恵を授かる。 そして二人をみとった後、成長した亜里沙はその場所をどうにか抜け出し、復讐に向かうのだった・・・という話。
 あらすじだけ書いてしまうと荒唐無稽ですが、あの絵と人物とストーリーが混然一体になると、すごい説得力を持つのです。
 あと、単発作品で忘れられないのは『深海魚は眠らない』(神恭一郎が引き受けた事件をムウ=ミサが後処理に向かうという意味では厳密にはノンシリーズではないかもしれないが)。 『朱雀の紋章』も好きだ。 『オレンジは血の匂い』もよい!
 あたしが気持ちの中で「復讐ってありなんじゃない?」って思っているのは、これらの作品の影響かもしれない・・・おそろしや、少女時代のすりこみ(よく考えれば『超少女明日香』もそもそも復讐の話だった)。
 あぁ、『ピグマリオ』を一気に読みたい!
 というか初期の作品から全部読みなおしたい!
 受け取ったものの大きさを感じるのは、その人がいなくなってしまったときなんだな・・・かなしい。

posted by かしこん at 05:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題・ニュースに思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年07月06日

スカイライン―征服―/SKYLINE

 『サンクタム』『世界侵略:ロサンゼルス決戦』が地震後すぐ上映延期になったのに、何故この作品はこのままなのか? それが不思議で・・・そしてあたしは結局、低予算系B級アクション、好きなのです。

  スカイライン2.jpg 雰囲気が、すべてです。

 冒頭から、待ったなしで天空から青い光の帯が下りてくる。 それもいくつも。
 ただならぬ気配が街を包み込み、その光を見てしまった人間は・・・という十分な前振りでタイトルバック。 そして場面は15時間前にさかのぼる。
 ってこれ、最近多いSFテレビドラマの手法じゃないか!
 そういえば主人公は『ヘイヴン』でうざい感じだった顔の濃いにーちゃんではないか(そういえば『24』でも殺されちゃってたなぁ。 エリック・バルフォーというお名前だそうである)。
 当然のようにCGてんこ盛りの作品ではありますが、驚きなのは早朝から真昼間と明るいさなかに雲の切れ間から巨大飛行物が現れて、そこからまた小さな飛行物体が次々と飛び出してくること。 そしてより人間に迫ってくる謎の物体も、白昼堂々の光の中で全容をあらわす。 その様子に「明らかにCG」的な違和感が少ないということにびっくりなのです(大作でも、結構夜に活動させてごまかしていることが多い)。
 噂では、かなりの低予算だという話。 それでもここまでできるんだね!、ってことに、感激(それは大袈裟)。

  スカイライン3.jpg 『レッドバロン』のような情緒はありませんが。

 どうなるんだ、全滅を待つだけなのか?、となったときに登場する無人偵察機や無人ステルス機の出現と戦いぶりも、なかなか見事なもので。
 で、驚いたんですけど、アメリカ人って日本の特攻隊に対して何かコンプレックスでもお持ちなのかしら? 過剰なまでのアメリカのヒーロー願望はその裏返し?
 この映画では特攻隊リスペクトなシーンがあえて挿入されていたので“素直な憧れ”と見てとれたけれど・・・今まで気づかなかったけどもしそうであれば(そういえばアメリカ人、特に男性がいちばん嫌がる呼ばれ方は「臆病者」だと聞いたことがあるような・・・「卑怯者」のほうがイヤだけどなぁ、あたしは)、コンプレックス打破のアメリカ映画、意外に多いかもな〜、と考えてなんだか気持が沈んだ。
 終盤、「あれが宇宙人の本体?」とかが見えてくると安っぽくなりますが、空飛んでるモノなどのCGのクオリティは素晴らしいですねぇ。
 終わり方を含め(終わってないぞ、続編あるのか?、的な)、見事なB級映画でございました。 大作映画ぶった『宇宙戦争』(スピルバーグの)なんかより、ずっと潔い。

ラベル:映画館 外国映画
posted by かしこん at 02:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 movie | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年07月05日

楽園番外地 2巻/桑田乃梨子



 ジュンク堂に行くまでもなく、福家書店で発見!



 わーい! あったよ〜!!!



   楽園番外地A/桑田乃梨子



 なんか前より厚い! と新刊コーナーから引き抜いたならば(平置きにはなって



いなかったので)、なんと帯には“完結巻!!”と。



 「えーっ! もうこれで終わりなの〜



 もっと続いてほしかったが・・・でも1巻からラストはわかっていたわけで、その過程を



いつまでも引っ張るわけにはいかないよなぁ・・・最近の桑田マンガ(ストーリー物)は



2巻ぐらいで終わることが多い感じ(『豪放ライラック』が長すぎたのか?)。



 顔の表情筋がかたい故に常に仏頂面、愛想の悪い人(どころかいつも不機嫌な人)と



思われがちな女子高生・西森葉都。 しかし屋上の温室で仔リスのように植物の世話を



する先輩・繭里(まゆり・男子)に出会い、「先輩のようににこやかで周囲を明るくする



人間になれたら・・・」という憧れがほのかな恋心に変わる過程と、繭里の幼馴染竜治や



葉都の友人・沙弓やブラコンの葉都の弟など周囲の人間が温室に集まったり一緒に



帰ったりで深まっていく人間関係。 キャラ設定は桑田マンガの定番なんだけど、でも



この作品は「なんかちょっと違う」のよね。



 そして“ただ無愛想に見えるだけで葉都ちゃんの中身はそうじゃない”と気づく人が



どんどん増える・・・。 他愛ない話、と言われたらそれまでなんだけど、1巻では



けなげさが空回りする葉都ちゃんがかわいかったり、先輩の見せない本心などが



ベタベタしないいい感じの恋愛未満話だったのが、この巻ではみなそれぞれが



“気遣いの人”になっていて、なんだかそれにジーンときてしまう。 勿論、誤解や



失敗はあってもちゃんとフォローは忘れない。 人間関係のあたたかな基本です。



 あぁ、いい感じで終わってよかった。



 と、これをタリーズコーヒーで読みながら涙ぐんでいたあたし・・・。



 我ながらあほかと思いつつ、そういう自分は変わらないものです。



 一緒にこれも買いました。



   とりぱん大図鑑/とりのなん子ととりぱん研究会



 『とりぱん』に出てくる鳥たちのリアルカラー写真を中心に、一般の図鑑的解説と



とりぱん的解説が載っています。 やはり絵と写真を比較できるのは楽しいね!



 先日、いつもの公園をたったかたと走っているツートンカラーの鳥を見かけて・・・



多分、ハクセキレイ。 神戸に来てからこんな近くで初めて見たかも〜(地元では



高校の校庭をよく走り回っていた)。



 ここでもやっぱり走るのね、鳥なのに・・・。



 尚、この本の印税は東日本大震災への寄付に回されるそうです。





 それにしても・・・復興相が「被災地の市町村名を知らん」と言い切るのはいかがな



ものか・・・仕事をする際に前もって下調べするのは社会人の基本だと思うが、政治家は



そうではないのかね?



 まして「これ書いたらその会社は終わり」的言論弾圧を平気でするとは・・・いくら他に



これからいいこと言おうとも、「こいつは信用できない」って思われたら仕事にどれだけ



マイナスになるかわからないのだろうか?(そもそも、被災地に行って自分を「客」と



言い切る神経がわからない)。 ばかですか?



 民主党ってほんとに人材いないな・・・いないならいないなりに、それぞれが努力を



しようとかいい意味で空気読もうとかする気になるならいいものの、全然そういう気配が



見えない・・・だから国民の気持ちはどんどん離れていくんだと思うんですが、そんな



ことにもお気づきではないのでしょうかね。



 被災地では「クーデター起こそうか」が挨拶がわりになっていますよ。


posted by かしこん at 04:18| Comment(0) | TrackBack(0) | ☆ 読んじゃいました | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年07月04日

徒歩15分圏内に大きな本屋がほしい!と思うときがある。



 『楽園番外地』の2巻がほしかったのである。



 しかし連日のあまりの暑さにダウンし、ついにエアコンを入れたが、今度はエアコン



負けしてしまい、再びダウン。 街中に出る元気がなかったのであった。



 なので、近所の歩いていける範囲などの書店4軒を回る。 マイナーな出版社なので



作者・タイトル・コミックス名・版元と書いたメモを携行。



 一応自分で探すも見つからないので、店員さんにメモを見せて回ることに。



 すべてのお店で、「すみません、うちでは入荷してないようです」と言われる。



 そ、そんなにマイナーなのか…もういいです、明日ジュンク堂に行きます。



 なのに、他の本はあったりする。 マイナー度では同じぐらいだと思ってたけど。



   中間管理職刑事/秋月りす



 『OL進化論』の課長さんと田中くんが警部と部下に扮するスピンオフ作品。



 『刑事コロンボ』にインスパイアされたとのことですが、課長さん警部が“うだつは



上がらないが仕事はできる”ということぐらいが共通点で、コロンボマニアが期待したら



怒るかも、な程度のインスパイアです。 明らかに主な登場人物の見かけ&感覚は



日本人なのに、舞台はどうやらアメリカらしい・・・そのへんのミスマッチもいとおかし。



   May探偵プリコロの帰還/魔夜峰央



 東京創元社がコミックを発売! どんな形態かと思ったら意外に普通でした。



 もともとは『May探偵プリコロ』として書き下ろしのコミックスが他の出版社から出て



いたんだけど、脱力系ながら本格ミステリ要素てんこ盛りのこの作品を東京創元社が



気に入ったらしく、現在ホームページ上でWeb連載中。



 最初の4本をまとめたのがこれ。 とはいえ、『May探偵プリコロ』と設定は同じだし



ほとんど話の流れもその続きになってます。



   前シリーズは4巻まで出ています。



 『プリコロ』とはプリンス・コロネットの略。 ヨーロッパの小国の王子が推理小説好きが



高じて探偵になり、警視総監をお守役に素っ頓狂な推理を披露するのだが、何故か



犯人だけはいつも的中する・・・という話。 古き良き本格推理小説要素がお約束的に



ぎっしり詰まりながらも流されているので、マンガ自体は短編ながらも一本読むだけで



推理小説の古典一冊を読んだくらいの疲労感(純粋推理が炸裂しますからね)。



 『パタリロ!』に比べればギャグは少ないし毒も少ないし、蘊蓄も控えめなので



パタリロファンには物足りないかもですが、ミステリ好きとしてはなかなか満足です。



 一気には読めませんがね。



   函館水上警察/高城高



 日本にハードボイルドを根付かせたという伝説の作家、高城高の復活作の文庫化。



 あたしはかつて<高城高全集>で昔(それこそ江戸川乱歩が激賞した、という時代)の



作品を読んだんだけど、かっこよかったのです。 当時、作者は新聞記者をしながら



書いていたということで、なるほど文章が短めでテンポがよいのでサクサク読めると



いうか、うおーっと引き込まれて走り抜けちゃった、みたいな。 “時代感”もまた素敵で。



   全集のダークな装丁もかっこよく。



 というわけで『函館水上警察』で復活されたと聞いてよろこんだものの、ハードカバーで



刊行・・・すみません、文庫化を待ってしまいました(続巻も出ているようですが文庫化を



待たせていただきます)。



 舞台は明治二十四年ですよ! なんかもうそれだけでわくわく。



 と・・・『楽園番外地』と発売日が1〜2日ぐらい早い本はこんなに見つかったのに、



何故いちばんほしいものがないの・・・



 もういいや、明日ジュンク堂に行くもん!


posted by かしこん at 04:08| Comment(0) | TrackBack(0) | ☆ 買っちゃいました | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする