2011年06月30日

ミスター・ノーバディ/MR. NOBODY



 この映画は、あらすじを説明するのがすごく難しい!



   人生の選択には、意味がある



 下手に喋ったらネタバレだし、でも映像で見ないとこの感覚は理解できないし、



「言葉って無力だ―っ!」ってことに気づかされる久し振りの映画。



 そう、“映像でしかできないこと・語れないことをしている”という『映画でなければ



存在できない物語』(多分、これを小説にしたらすごくしょぼいものになるだろう)。



 「とりあえず、これは見てください」としか申し上げられません。



   ジャレット・レト、地味な印象なんだけど

     (顔がどうも誰かに似ているような・・・)、眼力が半端ない。



 主人公ニモ(ジャレット・レト)の人生が寄木細工のように展開されるこの映画。



 たとえば幼なじみの三人の女性と、もしもそれぞれの人生があったら・・・の展開を



台詞としての説明なしで映像だけで切り貼りしていく。 見てる側は混乱しそうなのに、



まったくしない(むしろすんなり理解できる)のは色やモチーフをきっちり押さえることで



わかりやすくしてくれているから。



 人生における選択の組み合わせを考えたら樹状図のようになるんだろうけど、それを



映像で次々に表現してるんですよね〜、しかも美しく。 どれが本当の彼の人生で



どれが本当ではないのか、もしくは全部本当なのか、全部本当ではないのか。 並行



世界なのか、それともすべて空想の産物なのか。



 とにかく、「すごい」です。



 『インセプション』にも通じる巧妙に張り巡らされた伏線、否応なく観客の想像力を



最大限に引き出させる展開。 これって見る側を信頼してないとできない作戦だし、



つくる側も一切妥協しない姿勢を貫かなきゃいけない。



 『八日目』の監督さん(ジャコ・ヴァン・ドルマル)だそうですが・・・すごく幅の広い人



だなぁ。 でもこの映画をつくり上げるのに十数年かかったというのはわかる気がする。



 そして主人公にとっての運命を握る三人の女性がエリース(サラ・ポーリー)、



アンナ(ダイアン・クルーガー)、ジーン(リン・ダン・ファン)で、それぞれがまったく違う



個性を演じている(だからこそストーリーがこんがらがらない要素にもなっている)。



   またもダイアン・クルーガー、好演!

    勢いのある人は出演作が集中するのか?、たまたま日本での公開日が

    近いだけなのか? それでも、大作にも出つつ小規模の作品にも出るという

    姿勢が素敵。



 サラ・ポーリーも好きな女優さんですが(監督もしているというのに)、『スウィート



ヒアアフター』のあの少女なんだよねぇ・・・といつもびっくりさせられる。 そうそう、



ニモの少年時代を演じる男の子たちも顔や雰囲気がジャレット・レトによく似ていて、



突然の場面転換で時代が変わっても違和感なく見られた。



   それもまた“物語の連続性”を助けています。



 それにしても、SFって素晴らしい!



 イマジネーションが映像になることのすごさを再確認。 荒唐無稽のように見える



設定を借りながら、人間の本質に迫るのだから。



 『誰でもない』とはつまり、『誰でもある』ということ。



 ニモの人生における最大の決断、その瞬間のその気持ちを思ったら、不覚にも



泣きそうになってしまった。 その気持ち、すごく、わかる。



 これ、あたしの中で、今年を代表する映画になるかも。


posted by かしこん at 04:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 movie | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする