2011年06月16日

八日目の蟬



 NHKのドラマ版は集中放送の録画を失敗し、1・2・5・6話と見てしまいました。



原作は未読です。 ドラマが壇れい扮する希和子を主役に時間軸通りに描いたのと



違い、映画は裁判のシーンから始まり、成長した薫=恵理菜の目線で進行します。



   ダブル主演かと思いきや・・・。



 不倫相手の子供を身ごもってしまった希和子(永作博美)は「今はあきらめてくれ」と



相手(田中哲司)に言われ、堕胎するがそれが原因で二度と妊娠できない身体に



なってしまう。 その後、相手の妻(森口瑤子)が出産。 一目子供の顔を見ようと



留守宅に立ち寄った希和子は、4か月の赤ちゃんを連れだしてしまう。



 彼女の鬼気迫る感じがなんとも。 裁判であやしげな雰囲気をさんざん発して



おきながら、多分見る側のほとんどはこの段階で彼女に同情してしまうだろう



(夫・彼氏に浮気された過去のある人は別かもしれないが)。



   年齢のわからない人だ・・・。



 20年後、大学生となった恵理菜(井上真央)は家庭になじめず家を出ている。



 あまり人とかかわりを持たないように、いろんなことを考えなくてすむ肉体労働系の



アルバイトばかりしているが、かつて塾に通っていたときの講師(劇団ひとり)と不倫を



している。 そんなある日、ルポライターを名乗る女(小池栄子)が現れ、「誘拐事件の



ことを話してほしい」と言う。 だが恵理菜は過去の記憶を封印して、思い出せなく



なっていた。



 結構早い段階でJohn Mayerの“Daughters”を使うのは反則じゃないのか? 



というかそういうこだわりを持つ子が聴く曲だろうか?、ってちょっと考える。



 なんで劇団ひとりだよ!、という感じですが、愛情に飢えている彼女は最初に優しく



してくれた相手なら誰でもよかったはずで、かっこいい男性ではリアリティに欠けると



いうことなのだろう。 ある意味高校教師と不倫して大人の階段を上った気になって



いる女子高校生とちょっと似た香りがする(教師側にとっては気まぐれなおこぼれの



つまみ食いでしかないのにね)。



 ダメダメな田中哲司ともども、この映画に出てくる男はほんとに弱くてダメなやつ



ばかり。 男運が悪い女は不幸、ということなのか、女にも問題があるからダメな男



しか寄ってこないのか、難しい命題である。



   妊婦にビールを飲ませるな!



 そしてやたら挙動不審な小池栄子がよかった。 食べ物にやたら執着してしまう



のは、足りない愛情を無意識のうちに埋めるためなんだろうかと考えてしまう。



 そう、描かれるのは「愛情が十分得られない(と感じている)人」ばかりである。



 誘拐され、4歳で戻って来た恵理菜は、実の両親と呼ばれる人に引き合わされて



それまでの過去を否定しなければならなくなる。 だからといってすぐになつける



わけじゃない。 実の母親なのに距離を置かれる・そのことで夫の不倫を否応なく



思い出させられる恵理菜の母親もまた、愛情(というか自己肯定)に飢えている。



夫には浮気されるし、本来なら、自分の娘は無条件で母親たる私を愛するはずなのに



・・・という苛立ちを飛び越えた怒りは、彼女をフォローする場面がないだけに余計に



つらく、そのくせ観客に好感を与えないというひどい役です・・・実は被害者なのに



(いちばんの被害者は恵理菜だが)・・・(まぁ、でも、夫の不倫相手に向かってあの



罵詈雑言はちょっとひどいよな、というのはあるかも。 自分の旦那も悪いわけでしょ)



・・・森口さん、損な役引き受けちゃいましたね(NHKドラマ版では板谷由夏が最後



ちゃんと娘への愛を示す場面があったのだが)。



 けれどきちんと愛された記憶は、自分が封じ込めた過去の中にあった・・・というのが



恵理菜がこれから生きていくために必要なものだった、というのがこの映画の言いたい



ことだったのかな? だから、これから彼女は前向きに生きていける、と。



 たとえそれが自分勝手な都合から生まれた愛情であっても。



   愛された記憶が思い出せないのは

    不幸なことである、と恵理菜の経験が言っている。 しかし希和子のしたことは

    犯罪なのだが、この映画はそれに対して否定も肯定もしていない。



 恵理菜目線のため、どうしても希和子の存在が最初以外は回想シーンの中にしか



出てこないんだけど、それでも永作博美の存在感は抜群でした。 あえて“現在の



彼女”を出さないことがよかったのかも(しかしそのおかげで泣けるポイントはなく



なったが)。



 それにしても、小豆島の写真館のご主人が田中泯さんって・・・なんか雰囲気あり



すぎて怖かったよ〜。 そしてどうもカメラワークが野暮ったい、と思ったら監督は



『孤高のメス』の人だった・・・。 20年前だからってことですかね?(でも現代パートも



あるんだけどな・・・)



 あまりに唐突な終わりは賛否両論あるかも。 あたしも「そこで終わりかい!」と



びっくりしてしまうほどであったが、“恵理菜目線”を貫くためにはああするしかなかった



のかな・・・という気もするし。 自分の人生、乗り越えるのは自分。



 母性とは、謎である。 多分それは、本人にしかわからない。


posted by かしこん at 04:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 movie | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする