2011年05月15日

ザ・ファイター/THE FIGHTER



 うーん、クリスチャン・ベイル、いかれてるなぁ、と思ったけれど、いかれ役は



彼の得意とするところのひとつ、これでアカデミー賞は微妙じゃないかなぁ、と



思ってしまいました。 いかれ具合と狂気のはざまで苦悩する姿は『マシニスト』の



ほうが鬼気迫ってると個人的に感じているので(減量の度合いだけじゃなくてね)。



   ある意味、デ・ニーロ方式?



 マサチューセッツ州ローウェル、何もない田舎町であるが、かつて名ボクサーと



して地域を一躍有名にしたディッキー(クリスチャン・ベイル)だが、今はヤクに



溺れて自堕落な日々を送っている。 周囲の人間は弟のミッキー(マーク・ウォー



ルバーグ)に次の期待をかけているが、トレーナーは兄、マネージャーは母アリス



(メリッサ・レオ)で、この二人がマークを取り囲みミッキーは自由な気持ちを持てない



ままでいた。 ある日、バーで働くシャーリーン(エイミー・アダムス)に出会ったことで



ミッキーは“自分なりのボクシング”があることに気づくが、それは兄と母とを遠ざける



ことを意味していた・・・。



 まず、実話ということで・・・壮絶すぎる家庭環境に絶句。



 アリスを「ママ」と呼ぶいい歳の女多数。 え、きみらみんな姉妹か! ディッキー・



ミッキーと兄弟か?!(なんでも9人姉弟だそうである) 女性陣みな同居、という



状況が彼女らのファッションセンスも相まってかなりこわい(しかも父親がそれぞれ



違ったりする複雑さ)。



 ディッキーは早くから天才と呼ばれ、みなの期待に応えていった一方でミッキーは



自分が所詮凡才に過ぎないことに、ディッキーほどに期待される存在じゃないことに



慣れ切ってしまっている。 それが彼の勝てない大きな要因なのであるが、“家族の



圧力”で潰れるってこういうことなんだなー、と深く納得。 マーク・ウォールバーグは



こういう「地味だがいい人」的な役が似合うと思う(だから変な悪役をやると無理を



感じるのか・・・)。



   トレーニングにもひたすら真剣に。



 まぁ、ディッキーはディッキーで天才と呼ばれる故のプレッシャーからヤク・酒に



走ったと思われるが、しかしそのだらしない性格を幼いうちに直せなかったアリスの



モンスターぶりもすさまじい。 あたしならこんな家、出るよ!、と思うが、あの



環境が自立心を奪うのだろうか・・・コワい。



 それでもシャーリーンの存在と、ミッキーの実力に賭けてくれる他のトレーナー、



それを応援するアリスの夫ジョージ(地味だが彼のキャラクターは素晴らしい!)の



力を得て、ミッキーは試合に臨む。



   ちょっとビッチ系。



 エイミー・アダムスはいいんだけど、キャラが『レスラー』でのマリサ・トメイの



役柄とかぶってしまうのでちょっと残念。 アリス役で賞をいっぱい獲ったメリッサ・



レオですが、ママのキャラクターが強すぎて多分ある程度以上の実力のある女優さんが



やれば誰でも注目を浴びる役かも・・・と彼女のファンとしては残念である(それでも



実力があるからこそこの役を得たのだろうが、『フローズン・リバー』のほうが



すごかったのに。 それとも彼女には主演女優賞ではなく助演女優の位置づけですよ



あくまで、というハリウッド的序列によるものか?)。 しかしアリスとディッキーは



ギャグすれすれの存在なんだよなー、それを実在の人物として見られるものにするって



いうのはやはり役者の力であり、演出の妙なのだろうか(だからか結構笑えるシーン



多かったのです、意外に)。



   ママの問題点は、自分が

      “子を支配する親”であることに自分で気づかないこと。



 ボクシングに対してあたしは熱い情熱がないので、試合の場面でも盛り上がり



どころがわからず。 なんだかんだいっても家族大事ってことかい、なラストにも



(本来ならば感動する場面だが)特に感慨がない・・・。



   ボクシングのルールがわからないから?



 あたしは冷たい人間だわ、と改めて自覚(それとも、アメリカンすぎる価値観には



のれないってことかな? もしくは一度でも裏切った人間が信用できないのかも)。



 それでも、ミッキーは信じるんだよね〜。 つまり彼はそういう人間だってこと。



戦うのは試合だけじゃなく、人生と、自分自身と、固定観念。



   何にも勝る、「兄弟愛」・・・。



 エンドロールにディッキーとミッキーご本人が登場。 ディッキーは口を開いた



瞬間に「あ、クリスチャン・ベイルと同じ喋り方!」となるのでディッキー本人だと



わかるという・・・。 やはり現地で知られている実在の人物を演じると評価が高く



なるのかしら?(モノマネ以上の存在感ということで)



 しかしある意味「ビョーキ」な家族の姿を赤裸々なまでにさらす、というのもなんとも。



それもアメリカ的なのか? 最終的に勝利を手にする(物事が解決する)ならばそれで



いいのか? それまでの過程は許されるのか?



 と、本筋とは関係ないところが気になってしまった・・・アリスには是非セラピーを



受けてほしいと思うけど、この年までそれで来ちゃった人はもう変わらないか。


posted by かしこん at 05:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 movie | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする