2011年05月18日

まだまだ終わらない海外ドラマ・・・1



 GWとその後で、かなりHDDにため込んでいた映画や海外ドラマを見た(おかげで



録画可能残量が20時間から75時間に!)。 ばんざーい!、ではあるけれど、



油断するとまた残量はあっという間になくなるのだ・・・気をつけなければ。





THE TUDORS〜背徳の王冠(3・4シーズン)



 ヘンリー8世(ジョナサン・リース・マイヤーズ)の物語もいよいよ終幕。



 ワンシーズン10話前後なれど、その制作側の気合と時代考証やキャスティングなど



への予算の贅沢な使い方はすごかった。 ただ最後は駆け足になってしまった感は



あるが・・・(ヘンリー8世の老け具合が急だったとか)。



   その奥には女たちの悲劇が。



 急激な宗教改革に反発する地方を“反乱”と受け止め、他の地方への見せしめの



ために女子供まで相当数を縛り首にしたりするやり方は「国民が税や労働力という



形で国を支えてくれている」という意識が当時の支配階級にないことを明らかに



するが、その不足分を埋めるために他国に攻め入るのか・・・という“帝国主義の



本質”を見た思いで目からウロコであった。 そして陰謀の絶えない宮廷内故、王は



トマス・モアやクロムウェルなど腹心たちを次々処刑することになるという皮肉。



 ちなみにヘンリー8世の肩書は「イングランドとアイルランド、フランスの王」、



スコットランドとウェールズはまだ敵なんですね。



 薔薇戦争のことがやっとわかりそうな気がする。





ホームタウン 〜 僕らの再会/October Road.



 『One Tree Hill』のスタッフがつくった“青春後”の物語。 キャストもちょっと



OTHとかぶってます。



 10年前、高校卒業後の6週間の休みを利用して旅に出た主人公ニックだがそのまま



地元には帰らず、家族とも友人とも恋人とも音信不通。 自伝的な小説を書いたら



ベストセラーになってしまい、一躍有名人となったが小説の中でモデルとされた



地元の人々は連絡をよこさない彼の態度にも、小説内での描かれ方にも不満を持って



いた。 が、ニックはその後スランプになり、エージェントが彼の地元の大学の一日



講師の仕事をブッキング。 10年ぶりの帰郷が、町に波乱を、ニックに「今までの



自分でよかったのか」の困惑を連れてくる。



   仲間との再会はやはり。



 特にこれといった産業のない田舎町の感じがよく出ている(町の人たちほぼ知り合い、



みたいな)。 それでいてキャラクターが画一的でなくそれぞれ魅力的。 むしろ



主人公のはずのニックがいちばんダメダメっぽく見えることも・・・。



 同じように地方を舞台にしても『OTH』はどんどん派手展開になってますが、



こっちはあくまで“身の丈”以上にならないところがよかったです(でもその



地味さのせいか打ち切りになってしまった模様・・・)。



 でも謎は残しつつもなんとなくハッピーエンディング的に終わったのでよかった。



 ちなみにAXNでの視聴ですが、吹替版がなかったので字幕版で見ました。 結構



台詞はしょられていたので、ちゃんとした吹替版をつくってくれないかなぁ。



 そうすればもう一回見るんだけど。





フラッシュフォワード



 「10月6日、すべての人類が2分17秒意識を失い、その間、半年後の未来を見た」と



いう大風呂敷設定だが、第一話のエンドロールで『原作:ロバート・J・ソウヤー』を



見て納得!



 意識喪失期間を“ブラックアウト”、見た未来を“ヴィジョン”と表現。



   ブラックアウト後の覚醒した世界は大混乱。



 世界中の人が見たヴィジョンをつなぎ合わせれば未来がわかる・ブラックアウト



現象の原因もつかめるのでは?、と捜査にあたるFBIがメインですが、主役が



あたしの苦手な顔のジョセフ・ファインズ・・・吹替なのでなんとかごまかしが



ききましたが、今回のは声と配役のイメージが合っていない人が多くて微妙に残念



だった(豪華ゲストは出てるしお金もかかってそうだったけど、結構序盤から話の



破綻が見えてしまったせいか、前評判の割には人気が続かず打ち切りになった模様)。



 日本からは竹内結子がそれなりに重要な役で出演してますが、日本設定の割に



彼女以外は中国だ・・・そのへんもなんとかならんか、という感じ。



 途中盛り返して面白くなってきたんだけど、結局「今までの苦労はなんだった



んだ・・・」な調子で終わってしまったのは残念である。





HEROES ファイナルシーズン



 4シーズン目にしてファイナル。 はっきり言ってここまで引っ張る話だったか



はなはだ疑問。 シーズン2の最後がいちばん面白かった。



 ただスーパードラマTVに好感を持てるのは、吹替版をつくる際に他局で放送の



ドラマでも同じ俳優が出演している場合はできる限り同じ声優さんを持ってこようと



する姿勢(AXNは『フラッシュフォワード』に結構『LOST』と同じ出演者が



いるのにわざわざ違う声優を使うのは何故なのか? あえてイメージをかぶらせない



ため?)。 しかし『プリズン・ブレイク』のティーバッグのイメージが強すぎる



のか、最近の若本さんはティーバッグ声&喋り方ばかり要求されているような気が



する・・・『銀河英雄伝説』のロイエンタールをやった人なのになぁ(つまり二枚目も



できるのに、です)。



 でも、『HEROES』に関しては途中からピーター・ペトレリ役の声優さんを



何故変えたのか不明(しかもシーズン3の途中から)。



 『フリンジ』に出てるジョシュア・ジャクソンの声が竹若拓磨じゃないのは何故なのか?



(ちなみに『フリンジ』はまだ途中ですが、『Xファイル』+『4400』+お茶目なマッド



サイエンティスト、といった感じ)。



 『メンタリスト』のシーズン2も始まるし、まだまだ見終われないなぁ、海外ドラマ。





 そして、児玉清さんの訃報に接し・・・残念です。



 読んだ本の解説が彼の書いたものだと、なんだかもうけた気分になってました。



 「好きな作家やシリーズものの新作は(翻訳を待っていられないので)原書で読む」と



聞いてからは更に尊敬の念を強くしてました(あたしは『One Step Behind』、まだまだ



かかりそうです・・・読み終わる前に邦訳出そうです・・・)。



 勿論、俳優としても知的でかっこよい佇まい、好きでした。



 あの方のような読書家になれるだろうか。



 なれませんが、その憧れはずっと消えないでしょう。 ありがとうございます。


ラベル:海外ドラマ
posted by かしこん at 06:19| Comment(0) | TrackBack(0) | WOWOW・CATV | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月17日

マーブル・マーブル(チェリー)@ATAO

 またやめておけばいいのに・・・なのであるが、買ってしまった。
 あまりにマーブル模様が美しかったからである。

  マーブルカバン1.JPG ボストンタイプ、斜めがけにするのがかわいい。

 またしても危険なお店、<ATAO>でございます。
 サイズは25cm×19cm×マチ9cmと、荷物の多い・大きめカバンが好きなあたしとしてはめずらしいサイズですが(A4が余裕で入る大きいサイズもあるのだが)、この模様には小さい方がインパクトがあっていい!、と思っちゃったのだ。
 当然、一個一個の表情が違うので在庫を全部並べていただき、比較的グレーが多めに入っているやつをチョイス。 そのほうがローズ・ピンクの深さが際立つ感じがしたから!
 お店的には“チェリー”というカラーだそうですが、あたし的には“マーブル”で定着。
 そしてえむさんは、このマーブル模様のお財布でついにアタオデビューを飾ってしまわれました。 切り取っている部分が全然違うので、同じ革生地を使っていてもあたしのこのカバンとは一見お揃いに見えません(ちなみにえむさん、カタログの写真をあまりにかわいさにメールしたあたしに速攻リアクション、大阪からの帰り道に三ノ宮で途中下車してATAO来訪して買っていった)。
 あたしは「この前、ポメラのケース買ったばっかりだからなぁ」と悩んでいたのですが(お財布はさすがに二個あるので選択肢になかったが)、やっぱりこのかわいらしさに負けました。

  マーブルカバン2.JPG サイドはこんな感じで。

 手持ちカバンでも行けるけど、斜めがけが絶対かわいい!
 多少地味服でもこれに赤っぽい靴など履けば、十分「春から夏への装い」である。
 ただ、これに先日買ったIANNEの“ポメラ用ポーチ”を入れてしまうと、お財布とその他必要最小限のものしか入らないので、あまり買い物をしない日限定の出番になってしまう・・・(だって、大きいサイズのを持ったら部活動の高校生みたいになってしまったのだもの・・・これはやはり個人の資質の問題としか)。
 お店の方に「エナメルのお素材、おめずらしいですね」と言われる(既にお店の方にはあたしの好みが伝わってるよ〜)。
 そうなんです、あたしの革の好みはスムースマット。 シュリンク加工も本来そんなでもないのだが、使いやすさと丈夫さでは確かなのであり、パテント加工は二の次、というところでしたが、このマーブル模様には負けた。
 ま、雨の日には最適!(多少濡れても大丈夫!)ということなので、実は3月末頃買ったのですが、「買いすぎじゃ!」と自らを戒めたはずなのにこの体たらく。
 少々発表を遅らせてみました・・・意味がないけど。
 今年はかごバッグを新しくしようかなぁと思っていたけれども、ボロボロながらもいい感じになじんでいる10年選手のかごバッグを捨てる気にはなれず、また今年も登板していただく予定(そのかわり派手なチャームなどをつけようかと)。
 これまた何年目かのボーダー&イカリのバッグもあるし、春夏カバンはもう十分!
 と、またも自分を戒める・・・。

ラベル:カバン
posted by かしこん at 05:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 趣味・小物 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月16日

積読本減らしキャンペーン続行中・・・B



『梅里雪山 十七人の友を探して』/小林尚礼



 チベットの聖山・カワカブへ向かった日中合同登山隊17人が、1991年に



雪崩と思われる事故に巻き込まれ全員遭難した。 遭難者の中に友人がいた



筆者は捜索隊に志願し、その後2006年まで遺体や遺留品を探しまわった記録。



 事故当時筆者は22歳であり、こんなに当時の自分のことを含めて正直に書き



残すことはすごいと思うのだが、最初に捜索隊として参加したときの若気の至りと



いうか無茶ぶりは、「そりゃ勢いやら己の力を過信して『山をなめている』と言われて



しまう典型だなー」とちょっとあきれる(あたしの登山経験はハイキング+α程度



ではありますが、読んだ遭難ルポはかなりの数である)。



 しかも個人的に腹が立つことに、この登山隊が日中合同ということもあるだろうが



筆者には『中国とチベットは別物である』という意識が欠けている。 なので最初の



ほうは腹が立って仕方なく、かなり読みづらかった。



   ヤマケイ文庫、あたしの好み過ぎるラインナップだ!



 しかし大規模捜索を終え、筆者一人でチベットのある村に常駐して地元の人々との



交流が始まってから、ようやく筆者はチベットと中国を意識して書きわけるようになる



(漢族の通訳にチベット族は野蛮と聞かされたと書いてある序盤だが、ある以降



からはチベット人と表記されるようになるし)。



 まぁ、『梅里雪山(メイリーシュエシャン)』自体中国語読みだし、場所は雲南省に



あるので中国なのではあるが、なんか腹が立つというか微妙な気持ちになるのである。



 遭難したと思われる場所の下は氷河が流れていて、雪が緩めば氷河の水は下の村の



人々の貴重な水源となる。 梅里雪山は連山・連峰を指す名前で、その最高峰が



カワカブだという解釈でいいのだろうか? ともかくもチベット人はカワカブを



聖なる山とあがめ、そこは人間が立ち入ってはならぬ場所だと考えているのだが、



筆者も含め最初の登山隊は未踏峰制覇ばかりに気を取られ地元の人々の気持ちを



意識したかどうか自問自答。 結果、遭難したことで何年も氷河に埋まった遺体は



雪解けの時期に現れる、水源を汚染しながら。



 そして筆者は何年もその地にとどまることで「ここは人が登ってはいけない山



だった」という結論に辿りつく。



 遅いよ・・・(あたしは「地球上には人が足を踏み入れてはいけない場所はある」



派なので。 ほんとはガラパゴス島も許可制(研究目的の学者かプレスのみ)にして



原則人が住むのはやめてほしいと思っています)。



 序盤で捜索隊として氷河に足を踏み入れたとき、著者は「生きることを実感する



ための登山で命を落とすなんてあってはならない」的なことを思ったと書いてあった。



 となるとよく言われる「山で命を落とすのは山好きには本望」というのは間違い



なのか。 というかそういうことをしないと生きてる実感が得られないのか・・・



いろんな事故で、人は死ぬ。 けれど山での遭難死に対して世間の風当たりが強い



のは(自業自得だとか、他人に迷惑をかけるなとか、それこそ山をなめるなとか)、



やはり登山をする人としない人では考え方に決定的な違いがあるからなんだろうなぁ、



と思わざるを得ない。



 最近では当時建てられた慰霊碑の、日本人の名前の部分だけ傷つけられたりして



いるらしい。 チベット仏教を信じる人たちはそんなことをしないと思うので、



反日感情に任せた漢族の仕業であろう。



 2011年現在でも、最後の一人の遺体だけが見つかっていない。 そして



カワカブは、未踏峰のままだそうだ。





三谷幸喜のありふれた生活9 さらば友よ/三谷幸喜



 これも新作が出るたびに毎度思うことなのだが、新聞連載を一冊にまとめるため、



どうしてもタイムラグが出る・・・ちょうど丸一年遅れて読む格好になる。



 特に今回はお仕事面では『TALK LIKE SINGING』がメインだったので、その舞台を



見ていないから感慨とか特にないし。



   愛猫との日々も、ご本人が覚悟を決めてから

    書いているからそんなに胸に迫らないというか・・・実際にネコを飼っている方

    ならまた違う感想になるのでしょうが。



 『わが家の歴史』のことも微妙に細かいこと忘れてるし(で、記憶を掘り起こして



くれるほど細かく書いてくれるわけじゃない)。 一回の分量が決まってるから



仕方ないんだけど・・・エッセイとして、物足りないです。



 でもそれは本業に多くのエネルギーをとられている結果、だと考えよう。



 “一年遅れ”という微妙さがいらいらを冗長させるのならば、5年ぐらいあとに



読んだらもうどうでもよくなるのかも。





『グイン・サーガ・ワールド 1』



 本屋で見つけて手に取ったけど・・・文庫サイズだけど文庫じゃない!



 ムックみたいな感じ? 小さい『SFマガジン』的な。



   つまり、<雑誌>風なのだ!



 え、連載なのかよ! あたしはてっきり様々な著者が短編を持ちよったオムニバスに



なると思ってた・・・だったら一冊一冊、長編になるのならその著者の名前で本を



出せばいいではないか(サブタイトルを『グイン・サーガ・ワールド』にして)。



 それだと売れ行きに差が出ますか・・・そうですか。



 しかしいくら遺族の許可があったとはいえ、栗本薫の中学時代の日記を抜粋とは



いえ公開するのはいかがなものか(今岡氏は賛否両論を覚悟しておられたようだが)。



 中学生のとき、彼女はまだ“栗本薫”ではない。



 それは栗本薫個人を研究する書に載せるべきものではないだろうか、どうせ発表



するのならば。 なんだか、『グイン・サーガ』はやはり彼女のものなのであると



言いたいお気持ち全開なのだろうか、と考えてしまう。



 このプロジェクト、失敗なんじゃないだろうか・・・。


posted by かしこん at 01:28| Comment(0) | TrackBack(0) | ☆ 読んじゃいました | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月15日

ザ・ファイター/THE FIGHTER



 うーん、クリスチャン・ベイル、いかれてるなぁ、と思ったけれど、いかれ役は



彼の得意とするところのひとつ、これでアカデミー賞は微妙じゃないかなぁ、と



思ってしまいました。 いかれ具合と狂気のはざまで苦悩する姿は『マシニスト』の



ほうが鬼気迫ってると個人的に感じているので(減量の度合いだけじゃなくてね)。



   ある意味、デ・ニーロ方式?



 マサチューセッツ州ローウェル、何もない田舎町であるが、かつて名ボクサーと



して地域を一躍有名にしたディッキー(クリスチャン・ベイル)だが、今はヤクに



溺れて自堕落な日々を送っている。 周囲の人間は弟のミッキー(マーク・ウォー



ルバーグ)に次の期待をかけているが、トレーナーは兄、マネージャーは母アリス



(メリッサ・レオ)で、この二人がマークを取り囲みミッキーは自由な気持ちを持てない



ままでいた。 ある日、バーで働くシャーリーン(エイミー・アダムス)に出会ったことで



ミッキーは“自分なりのボクシング”があることに気づくが、それは兄と母とを遠ざける



ことを意味していた・・・。



 まず、実話ということで・・・壮絶すぎる家庭環境に絶句。



 アリスを「ママ」と呼ぶいい歳の女多数。 え、きみらみんな姉妹か! ディッキー・



ミッキーと兄弟か?!(なんでも9人姉弟だそうである) 女性陣みな同居、という



状況が彼女らのファッションセンスも相まってかなりこわい(しかも父親がそれぞれ



違ったりする複雑さ)。



 ディッキーは早くから天才と呼ばれ、みなの期待に応えていった一方でミッキーは



自分が所詮凡才に過ぎないことに、ディッキーほどに期待される存在じゃないことに



慣れ切ってしまっている。 それが彼の勝てない大きな要因なのであるが、“家族の



圧力”で潰れるってこういうことなんだなー、と深く納得。 マーク・ウォールバーグは



こういう「地味だがいい人」的な役が似合うと思う(だから変な悪役をやると無理を



感じるのか・・・)。



   トレーニングにもひたすら真剣に。



 まぁ、ディッキーはディッキーで天才と呼ばれる故のプレッシャーからヤク・酒に



走ったと思われるが、しかしそのだらしない性格を幼いうちに直せなかったアリスの



モンスターぶりもすさまじい。 あたしならこんな家、出るよ!、と思うが、あの



環境が自立心を奪うのだろうか・・・コワい。



 それでもシャーリーンの存在と、ミッキーの実力に賭けてくれる他のトレーナー、



それを応援するアリスの夫ジョージ(地味だが彼のキャラクターは素晴らしい!)の



力を得て、ミッキーは試合に臨む。



   ちょっとビッチ系。



 エイミー・アダムスはいいんだけど、キャラが『レスラー』でのマリサ・トメイの



役柄とかぶってしまうのでちょっと残念。 アリス役で賞をいっぱい獲ったメリッサ・



レオですが、ママのキャラクターが強すぎて多分ある程度以上の実力のある女優さんが



やれば誰でも注目を浴びる役かも・・・と彼女のファンとしては残念である(それでも



実力があるからこそこの役を得たのだろうが、『フローズン・リバー』のほうが



すごかったのに。 それとも彼女には主演女優賞ではなく助演女優の位置づけですよ



あくまで、というハリウッド的序列によるものか?)。 しかしアリスとディッキーは



ギャグすれすれの存在なんだよなー、それを実在の人物として見られるものにするって



いうのはやはり役者の力であり、演出の妙なのだろうか(だからか結構笑えるシーン



多かったのです、意外に)。



   ママの問題点は、自分が

      “子を支配する親”であることに自分で気づかないこと。



 ボクシングに対してあたしは熱い情熱がないので、試合の場面でも盛り上がり



どころがわからず。 なんだかんだいっても家族大事ってことかい、なラストにも



(本来ならば感動する場面だが)特に感慨がない・・・。



   ボクシングのルールがわからないから?



 あたしは冷たい人間だわ、と改めて自覚(それとも、アメリカンすぎる価値観には



のれないってことかな? もしくは一度でも裏切った人間が信用できないのかも)。



 それでも、ミッキーは信じるんだよね〜。 つまり彼はそういう人間だってこと。



戦うのは試合だけじゃなく、人生と、自分自身と、固定観念。



   何にも勝る、「兄弟愛」・・・。



 エンドロールにディッキーとミッキーご本人が登場。 ディッキーは口を開いた



瞬間に「あ、クリスチャン・ベイルと同じ喋り方!」となるのでディッキー本人だと



わかるという・・・。 やはり現地で知られている実在の人物を演じると評価が高く



なるのかしら?(モノマネ以上の存在感ということで)



 しかしある意味「ビョーキ」な家族の姿を赤裸々なまでにさらす、というのもなんとも。



それもアメリカ的なのか? 最終的に勝利を手にする(物事が解決する)ならばそれで



いいのか? それまでの過程は許されるのか?



 と、本筋とは関係ないところが気になってしまった・・・アリスには是非セラピーを



受けてほしいと思うけど、この年までそれで来ちゃった人はもう変わらないか。


posted by かしこん at 05:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 movie | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月14日

原発 > ちょい悪発電



 You Tube でシティーボーイズミックスPresents『マンドラゴラの降る沼』の“ちょい悪



発電”部分のコントがアップされていたのでご紹介します。





  原発コント 1/2



  原発コント 2/2





 えーっと、これは何年前のライヴだ・・・池上本願寺でテントでやったときだから、



2006年です。 5年前か・・・当時はゲラゲラ笑ってました。 そして電力会社から



クレーム来たりして、WOWOWでカットされたりしないかなー、と密かに心配もして



いたなぁ(でも無事に放送になったし、DVDにもなってます)。



 そう思うと、電力会社が多大なスポンサーである、という事実にはっきりとした認識は



なくとも微妙な意識はあったということですね、あたし自身。



 そしてコントの内容が・・・「今となっては笑えない」どころか、現実のほうがコントより



悪かった、というおそろしいことに。



 これでは、やはり「想定外」という言い訳は通用しないなぁ、と思う次第。



 というか、コントがリアルになる現実って、どうよ!


posted by かしこん at 06:00| Comment(4) | TrackBack(0) | シティーボーイズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月13日

『シブミ』、再読



 『サトリ』を読む前に『シブミ』を読み返してみようと・・・。



 いつ読んだかもう覚えていないのだが、「確かああいう話」的記憶はあり、



本を開いたらその記憶が間違っていないことがわかった。



 でも、ディテール結構忘れてる〜(読み返すと思いだすのですが)。



 しかし、それにもかかわらず、新鮮である。



   シブミ/トレヴェニアン

         今は装丁が変わったようですが、あたしのはこれです。



 これ、原著は1979年の発表です。 ニコライ・ヘルはロシア人の母のもと



上海で育つが、その後上海を占領した日本軍の岸川大佐に養育されて



日本人の美学“シブミ”を獲得するため、戦況が厳しくなった上海を出て、



岸川大佐の紹介で碁の師匠大竹さんの家に住みこむわけですが。



 今でさえ世界各国にあふれる『トンデモニッポン』とはまったく違い、日本人が



共感する日本的価値観を既にしっかり書いてくれている、ということにあらためて



驚いた(一回目読んだときも驚いたけど、さらにその深さに気づけるようになった



自分がいるということで)。



 「アメリカ人の本質は商人である」とか、一言で本質を射抜いちゃうところには



「ひょえー!」となる。 しかも極東軍事裁判(いわゆる『東京裁判』というやつ)が



茶番にすぎないとリアルタイムでニコライに言わせている。



 しかも『シブミ』って微妙だと思うでしょ? でもニコライと岸川大佐、ニコライと



大竹さんとの間で“渋い”と“渋さ”と“渋み”の違いについて語っていて、日本語には



意味に微妙なバリエーションがあることや、侘び・寂びだけではない精神性まで



説明される。 こういうことを外国の人が書いてくれるって、やっぱりうれしいよなぁ、



と思ってしまうわけです(勿論、中国・朝鮮半島の文化ともまったく違うと書かれてる)。



 終戦後の飢えた民衆たちが、それでも礼儀正しく振る舞いみんなで肩寄せ合って



野宿する姿をニコライは美徳と読み取るけれど、そのあたりは今回の地震被災者の



振る舞いと重なる部分もありましょう(が、集まって休んでいた女子供から物や金を



盗む男たちもいることは描かれている、作中ではニコライにひどい目にあわされた



ようだが)。



 あぁ、『サトリ』にも正しい日本文化・精神論が書かれているといいなぁ。



 しかし、ニコライが感嘆してくれた日本人の精神性は、残ってはいるけど減りつつ



あるのが現状という感じで・・・かなしい限り。



 「メルトダウンの可能性はあります」と発言した人が速攻で更迭され、二ヶ月たって



から「メルトダウンしてました」とよくも他人事のように報告できるな・・・とあきれて



モノも言えないくらいなんですけど(しかも正確には“フルメルト”状態らしいじゃないか)。



 「高濃度汚染水の行き先はわかりません」って、子供の使いか?!



 これはもう、チェルノブイリよりもひどいよ・・・。



 ごめん、ニコライ。 この状況の障害になる者、全部排除してもらえないかな。


posted by かしこん at 04:02| Comment(0) | TrackBack(0) | ☆ 読んじゃいました | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月12日

津軽百年食堂



 結構前に映画館で「近日公開予定!」のポスターを見て存在を知ったが・・・



オリラジか・・・ということで後ろ向きであった(大森一樹監督の作品にも心が動いた



ことがない)。 しかし地震が起こってしまった。 この映画の収益から義援金を出す、



ということなので見てみることにした。



 最近こういう“地方発映画”多いですよね。 ある意味村おこし? 効果的なPR?



 しかし、映画としての出来がよくなければPRになりきれないのもまた現状です。



 バルーンアーティストとして地味に東京で暮らす陽一(藤森慎吾)はある日結婚式の



営業でカメラマン助手の七海(福田沙紀)と知り合い、お互い出身が青森県弘前市で



あることから意気投合、ルームシェアをして暮らすことになる。



 が、実家から父親がバイク事故に遭ったという知らせが入り急遽帰郷した陽一の



実家は100年続く津軽そばの店“大森食堂”。 父親(伊武雅刀)がいなければ店は



開けられない、もうすぐ迫る弘前城桜祭りの出店もあきらめなければ・・・が、



ばあちゃんの願いを汲み、陽一は「店を継ぐと決めたわけじゃないけど、手伝うよ」と



そばづくりに精を出すことに。



 そんな現代パートの合間に、明治に屋台で津軽そばを始めた初代・大森賢治(中田



敦彦)の物語が挿入される。 はっきりいってこの明治パートがかなりいいです!



   画面もほんのりセピアな印象。



 映画全体の割合としては少ないんだけど、印象的かつさほど無駄がない。 かつて



テレビドラマで大根ぶりを披露していたあっちゃんが、無口で不器用だけどいい人の



雰囲気をきちんと漂わせていて、よかったです。



 そして描かれるのは北東北的合理主義というか・・・志が同じであれば血の繋がり



なんか関係なく“家族”であるという考え方(勿論、家族であることには義務も責任も



伴いますが)。 西日本に比べて東日本、特に東北は昔から夫婦共働き率が高いし、



役に立つ人・よく働く人が珍重されます(一般庶民の場合ですが)。



 そこはよかったんだけど・・・そもそも七海の存在はこの映画に必要か?、という



無駄感が漂っていて、せっかく伊武さんが頑固だけど理解もあるいいおやじで脇を



がっちり締めているのにもったいないんじゃ! 初代から4代目までもずっと親友で



あり続けている人物の存在も、もっと扱いを大事にしたら面白いのに。



   伊武さん、久々に正統派オヤジ!



 しかしこの映画、悲しいかな予算の足りなさも随所で披露(音楽が坂本サトルとか



県出身者を起用したり、主要なベテラン役者さんもすでに軽く津軽弁マスターしてる



方を使ってたり。 でも脇役が意外と豪華キャストでびっくり)。



 帰ってきた陽一くんは「やっぱ弘前はいいなぁ」的なことを連発しますが、住んでる人は



いいかもしれんが古い城下町特有のぐるぐる道は、あたしは何回行っても慣れません



でしたわ・・・(目的地がまっすぐ見えるからまっすぐ歩いて行ったら、道が途中から



とんでもない方向にカーブして、目的地から遠ざかる。 あたしは方向音痴ではない



のだが、地図必須!)。



 ちなみに“津軽そば”についても詳細は語られず(別に蘊蓄はいらないので、せめて



製造工程を全部見せるべきだと思う)。 これでは知らない人は「結局津軽そばって



なんなの? 普通の日本そばと何が違うの?」って思って終わりだと思う・・・だから



直接来て食べてくださいということなのかもしれないけど、あまりにも不親切。



 まぁ、Uターン推奨映画としては、都会で疲れた人々に「田舎はいいよ〜」と伝える



目的は果たしているかも。



   私が見たときには、ラストで一部客

      (比較的高齢な方々)から拍手が起こった。 何故に? 青森県人会か?

      それとも地震被害への応援の気持ちか?



 しかし、エンドロールに並んだ“発起人”の多すぎる名前・・・気持ちがなえますわ。



県が本気で取り組んで・・・これかい。



 『わさお』と『津軽百年食堂』と二本でかかっても『海炭市叙景』にまったく



かなわないという現状・・・青森県丸ごとでかかっても、函館市に負けてます。



 ご当地映画はその土地の人に見てもらうのも大事だけど、その土地を知らない人に



こそ見てもらってより価値がある、と思うんだけど・・・神戸での公開は二週間のみ



だった、という事実がすべてを物語っているようです。


posted by かしこん at 00:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 movie | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月11日

チェルノブイリ25年



 NHK BS1にて、『世界のドキュメンタリー』。



 諸事情により放送延期になっていた『チェルノブイリ 25年』の3回シリーズが



ついに放送になり、2回目まで見た。



 冒頭、NHKの解説委員らしき方が「チェルノブイリ事故をそのまま福島第一原発に



あてはめることはできませんが・・・」的なことをおっしゃる。 そりゃ、そうでしょう。



でも、見ていたら国の態度がなんかおんなじなんですけど・・・



 第一夜は新たなる石棺計画と周囲に住んでた人、今のウクライナの話。



 事故後、原発近くに住んでいた人は「三日間だけ」という政府の指示でバスに乗せられ



家を離れたけれど、その後まったく帰れないままであること。 25歳未満の人(つまり



事故後に生まれた人)に甲状腺異常やら白血病やらがんの発生率が高いこと(しかも



一人でいくつもの疾患を抱えている例も多い)。 しかし原発事故との因果関係は証明



されず、国からは何の補償も出ないこと。 ← なんかこれ、結構将来の日本でも



そういうことになっていそう。



 まぁそういう怒りも原動力になって、ウクライナは旧ソ連から独立を果たしたんだけど、



国力が弱いから貧乏で、今のチェルノブイリ内に残されている放射能物質の量を



はっきり公式発表していない(6%〜96%まで、人によって違う)。 まだチェルノブイリ



そのものが危険な状態で、新たな石棺をつくっても毎年メンテナンスは必要で、その



ための莫大なお金を国際社会からの補助金で賄いたいからだ。



 ↑ なんかこういう感じ、“原発利権”とおんなじだよ・・・



 なのにウクライナはこれから原発を20基つくって、「脱原発」の進むヨーロッパに



電気を売ろうと考えている。 貴重な外貨獲得のために。



 そして二日目の今日は、人間がいなくなった立ち入り禁止区域の中で起こっている



動植物のこと。 ネズミは体内にストロンチウムなど放射能物質が蓄積してるけれども、



遺伝子異常はほとんどないが、ツバメは遺伝子異常を起こし年々数を減らしてきている、



という実験結果を紹介。



 事故直後は短期間で強い放射能に被曝をした動植物(昆虫や微生物を含む)は死に



絶え、けれど高濃度放射能汚染はモザイク状に広がったのでそれほど汚染されてない



地域の生き物たちが時間がたつにつれ放射能濃度の低くなってきた“空き地”に



進出してきて、そこで繁殖するようになったために立ち入り禁止地域では現在、



動植物がかなり増えている、という話。



 うーん、紫外線に強い植物もいるのだから、もしかしたら放射能に耐性を持つ



生き物がいるのかもしれないし、耐性があるからこそ生き残れたのかも・・・という



気もしないでもないんだけど(この地域のネズミが自分で破壊された遺伝子を修復する



能力を持っている、を根拠に人間のがん発生率に因果関係がないと関連づけられても



困る。 番組ではそうは言っていないが)。



 で、立ち入り禁止区域内に住み、そこで育てた作物を食べる、いわば自分で自分を



実験台にする放射能測定学者も登場するが、研究者ってどこの国でも似たような感覚



なんだなぁ、としみじみ。 「短時間だから大丈夫」とネズミやツバメの研究者さん



たちも防護服着ないしガイガーカウンターも持ってなかったからね(一日目の、一般人



希望者による“チェルノブイリ見学ツアー”には原子炉近くまで行くので、かつて



事故当時除染作業に従事したというガイドさんのもと、防護服にガイガーカウンター



持参でしたけど、単位がシーベルトじゃなかったのでどのくらいの強さかわからず)。



 ウクライナではチェルノブイリがCGゲームになっていて、ヴァーチャルリアリティ



並みに現地と細部まで一緒の位置関係・風景を描き込み、原子炉を安定させる



ミッションを果たすのが目的らしい。 あまりにリアルなつくり故、事故のことが



風化している、という事実に妙に説得力があった。



 「25年では、人間では一世代ですが、ネズミでは40世代にもなっていますから」と



言う科学者氏の説明が、当人悪気はないのわかるしそういう思考をする職業だから



いいんだけど、大事故のあとを“格好の実験場”と考えてる節はあるよね・・・



結局人間もまた、同じくモルモットになるしかないんだろうなぁ。



 日本では福島の人に対する差別が半ば公然とまかり通りつつあるが(福島出身の



人からお嫁さんもらうのやめよう、とか言う人までいる!)、はっきり言って汚染



されてるのは福島だけじゃないですから! そして世界から見れば、“日本人”が



その差別の対象になるってこと、福島を差別することで溜飲を下げている人は考えて



もらいたい(まぁ、そんなバカはそういう風に考えること自体思いつかないかも



しれないんだけどさ・・・)。



 放射能測定が正しくできてなくて、高濃度の地域に避難勧告出てなかったり、その



逆もありとか、ほとんど日本、やってること同じですよ・・・



 あらためて、放射能はこわいねぇ、と考えつつ、これプラス地震&津波被害からの



復興もかかえて、一歩間違えばほんとに日本は終わるかもしれん、という気持ちに



なっている。 まぁあたし個人的にはいいけど、子供たちの将来がなぁ。


posted by かしこん at 03:27| Comment(0) | TrackBack(0) | WOWOW・CATV | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月10日

またマンガ買い



『仁義なき家政夫パタリロ!』/魔夜峰央



 『家政夫パタリロ!』『奥様はパタリロ!』『ビストロ温泉パタリロ!』



『出もどり家政夫パタリロ!』と続いたこのシリーズもなんと遂に完結!



   何故『仁義なき・・・』なのかは読めばわかります。



 まぁ、タイトルに“パタリロ!”とついてもこれはある意味パラレルワールド



(それともスピンオフというべきか?)、越後屋波多利郎が主役なんですけどね。



見た目はそっくりだけど性格全然違うし、父親の残した借金100億円を地道に



返すために家政夫として働く話。



 ずいぶん最初の頃から思うと話の傾向が変わったよな・・・と考えたら、この



流れで作者のお得意パターンを全部網羅してるのでは・・・と気づいてみたり。



 『家政夫パタリロ!』は落語がベースの人情話、『奥様はパタリロ!』は珍道中



+事件のドタバタ、『ビストロ温泉パタリロ!』は妖怪モノ、『出もどり家政夫



パタリロ!』では再び人情物に戻りつつも怪奇現象やスパイ組織の存在を扱い、



今作『仁義なき家政夫パタリロ!』では組織の陰謀に対抗して世直し!



 で、はじめの四冊でばらまいてた伏線をこの最終巻で一気に回収しちゃうところも



また、荒業ですがきっちり「完結」とオチがついていい感じです。



 というかこういう流れって本編『パタリロ!』でも『妖怪始末人トラウマ』でも



あるので、やっぱり作者が好きなんだろうなぁ、こういう話、としみじみしてみたり。



 そーいえば『パタリロ!』もずいぶん長いこと読んでるかもな〜、と気づいて



びっくりだ!(『グイン・サーガ』並みに25年ぐらい読んでるかも!)



 それだけ馴染んだキャラだもん、そりゃなんでもありですよ(本編でも番外編



やってるから慣れてるし)。



 『パタリロ!』最新刊は5月19日発売!





『40歳!妊娠日記』/大田垣晴子



 いつか子育て本が出るかしら・・・と思っていたら、ついこの前結婚本が出た



ばかりなのに、妊娠日記が・・・(しかも出版社違うし)、なんなの、この



タイムラグは?



 とはいえ、この本は当初から出版を意識して描かれたものではなく、妊娠が



わかってから自分の身体の変化を記録しておこうという完全プライベートな日記



なので、普段の筆者のレベルを期待するとかなり落胆する(絵も字もへろへろだし)。



   表紙もなんだか「脱力」。



 しかしもう出産後だから子育てで手いっぱい、描き直す余裕はないのであろうし、



描き直すことで最初に感じた何かが消えてしまうことがあるのだとしたら、へろへろ



でもこれが『リアル』ということなのでしょう(だから早く出版できた、という



こともあるかも)。



 というか、単純に子供がほしいと思っている出産リスクの少ない若い女性や、



筆者と同年代でも必死の思いで子供をほしがっている方が読んだら、もしかしたら



ちょっと不愉快な気持ちになってしまうかも・・・な内容でもある。 ぱっと見、



子供が生まれてくることに対するストレートなヨロコビみたいなものは描いて



いなくて、自分の体調の変化についていけない精神的な不安のほうが多く占められて



いるから。 でも、ずっと仕事してて、結婚するとか思ってなくて、さらに子供を



産むなんて思ってもいなかった人が「いざ」そんな立場になってしまったら、多分



同じように感じるんじゃないだろうか・・・(逢坂みえこの育児エッセイにも「締切



優先、検診最小限、妊婦講習受けてる暇なし」みたいなこと書いてあったし・・・)。



 そういう意味で、単純にハッピーな妊娠日記を読みたい方には不向きです。



 フリーで仕事してて、しかもフェミニズム思想がごく自然に身についてて、高齢



出産故のリスクもわかってて、この先20年・30年のことを考えたらそりゃブルー



にもなりますよ、という方向の『リアル』であります(勿論、結論は「出産して



よかった」ということなのでご安心ください)。



 ちなみにあたしは「育児ノイローゼになる前に妊婦ノイローゼになりそうだわ・・・」



と感じたので、妊娠しない自分にラッキー!、と思った不届きモノです。



 でも、妊娠することでこんなに自分の身体がこれまでと変わるんだ、ということに



妊娠中の女性は不安を感じるんだってこと、むしろ男性方にこそ読んでほしいかも。


posted by かしこん at 00:57| Comment(0) | TrackBack(0) | ☆ 読んじゃいました | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月09日

くるみゆべしのこと



 デパ地下の週替わりコーナーに、宮城県の甘仙堂が出店していた。



 がんばろう東北のキャンペーンの一環のようである。



 あたしはここの“くるみゆべし”が好きなので、早速買いました(まぁどこの



お店でも、くるみゆべしであれば好きですが。 あまりはずれたことないし)。



   一個¥126−



 わーい、クルミがごろごろ入ってる〜。



 表面は細かいグラニュー糖が適度についていて乾燥を防ぎ、餅の褐色の



色合いはくるみの色であると同時に醤油も使われているので、決してしょっぱい



わけではないんだけど、甘さ控えめでくるみの香ばしさが前面に出るようになって



ます(しかし含まれている砂糖分が少ないということはないであろう・・・)。



 しかし、とふと気付く。 そういえば、関西でくるみゆべしを見たことがない



・・・東北限定のお菓子なのだろうか?、とウィキを見てみたら・・・。



 なんと、『ゆべし』は『柚餅子』と書くのだそうだ! 柚子を使った和菓子なのである。



 しかし東北では柚子の産地から離れているため、手に入りやすかったクルミや



ゴマをつかって独自の方向に発展した『餅菓子』になったらしい。



 そうなんですか・・・はじめて知りました。



 ということは、関西ではくるみゆべしは食べられない?



 ・・・もっと買っておけばよかった。 


posted by かしこん at 00:21| Comment(0) | TrackBack(0) | ごはん・お茶の時間 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月08日

GONZO〜ならず者ジャーナリスト、ハンター・S・トンプソンのすべて〜



 原題は、『GONZO: THE LIFE AND WORK OF DR. HUNTER S. THOMPSON』。



 ジョニー・デップが尊敬する人物として、彼がナレーション(というかトンプソンの



著作からの抜粋を朗読)するから日本配給が決まったんだろうか?、と思って



しまった。 あたしはなんとなくしか知らない人物だったので。 でも『ラスベガスを



やっつけろ』公開当時の熱のこもった映画評の存在を思い起こせば、日本でもある



程度の年齢の、ある特定の層にはものすごく影響を与えた人なのかもしれない。



   日本で言えば・・・誰なんだろ?



 GONZOはもともと“ならずもの”・“常軌を逸している”という意味であるらしい



(日本の警察の隠語「ゴンゾウ」ももしかしたらそこからきているのか?)。



 彼の活動の主な時期は1960〜70年代。 取材対象の中に入り、自分で体験



して書くスタイル(のちに「ゴンゾー・ジャーナリズム」として定着)は当時の一般的な



ジャーナリズム手法とは一線を画しかつ新鮮で、彼は一躍時代の寵児となる。



 そんな彼の活動と残っている映像、親しかった・関わりの深かった人物への



インタビューで構成された結構正統派のドキュメンタリー映画。



 オートバイクラブ“ヘルズ・エンジェル”のことは以前『コールドケース』で題材に



なったけど、それに密着取材して内面を暴露したのはトンプソンだったんですね。



最初はかなり意気投合したみたいだけど、次第に彼らの暴力的な部分とか非合法の



部分に嫌気がさした、と供述(そこ、ジョニー・デップが朗読)。



 ベトナム戦争反対も訴えていた彼は1972年のマクガヴァン大統領選挙報道に相当



力を入れていたけれど、落選という結果に彼は自分の限界を見たのかもしれない。



そして取材する側である自分が有名人になることで取材対象になってしまう、という



ジレンマがかなり彼を苦しめたようだ。



 その後、たまたま食事会で演説していたジミー・カーターの人柄に入れ込み、彼の



大統領選を思い切り援護射撃(トンプソンのおかげでカーター氏は大統領になれたと



いう見方もあるらしい。 カーター氏は今ではアメリカでも散々な評価のようですが、



あたしの個人的なイメージでは彼はそんなに悪くない)。



 しかしトンプソンを知る人々はみな、「彼は・・・まったく厄介な人間だった」的な



ことを言う。 “破天荒な生き様”という言葉がよく似合う人だったらしい。 父親が



死ぬとしたらそれは自殺しかあり得ない、と早い時期から息子が覚悟するような



父親の生き方って?!



 文章には人柄が表れるけれど、その人そのものを映し出すわけではない。 これから



いくら彼の著作を読んでもハンター・S・トンプソンという人物についてわかることは



すべてじゃない。 けれど、「あいつにはほんと、いろいろ困らされたよ」という人々が



みなどこか懐かしそうな表情をするのは、どうしようもないながらも彼には惹きつけ



られるものがあった、ということだろう。



   あたしは勝手に植草甚一的人物かと思ってましたわ

                       ・・・全然違ったよ。



 何故か彼の葬儀(生前に本人によって企画されたもの)には和太鼓の一団も参加。



日本びいきだったのでしょうか? いつか、機会があれば彼の本も読んでみようか。



 今回のビンラディン殺害作戦の件、彼ならばなんとコラムに書くのだろうか(でも



あたしはアメリカ側の執念深さがあたかも『ミュンヘン』におけるモサドの復讐部隊と



心情的に似てる気がして・・・何とも言えない気分になりましたわ)。



 そして福島第一原発の件は・・・ぜひ聞いてみたかった。



 もしかしたらこの先、太平洋からゴジラが現れてくるのかもしれませんね。


posted by かしこん at 06:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 movie | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月07日

ツーリスト/THE TOURIST



 予告を見て、こんなにも「つまんなさそう・・・」と感じさせる映画も珍しい



(いや、最近、多いな)。



 しかし三宮シネフェニックスのタダ券があったので、監督が『善き人のための



ソナタ』のフロリアン・ヘンケル・フォン・ドナースマルクであるということだけに



望みをつないでいってみた。 それに、なんだかその日は重たい映画を見たい



気分ではなかったので(ほんとは『太平洋の奇跡』に行くつもりだったんだけど



上映時間に間に合わなかったということもあり)。



 物語はパリから始まる。 謎の美女エリーズ(アンジェリーナ・ジョリー)を見張って



いるイギリス情報部・スコットランドヤード・インターポール。 おいおい、冒頭から



すでにある程度ネタバレしちゃってますけど、この展開大丈夫ですか!、と見て



いる側が心配になるような筋立てである。



 まずショック、ティモシー・ダルトンが、老けている!(わざとだと、役づくりだと



言ってくれ!) ポール・ベタニーも冷酷無比なあやしい人になっている・・・。



 そしてパリからヴェニスに向かう特急・・・「プラレール?」って思っちゃうほど



遠景は電車も風景も含めてすごく箱庭的に見えたんですけど、あたしだけ?



   車窓の風景も露骨に合成っぽい。



 で、そんな車内でアメリカ人数学教師フランク(ジョニー・デップ)は現れた



美女にぼーっとなり、あれよあれよと一般人ならば関わりにならないはずの事件に



巻き込まれていくのだった・・・。



 まぁ、ジョニー・デップファンならば、彼がパジャマ姿で屋根伝いに逃げるシーン



などはキュートだし楽しめると思う。



 アンジェリーナ・ジョリーの衣装が・・・と思っていたらエンドロールにトム・



フォードの名前があったような(だったら納得なんだけど、ひとり前時代的に



ゴージャスすぎて、なんかひきましたわ)。 そりゃ、パリでもヴェネチアでも



男性の目を釘付けにさせますよね。 って、監視されてるのわかっててその派手な



行動はなんなんじゃ!、ということと、いくら魅力的な女性に誘われたからって



違和感見せずにホイホイついていくジョニー・デップはおかしいだろ!、ということで、



だいたいネタは割れてしまうのが残念・・・。



   ジョニー・デップがダサダサ風情なのは

    数学教師という設定のためですが・・・でもそのヒゲはありなの?



 でもまさか“あんなラスト”じゃないよなぁ・・・と別の意味でハラハラしていたら、



「うわっ、なんだこれ、『カンパニー・マン』じゃん!」と倒れた・・・。



   ※『カンパニー・マン』 : 『CUBE』の監督が思わぬ大ヒットのご褒美に

    映画会社から破格予算で好きなようにつくっていいよ、と言われ、結果的に

    大コケした作品。 そういえば、その『カンパニー・マン』を見たのもまた

    シネフェニックスでございました。 懐かしい。



 ジョニー・デップとアンジェリーナ・ジョリーの初共演、にのっかりすぎ。



 ベニス観光風景にも頼りすぎ。



   ポール・ベタニーいいとこなし・・・



 まぁ、結果的にティモシー・ダルトンがかっこよかったのでよしとするが、ラブ



ストーリーって一歩間違うと究極の自己満足なのかも・・・と考えさせられた。



 こ、これをシネフェニックス最後の作品にするのは不本意だ〜。


posted by かしこん at 04:51| Comment(2) | TrackBack(0) | 映画 movie | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月06日

ショパン 愛と哀しみの旋律/CHOPIN:DESIRE FOR LOVE



 神戸には芸術を題材にした映画に固定客がいるとしか思えない。 しかもこれ、



2002年の映画。 よく公開できたなぁ(って、見に行くやつがいるからか・・・)。



 ほんとの原題は<CHOPIN. PRAGNIENIE MILOSCI>。



 ポーランド映画ということでしたが、台詞は全部英語・・・吹き替えか?



 皇帝の都合のいいおもちゃとして才能を浪費させられていると感じたショパン



(ピョートル・アダムチク)はパリに向かい、運命の女性ジョルジュ・サンド



(ダヌタ・ステンカ)と出会う・・・という話。



   当時の衣装・小道具など楽しめますが。



 ショパンの曲は一応使われますが、一部・・・。ジョルジュ・サンドとの関係に



重きを置いてしまったため、音楽家としてのショパンの活動がほとんど描かれ



なかったような気が・・・まぁそんなことしてたら時間が足りないのでしょうけど。



 というか、むしろジョルジュ・サンドを主役にしたほうがよかったかも・・・。



 ただ、その中でもリストが弾く『革命』がめちゃめちゃインパクトあって感動的!



(と思ったら実際に弾いていたのは横山幸雄さんであった・・・世界的なピアニスト



だが、今の震災の鎮魂のためにショパン全曲演奏をしている方です、さすがだ)



 ショパン28歳のとき、6歳年上のサンドとの恋愛というだけでも当時としては



スキャンダラスなのだろうけど、サンドには息子(モーリス:当時15歳)と娘



(ソランジュ:当時10歳)もおり、なんか子供二人の気持ち(特に多感な年頃の



息子のこと)を考えたら「ショパン・・・あんた、ダメだよ・・・」と実に残念な



気分に(モーリスは「お前の母親は15歳の年下の若い男をくわえこんだ」などと



中傷されていたそうだし、かわいそうだったよ)。



 サンドにとってショパンは“もう一人の息子”のようにも描かれており、ショパンの



駄々っ子・我儘勝手ぶりは一発なぐりたくなってきます(肺結核になったり、病気で



つらいというのもわかるが)。



 果てはモーリスは強い敵意をショパンに向け、成長したソランジュは母親に当て



つけるかのようにショパンを誘惑・・・うわー、家庭壊しちゃってるよ〜。 モーリス、



早く家を出て自立するんだ!、と説教のひとつでもしたくなる。



 残念ながらショパンとサンドが愛憎ドロドロ関係をそれでも続けたのか、の動機



(何故そもそも二人は恋に落ちたのか)の部分が説得力を持って描かれていない



ので、我儘坊ちゃんと欲求不満女がTPOをわきまえずにただいちゃいちゃして



いるだけに見えるという・・・この恋愛関係の苦悩がその後のお互いの作品に



影響をもたらしたと思えないのがほんとに残念。



 ショパンの遺言を忠実に守るショパンの姉の姿だけが、この映画に品格をもたら



しましたよ。



 英語の吹替がいかんのかな・・・原語ならまた違うのだろうか?


posted by かしこん at 02:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 movie | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月05日

2011年冬ドラマ&春ドラマ



 春ドラマが始まってしまいましたが、冬ドラマがまだ見終わっていないあたし。



 とりあえず、見たところまでで。



『相棒 Season9』



 すみません、最終回だけまだ見れてません・・・。



   明らかに米沢さん、出番増えた・・・。



 でも今回のシーズンは割合地味話が多かったような気がして、結構好印象です



(リアル社会派な話もありましたが)。 派手話は映画関連、ということでしょうか。



『告発〜国選弁護人』



 これはなんかいつの間にやら終わった感が・・・(回数、少なかったですよね?)。



 田村正和と橋爪功の長年の男の友情物語だと思って見てましたが、登場回数は



少なかったですが西村雅彦が出ているということにワンクッション置いて気付いた。



 しかもちょっとタメ口入った会話してるし・・・これは『古畑ファン』へのサービス?



   西村雅彦、貫録ついた役がすっかり板につきましたね。



 撮影の際、この二人の間でどういう会話が交わされたのか(実際は交わされてない



かもしれないが)、個人的に非常に気になりました。



 あとは心理分析・プロファイリング系ドラマですが・・・一長一短というかなんか



微妙でしたね(北川景子のカバンが黒とはいえCOACHのポピーシリーズだったのが



なんか笑えた)。 その点、『悪党』は異彩を放った感じはあれど、いかにもやりつくされた



ラストはどうしてくれましょう。





『JIN−仁ー』



 今回『臨場』がなかったのは内野さんがこっちに出るから・・・ということにして



おこう。 初回二時間以上のSPはCMが多くてイライラし、録画してスキップして



見た。 完結編と銘打っていることだし、謎を中途半端に残さないでほしい、という



願いを込めて。 麻生祐未さんの女優魂にしびれたぜ!



『遺留捜査』



 水9新シリーズ。 上川隆也ほか、地味なれど豪華キャスト集結でとてもあたしの



テンションは高い(上川さんと甲本さんのやりとりを見るだけでも楽しい!)。



   スーツに斜めかけバッグは“キュート系”か

       ダサダサ系にわかれますが、さすが上川隆也はキュート系・・・。



 事件としては「犯人がすぐわかってしまう」とか「警察官同士の仲の悪さが類型的」、



「ミステリとして少々甘い」というところはありますが、新たなシリーズとして定着して



くれたらいいですね(ということは『相棒』半年放送が変わらないうちは『臨場』と



一年おき? それとも『9係』も入れて持ち回り?)。



『ハガネの女』



 前作のとき「ゴールデンでもいけるのに」と思ったけどほんとにゴールデン進出



とは・・・。 これも初回2時間SPでしたが、子供よりも“醜く愚かな大人”が



クローズアップされた回だったなぁ。 三か月先に国外退去が決まっている子に対して



「一刻も早く出ていけ」とは・・・どんだけ暇なんだあんたら、と思いました。



   いいんだけど、相手は小学生だから仕方ないのかも

      しれないけど、自分のことを「先生」と言うやつはどうも印象が悪い。



 新キャストも加わり、子供たちも変わるようだし(まだ一話しか見てないんであれですが)、



たやすく変わる子供たちの“天使と悪魔の顔”を真正面から描くことを期待しています。





 『BOSS』は面白いかどうかわからなくなってきてるし、『ハンチョウ』までもが



派手展開を持ち込んでおり「どーしましょ」って感じだし、『シマシマ』は原作読んでた



だけにシオさんが矢田亜希子ってどーよ、という印象。



 『江』は遅れ気味で見ておりますが・・・毎回「江(○歳)」とか書いてほしいなぁ〜。



 そうすれば多少違和感を頭の中で修正できるかと思うのですが。


posted by かしこん at 06:53| Comment(0) | TrackBack(0) | テレビ・テレビドラマ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月04日

バカな大人を減らすにはどうしたらいいのでしょうか



 あたしは子供の頃から(親の影響もあって)フィギュアスケートの公式戦がテレビ



放送されれば必ず見る!、という長年の“見るだけ”ファンであります。



 しかしここ数年、日本人選手が多数出場しているのに日本のテレビ局の中継が



見るに堪えないものになってきており(BSはまだましだが、地上波のフジテレビ、



最低だ!)、日本に住んでいながらあたしは他国(ドイツ・イタリア・ロシアなど)の



中継映像で見ることがどんどん多くなってます。 ユーチューブなどのアップを待つ



ことになるのでリアルタイムでは見れませんが(というわけで今回も全部見るのに



こんだけ時差がありました)、不自然に観客の歓声やブーイング消されたり足されたり、



変な間合いでカットされたりする映像を見るより、実況の言葉の意味はわからなくても



フラットな状態で選手のみなさんの演技が見られるから。



 それにしても・・・前回のオリンピックであれだけ問題になったのに、不透明な



採点方法が一切改善されていないところが・・・(コロコロ変わる採点ルールの



ためにいちいち勉強するこっちの苦労も考えてほしいぐらいだ)。



 美しさ・芸術、といった主観を採点するのだから万人が納得する点数にはならない



かもしれない、というリスクはもともとこの競技が抱えていた問題点だけれど、それを



改善するために細かく採点基準を決めたのではないのか? それなのに、明らかに



ミスってるところで加点されてたり、そこは決まったんじゃないのというところをダウン



グレードと判断されたり、しかも特定の選手だけが有利に、特定の選手が不利に



採点されてるのが丸わかりって状態は、なんなの!



 見てるだけファンだからってなめんな!



 こちとら買収なんかされてないから純粋にそのときの出来で心を動かされれば



高得点をあげたいんだよ! 「こいつ、ゲタはかされてるな」って感じちゃったら



普通の目で滑りを見られないんだよ!



 そんなことしてたらほんとに、フィギュアファンは減りますよ。



 そして日本のマスコミの勉強不足というか心なさというか・・・恥ずかしい。



 “愛国心”という言葉で語る気も強制する気もありませんが、何故にそんなにも



キム・ヨナ選手ばかり取り上げるのですか? コストナー選手とか、他にも取り上げて



ほしい選手はいるんですよ。 なのにキム・ヨナ選手のことは何が何でも褒め上げ、



日本の選手は二の次、みたいな姿勢はなんとかならないんでしょうか。 大変



不愉快です(だからあたしの気持ちはどんどん嫌韓に傾いていくのです。 しかも



それを煽るのが日本のメディアとはほんとにどういうことなのか)。



 安藤美姫選手のことを何年か前に「彼女はもう終わった」とバッシングしてました



よね。 でも今は世界女王ですよ! そして今は浅田真央選手のことをバッシング



してますよね・・・思えば安藤選手が不調の頃、今の浅田選手と同じような年齢



だったのでは。 ちょっとは想像力というものを働かせなさいよ!



 しかも一生懸命やらない、結果を出したくないと思ってるアスリートなんて一人も



いないのに、ちょっと調子が悪いくらいで(つまり自分たちが書きたい内容に沿わない



から?)叩くって・・・それがいい大人のすることか?



 それと、あたしは個人名を挙げて露骨に非難することはこれまで“ネチケット”として



避けてきましたが、今回ばかりはほんとに許せません。



 ラサール石井、死ね!



 フィギュアスケートの表現力はセックスアピールだと思い込んでるやつらも同様に、



死んでください(というかそういう腐った目でフィギュアスケートを見るな)。



 先シーズンの世界選手権、浅田真央選手のフリープログラム『鐘』を見て、それでも



彼女に「表現力がない」と言えるならあたしは自信を持って断言しよう、「お前には



見る目がない」と!



 ほんとうに、バカな大人はいっぱいいます。



 心ない報道にいっぱい選手のみなさんは傷ついてると思う。 それでもストイックに



研鑽を積む彼女たちを、あたしは心から尊敬します(だから競技を見ていると涙が



あふれて止まらない)。





 バカな大人たちといえば・・・子供に生肉食べさせるってどんだけバカなの?



 (適正でない肉を平気で生のまま出す店の責任とかは論外です)



 というかいい大人のあたしでも信頼できるお店じゃないと生肉なんてこわくて



食べようとは思わないけど(牛の生レバーを食べたのも一度だけ、今朝つぶした



ばかりというのを直接買ってきた、という方からのご相伴だけである)。 つい



あたしは実家の妹にメールして、「子供に生肉とか常識じゃないよね?」と確認して



しまったよ(そして妹は「そんなの当たり前じゃん、アレルギーとかもあんだから気、



遣いまくりよ」と返事が・・・よかった、まともな大人だ)。



 福島の学校の校庭の放射能許容量年間20ミリシーベルトとか、常識で考えて



明らかにおかしいことがまかり通るこの国は、「子供を大切にしている」と言えるのか?



 赤ちゃんにビール飲ませてみた親とか、かなり遅い時間に子供を連れまわしている



親とか、しつけとはとても思えない口汚い言葉で子供を叱るのではなく罵る親とか、



そういうのを見るたびにやりきれない怒りやブルーな気持ちにのしかかられ、ただ



子供たちの行く末に心を痛めるだけしかできないあたしも、すみません、ダメな



大人の一人です。



 親となっている一部の人間の頭の中身も、国の政策も、基礎的なところからテコ



入れしなければ“少子化対策”など叫ぶことができるのだろうか。



 あたしは日本という国の風土が好きですし、仕方ないけどどうせ生まれてしまった



からには日本人でよかったな、と思っていますが、今後生まれるであろう子供たちに



「日本に生まれてよかったね」と言えるかどうか自信がどんどんなくなってきました。



 かといって、大統領自ら「殺害しました」と報告し、全国民が万歳三唱!、みたいな



国もちょっとどうかと思ってしまう・・・。 いくら相手がテロリストだとはいえ、



その一人を殺したらすべてが片付くわけもないことは明白で、更に面倒なことになる



可能性も高いのに、それでも一時の勝利の快哉を挙げてしまうのね・・・。



 別にテロリストを擁護する気はさらさらないけれど(いくら主義主張がまっとうでも、



無差別殺人を起こした段階でその理念は地に落ちる)、ビンラディンとブッシュ親子の



関係とかいろいろアメリカ側にも都合の悪い事実はあるんじゃないですか・・・



そのへんは追及しないのでしょうか? 気になります。



 あ、でも北朝鮮や中国共産党の一党独裁体制が倒れれば日本人もよろこぶか・・・



(でもそのあと日本に降りかかる火の粉のことを考えたら手放しではよろこべません)。



韓国が「竹島のこと、すみませんでした」と謝ってきたらこれは素直によろこべますね



(当然のことなんだけど、それでも「誤解?がとけたのならよかったです」と答えて



しまいそうなのが日本人だなぁ)。



 あぁ、せっかく『神々と男たち』を見て「主義主張は違えどもわかりあえる部分は



あるはず、いつかは共存できるはず」と考えることもできたのに・・・



 ほんとうに、「神は残酷だ。 だかその手法は洗練されてきている」のだろうか?



 もともと無神論者のあたしですが、最近は性悪説にもぐんぐん傾いてきております



(あぁ、昔はなんであんなに素直に性善説が信じられたんだろうなぁ)。



 生きているのがイヤになってきます。


posted by かしこん at 06:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題・ニュースに思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする