2011年04月22日

コーエン兄弟二本立て!



 『シリアスマン』は去年のアカデミー賞候補、『トゥルー・グリット』は今年の候補。



 製作上では一年以上のタイムラグのある作品が日本で(というか神戸で?)ほぼ



同時公開って・・・。



 しかし『シリアスマン』を先に見て、理由がわかりました。





シリアス・マン/A SERIOUS MAN



 冒頭で、ちょっとした寓話が披露される。 時代いつ? どこの話?(ポーランドっ



ぽいかなーと思ったけど) 何故か画面も地上アナログサイズ。



 転じて1967年、舞台はあるユダヤ人コミュニティ。 小さな大学で物理学を教えて



いるラリー(マイケル・スタールバーグ)はこの上ない平凡な生活を送っていると



思っていた。 しかし妻と息子と娘、同僚、ご近所などなどにより、彼が平凡だと



信じていた世界がガラガラと崩れ落ちていく出来事が多数。 何故こんなことに?



   黒板に書く数式は、心の平穏。



 いや、そもそものトラブルはもしかして、元々彼の中にあったのでは?



 気がつかない振りをしていただけだったのでは?



 コーエン兄弟らしさ全開の不条理劇なれど、『ファーゴ』的な悲惨な出来事は



起こさず、あくまで淡々と日常生活の延長を描いているのが新しい。 息子が



ヘッドフォンカセットで聴くジェファーソン・エアプレインの“SOMEBODY TO LOVE”が



観客を巻き込むドラッグのようにじわじわと効いてくる。



 ユダヤ人コミュニティというのがまず日本人には馴染みがないということと、明らかに



顔の売れている人が出ていない、というのが日本公開の遅れた原因であろうと思います。



   かみ合わない息子との会話、

          そして息子の心配事は当然親に話せる種類のものではない。



 しかしユダヤ人ってこんなめんどくさい生活なのか、それとも60年代という時代の



せいなのか、と考えつつ、これくらいの制約で「めんどくさい」と思っちゃってる



あたし、どれだけ自由を謳歌しまくりなのか・・・。



 不安・怒り・鬱屈・悲しみなど、人の感じる負の感情が渦を巻き、とてつもない



内的パニックを引き起こすのだが、他人事だと思うとそれはとてもおかしくて、哀れ。



 だからすべてが落ち着いて、いい方向に行くように思えた瞬間、彼がしでかして



しまった愚かな過ちをまるで待っていたかのように鳴る電話、強い風。 所詮人は



ちっぽけだと、希望などはかなくただそこにあるのは運だけにすぎないと思わされる



ラストシーン。 それを絶望ととるか、その先に希望があるととるかは観客次第。



 それとも、神はそうして人を試しているとでも?



 相変わらず放置プレイなコーエン兄弟。



 実は、地震後にあたしが映画館で最初に見た映画がこれだった(選ぶのを間違ったと



自分でも思う)。 だから、ラストシーン、あたしは絶望に見えた。





トゥルー・グリット/TRUE GRIT



 あまり西部劇がよくわからないあたし。 ジョン・ウェインも名前は知ってるけど



自分の中にそんなにイメージがありません。 『勇気ある追跡』のリメイクだという



本作ですが、当然オリジナルは未見。



 そして今回外国人観客が多い映画でもありました・・・日本人的感覚からは笑えない



人種差別的表現ポイントでゲラゲラ笑う彼らを感じて、基本的に相いれない文化という



ものはあるのだと考えさせられる(いや、日本人でも笑える人はいるのだろうけど



・・・あたしはひきました)。



 14歳の少女マティ(ヘイリー・スタインフェルド)は、トラブルに巻き込まれて



殺された父親の仇をとるため単身町に出てくる。 父親が売った馬の代金をハッタリと



度胸で取り返し、それを元手にいちばん有能な保安官を雇うためだ。 町の噂で、



もっとも有能で“真の勇気(トゥルー・グリット)”を持つというコグバーン保安官



(ジェフ・ブリッジス)を探し当てるが、本人は飲んだくれでやる気のなさそうな



人物だった。



   14歳少女、この世界に馴染み過ぎ。

             今後の女優としてのキャリアがちょっと心配。



 ジョン・ウェインがどう演じたのかはわからないのですが、今回のジェフ・ブリッジスは



ちょっとやりすぎじゃないですか・・・なくらい、“飲んだくれで捨て身の男”をオーバー



アクション気味に。 それにしても西部劇っていつの時代なんだ、無法地帯じゃないか、



と愕然としたあたし(一応、法廷や法律はあるようですが証拠の厳密性とかは



問われていない)。



 意地で全身を固めた少女と、自己嫌悪を振り払えないおっさんがいかにして心を



通わせ、犯人を追う上でのパートナーになっていくかというのが見どころかな。



 はっきりいってこの映画、主役は14歳の少女マティであります。



 むしろコグバーン保安官は助演では・・・。



 途中で犯人を別の罪で追っているテキサスレンジャーのラビーフ(マット・デイモン)も



追い付いてくるんだけど、最初気づかなくて「なんかこの人、マット・デイモンに



似てるな〜」とのんきに思っていたあたしでした。



   だってそのひげ面・・・。



 で、探し出した犯人チェイニー(ジョシュ・ブローリン)ですが・・・うわー、また



悪役か〜、と頭を抱える(でも似合ってるんだからしょーがない)。



 チェイニーがボスと仰ぐ、コグバーンの宿敵もどこかで見たことある人なんだけど



・・・わっ、バリー・ペッパーだ!、と気づいたときのショックときたら。



   荒野と馬があれば西部劇ということで?



 決闘・対決、というシーンも勿論あるし、マティのために自分の身を省みない行動に



出るコクバーンはかっこいい。 けれどそれでいいのか、というくらいまとまっている



面も・・・コーエン兄弟らしくない正攻法。



 そして25年後のエピソードが、とにかく切ない。



 今とは全く違う、たやすく連絡のとれない環境で流れる時間の重さは、短いかも



しれないけど重さは計れない気がする。 あの日々がマティの人生そのものを変えて



しまったのだし、でも決して彼女はそのことを後悔したりなどしなかっただろうし。



 しかしこういう身も蓋のなさとか、登場人物よりも宗教観のようなものが映画内



ルールのように敷き詰められていたり、らしくないように思えながらもやっぱり



コーエン兄弟の映画だったな〜、と実感。


posted by かしこん at 04:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 movie | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする