2011年03月13日

名称変更? <東日本大震災> その1



 結局金曜日のうちには実家とは連絡も取れず、ニュースをついつい見てしまい



完全に寝不足のまま土曜出勤。 停電は回復していないようなので固定電話は



無理だろう。 速足で歩くなか、携帯電話で母親と妹に順番にコールする。



 何度目かで、母親の電話にコール音がした。



 「・・・もしもし」



 「もしもし! かしこんだけど! 大丈夫!」



 「え、大丈夫・・・あ、かしこんなの?!」



 どうやら寝ているところに電話をかけてしまったようです・・・。



 とりあえずみんな無事、停電が直ってないからみんなで布団にくるまっている、



地震の前にご飯を炊いたばかりだったので、食べるものもある(冷蔵庫はもちろん



止まっているが、寒いので問題ない)、ということを確認。 あたしも通勤途中だし、



音声状態も悪いし、長く使用するのは他の人にも迷惑なので1分半ほどで会話を



終えた。 まず出てくるのが食べ物の話、さすが母親って感じ。



 職場につけばFMは、なんだかんだでTOKYO−FMの流す地震関連番組に



全切り替え。 おかげで情報が入ってくるのはいいが、パーソナリティの変わる



節目節目に“総理大臣の国民への呼びかけ”やら“官房長官の発言”などが



流されるので非常に不愉快な気持ちになる。



 「なんか聞いててムカつきません?」



 向かいの席の人に尋ねてみると、彼は「なんか、阪神大震災の村山政権と



イメージかぶりますわ」と答える。 やはり、いらっとするのはあたしだけでは



ないようだ。



 パーソナリティがやたら、「こういうときこそラジオの力が」みたいなのを強調



するのにも引く。 停電が続いたら確かに情報源はラジオかもしれないが、全員が



ラジオを聞ける状態にあるわけではないんだぞ(あとから聞いたところ、実家の



エリアなど避難所生活をするほどでもない地域ではラジオ局の復旧もままならず、



放送が開始されたのは地震当日の夜中からだったそうだ。 なので停電が回復して



テレビを見て初めて、被害のすごさを知ったそうだ。 当事者ほど、情報が足りない)。



 何故か佐藤竹善がFM仙台におり、電話インタビューなどされている。 キャンペーンで



これから青森に行くはずだったが行けない、止まってたホテルは営業停止にしますと



追い出され、新聞社でのスケジュールを終えたら行き場がなくなり、FM仙台が



「よかったらうちで休んでください」と場所を提供してくれた、という話。 実家とも



連絡がつかないです、まだ停電なんで、と淡々と言っていた(このへんが地震に



慣れている東北人らしさである)。



 そして被災者のみなさんを励ます曲をリクエスト募集・・・するのはいいけど、



岡本真夜の“TOMORROW”はないだろう! これはもうちょっと落ち着いてからの



時期のほうが・・・二日目の呆然自失状態の人に聴かせるには酷ではないのか・・・



聴いてあるあたしが鬱になりそうになったぞ。



 そして今職場では、協力会社の若者が手伝いに来ていて(というかそこの会社の



仕事を今のこの会社がやっているのだから手伝っているのは本来こちら側なのだが、



「鍛えてやってくれ」みたいに頼まれたらしい)、最初はまじめな若者なのかと



思っていたがだんだんボロがはがれ、最近は「こいつ、仕事なめてやがる」と



あたしをいらいらさせるに至っているのだが(勿論そんなことはおくびにも



出しませんがね)、そのこいつが「あー、今日もテレビは全局地震のニュース



ばっかりっすかねー。 つまんないっすねー」と隣の席の人に話し、横にいる



あたしの耳にがっちり入る。 てめー、家族や友人が巻き込まれている人間が



いる前で、そういうこと口にするか!?(いや、いなくても口にするのはどうか



と思う) そうか、所詮他人事か! お前の実家が被災してたら同じこと言えんのか!



 初めて、あたしは心の中でブチ切れた。 そして初めて、流れてくるニュースの



言葉に泣きそうになっている自分になった。



 気づけば、携帯に妹や友人からのメールが入っていた。



 ・・・よかった。


posted by かしこん at 11:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題・ニュースに思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする