2011年03月31日

悪魔を見た/ I SAW THE DEVIL



 この映画の予告を見たとき、呆れた。 今更、ニーチェの「深淵を覗きこむ者は



・・・」を堂々と引用するか? 20年遅れてるぞ!



 だからやめようかなぁと思ったんだけど・・・韓国映画苦手だし、イ・ビョンホンそう



好きでもないし。 でもサイコスリラーは気になりますよねぇ、で、見ちゃったよ、



それが失敗のもとだった。



 話も展開も20年前かよ・・・これ、一応舞台は現代ですよね?



 こんなのに144分も付き合ってしまった・・・時間の無駄だったかも・・・



   ほら、ポスターもこんなにおどろおどろしい・・・



 実は、チケット買うときにカウンターの若いおにーさん(バイト新人?)に「こちら



18歳以上しかご覧になれませんが、大丈夫ですか」と言われて、一瞬意味が



わからなくてぽかんとした(見るからにあたしは18歳以上ですが)。 マニュアル



対応ばかりだと大変だぞ〜、と思ったものの、帰り際には「もしかしたら、グロい



映画ですが大丈夫ですか」と心配してくれたのかもしれない、と思い至った。



 イ・ビョンホンのポストカードをくれたが(いらないけど・・・)、上映終了間近なのに



たっぷり残ってた。 つまりは、そういう映画でした。



 婚約者を残忍な手法で殺されたスヒョン(イ・ビョンホン)は元警察幹部?であった



彼女の父親の協力を得て容疑者の情報を得る(といっても近隣で似たような前歴の



持ち主のリスト)。



   ここで『相棒』の陣川君を思い出して

                        笑ったのはあたしだけか?



 それをもとに犯人ギョンチョル(チェ・ミンシク)を割り出したスヒョンは、



“リアル鬼ごっこ”な復讐を開始するのだが・・・。



 R+18らしく、無駄にグロいシーン多いです。 前半、犯人側の動機とかを



まったく見せない部分はいいんだけど、「え・・・結局、そういうこと?」って



わかってくるのには興ざめ。 そしてイ・ビョンホンの顔にかかる血しぶきの位置



すら計算されつくしたような「かっこよさ残し」、アイドル映画か!



 スヒョンの職業は最後のほうで明かされるんだけど、復讐に取りかかる葛藤が



まず最初からなくて、あのー、わざわざニーチェ引用した“苦悩”はどこに?



 しかもさっさと決着つければ他に犠牲者増えなくて済んだのに、「いつまでも



痛みを与え続けてやる」なんて妙な復讐の仕方をしたもんだから事態は悪化の



一途をたどり(それにしても警察、無能すぎ)、あげく猟奇殺人者仲間まで



登場するに至っては「これはギャグか?!」と開いた口がふさがらない。



   犯人役の方もこれでは役づくり困っただろう。



 しかも出てくる人たちみんななんかピントがずれているというか・・・犯罪者



以外でも姉が殺されたばかりだというのに早速スヒョンに色目を使う妹とか、どんだけ



みなさん自分勝手なの!、という感じ(「うわー、この先、この妹が殺されることに



なっても同情できないわなんか・・・」と思ったし)。 イ・ビョンホン以外ろくな



男は出てこないし(まぁ父親の元部下さんはいいんだけど対応は後手後手だし)、



女性は“自分勝手”か、ただの記号としての“被害者”だけ。



 悪魔の正体は・・・しょぼいなぁ、という感想です。



 あーいう犯人は自分が痛い目にあったからって自分のしたことを反省なんか



しませんよ(そもそも他人に共感する力がないからこそ残忍なことを平気で出来て、



それをよろこびに変えられるんだから)。 むしろ逆上するだけで逆効果なのにな〜、



と妙に冷静にイ・ビョンホンに説教したくなってる自分。 カウンターのおにーさん、



心配はご無用でした。



 せめてイ・ビョンホンからもうちょっと壮絶な苦悩と葛藤が見えれば違ったのにな〜、



アイドル映画の枠を出てないのが大変残念です(しかしR+18のアイドル映画って



・・・韓国映画界、余裕あるなぁ)。





 で、帰ってきてから口直しのつもりで以前録画しっぱなしだった『チェイサー』を



観てみたわけなんですが・・・口直しにならなかったよ! 『殺人の追憶』に匹敵する



サスペンス大作って噂を聞いたんだけどなぁ、やっぱ自分で確かめないとダメだわ。



 それにしても・・・韓国にはこんなにも連続猟奇殺人犯がいるのですか? そして



女性は虐げられすぎです・・・。



   ダメ男、多すぎ・・・。



 まぁこれも画面が安っぽくないのでそこはよかったですが・・・想像力がないことと



危機管理がなってないことはおそろしいですね。 そして一昼夜の出来事だから



仕方がない部分はあれど、見てる側が「他に方法があるのに・・・」と思ったら



こういう話はアウトだと個人的に考えます(考え得る最善の道をとったのに最悪の



結果・・・なら、まだあきらめもつく)。 それなのに最悪の結果だけ見せつけ



られてもだなぁ、気分は滅入るだけなんじゃ!(猟奇連続殺人犯の映画を見て



「気が滅入る」と怒るのは根本的におかしいのはわかってますよ)



 犯人役の俳優さんの気持ち悪さと「こいつ、ぶんなぐる!」と思わせる不愉快さは



十分、追いかける元刑事役の方もうまいんだけど、ダメ男キャラクターが強すぎて



感情移入できない(応援する気になれない)のが残念。



 しかし雨が降る町の中の、絶望的なまでの“闇”感。 こんな町で暮らせるのか?、



と思ってしまうくらい治安悪そうとかという言葉では追いつかない気持ちの悪さは



なんなんでしょう?



 この映画でもキリスト教が大きなモチーフになってますが・・・韓国で広まってる



のはカトリックなんですかね? それとも独自のものが混ざったやつ?



 これも設定は現代なんだろうなぁ・・・全然警察が機能してないんですけど、



大丈夫なんでしょうか?



 でも登場人物からあふれ出してくる感情を抑制するような冷静な演出が光り、



『悪魔を見た』よりずっとましでした(結果的に口直しになってるのか・・・)。


posted by かしこん at 03:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 movie | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月30日

日常と非日常の曖昧な境目



 実家の妹には3歳の子供がいるので、「いろはすは韓国から輸入した水になる



みたいだから飲ますのやめなさい〜」なメールをしたら、「うん、MIUに変えたよ。



海洋深層水ってやつ?」という返事。



 まだ若いし、ついつい妹だからと子供の頃を知っているが故に大丈夫か?と思い



がちなのであるが、ちゃんとしっかり母親をやっているのである。



 「でもコーヒー牛乳的なものが全然手に入らないわ〜」と文面は続いていた。



 ううむ、生ものはちょっとこっちからまだ送れない(クール便は復活したが届くまで



何日かかるのかの目安がわからん)・・・お湯で溶かすスティックタイプのカフェモカ



シリーズとかでは代用できないのか?と尋ねれば、「とにかくどんなのでもコーヒーの



類が一切ないんだよね〜」という答え。



 「そういうちまちました物なら送れるから、ほしいものあれば言えって言ってる



じゃんか!」と返せば、「いやー、そのうち入ってくるかと思ってたんだけどさー、



なかなか入ってこなくてー」とのこと。



 そうなのだ。 東北の人は寡黙で辛抱強いというイメージがあり、実際にそういう



人が多いのだが、一部青森市民はどこか楽天家でラテン系気質なのだった!



 他の東北人の言う「大丈夫」は、「不安はあるけど、こっちでやれることはやるから、



いざとなったら助けてもらうかもしれないけど、今のところは大丈夫だよ」の「大丈夫」



なのだが、ラテン系気質の人々はほんとに「大丈夫、根拠はないけどなんとかなる



でしょ〜」と思っているのだ。 勿論それがこれまでいろいろあっても乗り越えて



こられた原動力でもあるので一概に悪いわけではないのだが・・・こちらがそれを



配慮すべきだった。



 生活必需品も大事だが、嗜好品も大事だ。 今後長丁場だしな!



 とりあえずメールパックであれば少しでも早く届くのではないか、と思い、近所の



スーパーでスティックタイプのいろんなフレーバーのコーヒー、ココアなどを買う。



 む、クリープもあったほうがいいのか? 紅茶はあるのか? 砂糖は? むしろ



ハチミツのほうがよいのか? しかしメールパックは4kg以内・・・。



 棚の前で悩み、メールを送るがそういうときに限って返事がなかなか来ない。



 それにしても神戸市内のスーパーからきれいさっぱりミネラルウォーターがなく



なった(特に1.5〜2リットルサイズ)。 まぁ、被災地や関東地区に優先的に



出荷されちゃってるってことなんだろうけど・・・純水の提供をしているスーパー



(専用の容器を購入しなければならないが、給水自体は基本的に無料)では、こころ



なしか以前より利用している人が増えている(しかも一回に持っていく量が増えて



いる)感じだ。 これに規制がかからなければ関西方面でミネラルウォーターの



ペットボトルが消えてもそう問題にはならないと思われるが・・・どうなるかなぁ。



 自宅に届いている定期購読物(WOWOWプログラムガイドは到着遅延の可能性



ありとのこと)、なんか開く気になれなかったけど4月のCATV番組ガイドを



ぱらぱらめくる。 そうなんだよねー、もうすぐ4月なんだよねー、実感ないけど。



 ならば4月から始まる海外ドラマがあるはずだよなー、とぱらぱらめくったら、



BSプレミアム(NHKのBSハイビジョンとBS−2の合体?)で『風化しつつある



チェルノブイリ』みたいな番組が・・・勿論、編成したのも印刷したのも地震前



だったのでしょうが、今の状況では風化しようがありません・・・それとも番組



自体差し替えられちゃうのかなー。 見たいけどなー。



 その後はELLEJAPONで現実逃避してみる。



   5月号。



 やはり今シーズンはシャツスタイルをいかにうまく使うかがポイントだなぁ、とか



スニーカーはファッション性と機能性とで両極にわかれてるよなぁ、と思ったり、



クラッチバッグが流行りとはいえ一人で二個持ちは見た目は色で遊べても実際は



使いづらかろうとか考えますが、今回はお値段関係なく「あ、これいい!」と心から



思えるものがなかった・・・残念。



 でもファッション界のアイコンたちから日本へのメッセージを巻頭で掲載してるのは



素早い行動です(まぁ、それだけファッション界において日本が大きなマーケットで



あるということでもありましょうが)。



 現実逃避をしたかったのだが、できなかったよ。


posted by かしこん at 02:33| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記のようなもの | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月29日

責めていいのは、自分だけ



 スピッツのマサムネさんがこの地震による急性ストレス障害でツアーを何回か



キャンセルするとのこと。



 あ、なんか、わかるなー、と思ったのはあたしだけではあるまい。



 多分あたしもその傾向にある(別にあたしがマサムネさんのように感受性が



豊かだと言いたいわけではないですよ)。 そうなるであろうことがわかってて



それなりに対策立ててたつもりでも、そういう症状は出てしまうのだ。 意図して



いない人は余計に、ショックがそのままトラウマになるだろう。



 それに対し、「被災者でもないくせに何考えてんだ」とか「精神的に弱すぎ」と



言った批判ができるのは本人だけである(そして多分、誰よりも本人がそのことを



わかっていて、だから余計に苦しいのだと思う)。



 だから「サラリーマンはそんなことじゃ休めねーよ!」と批判する方々は自らを



省みていただきたい(基本的にそういう考えでいるから過労死とか職場いじめとかで



自殺が減らないということも)。 多分、理由ははっきりそう言わなくても、被災地と



関係のないところでも体調を崩して仕事や学校を休んでいる人たちはいるだろう。



 繰り返される悲惨な映像(それも人が巻き込まれたところや遺体が映らないように



不自然に編集された映像)をあれだけ見せられてしまって、普通でいられるほうが



おかしい。 むしろ、原因をはっきりさせて公表したマサムネさんのほうが勇気ある。



急性ストレス障害という病気があることも広まってくれるわけだし。



 大変なのは被災者のほうです。 それは確か。



 けれど、被災地には被災地なりの絆も生まれてる。 生き残った者たちでどうにか



していこう、という前向きさがコミュニティを支えている(勿論、地域差もあると



思いますが、そういう流れになってきていると聞いています)。



 これからPTSDとか顕在化してくると思うけど、それでも確かに“連帯感”はある。



 しかし、被災者ではないあたしたちは、そして自分でも「バカじゃない?」と思う



くらいダメージを受けてしまった者は、それこそ批判されている方々に反論できない



ように“孤立”している。 理解を示してくれる人もいるが、本心から共感してくれる



人がいつもそばにいてくれるとはかぎらない。 だから余計に自分を責めて、心の傷を



深くする。 そういう人を、どうやって批判しろと? 何故批判できる?



 いまは、日本全体がそれぞれの心情に共感する・共感できなくてもそういうものが



あると認めていかなくてはいけない時期だと思う(といっても政府の繰り返す失態には



共感などできないし、種類が違います)。



 こういうときだからこそ、ひとりひとりが優しさをとりもどさなければ。


posted by かしこん at 03:30| Comment(2) | TrackBack(0) | 時事問題・ニュースに思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月28日

省エネ生活と募金活動について



 この土日は一歩も家から出なかったので、金曜日帰宅後から“お風呂に入らない”



作戦を敢行。 さすがに手と顔と足は洗わせてもらいますが。



 まだ着られる服はあるから洗濯もお休み。 停電・・・しちゃったらすることがない



ので、たまったHDDから国内・海外ドラマを消化してこれまたたまった本をひたすら



読む。 食事は基本一日一食で、あとはお茶とかはちみつお湯割りとか豆乳でつくる



ミルクティーとか飲み物でカバー。 別にそれで何かが変わるわけではないんだけど、



ほんの気持ちです。 ほんとに全然足りてないけど、ほんのちょっとでも被災者の



方々の大変さを共有したかっただけ。



 特別きれい好きというわけではないあたしですが、“毎日シャワーも浴びれない”



のがこんなにきついとは・・・夏じゃないからまだましだけど、金田一耕助のように



頭をかきむしりたくなることが何度も。 しかし彼のようにきれいにフケが落ちる



わけもなく、頭皮に傷がついて爪の間に血がにじむだけだということはわかっている



ので耐える。 で、月曜からは仕事なのでさすがに、ということで本日日曜の夕方、



お風呂に入る。 さっとシャワーですませるつもりだったが、結局浴槽にお湯を張って



しまってバブまで入れて半身浴。 シャンプーも二回やらないと気がすまなかった。



 ・・・なんだか、たいして節エネルギーにならなかったかも。





 しばらく前から、神戸市内の街中にもこんなポスターが貼られるようになった。



   みんなで分け合えば、できること。



 いや、そんなことはわかってるんですけど・・・今現在でも過去最高額の義援金が



日本赤十字に集まり配分に頭を悩ませているというし、現場でも「物資はあるが



需要と供給のミスマッチが起こっている」・「ある物だけが足りない」・「物資はあるが



燃料がないので届けられない」という状態なのに、買いだめだけを抑制するような



(それさえしなければ解決に近づくみたいな)イメージを助長するのはいかがな



ものか。 勿論、買いだめはしないことが人として当然の行動ですが。



 が、やはり神戸は震災経験地としてのプライド(?)があるのか、かなり早くから



「東日本大震災における被災者のみなさまにお見舞い申し上げます」的な横断幕や



ポスターをはりまくり、いたるところに募金箱が設置されている。 さすがだと思うのは、



募金箱にきちんと「こちらに集まった募金は日本赤十字に送ります」というようなことを



書いてあるのがほとんどなこと。 募金詐欺に悩まされた教訓が生かされている、と



いうことでしょうか。



 先日、JR元町駅で高校生女子たちが「募金お願いします!」と声を上げていた



のだが、周囲を見渡してもこの募金活動をしている主催団体はなんなのか、その



お金がどこに行くのかを示しているものが見つからない。 責任者的大人を探すも



そのときは見つけられなかったので、近くの女子に声をかけた。



 あなたたちはどういう組織か(高校生ならばその高校名を挙げよ)。



 自主的な行動か、学校から出たものか。 集めたお金がどこに行くか把握して



いるか(過去にあしなが募金を子供たちが集めたが、日教組がそれをピンはねし



朝鮮総連に流したということがあったので、募金する側としては疑いたくはないが



確かなところに届く保証がなければ募金したがらないと思う)。



 というような旨を話し、集まったお金をどこに届けるのかをはっきり明示することが



募金してくれる人に対する責任である(つまり明示しないのは無責任である)、という



話をする。 女子高生は「はぁ」と目を丸くしていたし、あたしも時間がなかったので



あまり懇切丁寧に説明できなかったが・・・きっと変なやつだと思われたであろうなぁ。



 だって、“募金詐欺”というかなしい存在がある以上、こちらだって自衛しないと



やってられない。 もしかしたら、何も知らないいたいけな(?)女子高生をだまして



いる大人がいるかもしれないではないか。 詐欺ではないにしろ、「集まった募金から



自分たちの活動資金を差し引いた金額を義援金に回します」という団体だってある



のだから、とりあえずいちばん信頼が置けるのは日本赤十字かな、となるではないか。



 「若者だからそこまで気がつかなかった」、のではなく、そういうことを意識して



募金活動をしてもらいたいものだ。 どうせやるのならば。



 そういうあたしは団体行動が苦手なので、ひっそり日本赤十字あてになるような



ところに募金をしています。 WOWOWのHPからも方法見られるしね〜。



 ところで、今の正式名称は“東北関東大震災”ですか?


posted by かしこん at 03:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題・ニュースに思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月27日

クリスマス・ストーリー/UN CONTE DE NOEL



 アルノー・デプレシャン監督作品でマチュー・アマルリックが出る!、となれば



見ないわけにはいかない一本。 しかもドヌーヴも出る! が、2時間半の作品を



神戸アートヴィレッジセンターで見るのは少々きついのも事実である(だって座席が



パイプ椅子にクッション敷いただけなんだもん)。 しかし他の映画館でやってない



のだから選択肢はないのよ。



   クリスマスには魔法が?



 ある年のクリスマス前後のヴュイヤール家で起こる数日間の出来事。



 まず前段として、ヴュイヤール家の人物紹介とその確執やらを影絵風紙芝居で



表現(ここ、すごく楽しかった!)。 幼少の長男が白血病で余命いくばくもないことが



わかり、母ジュノン(カトリーヌ・ドヌーヴ)は妊娠中の子供の臍帯血に望みをつなぐが、



生まれた次男アンリ(マチュー・アマルリック)とは適合せず、長男は死亡。 その後、



長女エリザベート(アンヌ・コンシニ)、三男イヴァン(メルヴィル・プポー)と



夫妻は子供に恵まれるも、アンリは“みそっかす”扱い。 いつしか家族の厄介者と



なった彼はエリザベートから絶縁を言い渡され、姿を消す。



   ヤク中なのかアル中なのか、

            突然ぶっ倒れるアンリのシーンは印象的すぎる。



 しかしその年は事情が変わった。 ジュノンの病気がわかり、夫であり父親の



アベルは家族全員を揃えたいと願う。



 一見、穏やかなクリスマスの夜。 ついにアンリがあらわれて、さざ波が大波を



誘うようにいつしかそれぞれの心に潜んでいた気持ちがあらわになる。



   資産家一族なんでしょう、いろいろゴージャス。



 さすが、フランス映画オールスターキャストです。 章立てっぽくなってるせいも



あるけど、長いのに飽きない。 しかも大した話があるというわけでもないのに、



ひとりひとりのキャラクターがしっかりしているので(それぞれが主役で一本映画が



できそうなぐらい!)ひきこまれて見せられてしまいます。



 特にマチュー! これでもかというほどのダメ男、好演。



 最初のイメージでは顔見せ的な役柄なのかなと思ってたんだけれど(デプレシャンの



映画なんだからマチュー出て当然でしょ、的な友情出演かと)、がっちり出てます!



すごくうれしい! そして一家の父アベルを演じるジャン=ポール・ルシヨン氏、



カトリーヌ・ドヌーヴの夫にしては貫録不足か・・・と思っちゃったけど後半に



向かって彼の静かな包容力がじわじわときいてきて、失礼なこと思っちゃって



ごめんなさい!でした。



   この二人の会話が短いし地味なれどいい!



 そしてアンリを病的なまでに忌み嫌うエリザベートは、『華麗なるアリバイ』の



美人さんではないか! かなりイヤな女に描かれてますが、でもその神経質で



潔癖症な感じ、共感できないわけでもなく・・・そう、どの人物もそれぞれいい



ところもよくないところもしっかり描かれ、その場面場面で感情移入できたり



できなかったり。 まるで現実に交流を持つ相手に対するように印象が変わります。



 明らかに、“普通ではない家族”。



 けれど自分の家族はひとつだけ、何を基準に比較したらいいんだろう。 どこの



家とも違うのは当たり前なんだけど、それでも共有できる普通さとはなんだろう。



せめてそれがわかれば、「おかしいのは自分じゃない、この家族なんだ」って



わかるのに(現実にもそれで多くの子供たちが救われるだろうに、悲しいかな



そのことに気がつくのは大人になってからだし、場合によっては気がつかない



ままの人もいるし)。 なんだか考えさせられる〜。



 どんな家でも、家族は家族。 それは自分を縛る鎖であり、でもときには



自分を支える棒にもなる。 そんな複雑さに苛立つよりは、黙って受け入れる



べきなのかしら。 そのほうが、自分自身の心をすり減らさないですむのかしら?



   フランスでもクリスマスは特別なのね〜。



 デプレシャンの前作『キングス&クイーン』はまだ見ていないのですが(WOWOW〜、



お願いだから放送して〜)、『エスター・カーン めざめの時』よりも表現手法が



ぐっとわかりやすくなってると思う。 結論をぼかす曖昧さは健在ですが、それでも



随分とエンターテイメント化しているというか、難解さはあるんだけどそれが



そんなに気にならないというか。 カットの切り替えの際に周囲を黒にしながら



ある部分に丸のフォーカスだけ残したり、また別の丸から画面の黒を取っ払って



明るくしたりといった奇妙に古典的な手法(アイリス・イン、アイリス・アウトと



いうそうです)の多様が、物語の寓話化をより強めている気がしたり。



 それが彼の円熟さを表しているのか、それともオールスターキャスト映画だから



このへんで手加減しといてやろうという感じなのかはわかりませんが。



 やっぱりフランス映画は独特だなぁ、と思いつつ、こんな濃い映画ばかりつくる



からデプレシャンは寡作なのかなと考えたり。 やはり彼は只者ではないわ〜。



 この映画に結論はありません。 それでも希望は見える。



 だって人生は続いていくのだから。


posted by かしこん at 16:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 movie | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月26日

多分本来の用途と違うけど@IANNE

 先日、リニューアルオープンしたSOL訪問の目的だったATAO。
 事前に送られてきた春夏コレクションカタログとともに、また別のカタログ(というかパンフレット?)が入っていて、それによると別ブランドを立ち上げて、パリ出店したということ。 それが“IANNE”(イアンヌ)だそうです。
 で、「うわ、これ、かわいいー!」と思ったのがあったのですよね。

  アタオカタログ1.JPG 小物入れ? クラッチバッグ?

 カタログにはサイズが書いてなかったので大きさがわからず、もし入るのならば電子メモ帳ポメラの持ち運び時のケースにできないかなぁ、と思って(勿論専用ケースは存在しますが・・・ちょっと好みと違うもので)。 写真からでも革の風合いとか、すごくいいもののような、丈夫そうな感じが伝わってきたから。

 で、オープン日、19時ぐらいに行ったのに人でごった返していたSOL、平日はいつもこんなに人いないのにな〜、さすがオープン日は違うなぁ、と思いつつATAOショップに向かえば、ここもまた結構な人出であったのであった。 こんなに店員さんいたっけ?、と思うくらい、多分他からも応援総動員態勢だったと思われます。
 そしてショーケースで見た現物・・・うっ、ぎりぎりちょっと小さいか?
 そうしたらたまたまちょっと手があいたらしい店長さんと目があってしまい、おいそがしいとわかりつつ「ポメラが入るかどうか」を試させてもらう。
 そしたらなんと、サイドのマチの部分が外側に出てしまうけれどぴったりおさまってしまいました。 となったらもう、買うしかないでしょ。
 そうなると、困るのは色選び。
 黒・サックスブルー・アイボリー・チャコールベージュ?・プラムっぽい紫・オレンジと言いきるには微妙なオレンジ(的確な色の名前が出てこなくてすみません)・・・全6色。
 さんざん悩んだ結果・・・

  イアンヌケース1.JPG サックスブルーに決定!

 結局、きれいな色ものが好きなあたしです・・・。
 実は内側がイチゴ模様のプリント素材を使っていて、黒のほうが中を開けたときのインパクトがすごく強いので悩んだのです(そもそもいい大人なんだしシックな小物を持ってもいいんじゃないか、という自覚もちょっと出てきたりして)。

  イアンヌケース2.JPG だって、中、こんなかわいいのですよ。

 ポケットは両サイドについているので、ポメラには必需品である単4電池も同時収納可能なのもうれしい。 で、さらにうれしいというか楽しいのは、サックスの革部分を縫うステッチはちょっとグレーがかったブルーの糸なのに、内側のイチゴプリントを縫う部分はアイボリーっぽい糸なのです。 こういう細かな気遣い、好き!
 なんでも店長さん曰く、パリでのお披露目会でもこれにはパリジェンヌ釘づけ! パリのマダムも絶賛!、だったとのこと(お披露目会だったのに「いつ買えるのか」の声殺到で翌日から販売開始になったそうな)。
 へ〜、パリに認められたら、それってすごいんじゃない?
 (それはつまり、あたしにも見る目あるんじゃない?、という自画自賛にもつながっております)

  イアンヌケース3.JPG だってほら、サイズぴったりなんだもの。

 というわけで、お気に入りをゲットしたことでテンションアップ!
 お久し振りに店長さんともお話しできて(他の方とはおいそがしすぎてご挨拶だけ)、ちょっと「いつものあたしの日常」が帰って来たような気分(いや、そのあとも結局落ち込んだり前向きになってみたりとぐるぐるではあるんですが)。
 が、いちばんの罠は、もしかしたらポメラ本体をあたしが買った値段よりこれのほうがお高いのではないかということであった・・・。
 義捐金に結構つぎ込んだのに・・・でも西日本でお金も使って経済を回さねば!
 という理屈により、“お買い上げ”いたしました。
 しかしATAOのキケン度(どれもかわいくて困る)は・・・まだ続きます。

ラベル:革小物
posted by かしこん at 17:39| Comment(2) | TrackBack(0) | 趣味・小物 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月25日

いろいろと、違います

 仕事が一段落した、とはいえまだ完全に終わったわけではなく、まとめの作業に入っている合間に小さな仕事も入ってくる。 おかげで今日はちょっと残業で、三宮シネフェニックスで18:20〜の『わさお』を見に行けなかった。
 疲れたので外食にする。 ミント地下の“ディア・スープ”。

  キャベツのポタージュ.JPG キャベツ&キャベツのポタージュ。
 ぱっと見は地味ですが、スプーンですくえば・・・丸ごと芽キャベツと、二口サイズぐらいのロールキャベツがごろごろと。 他にもタマネギ・しめじ・ニンジンなどよく煮込まれた野菜がたっぷり。 ポタージュとはいえミルク感がそんなに強くなく、重たくなりすぎずにぺろりと完食いたしました。 出汁というかベースになるスープの個性があまり強くなく、マイルドに仕上がっているのがよいのかも。
 で、書店で『宇宙兄弟』の13巻を買い・・・帯に衝撃の文句が。
 “『宇宙兄弟』映画化決定! 六太は小栗旬、日々人は岡田将生”
 えーっ!!! ち、違うよ〜!
 日々人が岡田将生って、若すぎるでしょ! というかむしろ日々人は小栗旬のほうがいいと思う・・・六太(ムッタ)は、大泉洋さんですよ!
 そもそも映画化ってのが無理がある、話長いんだから。 テレビシリーズにして、ファーストシーズンはムッタのJAXA試験の詳細と合否まで、セカンドシーズンは日々人の月でのミッションと絡めてムッタのNASAでの訓練。 それくらいのペースで描かないと、せっかくの面白い原作がもったいないじゃないか!
 肩を落として、帰宅。
 郵便受けに「無所属・新人」と大きく書いたある人物のチラシが入っていた。
 統一地方選に向けてですかね。 しかし、その下に小さい活字で民主党の現職衆議院議員の名が推薦人として書かれてあった。
 おお、これが噂の、「ちょっと待て その無所属は 民主かも」ですか!
 あまりのことに笑ってしまった。 当然、即却下です。
 これだけ福島原発のことを話題にしてるのに、マスコミは放射能とか放射性物質とか区別つけて喋ってんのか?、とわからなくなる。 被曝量単位のことも具体的な数字は言うけれどそれがどういう意味を持つのかはわかっているように見えない(さすがにレントゲンにたとえるバカはいなくなったようだが)。
 水道水は危険だといい、でもミネラルウォーターの買い占めはやめてくださいと発表する泥縄式の茶番を、あたしはいつまで見ていなければいけないのだろう。 硬水でつくったミルクを乳幼児に飲ませるバカ親が現れないことを祈るばかりです。
 国はあてにできないと、地方自治体と民間が協力してやった方が成果が上がってきてるってのは皮肉なものです。 行政としての政府はいらないってことか?(とはいえ様々な「国からの許可」が出ないために民間や諸外国からの協力申し出を断っている現状、どうにかならんか。 特に諸外国に対しては外交上も人としてもものすごく失礼だし)
 礼節を大事にする国、という評判を自ら貶めてどうする!

 会社でおえらいさんが福島入りする算段を相談し始めました。
 神戸市の過去の経験から、ライフラインの破損具合の調査に行くスタッフに選ばれたみたい(新潟のときも行ったそうだ)。 話を聞いていると、被曝をちっとも恐れていない職人魂がそこにはありました。
 ヒーローは、身近に。

posted by かしこん at 03:11| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記のようなもの | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月24日

言霊

 ようやく、ドクターと面談と相成る。
 「で、どうですかね〜」と緊張感のないドクターの問い。
 「よくなってきてたんですが・・・地震を境に一変しました」
 「あー。 ご実家のほうはどうなの?」
 「それは停電ぐらいで済んだんですけど、物流の問題が残ってまして。 ただあたしには東北各地に友人知人がいますし、福島以外は住んだり行ったことがあるので・・・自分の知ってる風景がまったく変わってしまったことのショックはありますね」
 「うーん、もしかしたらそんな感じかなぁとも思っていたけどね・・・これは原因はっきりしてるからあれなんだけど、はっきりしてるから解決って問題でもないしなぁ」
 そんなわけで、ブログでは文章として既に書いてあることを、あたしは初めて言葉として口に出した。 “悲しみの5段階”ってやつの1から4番目までが一気に来て、それがぐるぐる回ってる感じで感情の波が一定しないとか。 専門家がしたり顔で阪神大震災と比較していることに対する怒り、阪神大震災経験者の善意からきているであろうコメントも東北の実態を知らないのがわかるので大変ムカつくこと、無神経な仕事場の若者を殴りつけたくなること、被災者でもないくせにPTSD的症状が出てること、一週間以上も月経が早く来たこと、できるだけのことはしているつもりだが一人のすることには限界があること、現地からの情報が個人的に入ってくるが為にマスコミとの情報にずれがあることがわかり、政府とマスコミをどんどん信用できなくなっていること。
 ときどき「西日本が普通の生活をしなきゃ東日本を支えられない!」って前向きになるんだけど、やっぱり落ち込んでしまうこと。 眠れないことは今はあきらめているが、“普通の生活をする”と気を張っているために大変疲れること。
 結局、あたしのやってることは“戦場の後方支援”に近くて、戦場に足を踏み入れることはないけど戦地にいる人たちの苦悩はストレートに伝わってきて、おまけに彼らが死者の存在を当たり前のように受け入れ始めた過程も見てしまったような気がして、けれどあたしはお風呂にも入れて映画館にも行けてしまうという罪悪感。
 「いっそのこと、ボランティア行く? 今神戸でも精神科医10人ぐらいが現地入りするかって話になってて、でも今行っても何ができるかなぁ、もうちょっと後のほうがいいんちゃうかなぁってなってるんだけど」
 そうなんですよね・・・でもボランティアといってもあたしにできることはあるのだろうかと、むしろ目の前の現実に押しつぶされそうな危険も感じるんですけどね。
 いつもの面談でははそんなに疲れたりしないのだが(むしろ気が楽になることのほうが多いのだが、って、当然か)、今回の面談後は非常に疲れた。 はっきりと言葉にして声に出すって、すごくエネルギーのいることなのだ。
 となると更に「今のお気持ちは」と聞かなくても想像できるだろ!的質問を投げかけるリポーターとやらに殺意を覚える。
 ところでいつから日本のマスコミはこんなに礼儀知らずに拍車がかかるようになったのだろう? あたしの子供の頃は安静が必要な人の病室まで押しかけてインタビューなんてしてなかったと思う。 何年か前、韓国でバス事故か何かあって、運転手が包帯ぐるぐる巻きの状態で病院のベッドに横になってるのを相当数の韓国マスコミがぐるりと取り囲んでマイクを突きつけている映像を見たとき、「ありえないよね」と同じところに住んでいる人と話したものだが・・・いまや日本のマスコミも韓国化している、ということか。 様々ないやな噂がこういうところで肯定されていく感じがして、とても嫌だ。

  ローソンブルーベリーロール.JPG ローソンの、新しいロールケーキ。
 先日見かけて、実家の妹に写メールした。 しかし現地にはないとのこと。
 その後、神戸でも見かけなくなった・・・被災地に送られているのならばよいが。
 コンビニも外のいちばん大きい看板の電気を消すようになった。 節電行動ではあるが、それはそれで地域によっては暗がりを助長してちょっと治安に不安を覚える。
 “夜でも明るい”ことにこんなにも慣れてしまっている自分。
 そして近所のスーパーでは、「懐中電灯・単一電池は首都圏に優先的に納品しております。 ご了承ください」の貼り紙が・・・首都圏なのかよ?(全然計画的じゃない計画停電のため?) まずは被災地じゃないのかよ!
 こっちでも、コンビニ・スーパーの棚に並ぶ商品が少なくなったり、別のものに変わり始めた(いつも岩手産の生ワカメを置いているお店が徳島産のを置いているのを見たとき、同じワカメなのかと思うくらい色も形も違っていてビビった)。
 こっちが少なくなっても、被災地に回るならいい。 けれど東北は大きな企業はないけれど第一次産業の盛んな地域。 各県だけの食料自給率はラクラク100%を越えている(つまりそれだけ他県に農海産物を出荷していたということ)。
 ・・・この先、生鮮食品の食料危機になるんじゃないだろうか、と不吉な考えが一瞬頭をよぎった。
 でも、買いだめはしません。

追記:たまたま見てしまったニュースゼロで、自衛隊の今回の被災地の作戦総責任者のような立場の方がインタビューを受けていた。
  言葉を選びながらも毅然として、ポイントを押さえた語り口だった。
  困難ではありますが自衛隊は絶対に任務を完遂します、みなさんのことを守ります、だから被災地の方々も安心してくださいという強烈なメッセージだった。
  うわっ、今いちばん日本で頼れる人かも、と思わされた。
  覚悟を持って現場で働く方々はほんとにかっこいい。
  (時間が足りないのかこれ以上視聴者に自衛隊に対する好印象を与えてはいかんと思ったのか、話を途中で遮る形で強引にまとめた村尾さんが不憫だった)
  それにひきかえ・・・。

posted by かしこん at 03:13| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記のようなもの | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月23日

ナルニア国物語 第3章:アスラン王と魔法の島<3D・字幕>



 原題は“THE CHRONICLES OF NARNIA:THE VOYAGE OF THE DAWN TREADER”。



 「誰も知らない、ナルニアへ」ってコピーは3Dの表現って意味なのか。 さすがに



サブタイトルは『朝びらき丸、東の海へ』ではダメだったか。



 兄・姉が卒業し、二人になったペベンシー兄弟。 戦争がまだ終わらず、イギリスの



親戚のうちに預けられたエドマンドとルーシーは、嫌みな従兄弟ユースチフに辟易し



つつも疎開生活を送っていた。 ある日、ユースチフの部屋の絵の中から帆船が現れ、



水があふれる。 気がついたときには3人はナルニア国の海にいて、帆船から飛び



込んだカスピアンに救助される。 それはナルニア海軍最高の船“朝びらき丸”だった。



   とってもリアルな“朝びらき丸”。



 カスピアンは王となっており、「今回はいにしえの王を呼んではいない」という。



 では何故、二人はナルニアへ?



 イヤミな従兄弟くん、どこかで見たことあるなー、と思ったら『リトル・ランボーズ』の



トラウトマン大佐役をやった子じゃないか! あっちでは両親の愛に飢えた粗暴な



少年だったけど、今回は結構甘ったれで暴力に訴える気ゼロだが口だけ達者、と



いうダメっこで、ちょっとナレーションぽい部分も担当している。 おおっ、なんか、



俳優として急成長? いやなやつの部分が見えれば見えるほど、ついついニヤニヤ。



   確か『リトル・ランボーズ』のときは

     俳優経験なしとか言ってたような・・・なんかすごくうまくなってます。



 エドマンド成長したなー、と思ったのにやっぱりまたやらかすし、ルーシーすらも



思春期突入故の間違った方向の自己顕示欲に落ち込んじゃうし、なんだか悲しく



なってしまいますよ。 まぁ、それを乗り越えてこそほんとの成長があり、大人への



道を歩み始めることになるんでしょうけどね。 都合のいいときだけ現れるアスランは



もー、気まぐれすぎるというか「勝手だ!」って思ってしまう。 結局、アスランの



気持ちひとつで決まってしまうように見えるんだもん。



 だから彼らに与えられるのは“乗り越えられる試練”。



 つくづく、キリスト教的考え方はわからん。



   カスピアン・・・なんか普通になっちゃったなぁ。



 ただ、現実世界の“戦争”がナルニア国に影響を与えているという暗示はもっと



強烈にした方がよかったのかなぁ。 でも「子供向け」と考えるとあまり強く印象



づけるのはよくないか・・・戦争では役に立たない子供たちがどうにかしたくて、



その気持ちでナルニアで活躍する話と解釈していたもので。



   今回、衣装がちょっとアラビア風。



 だからナルニアでの出来事は彼らにとっての通過儀礼。 なれど、前作までの



葛藤と似ていなくもないというか・・・認めてほしいが故にちやほやしてもらい



たいエドモンド、愛されたいがために美しさを手に入れたいルーシー。 これが



一作目でナルニア王国を統治していた四人の王なのかと思うくらい、あの頃の経験は



どこにいったんだ!、な展開。 まぁ子供なんだから許してやれよってことなんですが。



 3Dにした意義もあんまり感じない・・・なにしろいちばん見せ場ありなのが



ネズミのリーピチープってのはどうなのか?



   じんわりさせてくれますわ〜。

     彼とユースチフの友情が今回のいちばんの目玉だったりする感じで。



 なんとか第3章までたどりついたけど、ここで終わってもいいように、もしかしたら



続いてもいいように、という終わり方だった。 ハリウッドの財政難もきわまっている



ようだが、もうナルニア国物語にはあたしの心は動かされない、ということなのだろうか



・・・なんかさびしいなぁ。







 これを見たのはだいぶ前ですが、今日、地震発生後初めて映画館に行ってきました。



一週間以上、10日も映画館に足を踏み入れないって最近のあたしにはありえないこと



なので、なんだかものすごく久し振りの感覚で・・・奇妙でした。



 あ、仕事にも行きましたよ。 日常に復帰してるんですかね。 会社で流れるFMが



早くも通常営業になっていることに、少し心えぐられましたが。



 映画界も混乱しているようです。 『ザ・ライト〜エクソシストの真実』など何本かの



映画を上映延期しますと張り紙が出ていた。 地震や津波でフィルムに損傷が出たのか、



それとも東日本というマーケットを放置して大作を公開するのは興行成績的に不利に



なるからなのか、その辺の事情はよくわかりませんが。 となるとスクリーンがあく。



今ある映画のロングランを続けるのか、映画館はスケジューリングにも頭を悩ませて



いるようですが、上映時間の限られた映画がレイトショーにも進出してくれるとしたら



怪我の功名ではありますが・・・どう転ぶかは、わかりません。


posted by かしこん at 03:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 movie | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月22日

日常への復帰・・・天罰ってなんなんでしょう?



 三連休が終わる。 明日(正確にはもう今日だけど)から、仕事に復帰しなければ。



 それは事実上、“日常生活への復帰”を意味する。



 この三日、現地の人たちと情報を交換し、集約し、役立ててくれそうな人に情報を渡し、



リアクションをもらって現地の人にフィードバックし、公的な発表をチェックしながら



携帯電話を横に置き、パソコンに張り付く日々を過ごした。



 どれが本当の情報で、どれがチェーンメール並みに悪質な書き込みなのか見抜か



なければならないし、心がすり減る割に得るものは少ない。 おかげで微妙に体調を



崩した。 ただ、何時に寝て何時に起きようが自由という点だけが楽だった。



 ありがとう、ロキソニン! きみのおかげで乗り切れたよ。



 だが、あたしのしていたことはほんとに“非日常”だ。 したことが少しでも役に立った



のか把握するすべもない。



 だが、明日からは通常業務に戻らなければ。 頭を切り替えなければ。



 その間、ずっとあたしを支えていてくれたのは、帰ってきたリッキー・マーティン。



   M.A.S./Ricky Martin



 リードシングルがFMで最初に流れたとき、パーソナリティが「彼がラテンだけじゃ



ないってことを示してくれる曲ですよね!」と紹介していたが・・・こいつバカだなと



思いました。 『リヴィ・ダ・ヴィダ・ロカ』みたいな曲ばかり歌っていると思っているのか



・・・ましてそういう曲だけを“ラテン”と思っているのか・・・たとえ小さなFM曲の



パーソナリティだとしても情報を発信する側としてきちんと反省して勉強してもらいたい。



 リッキーのベースにはいつもラテンがあり、その上で様々なジャンルの音楽をミックス



してきている(懐かしのUKポップのような曲も歌っています)。 まったくもって



失礼なコメントでした。



 そしてこのアルバム、とてもいいです!



 またスペイン語で歌ってるし(一部英語バージョンあり)、まさに“ラテンの魂”復活!



きちんと彼の歌をストレートに前面に持ってきているところにも好印象。 それをずーっと



リピートにして、気づけば何時間もたっているなんて、ざら。



 ありがとう! リッキー!





 しかし、“天罰”ってなんなんでしょうか。



 キリスト教的考え方を持たないあたしには「神の怒りを買う」という行為がなんなのか



理解できません(まして神は自分で人間をつくったのでは? 自分がつくりだしたモノの



不出来に怒るってなんか理不尽じゃない?)。



 あ、これは石原慎太郎発言に対してではなく、シーシェパード代表コメントから感じた



ことなんですけどね。 石原氏は作家のくせに言葉遣いを誤る点で擁護はできないのだ



けれど、全体を通した発言を聞けば言いたいことはわかる(被災者の方々が罰を受ける



べき対象ではない的なことも言っている)。 そして滅多なことでは謝らない彼が



すぐに陳謝したところを見れば、使う言葉を間違えたと気づいたのであろう。



 ポリシーなく発言し、指摘されればすぐに撤回するやつらよりは彼は自分の発言に



責任を持っていると思う(かといって彼のすべてを肯定できないが)。



 が、そんな彼が涙を隠さずに東京消防庁のハイパーレスキュー隊に「言葉もない」と



言いつつお礼とお詫びを繰り返している姿は、やはり“首長”なのだなと思わされた。



 その一方で政府側から放水活動を「速やかにやらなければ処分する」という発言が



出たというのは頭がおかしいとしか言いようがない。 これも石原氏が官邸に怒鳴り



こんで判明した話(発言主は海江田万里経済産業相とされている)。



 そもそも、東京消防庁なわけですからもしも仮に処分するとかってなればその権限は



東京都知事にあるわけで。 そういうことを飛び越えての“恫喝”って何様のつもり?



与党であれば何でもできると思ってるの?



 「サヨクに権力持たせたら危険」ってそういうこと?



 国の上の方からそんな士気の下がるようなこと言われて、それでも任務に向かって



完了した彼らはほんとに素晴らしいですよ(「国からどう言われようとも、あの強気の



知事が涙を流してくれる。 だから要請があればまた行きます」、とインタビューに



答えていたオレンジの人もいた)。



 批判もありましょうが、トップの器の姿勢として正しいのはどっちのほうでしょうか。



 あと、大阪府議会議長が「大阪にとって天の恵みというと言葉が悪いが、本当に



この地震が起こってよかった」という発言をしたそうで・・・ちょっとこの発言の



前後関係がいまいちわからないのだけれど、どうやら大阪府の橋下知事が府庁や



議会機能をゴーストタウン化した南港の高層ビルに移転しようとしてることに



対しての反対意見の根拠として引き合いに出したものと思われるが・・・(海上



埋め立て地につくった場所では津波には対応できないし、いざとなれば孤立すると



いうことでしょうか)、だからって、「言葉が悪いが」と前置きしておけば許される



種類の問題ではない。 阪神大震災のとき、「東京で起こらなくてよかった」と言った



やつを批判しなかったか?



 喉元過ぎればなんとやら。 結局は、他人事なんだな。



 「この地震被害をきっかけに考え直した方がいい」というだけで言いたいことは伝わる



ではないか・・・どんだけ頭悪いんだ。



 日本の八百万の神は天罰を下すような存在ではないような気がするのよね・・・



あくまであたしの感覚としてですが(仏教もそうです)。 ただ、日本人一人一人は



それなりでも、結局政治をアホに任せてしまってきていたツケが、めぐりめぐって



やってきたのでは・・・という気がしなくもなくなってきた。



 が、それは日本人が考えること。



 宗教観も違う、日本に理解も示さない外国人に言われたくはない。


posted by かしこん at 02:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題・ニュースに思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月21日

ロゴが新しく



 リニューアルオープンした神戸国際会館SOL、かなり雰囲気変わりました。



 しかしあたしの悔恨はハチミツ屋さんが移転してしまったこと。 ちょっと遠くなった



上に19時閉店は、早いわ(SOLは20時まで)。



 そんな中、多分日本国内でもかなり早いであろう、スターバックスの改装。



 悪評高い(?)新しいロゴになってました。



   なんか・・・微妙。



 慣れてないからなんでしょうけど・・・中国の映像で見るバッタモンスタバのように



思えてしまう・・・慣れでしょう、慣れ。



 お店は込んでいたので寄らなかった・・・だって目的はATAOだもの。



 それについては後日。





 さて、いちいち話題に上げるのもムカつくのだが、「総理大臣現地視察」が中止に



なって、めでたいと考えているのはあたしだけでしょうか。



 まず基本、行くだけ邪魔なんですけどね(現場にはそんな余裕はありません。



総理が来るよりも具体的な救援がほしいのです。 あなたにねぎらわれたくないと



思ってる被災者も多いですよ。 石投げられるの覚悟ですか?)、本人が気づいて



ないってのがかなりイタイ。



 しかも行く理由として「直接現地から要望を聞きたい」とか・・・。



 いちいち聞かないと、わからないのか?



 都内に業界から寄贈された電池210万個を放置していたり(地方自治体から要請が



ないから送らなかったそうだが・・・現場にそんな余裕があると思うのか)、三陸沖に



待機しているアメリカ海兵隊に指示をまったく出していないとか(ここが早く動けば



津波でさらわれた人を多少なりとも救出できたはずだ)、「言われないと動けない」



人間は社会人としては「指示待ち人間」として役立たず扱いですよ。



 こんな役立たずが最高司令官って、どういうこと???



 さすがに空気読めないと批判が集まったのがわかったのか、周囲の人が必死に



反対したのかはわからないけど、中止の理由が「悪天候」って・・・バカですか?



 それこそ、「放射性物質が怖くて逃げました」と言ってるようなものではないか。



 (ちなみに福島第一原発の三号機がプルサーマル方式であることをずっと伏せている・



あえて公表しないのはなんでなのか? ここはウランじゃない、プルトニウムだと何故



報じない。 三号機がやばいとなってから表に出てくるってどういうことだ! ・・・



ちなみにあたしは原子力に詳しくありませんが、東北の人間は原発や核燃料サイクル



施設・原子力船などが身近にあるので否応なくこういう知識を持つようになります)



 国民には冷静に行動しろといい、その実本人は場当たり的な行動(反応)しか



できないって、なんなんだろ。



 役に立たないなら、せめて迷惑にならないようにしてもらいたい。



 それが嫌なら、役に立つことしてみせろ!



 パフォーマンスなんかじゃなく、きちんと“政府の対応・対策”としてね!



 できないなら、ほんとに辞めてください。 指揮系統が混乱するというのなら、



どうせ人材不足の現与党では何もできないでしょう、野党に変わってください。


posted by かしこん at 09:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記のようなもの | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月20日

放水と雨



 なんだか、文章を書く気になれません。



 ブログに向き合うまでに、すごく時間がかかる。



 書こうとすれば、とめどなくいろんなことがあふれてしまう(昨日書いたのなんて



読み返せばまさにその状態を、それでもなんとか必死に押さえようとはしてるけど



効果なし、みたいな)。 だったら更新しなければいいのですが・・・けれど書く



ことをやめてしまえば、それはそれであたしはどうにかなりそうな気がする。



 もとから、これは自分のための備忘録。 そう思ってはいるけれど思いもかけず



いろんな人に読んでもらってるとわかってからは自分のことばかり考えてもいられ



なくなって、八方美人の天秤座な性格が災いしております。



 それにしても、自衛隊、東京消防庁パイパーレスキュー隊のみなさん、ありがとう



ございます。 過酷な訓練を潜り抜け、実戦経験も積んでいる彼らが涙ぐむとは



余程のことだったのでしょう。 想像することしかできませんが。



 隊長さんが自分のことは一切語らず、隊員たちをねぎらい、その家族に申し訳ないと



おっしゃる姿はまさに“現場のリーダー”です。 どんな分野であろうとも、指導者とは



こうあるべきだということを、久し振りに見た気がします。



 まだ福島原発は予断を許さぬ状況ですが、それでも一条の光にはなったかも。



 それでもこの期に及んでちょっとでも責任逃れをしようとするアホにはかける言葉も



見つかりません。 殴ってもいいですか?



 神戸方面、本日から雨模様。 なんで雨なのに気温が上がるのか納得できない



・・・3月なのに蒸し暑いとかやめてくれ。 でも、まだ東に雨は降らないで



くれるのなら、許します。



   警戒心の強い場所のネコたち。



 ちょっと離れた距離からの写真なので必死のトリミングです。



 普段は一匹一匹バラバラなのに、寒くなりそうだったり雨が降りそうになったりすると



何故か集まり始めるここあたりのネコたち。 やはり天候には敏感なのか〜。



 一歩進んだらまたネコのかたまりに遭遇しましたが、角度的に写真に収まらず。



 うーむ、このあたりは幅広い世代のネコがある意味“ムラ”を形成してる感じなんだ



よな・・・そういうの他に見たことがないので、そういうの研究してる人、誰かいない



かしら。 聞きたいことがいっぱいあるんだけど。


posted by かしこん at 08:47| Comment(4) | TrackBack(0) | 時事問題・ニュースに思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月19日

応急処置・・・公的なものに対する不信



 別に文筆業でもないあたしですが、キングジムの電子メモ帳『ポメラ』を



重宝しております(中身は時間のあるときに書く映画の感想とか、友人への



メールの返事などですが)。



 そのポメラ、折りたたむキーボードを押さえているスイッチ部分が甘くなった。



というか、ぴったり閉まらない!



 こりゃいかん・・・どうしよう・・・ここだけ修理してもらえるのかなぁ。



 でも修理に出す期間がどれだけかかるかわかんないし、毎日持ち運ぶことに



意味があるツールですからね。 なので、応急処置を施すことに。



   お弁当箱ベルトで、固定!



 そしたらなんとなく、安定。 ま、とりあえずこれでなんとかなるでしょう。 さいわい、



本体機能そのものには異常がありません。





 が、こんな応急処置でどうにかできるものとできないことがある。



 はっきり言って福島第一原発はもうどうにもならないところに来ていると思う。



別に「核に詳し」くなくとも、それくらいはわかります。 日本国内でのパニックを



警戒しているのかもしれないけれど、国内メディアの流す情報と海外メディアとの



温度差は一体なんなんでしょう。 もう、“スリーマイル”、“チェルノブイリ”の



次に“フクシマ”は並び称されているし、アホ総理の無能っぷりは冷静で礼儀正しい



被災者たちを称賛するかたらわで叩かれるだけならともかく冷笑までされている。



 放射能の汚染は太平洋を越えている。 避難区域20kmだの30kmだのって



レベルじゃもうない。 いや、パニックを恐れてというよりも、対策が何も立て



られないから正確な情報を流すつもりがない、のかもしれない。



 そのことを国内メディアは伝えない。 東電上層部の無能ぶりは確かだし、



原子力安全・保安院の広報も仕事できてないことには同意するが、そんなのに



ぶらさがって記者会見待ちって、マスコミはほんとにバカか、と思う。 知識



ないくせに被害者ぶって怒号を張り上げるのもムカつく。 他に情報のソースは



ないのか? 御用記者があんなにいるのか・・・マスコミも無駄を省いて人員



削減すべきじゃないのか。



 まず政府が原発問題で手いっぱいなせいで、地震・津波被災者の救援が遅れて



いる状況が改善されないのはなんでだ(東北にガソリンがまわり始めたのは自民党



議員たちの奮闘のおかげだという現地の声も聞いたぞ)。 政府としての動きは



何日待てばいいというのだ。 東北の山間部のいくつもの病院や小さな避難所が



支援を待っているのに何も届かず、最悪の事態になっているのに、むしろ物資は



順調に届き始めてるみたいな明るい兆しを放送するのは何故だ。



 被害の全貌が明らかになったとき、“救えるはずだった人の数”に現状を



知らない人たちは初めて戦慄するのか。 それとも、それすらも隠蔽されるのか。



 「日本、終わりなのかな?」



 妹からのメールにそんな一文が。



 そうかもしれない。 けれど、そうしてはならない、という気持ちも。



 無能な上層部のことは関係なく、使命として危険を顧みずに原発処理に当たって



くださっている原発職員の方・自衛隊・警察・東京消防庁のみなさんの無事を心から



お祈り申し上げます。


posted by かしこん at 16:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題・ニュースに思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月18日

入手! そして、ついに聴く!



 映画『ソーシャル・ネットワーク』の予告で使われていた楽曲。



 やっとついに日本でも入手が可能になりました!、ということで早速買っておりました。



しかし、未曾有の大災害による動揺故、そのCDはしばらく開けられることなく・・・。



 “音楽を聴く”という心の余裕がなくなっていたのです。 会社で流れるFMの『今月の



イチオシ楽曲』にも、♪ありのままの君でいいんだよ〜♪と声高らかに歌うお前は



何様の上から目線だよ。 “君”を評価できるだけの人間なのかお前は!、という



デビューそこそこの新人に対して八つ当たり。 そういう意味では歌詞の意味が



ストレートに伝わらない洋楽が、まだ楽です。



 ずっと、そんなピリピリしていた神経のあたし。



 「地震ばっかりでテレビつまんないっすね」って言うやつがいたから殴りたかった、と



最近急激に快適になった携帯メールで実家の妹に伝えたら、「言いたいやつには



言わせておけばいいんだよ」という返事が。 あぁ、妹のほうが人間ができてるよ。



 先日の静岡の地震でこっちもちょっと揺れたとき、「大丈夫?」と真っ先に



メールをくれたのは仙台の友人だった。 被災者なのに、被災者じゃないやつを



心配して慰める。 被災者に心配かけちゃってるよ、あたし!



 そしてこんな変なブログ(と書き手)にコメントくださった方のお言葉と、いきつけ



革小物屋さんから届いた春夏コレクションカタログなどで、あたしは元気になりました。



 こんなときだからこそ、沈んでいてはいかん!



 募金も必要だが、普通に外に出かけて買い物をして、経済を少しでも回さなければ。



無事な地域こそ日常生活を送らなければ、これから長く支え続けることは難しい。



 また、映画も見に行こう(ていうか地震前に見た映画の感想、たまりまくり)。



街を歩こう、おいしいもの探そう、個人から個人への宅配が可能になったら「いいの



見つけたよ」と送りつけられるように。



 だから、封を切りました。



   circle/Scala & Kolacny Brothers



 当然ながら、輸入盤でございます(特典DVDがついているのだが「方式が違うので



日本国内では再生不可ということをご了承の上お買い求めください」的注意書きあり)。



 まぁ、でもアルバム自体はCD2枚組なんで、いっか。



 ブックレットを見たら・・・少女合唱団という割に結構年齢お高そう(それともむこうの



子は大人っぽく見えるからか?)。 でも年齢層ちょっと広いかもな感じが歌声にも



反映されているのかもしれない。



 まずは、“CREEP”から。 予告編で使われているのとはちょっとヴァージョン違う?



曲の最後には拍手が入るので、ライヴ盤なの?(よくよく見たらディスク2はおまけと



いう感じで、“CREEP”もこっちに収録。 ディスク1はスタジオ録音でした)



 それでも、なんだかじわじわと胸に込み上げてくるものが!



 “無垢”とも少し違うんだけど、でもそれに近いもの。 人生のある時期にしかできない



こと、出せない声、そんな“一瞬の奇跡”が詰まってる。 それを“美しさ”の一言で



片づけるのはもったいない。



 オアシスの“Champagne Supernova”も原曲並みの7分越えだし、でもちょっと



考えないとオリジナル曲が出てこない、って感じさせる編曲というか雰囲気づくり、



とてもいいです。


posted by かしこん at 03:11| Comment(0) | TrackBack(0) | Music! | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月17日

遥かなる未踏峰/ジェフリー・アーチャー

 いつまでも地震関連のことを考えていると鬱に入っちゃいそうなんで(とはいえ考えないでいられるわけではないのですが)、ちょっと頭を切り替えていつもの路線に戻りたいと思います。
 とはいえこの災害を自分の点数稼ぎ&パフォーマンスに利用しようとしている総理大臣や現与党の有力者っぽい人たちのことは絶対許さないからな、忘れないからな! メンツなんてどうでもいい、一刻も早く東北にガソリンや灯油を運んでくれ。

 閑話休題。
 後半、時間が取れなくなってペースダウンしましたが、読み終わりました。

   遥かなる未踏峰上.jpg遥かなる未踏峰下.jpg 遥かなる未踏峰/ジェフリー・アーチャー
 マロリー評伝、とはあるものの、アーチャー的ビルディングストーリー。
 ふと思うのは、ジェフリー・アーチャーにとって“評伝”というかたちはよかったのか、ということだ。
 いや、興味深い人物だから取り上げるんだろうけど、事実が足枷になって素っ頓狂な展開ができないのではないかと思ったり。 ジェットコースター的展開は実在の人物にはそう期待できないでしょ?
 それでも面白く読んだんだけれど、そういうことが気になったということは・・・微妙だったのか?
 ジョージ・マロリーは史上初のエヴェレスト登頂者になっていたのか、というちょっとしたミステリ仕掛けで始まるこの物語だが、明確な答えは出していない。 読んだ人の思う方に任す、という感じ(でも著者としては登頂に成功したと思いたいのかなぁと感じたりもするが)。
 それにしても・・・ろくな装備も知識もないのにチャレンジする精神は「無知という勇気」というだけでは説明できず、怖いもの知らずとはこのことか、と大変恐ろしくなります。 でもこの遠征のおかげでノース・コルのルートが確立できたわけで、無謀だけど先人の偉業でもあるのよねぇ。
 「そこに山があるから」の名文句を残したとされる伝説の人物マロリーだが、実はその台詞には大して意味はなかったと後日聞いたこともあって、それに哲学的価値を見出している人たちの立場は・・・と思った記憶があったけど、これを読んでも深い意味があっての発言という感じはしなかった。
 むしろ、運命の女性に出会ってからは山に登りつつも心は常に彼女のもとにあり、何のために山に登るのか本人もわかっていないというか当時の状況(国策として、英国人がエヴェレストを最初に征服すべき)に流された、と読めて、あたしの期待する“雪山登山描写”がちょっと弱かったかな〜。
 アーチャー自身が山登りをする種類の人間じゃないからかもしれないなぁ(登山をする人としない人は、やはり種類が違うと思う)。
 王立地理学会での政治的駆け引きの部分などは、さすがアーチャーっぽいというか、そういう部分は妙に説得力も臨場感もあるんですけどね。
 というわけでいささか不完全燃焼ですが、追記に関係者のその後が簡略にまとめられていて、簡略すぎて肩すかしなぐらいだが、歴史的事実っていうのはそういうものなんだろうなぁ、って悲しくなってみたり。 たとえ何十年生きても、後世の人間からは数行でまとめられてしまうものなのですね。
 そのそっけなさが、逆にリアルでした。

ラベル:海外文学
posted by かしこん at 02:10| Comment(0) | TrackBack(0) | ☆ 読んじゃいました | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする