2011年02月19日

白夜行

 一言でいうならば、とても地味な映画です。
 でも、退屈ではない。 2時間30分、特にこれといった山場もないのに見せられてしまった。 たかだか20年という時代のフィルターをつければこんなにも地味で暗くなるものかね、とびっくりする、勿論よい意味で。 登場人物たちはみな生活に疲れていて、顔や手のしわやシミを惜しげもなくさらけ出す。 そしてキャスティングも負けず劣らず地味である。
 原作は言わずと知れた東野圭吾のベストセラー。 ドラマ版にも熱心なファンがいることは知っていますが、多分ドラマにはまった人・ドラマ版が大好きな人たちはきっとこの映画のことを否定すると思う。
 しかし“雪穂と亮司の純愛”をうるさいほどに謳いあげたドラマ版にあたしはどうも違和感が拭えず、子役の熱演にもかかわらず前半しか見ていないというていたらく(面白くない、ということではないのだが、原作から受けたイメージとあまりにも違いすぎたというか。 後半の録画は残してあるんですけどね)。
 が、この映画版はあたしは「あり」だと思った!

  白夜行1.jpg 殺したのは、心。

 そういえば舞台は大阪から始まった気がしたけど、映画ではどこの土地でもあるようでないようなつくりをしていたと思う。 当時の貧困やら差別を土地柄のせいにしたくないという配慮? それとも、どこででも起こりえる話として描きたかったのか。
 勿論、時間が足りないので(それでも2時間半あるけど)、大胆な改編はなされています。 けれど原作が伝えたかったことはむしろこっちのほうに引き継がれているのでは? むしろ何も言わないからこそ原作にも書かれてはいない“純愛”を感じさせられてしまうんですけど! ほとんど出てこない主役二人(出てきても表情がアップになったりは少なく、声や後姿だけ)の“影”が、重低音のように物語に響いていく。
 というか、この話は主役があまり出てこないほうがいいんですけどね。
 そして「大丈夫なのか?」と思った船越栄一郎、“二時間ドラマの帝王オーラ”を封印してます!(最後ちょっと暴走してしまうのが惜しいが) 時間が経過し、かつてコンビを組んだ相手が上司になっていてもそれを少しも気にしていない感じとか、実直で無骨な“事件を追うしか頭にない”刑事でした。 全体的に役者も揃ってこの地味な世界をすすんで守っている感じ、好感が持てる。

  白夜行2.jpg よい意味で、裏切られました。 

 久し振りに田中哲司のあやしい役が見れたり、姜くん全然かっこよくないけど大丈夫なの?とか、戸田恵子さんのそのシミだらけの手は特殊メイクですよね!、とか登場人物のあまりの地味具合にハラハラしてしまうくらいなんだけど、その地味な画面の合間にかなり挑戦的なアングルを入れてきたりするので最後までだれずに見られたのではないかと。 結構なテクニックなのではないでしょうか。
 ある人が青酸カリを飲んで死ぬシーンも、他の映画などに比べてかなりリアルに感じて「全然楽に死ねる薬じゃないんだな」と思ったりして(これ見たら青酸カリで自殺しようとする人は減るに違いない)。
 雪穂の結婚相手が違うだろ!、というツッコミもありますが、あえてああしたおかげで“雪穂が恋をする”という原作読んでの違和感が払拭されたのでそこらへんも映画ならではのまとめ方で、あたしは好きです。
 雪穂はただの悪女ではなく、もう心が動かない人なのです。 だから利用できるものは利用する。 自分と同じ立場になった夫の妹に心を許したように見せかけて、今後の処世術を説いているにすぎないのは、温かさとか冷たさとか超越してるからなんだろうなぁ。
 登場シーンは少ないのですが、亮司の少年時代を演じる今井悠貴くんと成長したのちの高良健吾くんにはそのけなげな覚悟に泣かされてしまいました。
 原作読んでも感じなかったのに、この映画の亮司の“ひたむきさ”に思わず涙腺が。
 だから、笹垣刑事の“父性”にあたしはすごく納得したのだと思う。 それは、雪穂と亮司に与えられなかったもの。 だから亮司はしあわせを感じたんじゃないだろうか(そう考えるとうるっとするのです)。
 しかし雪穂は気にかけない。 心は殺してしまったから。 太陽に代わるものが存在しなくなっても、自分自身が太陽になればいいと思ったから、たとえそれが偽りでも。 ・・・あぁ、重い。
 高良健吾くんはARATAに続き“犯罪者の似合う役者”の称号が与えられてしまいそうです・・・。

ラベル:映画館 日本映画
posted by かしこん at 01:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 movie | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする