2011年02月09日

完全なる報復/LAW ABIDING CITIZEN

 実はジェラルド・バトラー、好きです。
 『オペラ座の怪人』のファントムがかっこいい!、と思った気持ちをいまだに引きずっているらしく、他の作品を見るたびに「あれ?、こんな・・・だったか?」と考え込んでしまうんだけど、ジェラルド・バトラーと聞くとまた出かけてしまう。 だまされてますね。
 なのでこの映画、ポスターを見たときに「おおっ!」と思い、ジェイミー・フォックスとの心理戦的演技合戦か?!、と思い込んでいたところ、後日予告編を見たらなんか派手な爆発とか起こってます・・・なんか思ってたのと違うのかな? とはいえ、観るんですが。

  完全なる報復ポスター.JPG 正義とは、何か――。

 妻とまだ幼い一人娘とともに平凡で幸福な生活を送っていたクライド(ジェラルド・バトラー)は、突然強盗に自宅を襲われる。 重傷を負うクライドだが、目の前で妻と娘は殺害されてしまう。 こんなショッキングな幕開けが開始5分で終了。 たとえどんなに疲れていても、一発で目が覚めるであろう仕掛けです。
 その後、強盗犯人の2人は逮捕されるが警察の証拠調べがずさんなため確実に有罪を引き出せるかどうかわからないと踏んだ検事のニック(ジェイミー・フォックス)は自身の有害確定率を上げるため(もしくは下げないため)主犯の男に司法取引を持ちかける。 その結果、強盗の共犯ながら人を殺すのはやめようと言っていたエイムスが死刑となり、自ら二人を殺した主犯のダービーが数年の禁固刑に。 勿論クライドは納得しないが、ニックは「せめて有罪にできたのだから、これも正義だ」と説く。
 10年後・・・エイムスの死刑執行の日。 その場に立ち会うニックの目の前で、苦痛のない死刑が行われるはずがエイムスはのたうちまわって死ぬ。 規程とは違う毒物が仕込まれていたのだ。 そしてダービーの惨殺死体も発見される。
 だがそれも、クライドの報復のはじまりに過ぎなかった・・・という話。
 「えっ、『SAW』?」と思ってしまう残酷描写によろり(予想外だったもので。 でも直接描写は避けてますのでご安心ください、R+15ですが)。 しかし本家の続編以後と違って準備に10年かけるあたり、リアリティは十分です。 むしろ「クライドこそジグソウの正当なる後継者にふさわしいのでは?」とか考えちゃってる自分がいました。
 犯人はクライドだ!、とニックが気付き警察急行なれど、抵抗もせずに素直に逮捕されるクライド。

  完全なる報復2.jpg 何故か、まっぱでホールドアップ。
     これもファンサービスなのか?

 そこから始まるニックとクライドの攻防は、あたしの期待する心理戦!
 鳥かご風の取調室は、『羊たちの沈黙』でレクター博士が監禁されてたのを思い出す光景。 不敵な表情のジェラルド・バトラーにわくわくだ!

  完全なる報復4.jpg どこか“壊れた”感、ありあり。

 日常生活ならば「言葉尻を捕らえるんじゃない!」・「屁理屈言うな!」でゲンコのひとつでも飛んできそうな言葉のやりとりが司法制度という名のもとには何の証拠にもならないという事実。 これまでさんざん司法制度を利用して勝利をおさめてきたニックがおそらく初めてそれに足元をすくわれる。 クライド側から持ちかけられる取引のばかばかしさときたら、それが何の意味もないことだと(逆にただ愚弄しているだけだと)わかるが、ニックにはどうしようもない(しかしそれが観客には結構面白くて、そして不気味です)。
 ちなみのこの10年の間にニックには娘が生まれて父親になり、妻子を無残に殺されたクライドの気持ちもわかるというが、そんなことでクライドの復讐が止まるわけもなく、彼の標的は『矛盾に満ちた司法制度』そのものなのだ。

  完全なる報復5.jpg キャストも地味ながら実力派ぞろい!

 クライドは刑務所の中にいるのに、何故か彼が犯人としか思えない事件が次々と。
 誰か共犯者がいるのか? そうたたみかけてくる展開は大変手に汗握り、なんでこんなに面白いのに、しかも二大スター競演なのに地味公開なのか?、と腹が立ってくるが、クライドの職業(?)がなんなのかわかったときには「それ、反則では?」と一気に椅子から崩れ落ちそうになった。 そこからの失速ぶりには逆の意味で泣きそうに。
 うわーん、そりゃないわ〜。
 実力派俳優多数出演、とあたしの大好きな系統映画ですが・・・前半がかなり面白かっただけに厳しい。
 しかし、この映画が提示する“法”と“正義”は重く、苦しい。

  完全なる報復3.jpg “地獄の業火”は彼を救うのか?

 そしてニックが父親になったからクライドの気持ちはわかると言いながら、実際には自分の妻子は殺されてないわけで、“実際に殺された側の者”と“殺されていない側の者”の思いが重なるわけではない。 想像すれば同情はするが、自分がそうならなくてよかったという思いのほうがむしろ強いかもしれない。 ラストシーンのジェイミー・フォックスの表情が読めない顔だっただけに、あたしは「被害者側の想いに寄り添える非被害者などいないのだろうか」と暗澹たる気持ちになった。
 ここの彼の表情ひとつでまた印象の違った映画になっただろうが・・・。
 映画としては後半迷走して破綻してますが、問題提起という意味では堂々たる社会派です。 裁判員制度も鑑みて、法律とはここまで無慈悲で矛盾に満ちているということを普通の人も知らなければならない、というところまできちゃってるんだなぁ。
 でもやっぱりジェラルド・バトラーがキライになれないあたし・・・だまされ続けるでしょう、今後も。

ラベル:映画館 外国映画
posted by かしこん at 01:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 movie | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする