2011年02月06日

やりきれないことばかり・・・

『ドキュメント気象遭難』/羽根田治
 ドキュメント○○遭難シリーズ、続いてはこちら。

  ドキュメント気象遭難.jpg こんな天気のときに外に出たくない・・・。
 7件の気象遭難(予想できない急激な天候の悪化)事故を取り上げ、実際の出来事を当事者から聞き込んだ事故までの流れと原因の究明と検証。
 どこかのんきだった『道迷い遭難』に比べて、この本の空気は重い。 気象遭難は大規模遭難を引き起こすことが多いからだ。 実際、これまで読んできたシリーズの中でも死者の数は多い気がする。 なんでこんなにやりきれない気分になるのに山岳遭難本を読んでしまうのだろう、やっぱり根本的に理解できない何かがそこにあるとしか思えない。
 2002年の7月に起きたトムラウシ山での遭難事故は、この前読んだ2009年7月の大量遭難事故のルポをまた読んでいるような気になるほど類似点が多い。
 筆者が『トムラウシ山遭難はなぜ起きたのか』の中で何回も痛恨の極みを見せていた理由がわかった、7年前の教訓が何一つ活かされていないからだ。
 北東北もわりとそうなんですけど、北海道の山は標高に関係なく日本アルプス等の本州の真ん中あたりにある山とは空気が違いますから。 そういうことを知らない登山者・・・恐ろしいとしか言いようがない。
 最後の剱岳での遭難の話、どこかで読んだことがあるような・・・。
 やはり“遭難”というのは非常事態だからなのだろうか、それとも常にそういうことを念頭に置いて登山部やら山岳会に所属している人たちは行動しているからなのか、体験談をこうやって読むと「あ、もう駄目だな」と仲間の死をあっさり受け入れていることが多いんですよね・・・その感覚が、わからない。 あたし自身が生命のやりとりをするような仕事でもないし趣味もないから、と言ってしまってはそれでおしまいですが、この本に登場する人々は別に登山は仕事ではないわけで、「なんでわざわざ?」という気持ちを消し去ることができないのです。
 「山をなめるな」とか「山は恐ろしい」とか言われますが、ほんとに恐ろしいのは“天候の急変”なわけで、山はその急変する兆候が平地よりはるかに読みにくいし何か起こったとき逃げ込む場所がないという意味で「なめてはいけない場所」なわけです。 天候に問題なければ全然普通の場所だったりするし。 だからこそ、天候の異変を感じ取る力をつけたものしか登ってはいけないし、引き返すという瞬時な判断ができる人じゃないと無理、ということになるんだと思う(それでも遭難することはあるのだから人間の力なんてちっぽけです)。
 そして後付けではあるのだが、遭難して亡くなってしまった人について「なんとなくいつもと違う感じがした」と直前に会った人や生存した同行者が証言していることが多い感じ。 違和感に自分で気づいたら強行しない勇気、もしかしたらこれがいちばん大事なことなのかも。


『腐った翼 JAL消滅への60年』/森功
 まずお断りしておくが、あたしは飛行機が好きだがJALには思い入れは一切ない。
 というかむしろ、「JASを返せ!」と思ってる分、憎しみを抱いているかもしれない(あたしは一時期JASのライトヘビーユーザーでした。 「JAL倒産はJASとの統合のせい」と思っている人が世の中には多いようですが、そんなことは全然ありません!)。 映画『沈まぬ太陽』を見たときも「こんな会社を存続させる理由がわからない(むしろ潰しちゃえばいいのに)」とも思いましたしね。 早く潰れてくれていればJASはまだあっただろうに・・・とか考えちゃうと悔しくて眠れない。
 そういう立ち位置です。

  腐った翼.jpg それでもJALに乗りますか?
 というわけで本書ですが・・・語られるのが時系列ばらばらなので「?」となってしまうことしばし。 『沈まぬ太陽』であんなにカッコよかった(そのわりには何もできなかった)国見会長のモデルになった人物が何もできないどころか結果的にJALの腐食に手を貸しちゃってたとか、彼が経営に参加するというニュースをすっぱ抜いたのが(とはいえJAL内の勢力争いの目論見でですが)当時NHK記者だった手嶋龍一氏だったとか、実はそんなに昔の話じゃないんだということに驚く。
 筆者は123便の墜落事故後の対応がJAL再生のいちばん大きなチャンスだった、JASとの統合が最後のチャンスだった、というようなことを書いているので、JAS派のあたしとしては溜飲が下がる思いですよ。
 しかしすべてのチャンスを潰して、JALは潰れた。
 歴代社長とそのしたこと、次の社長が決まるまでの社内抗争などが延々と描かれていて、取材大変だっただろうなぁと思う反面、「なんかいつも同じことの繰り返しなんだけど・・・」とげんなりしてしまうのは何故なのか。 社長が変わるたびに再建案は出されるのにそれが実行に移される気配がないのは何故なのか、あたしにはさっぱりわからない。 ありすぎる労働組合とか社内人事派閥の争いとか政治家の横やりとかいろいろ理由はあるんでしょうが、そこには“サービス業である”という視点がまったく見られません。
 これが親方日の丸体質ってやつですか、うんざりですな。
 先だって、JALを解雇されたのは不当であると集団で訴えた元職員の方々がいましたが・・・よくこんな会社でまた働きたいと思うなぁ、と不思議でならない。
 結局は既得権益か、と思われてしまっても仕方がない感じ・・・多額の税金が投入されていることへの後ろめたさとかないのだろうか? それとも経営陣の失敗はヒラ職員には関係ないとでも?(まぁ直接関係ないかもしれないけど、結果的にそういう経営陣を支えたのが普通の職員だったわけだし−いやなら反旗を翻すなり内部から変えていけよ−、またそういう人たちの下で働きたいのか?、と思うと堂々巡りなのでやめておくが)
 エピローグで、JAL出身のCAがJAS出身のCAに向かって「JALはJASを背負わされたせいで倒産したのよ」と非難しているエピソードが紹介されているのに至って、あたしは沸騰寸前になった。
 あのねぇ、正しく報道されてないけどJASはJALなんかよりはるかに黒字企業だったんですよ! 利益率のよくない国内線をJALは背負わされたせいで赤字が膨らみ・・・みたいな論調でJALを擁護してる人もいるけど、ほんとの地方空港路線を支えていたのはJASなのです(「9割が不採算路線」という人もいますが、そういう路線は他の航空会社は飛ばないから割引戦争に参入する必要がないのだ。 JASの黒字路線がJALにとってもドル箱路線だから明らかなおいしさがないだけ。 JAS単体であれば十分やっていけたのだ、ただその先不採算路線でも利益率の高いところに新幹線が配備されていけばどうなるかわからないというのはあっただろう)。 バースデイ割引だって最初に始めたのはJASだし。
 JALが好きだと言っていた飛行機仲間のAくんのように「じゃあとにかく一度、JASに乗ってみたまえよ」と乗せてみたら「JASめちゃめちゃいいですね!」とそのサービス精神にイチコロになり、JASファンになった人もいる。 毎回必ずある機長挨拶もそれぞれ個性が出ていて機長の名前も覚えるようになったし、CAさんもみんなフレンドリーでサービス精神にあふれていた。 あたしはJASに乗り続けたおかげで飛行機が好きになったんだ。 ボーイング、エアバス、MDといろいろ乗って、MD機がいちばん好みだとわかったし。
 JASがJALと合併すると聞いたとき、ほんとにイヤだった。 でも、JASのサービスの素晴らしさがJALに引き継がれてくれるならそれでいいとなんとか納得した(ここまでJALが腐ってるとは思っていなかったからだ)。
 しかしその後続発する問題に(そして世間にはJALよりもJASのほうが弱いと思われていることについても)頭を抱え、実際新生JALに自分でも乗ってみてJASらしさがひとつも生き残っていないことに愕然とし、失望して、いつしかもう飛行機に乗らなくなった。 MD機をJALが順次処分すると聞き(正確にはMD90の塗装をつまらないものに塗りかえられてから)、飛行機そのものにも興味をなくしかけてる。
 JALなんかいらない。 だからもうほんとうに、JASを返してほしい!


 直接ここで取り上げた本とは関係ないですが、元連合赤軍の永田洋子死刑囚が病死したそうですね・・・だいぶ前から脳腫瘍だと聞いてはいたのでそのうちこうなるだろうなぁということはわかっていましたが、それでも同時に「まだ生きていたんだなぁ」という感じもして・・・あたしが生まれる前の事件なので、関係者がまだ生きているという感覚がどうも鈍いようです。
 この人のしたことは許されることではないけれど、そのことにいったい自分でどう向き合ったのかなぁ・・・国外逃亡したかつての仲間は獄中にいる彼らのことをどう思っているのだろうか(そのせいでこれまで死刑が執行できなかったという背景もあるわけだし)・・・ということを考えるとやりきれない。
 同志とか、仲間とか、いったいなんなんですかね。

posted by かしこん at 18:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ☆ 読んじゃいました | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする