2010年12月30日

武士の家計簿

 堺雅人を無駄遣いしおって、森田芳光、許すまじ!
 そういう気持ちになったのは、あたしだけ? もともとあたしとは相性のよくない監督さんです、堺雅人が出ていなかったら確実に見なかったであろう、だからこそ予想通りの結果に憤懣やるかたない!
 代々加賀藩に仕える御算用者・猪山家。

  武士の家計簿3.jpg 「勘定が合わぬのは納得いきませぬ」

 武士の命は刀であるが、猪山家にとってはそろばんが命。
 そろばん教育を幼少時からたたき込まれた成之(幼名・直吉)はその腕を買われて明治政府軍で働いているが、彼が回想した猪山家三代の記録。
 というわけで、主役は直吉の父・猪山直之(堺雅人)ではありません!
 全編成之のナレーションで進みます。 何十年という長いスパンの物語なのだから仕方ないのかもしれないが、ナレーションで説明しすぎだし、なのに明らかに説明が足りない、そこは省略してはいかんだろな部分があっさり省略(そして成之役の方、ナレーションが固いというか棒読みなのだ・・・何故これでOKが出る)。
 というか、なんでこんないい題材を持ってきておきながらここまで盛り上がりのない話にできる? 脚本家、出てこい!!

  武士の家計簿1.jpg だからといって個人の物語でもなく。

 直吉が生まれるまでは直之メインで話が進むのだが、直之が生まれてからは「彼から見る父の姿」に視点がなってしまい、前半と後半では直之のキャラクターが変わっているように思える(親になって成長・変化ということもあろうが、そのあたりに説得力がない)。
 「気づかぬうちに借金増額! 返済優先の節約生活!」というつつましくも日々の穏やかな暮らしの中によろこびを見出し、いつしか借金返済! ばんざい!、というある種のサクセスストーリーでもない(いつの間にか借金はなくなっているし・・・まぁ穏やかな暮らしと武士としての矜持というのはあるけど)。
 そこがいちばん盛り上がるところじゃないのか?
 猪山家の人たち(下働きの二人も含む)はすごくいいキャラ揃いなのに、役者もいい感じなのに、活かしきってない!
 藩の中でのことはそれほど描かなくてもよかっただろう(描くならもっとちゃんと描くべきだし、どっちにしろ説明不足は否めない)、その時間をもっと家の中のことに向ければよかった。 仲間由紀恵をもっと活躍させられただろ! おばばさま(草笛光子)とのエピソード、あったほうがいいだろう! 松坂慶子のちょっとずれたお嬢様育ちっぽいところが働き者の嫁のおかげで変化していくみたいなところ、見たかったよ!

  武士の家計簿2.jpg 家族のエピソード、もっと見たかった。

 中村雅俊と西村雅彦はお茶目すぎだが、全然老けないのは何故?
 ということで、いいところもあったのだが・・・「ここはもっとこうしてれば!」という文句(?)が先走り、あまり入り込めないのだった。 どうしてくれる!
 音楽はよかったし、室内の明かりも最初は“ろうそく”→“倹約時代は魚の油”→“近代になればガラスの行燈?というかろうそく覆い”が登場したりと変化が面白いが、親戚集まった宴会の席で渡り箸がされていたりと時代考証的にそれはどうなの?、とつっこみたい部分も出てきたりして。

  武士の家計簿5.jpg かつては厳しさに反抗したが、今では父のことが理解できるようになった・・・的な成之のナレーションで納得しろと?

 堺雅人的にもいいキャラクターなのに・・・そのよさを十二分に活かしきったとはいえないなぁ。 猪山一家を演じたみなさんのチームワークもすごくよさそうなので余計に、「もっと面白いものができたはず!」な気持ちは消えない。
 とりあえず、「おとうさん、ご苦労さま。 そしてありがとう」な話ではあるが・・・それだけでいいのかな?

ラベル:日本映画 映画館
posted by かしこん at 18:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 movie | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ロビン・フッド/ROBIN HOOD

 『ロビン・フッド』は昔、ケビン・コスナーがやったやつをビデオで見たことがあるくらい。 「弓矢の腕がすごい人? リンゴ射る人?」、「それはウィリアム・テル」、「あ、そうか」といつもひとりでボケてしまう(それくらい誰なのかわかっていない)。
 ムーア人出てこないけど・・・コスナー版に比べればこっちのほうがまだ史実に即しているのかな?(でもロビン・フッドは架空の人物と聞いたことがあるような気も・・・アバウトにもほどがある認識です)

  ロビンフッド1.jpg とりあえず「弓の名手」は合ってます。

 で、今『THE TUDORS』をまとめて見ているので・・・こっちのほうが時代は先だよなー、と思い、十字軍遠征にロバート王とジョン王って『花巡礼』か!、と気づく(アキテーヌ・ダキテーヌ様が思ったよりお年を召した方だったのでショック)。
 そりゃーイングランドには国家という体制なんてできてないよなー、そりゃならず者の集まりみたいなのになっちゃうよなー、王といっても重みがないよなぁ。
 というわけで、やっとイングランドの歴史というやつがあたしの頭の中でつながってきました。 そうか、チューダー朝時代にフランスがイングランドの支配下にあるのはこういうののせいなのね、納得。

  ロビンフッド4.jpg 結構アクションや個性的キャラ多いのですが。

 なのに、途中で寝たらしい・・・。
 多分、あたし、ラッセル・クロウあまり得意なタイプじゃないから、かなぁ。 
 見るからに実直過ぎるキャスティング(誰がいい人で誰が悪い人なのかすぐわかる。 絶対ウィリアム・ハートはおいしい役だろうなぁってわかっちゃうもんね)、ジョン王のバカぶりとか、歴史大作としてあまりに正統派過ぎるから、かなぁ。

  ロビンフッド2.jpg 二大スター競演はうれしいが・・・キャラクターと年齢的にどうなのかという謎は残る。

 ケイト・ブランシェットは美人なんだけど〜(それまでがすごくかっこいい女領主!って感じだったので、最後の戦いにおける足手まとい度にはドン引きでしたけど)。
 しかし合戦場面の人海戦術ぶりは、さぞ大変だったろうなぁ、としみじみ。

  ロビンフッド3.jpg 放物線を描く矢の動きが見せ場です。

 撮影するのも勿論のこと、当時の人々の“いくさ”というもの、ローテクだしひどく手段も野蛮に見えてしまう(まぁそれはそういう時代のものすべてに共通する感覚なんだけれど)。 だけど、ボタンひとつで苦しむ人々の姿を見ないで事を済ませられる現代が洗練なのかというとそれもまた不明だが・・・。
 コスナー版はこの作品よりも数年後って設定なのかなぁ。 あっちはもっと爽快感のある冒険活劇だったような記憶が・・・ロビン・フッド伝説は予想以上に長いらしい。
 エンドロールの“動く油絵”が、実はいちばんかっこよかったのはあたしだけ?

ラベル:映画館 外国映画
posted by かしこん at 16:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 movie | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

森崎書店の日々

 神田神保町を舞台にした、若い娘の人生の夏休み。
 一言でいってしまえば最近よくあるそういう映画なのですが・・・でも本好きを刺激するツボがちょいちょい出てくるのが微笑ましく。 でも見るのを決めたのは、ポスターにきたろうさんの名前があったからなんですけど。
 OLのタカコ(菊池亜希子)は付き合っていたと思っていた彼から「俺、今度結婚するんだ」と爆弾発言され、しかもその相手は同じ職場の人で・・・なにもかも嫌になった彼女、仕事を辞める。 そんな娘を心配した田舎の母親が神保町で古書店を営んでいる弟(つまり叔父)のサトル(内藤剛志)に相談、「よかったらうちに住み込んで仕事を手伝ってもらえないかな」ということで彼女は神保町の住人となり、奥の深すぎる古書店の世界を垣間見ることに。

  森崎書店の日々1.jpg 優雅な、店番。

 しかし、タカコさん、かなりイタい人です。 デリカフェ(駅にくっついているベーカリーカフェ)での食事でデート気分とか、自分のパスタにはまったく手をつけないで自分のことばっかり話していたりとか。 別にデートの場所に決まりはないけれど、一緒に食べるってことに何故気を遣わないのか? たいてい、相手より早く食べすぎないように、でも遅れすぎないように考えながら会話もするんじゃない、デートなら。
 そういう考え方のできない彼女はうっかりさんというかまわりが見えないっていうか世間知らずっていうか・・・天然ボケですか? まぁそういう彼女を利用するだけして「捨てた」とも意識しない男は最低なんだけど、傷つくことは一人前になったタカコさんにとってはもしかしたら必要な傷だったのかな・・・と思わないこともない(そのままいったらもっとひどいことに巻き込まれたかもしれないから)。
 そんなタカコさんが成長するために必要な時間と場所。

  森崎書店の日々2.jpg サトルさん、いいやつだ。

 映画的に省略されてるのでしょうが、誘ってくれた叔父さんに明確な返事もしていなければお礼も言ってない。 店番なのに客商売という心構えもゼロ。 勿論傷ついた故に心を閉ざしているということもありましょうが、そんなんだから「メンヘル女」と世間的にさげすまれる用語がひとり歩きするんだぞ!、と思ってしまうのはあたしが意地悪なのか、同族嫌悪なのか。 彼女の気持ちはすごくよくわかるんだけどね。
 事情を深く聞かないサトルさん、好きな本の蘊蓄を聞かせたがる常連さん(岩松了!)、サトルさんお気に入りの喫茶店のマスター(きたろうさん!)・アルバイトのトモコちゃん(田中麗奈)など神保町を愛する人々との何気ない触れ合いの中、ここまで人を引き付ける“本”ってなんなんだろう・・・とまったく本を読まないで生きてきたタカコ、「好きなの読んでいいよ」というサトルさんの言葉を頼りに手触りで読む本を決めていく。

  森崎書店の日々4.jpg となると、読書って自分自身との対話。

 いいなー、うらやましいなー、仕事といってもそんなに大変じゃないし、ずっと好きなだけ本が読めて。
 期待のきたろうさん、出演はそんなに多くないのですが「いかにも!」な役柄でニヤリ。 でもきたろうさんったら表に出過ぎず、ちゃんと映画の中の空気におさまっているのでびっくり! 絶対目立つこと何かやっちゃいそうなのに、しない。
 あぁ、きたろうさんはあたしが思っている以上に本物の役者だったよ・・・。
 そして田中麗奈、美人だ・・・くっきりした美人で、菊池亜希子さんもかわいらしい方なのだが同じ画面で横に映すのはかわいそうだよ、と思うくらい美人でびっくりする(カメラマンもそう思ったのだろうか、その後あまりツーショットアップは使わず、使うときはフォーカスを変えるという手法、賢明です)。

  森崎書店の日々3.jpg その友情、一生続くといいね♪

 まぁ成長物語である以上、何かに気づけばタカコはこの町を出ていくことになるんだろう。 残ってほしいというサトルさんの気持ちを振り切ってでも(しかし自分の存在が財政的に叔父さんに負担になると気づけてきたからだろう。 まわりが見えるようになりましたね)。
 でもそれを執行猶予的に描いたのもまたこの映画らしい「ユルさ」だなぁ、と思う。
 最近の日本映画の単館系王道(ロケ地の主導的支援あり)でもあります。 多分神保町を愛する人々にとってこの映画は特別な存在なんじゃないのかなぁ。
 映画で町おこし・・・企画がやはり、重要です。

ラベル:映画館 日本映画
posted by かしこん at 15:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 movie | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

黒く濁る村/苔 MOSS

 あたしは正直言って、韓国映画があまり好きではない。 以前ショートフィルムフェスティバルで不条理ホラーを山ほど見せられたせいもあるかもしれない。 というか、不条理というより理不尽なのよね。 だからこれまでに感銘を受けたのはポン・ジュノ監督の『殺人の追憶』だけなのです。
 そして、もしかしたら韓流おばさま方の態度にも、あたしは反韓国映画の気分の影響を受けていたかも・・・。 この映画、なんとなく予告で中身は見えましたが(横溝正史的世界+『黒い家』って感じ?)、鍵を握るらしき人物のあまりに不自然な老けメイクが気になって気になって・・・そこに何か意味があるのかと確認したくて。

  黒く濁る村3.jpg 左の人、変でしょ?

 で、見て・・・思ったことは・・・「これは、なに???」
 30年間音信不通だった父親の死を知らされ、彼が住んでいたという村を訪ねたユ・ヘグク(パク・ヘイル)だが村人たちの態度が妙におかしいと気づく。 なにやら村長チョン・ヨンドク(チョン・ジェヨン)がカギを握っているようだが?
 というところから始まればもっとサスペンスとして盛り上がったのかもしれないのだが・・・30年前のヨンドクとヘグクの父との出会いから描かれてるので「どこが謎なの?」と頭を抱える。 だから現在のヘグクの態度に共感を覚えないというか、そこまで父の死の謎を追及する意味がわからない。 だって、彼にとって父親は自分たちを捨てた存在で、無視すると決めた相手だったはずなのに。

  黒く濁る村1.jpg 誰がつくったの?、その迷路。

 もう雰囲気で話を持っていってるけれど、よく考えたらツッコミどころ満載なんですけど・・・。 謎も実はあるんだけど、はっきり語られる(暴かれる)わけでもなく、「そういえば、韓国って儒教の国とか言われるけど結構キリスト教広まってて、しかも統一教会に代表されるような独自の教義を展開してるのが多いよなぁ」ということを思い出したりして。
 村も多分いちからオープンセット組んだんだろうけど、道端のボーボーの草とか、植生が無茶苦茶な感じがしてしまうのよね・・・急ごしらえで作りました、みたいな。
 だからもとからリアリティはないんだけど、更にリアリティがない。
 そうなのね、主役はこの30年といった韓国現代史なのね。

  黒く濁る村2.jpg 奥の人、検事。

 新たなる時代の象徴としての存在パク・ミヌク検事(ユ・ジュンサン)が、いちばんもうけ者の役だったような気がする(しかし賄賂を断る際に「もう日帝時代じゃない!」って答えられるのは微妙に不愉快よね・・・)。 そう、ヘグクが乗ってる車はパジェロによく似てるけど三菱じゃないし、村長が朝飲むのはヤクルトに似ているがヤクルトじゃない、歯ブラシはビトゥウィーンライオンに似ているけど違う。
 そういうことにもいらっとしてしまうあたし、反韓感情が立派に育ってしまっているようです・・・。
 老けメイクが無理やりなチョン・ジェヨン氏は30年前の顔が普通の状態らしく、『トンマッコルへようこそ』にも出ているらしい。 言われてみれば、見たことあるような。 パク・ヘイル氏は『殺人の追憶』の気弱な容疑者役だったらしい! メガネかけてないからわからなかった! ちなみに『グエムル』の弟役でもあるらしい・・・韓国の俳優は区別がつかん!
 しかしこんな映画に161分も使えるとは・・・韓国映画界、いろんな意味で余裕があるな〜、とは思うのであった。
 ラストシーンで全部ひっくり返す余韻(結局男は女の復讐に利用されただけ)はよかった。 しかしほんとの謎は彼女そのものなのだ。
 30年前に少女だった彼女なら現在はせいぜい40代、なのに見た目は30そこそこの美しい女性で、ラストシーンでようやく「年相応」に見える。
 つまりこの映画は“彼女の目線”で進んでいたのだろうか。
 だからすべてが終わって、彼女の時間が動き出した・・・だから時間が追いついた。
 つまりそれだけ女性が虐げられた歴史ということなのだが・・・韓流おばさま方、そのへんわかっているのかしら?

ラベル:映画館 外国映画
posted by かしこん at 14:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 movie | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする