2010年12月01日

今日の暴言

 民主党にはろくなのがいないなー、ということが毎日毎日明らかになる現実。
 (なのに自民もうっかりするので攻めきれない弱さ・・・)
 ほー、「直接言ったわけじゃな」ければ口に出してもいいのかよ。
 たとえ心の中で思っても、それを口に出さない・まわりに聞かせない配慮というものが、大人のすることだろうが! たとえ誰に言うにも失礼なのに、それもよりによって皇族とな! そのことにまずいと感じないこと自体がまずいよ。
 人として、そして日本人としてな!
 そんなんで国民の代表みたいな顔されるのは迷惑なんだよ、議員辞めろ。
 てゆーか本心として、しんでくれ。
 12月1日は国会議事堂・首相官邸・公邸あたりを取り囲むデモが計画されているそうです。 あたしは行けませんが、行く方はこのネタもぞんぶんに取り上げてくださいよ。
 さて、在京マスコミはどこまでそれを報道しますかね・・・。
 しかし、やつらは決して責任を取らない。 国民が国会に押し寄せて直接首に刃を突きつけないとダメなんですかね。 平和なはずのこの国を、そういう時代に戻したいんですかね。 妄想が膨らみます。

posted by かしこん at 02:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題・ニュースに思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

癒されたり癒されなかったり

 表紙を見て「あ、レッドジョン!」、と思ったあなた、『メンタリスト』仲間です。

  いとけなく愛らしき者たちよ.jpg いとけなく愛らしき者たちよ/ジリアン・ホフマン
 本屋の新刊棚で、あたしもそれで手に取っちゃいました。 戦略?
 全米を震撼させた連続少女拉致殺人事件!、という煽りになんか弱いのは何故なんでしょう? サイコキラーものだと思うと、つい。
 しかもこの作者は『報復』・『報復ふたたび』の人でしたよ! かつて検死官だったという経歴を華麗に活かし、ふつうならばそこは省略するでしょ!、という描写も容赦なく書き込んでくれますよ(げんなり)。 でも『報復』ほどすごいというかひどくないです(あの序章はマジでひどすぎる)。
 そういえば報復の3作目はどうなっているのかな? あれで終わりじゃないよね?
 インターネットのチャットで素敵な男性と知り合った13歳のレイニーは年齢を偽っていたため「きみの写真が見たいな」という彼の期待にこたえるため、姉のちょっと派手な下着にピッタリTシャツでセクシーに見える写真を撮った。 そして彼とデートの約束をしたが、その日からレイニーは行方不明に。
 母親や継父との確執もあり家出と思われるが、有能なる専門捜査官ボビーはなにかを感じる。 ボビーにもまたつらい過去があったからだ。
 というわけで、厳格なカトリックの国であるアメリカでのサスペンス小説の第一人者といわれるだけあって、実に教訓をはっきり含んでいるというか・・・親世代に対しては「子供には厳しすぎても放任しすぎてもいけません」だし、ティーンエイジャーに対しては「ルールを守らなければどんな恐ろしいことだって起こるのよ」という・・・「うわぁ」ですが、ある意味安心ではある内容です。
 ほんとはよくないんだけど(つまり襲われる側にも非があった、というふうにもとられるので)。 
 相手は子供ですから、多少バカやったり道をはずれたり失敗することはあります。なのに、それで命をとられたりあとあとまでひきずるひどい目にあったりする世の中の方が間違ってるんですけどね。 けれど、未成年側にも許されるのは「多少」であることはわかってほしい。
 なんとなく希望を漂わせていい感じに終わってる風なのであるが、あたしが思ったのは「親というものは、自分の子供が親を嫌って自らの意志で家を出ていくことと、まったく子供には問題なくただ理不尽に犯人に殺されてしまうのと、どっちがいいんだろう?」ということだった。 勿論どっちもないほうがいいんだけどね。 ただの家出の場合、親としての自分に非があると悩み続けるだろうがいつか帰ってくるかもしれない希望はある。 しかし殺されてしまった場合、娘はとてもいい子なので親としての育て方の責任は問われないが、守れなかった悔恨は計り知れないだろう。 けれどあてもなく待つ必要はない。
 うわー、自分で書いててもひどい考えでひくが、そう思ったりできるのもあたしが決して「親ではない」からだろう。

  ねこしつじ1.jpg ねこしつじ1/桑田乃梨子
 作者の愛描にょろりを“しつじ”としてキャラ化、マンガなのかエッセイなのかの曖昧な領域を漂う話。 さりげないが、実は絶妙な設定かも・・・。
 ふだんはゴロゴロしてばかりのネコも、蝶ネクタイをつければ“ゆうのうなしつじ”に早変わり?!
 なんともない出来事ですが、ほのぼの〜。
 世間にあまたある「ネコマンガ」ですが、あたしはどれもすべて波長が合うわけではなく・・・たとえば『くるねこ』はいいんだけど途中の擬人化の仕方が中途半端というか(喋るのはいいんです、姿が人間になるのはあたしの中でアウト)・・・巻を重ねるとネタがかぶってくるし、名古屋弁がわからないしで挫折しそう。
 萩尾望都のネコ題材マンガは“見かけはネコだが中身は人間”そのもので、ネコマンガとは呼べない、むしろSFだし。 あたしは『とりぱん』的距離感が好きなのだなぁ。 飼い猫をネコかわいがりするのもいいけど、そういう部分を含めて客観的に描いてもらえたほうが読んでいて面白いかな〜、というのがあたしの好みなので(それは実際に今あたしがネコを飼っていないが、かつて買っていたことがあるという記憶はあるからだろう)。
 そんなわけで、あたしはこれ、好きです。 同様の理由で遠藤淑子の『犬ぐらし』シリーズも好き。 結局は生き物そのものよりも、作者の視線なのよね。

posted by かしこん at 02:12| Comment(0) | TrackBack(0) | ☆ 読んじゃいました | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする