2019年06月16日

今日は9冊。

 今月、本屋にあまり行ってないなぁ、と気づく。 そろそろあれが出るはず、と行ってみれば、「あ、これ出てたのか!」とチェック漏れが発覚。 あぶないあぶない・・・。

  ブラック&ホワイト カリン・スローター.jpg ブラック&ホワイト/カリン・スローター
 <ウィル・トレントシリーズ>最新刊。 ハーパーBOOKSのカリン・スローターは、一冊だと<ウィル・トレント>、二分冊だとシリーズ外、という風に区別することにしたんだろうか。 一冊にまとまっているほうがあたしは楽だが。

  ウンベルト・エーコの文体練習【完全版】.jpg ウンベルト・エーコの文体練習【完全版】/ウンベルト・エーコ
 エーコによる古今東西名作のパロディ、それを文体練習と呼ぶところがいい。 そもそも彼の小説自体、いろんな要素まざってるけどさ。

  まだすべてを忘れたわけではない.jpg まだすべてを忘れたわけではない/ウェンディ・ウォーカー
 記憶をめぐるミステリーということで。 このタイトルがいい、訳者は池田真紀子だし。

  ホープは突然現れる クレア・ノース.jpg ホープは突然現れる/クレア・ノース
 クレア・ノース新刊。 角川は彼女には力を入れているのね・・・。

  最後の秘境 東京藝大.jpg 最後の秘境 東京藝大 天才たちのカオスな日常/二宮敦人
 奥様が東京芸術大学の学生であることから、興味を持った筆者初のノンフィクションということですが、インタビューとエッセイのような。

  石つぶて 文庫版.jpg 石つぶて 警視庁二課刑事の残したもの/清武英利
 WOWOWでドラマ版観て、面白かったので。

  お茶の時間 益田ミリ.jpg お茶の時間/益田ミリ
 タイトルに「わかる!」と思って。 中身が全部マンガだったのもよかった。 でもなんか微妙に・・・「いいご身分だなぁ」と感じてしまうところあり。 単行本になっての文庫化だから時差があるせいかも。

  ハブアグレートサンデイ3.jpg Have a Great Sunday 3/オノ・ナツメ
 これは先月下旬に出ていました、気がつかなくてすみません。 実は息子たちの日本滞在が期限付きだとはっきりし、<日曜日>の意味合いがぐっと変わってきてしまった。

  初恋の世界06.jpg 初恋の世界 6/西炯子
 同級生4人それぞれにぐんと動きが! 先が気になる展開ですが、それもこれまで積み上げてきたものがあるから。 終わりも近いのかなぁ、と思ったり。

ラベル:新刊 マンガ
posted by かしこん at 18:57| Comment(0) | ☆ 買っちゃいました | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年06月14日

ゴジラ キング・オブ・モンスターズ/GODZILLA:KING OF THE MONSTERS

 ハリウッドのゴジラは首が短いんだよな・・・と思いつつ、キングギドラにラドンも登場するといわれると、つい観たくなっちゃいますよね。 でもポスタービジュアルのモスラがちょっとコワすぎるんですけど、と感じつつ。

  ゴジラ キングオブモンスターズP.jpg 王の覚醒

 あの戦いから5年後、世界は怪獣の殲滅か共存かを模索している。 未確認生物特務機関<モナーク>が世界各地に散らばる「目覚めそうな怪獣たち」をひそかに観察しているのだが、ある日テロ組織が急襲、怪獣とコンタクトするための装置と開発者のエマ・ラッセル博士(ヴェラ・ファーミガ)と娘のマディソン(ミリー・ボビー・ブラウン)が誘拐される。
 そんな中、モスラ、ラドン、ギドラが目覚め、ゴジラがやってくる・・・という話。

  ゴジラ キングオブモンスターズP2.jpg 主要怪獣揃い踏み。
 結果として、キングギドラが美しくて、しびれた! 映画の中では「ギドラ」と呼ばれてますけど、あたしはキングギドラと呼ぶよ! 三つの頭がそれぞれ会話するところなんかかわいいし! 横顔は水墨画に出てくる龍のようでビジュアル的にも違和感なし。

  ゴジラ キングオブモンスターズP4.jpg ラドン、顔がほぼカラス。 モスラは胴体がハチみたい・・・。
 ラドンの扱いはトータルではひどいけど、途中の海上でのバトルはすごい見せ場だし、モスラのけなげ度合いは胸に刺さる(鱗粉が毒になる描写はなかったかな・・・)。 怪獣たちのシルエットがとにかく美しいのです。
 なによりも、アレンジが施されつつもオリジナルのゴジラとモスラのテーマ曲が使われている!、というところがもう直球です。
 クイーンの曲もそうだけど、自分の内部に気づかぬうちに蓄積されていたものを不意に目の前に示されると、感情が引き上げられてしまうのでしょうか。 それが音楽の効果なのかもしれないけれど・・・音楽ってすごいと改めて感じる。 エンドロール途中では「これ、オリジナルスコアじゃないの?」と伊福部昭サウンドが。 一瞬、『シンゴジラ』のラストが浮かんじゃいましたよ。

  ゴジラ キングオブモンスターズ2.jpg 思いのほか渡辺謙の出番多し!
 サリー・ホーキンス、何故・・・『シェイプ・オブ・ウォーター』からの怪獣つながり?
 話の筋はあってないようなもので、怪獣たちが集まるまでの繋ぎになればいい的な昔ながらのゴジラっぽさがあり、苦笑してしまうところだ(でもキャストは見覚えのある人たち多くて、荒唐無稽な話こそ実力派を揃えないとダメという基本に忠実)。 「人間には生き残る価値はあるのか(食物連鎖の頂点にいていいのか)」という問いかけも、シリーズ通して常にあるテーマだし。
 だが、こんなにも怪獣を神聖化した作品は今までにあっただろうか。
 既存の宗教はすべて人が作ったもので、怪獣こそがまさに神なのだ、という表現、思わず「大丈夫ですか!」と心配になるほど。 多神教派の日本人としては違和感ないんだけど、絶対唯一神を信仰する人たちにはすごい非難されそうでドキドキした(特にキリスト教)、考えすぎかしら。 芹沢博士(渡辺謙)も前作では添え物的扱いだったけど、その伏線を回収するかのように大活躍。 「あぁ、だから博士はゴジラを愛し信ずるのか」と納得のいく展開なれど、前作を観ていなければわからないよ・・・。
 オキシジェン・デストロイヤーも出てくるけど名前だけ。 モスラは中国由来なの?!(東南アジアの小島じゃないの?)、などツッコミどころはあるのだが、怪獣たちへのリスペクトを持った人たちがつくったんだと感じるので、まぁそれはそれでいいか、と。
 音楽に騙されている感がなきにしもあらずだが・・・。

  ゴジラ キングオブモンスターズ1.jpg 青・緑・黄が入り乱れる。
 主役は怪獣たちですよ、の思い切りが気持ちいい。 人間ドラマを求めるのはばかばかしい。 怪獣が暴れている最中に足元付近に人間がいるのはおかしいとか気になりますけど、お約束なのかなぁ。 こんなにいるならもっと怪獣たちを見せてほしい! ゴジラの顔があまり好きではないんだけど、生物としての動きの自然さは追及されているような気がする(ただ、そういう自然さをあたしが求めているわけではない)。
 とはいえ、日本独自のものだった怪獣文化が、こんなにも世界に広がっていると実感する日が来るとは。
 熱いリスペクトに、こちらの胸も熱くなりました。

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2019年06月13日

『あさぎ色の伝説』が、復刻!

 家に帰ってからPCを立ち上げ、メールを確認したら・・・久し振りに復刊ドットコムからお知らせが。

> 和田慎二版新撰組である『あさぎ色の伝説』を2冊にまとめ、2ヵ月連続で刊行決定です!

 マジで! マジですか!!!
 やったーーーーっ!!!

 版元はこれまで<書籍扱いコミックス>として『亜里沙とマリア』など和田慎二傑作選を出してきた秋田書店。 8月と9月に一冊ずつ出るようです。
 しかも、

> 4色カラーはもちろん、2色ページも再現。また、秘蔵のカット、鉛筆描きのネームや下絵なども多数掲載。さらに恒例となった和田慎二を愛する作家さんによるコメントカットやインタビュー記事も掲載いたします。さらにデビュー前、学生時代の未公開作品もバシッと収録した豪華本です!!

 とのこと。
 まぁ、例によっていいお値段ではあるのですが(予価:各2700円)、『あさぎ色の伝説』はコミックスが出た時期も飛び飛びだったり、途中から出版社が変わったりと「どれがいちばん正しい形なのか」がわかりにくい作品だった(『忍者飛翔』は時系列がわかりにくいけど・・・)。
 なので、こういう形でまとまって出てくれるのはありがたい!
 だから、引き続き単独作の中編傑作選もお願いしますよ。 『呪われた孤島』、また読みたい!

ラベル:マンガ
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2019年06月10日

意味がよくわからないこと

 最近、勤務先が変わったので電車通勤もルートが変わった。
 これまでは快速・新快速を利用していたが、普通列車だけで済むようになった。 なのでもっぱら普通列車を、しかも女性専用車を使っているのですが・・・二ヶ月以上たって、つくづく不思議だなぁ、と思うことが。
 女性専用車に普通に乗り込んでくる男性が多すぎる。
 しかも朝(ラッシュ時)はいないのです、帰りの電車、しかもぎゅうぎゅうのときはいなくて、そこそこすいているときはかなりの確率でそういう人を見かける。
 絶対乗るな!、ということではないのです。 体調不良とか、特別な事情とか、心は乙女とか理由があるのでしょう、とは思うんだけど。
 でもなんていうんですかね、「まったく意識してません」みたいな本人の感じに「おいっ!」とつっこみたくなるというか。
 女性専用車が導入された当初に比べれば駅員さんたちのチェックもそんなに厳しくなくなったし、乗り合わせる側も「事情があるのかも」と推測するようになったからかもしれない(女性専用車に乗っている男性がいたら、大体まわりの女性たちは見ない振りをする)。 それをいいことに、「1、2駅だからいいか」と思っているような。 いや、わざとやっているのならそれはそれでいいんだけど、ほんとに気づいていない人がいるような。
 まわりを見ていないし、まわりに見られることも気にしていないのではないか。
 それって社会の中で生きる人としてどうなの?、と思ってしまうわけです。
 まぁ、男性は基本「見る側の性」であり、見られる側に立つなんて意識しない、と言われてはいます(それも個人差あるけど)。 そういう人が性差別的な視点を持っていることを意識しないまま発言するので、炎上したり周囲から冷たい目で見られたりしているのでは?(で、何故悪いのが本人は理解しない)
 もし、あたしが乗ろうとしている・乗った車両の乗客が男性ばかりだったら、「えっ、なにか、ありました?」とつい思って、乗らないか車両を変えると思う。 多分、そういう女性は結構いるのではないか。 女性として生きる上で、こういう感覚を身につけざるを得なかったから(それはいいことではないかもしれないのだが)。 こんなのの積み重ねが、“生きづらい”を作っていってるんですかね。
 性別関係なく、必要な時に空気が読める感覚を身につけるのが大事なのかと。 勿論、必要であればあえて空気を破って発言・行動することも重要だと。 もう年齢的にいい大人だが、そういう人をあたしは目指そう、と思ったのでした。

  201906アジサイ1.JPG ついに梅雨に突入ですね・・・。
 アジサイがきれいなのはうれしいけど、蒸し暑いのはつらいんですけど・・・。
 でもまだ、最高気温が30℃を超えていないだけましなのか。 この先、秋まで長いなぁ。 もう冬がなつかしい。

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2019年06月09日

マンホールチルドレン 20年の軌跡

 この題材に敏感な友人から、先日会ったときに「BS1のドキュメンタリーで、“マンホールチルドレンを追いかけた20年”ってやっていましたよ!」と教えてもらい・・・「あー、NHKのBSのチェックをずっとおこたってるなぁ」と感じていたのです。
 そしたら、たまたま、6月8日の深夜(日付では6月9日)、NHK総合で放送することに気づく。
 「おお、これってあれじゃないの!」というわけで、あたしとしては珍しく、リアルタイムでTVを観ました。

  ボルトとダシャ1.jpeg ボルトとダシャ 〜マンホールチルドレン 20年の軌跡〜
 モンゴル、ウランバートル。 取材を始めたのは1998年とか。 あたしが最初にこの話題を知ったのはいつだったろう。 別のドキュメンタリーを見たような気もするし、その後『天才柳沢教授の生活』のモチーフにもなった。

  ボルトとダシャ2.jpeg 1998年の頃の二人、まだ13歳ぐらい。
 二人ともマンホールの中で暮らしていた(だからマンホールチルドレン)。 貧困や家庭の問題故に住むところがなく、マンホールに身を寄せた子供たちはかなりの数に上る。 ボルトとダシャはその中で、深い友情で結ばれていた。 もう一人の少女・オユナとの三人のつながりがその後の人生に大きな影響を与えることに。
 なんていうんでしょうね・・・<現在>から見た<過去>だから変わりようがないんだけれど、過去があってこその現在なんだけど、時系列通りに語られるわけではないので、後出し的に知らされる事実に「おぉ!」とつい声が出てしまう・・・。
 しかもこの20年間でウランバートルは急激な経済成長を遂げ、現在ではマンホールは閉鎖されている。

  ボルトとダシャ3.jpeg 2018年の二人。
 20年の間、二人の友情に亀裂が入ったこともあった。 でも今は、二人は又親友に戻っている。
 あぁ、いろいろあったけど、今が穏やかならば、それでいいのかもしれない。
 この先なにかあるかもしれないけれど、彼らの未来に幸あれ。
 「どんな過酷な状況であっても子どもは生きていく」みたいなことを誰かが言っていたが、それは結果論だし、その中で生きていけない子もいるし、それにわざわざ子供を過酷さの中に立たせる必要はない。 国連憲章の子供の権利とはそのためなんだ。 食事と寝る場所を心配しなくていい、教育を受ける権利がある。 たったそれだけのことなのに、それだけがどんなに難しいことか。
 「だから日本はしあわせだ」と思うためのものでもない。 日本は整っていると思われがちだからこそ、そうでない場合に対して想像力が働かないように思う。 興味本位ではない想像力が必要なのだ。

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2019年06月08日

死人狩り/笹沢左保

 勢いがついているのかどんどん読み進む。 翻訳ものに比べると、やっぱり最初から日本語の本は読みやすいから。

  死人狩り.jpg でもなんかイメージと違った・・・。
 7月、伊豆西海岸を下田から沼津まで結ぶ60人乗りバスに、銃弾が撃ち込まれて運転手が死亡、そのままバスは海に転落し、乗員乗客27人全員が死亡した。 警察は無差別大量殺人ではなく、乗客の誰かに強い恨みを持つ者による犯行とみなして、被害者についてしらみつぶしにあたっていく。 犯人の狙いはいったい誰なのか、事件の真相とは・・・という話。

 タイトルの『死人狩り』とは、死んでしまった被害者たちの背後関係を探る、という意味だった。
 えっ?!、って感じ。 なんか思っていたのと違ったよ。
 しかも時代のせいなのか(オリジナルは昭和57年4月に刊行)、痴情のもつれというか・・・必要以上にエロい場面があるんですけど・・・(汗)。 かといって官能小説に分類されるほどではないので、あの時代、駅の売店で買って新幹線や特急で読む出張族向けにエロを強化された文庫やノベルズが多かった、と何かで読んだことがあるような・・・これもそういう感じだったのかしら。 それでなくとも著者はキャリアの後半、ほぼエロの通俗サスペンスを量産していたような印象があたしにもあり、これはさきがけの時期? 過渡期?
 別な時代性にも驚く。

> 男が靴ベラをズボンのポケットに入れて持ち歩いているということは、九九パーセントまで確かである。

 ・・・マジで! 当時男性は革靴をオーダーして作ってもらうのが常識だったのですか。 そういうところは興味深い。 警察の人が参考人を恫喝したり、その言動は今の基準ではアウトだろうなぁ、っていうのは想定内だったけど。
 浦上という刑事さんが伊集院さんという刑事とコンビを組んで聞き込みに動くのだが、浦上さんは妻と子供二人をなくしている(このバスに同乗していた)。 捜査中に伊集院さんが何者かに襲撃され、病院に担ぎ込まれたことがあった。数日入院を言い渡され、ぶつくさ言う伊集院に、浦上が、
>「たまには、人生についてゆっくり考えていろ。特捜本部の方からも、無理をしないようにと言って来ているし、おれも一人で歩くのは女房を亡くしたような気がして寂しいんだが、仕方のないことだろう」
 となだめるのだが・・・いやいやいや、浦上さん、奥さんと子供たち亡くしたばかりなんですけど! そんな状況でこんなこと、言う? 作者、ここ書いてるとき浦上の奥さん死んでること忘れてたんじゃないの? それとも、そういう軽口(?)、出て当たり前なものですか?
 コンプライアンスではないけれど、「そんな無神経な発言しちゃう?」と思ってしまう今のあたし・・・こういうのが“不寛容な世の中”になっている証拠なのかしら。
 最後の章まで犯人がわからないのはサスペンス小説としての矜持なのかもしれないですが、あたしは途中で「そうなんじゃないかなぁ」と思い当たってしまった。 だから余計に関係ないエロい話が苦痛だったのかもしれず。
 でも、ちょっと聞き込みをしたぐらいで、その人を殺すような人がいたとは思えない、と結論付けているのは・・・大丈夫なのですか。 それとも、現在のほうが予想もしない裏の顔を持つ人の割合は増えているということか。 ネットもスマホもこの時代はなかったしね。

ラベル:国内ミステリ
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2019年06月07日

アメリカン・アニマルズ/AMERICAN ANIMALS

 詐欺とか盗難とか、実はあまり好きじゃない。 華麗な盗みの手口はすごいよね、とは思うけど、だまされた・盗まれた側のことを思うと心から楽しめないというか(怪人二十面相は明智小五郎という好敵手がいるから、うまくやってもやり返されて痛い目に遭っているので楽しめる)。 なのでこの映画も予告編では『オーシャンズ』シリーズや『レザボア・ドッグス』を引き合いに出していたので、「・・・ちょっと、どうかな」だった。 でもなんかひっかかっていて・・・「あ、これ、観に行ける最後のチャンスかも」と気づいたときに行ってしまった。

  アメリカン・アニマルズP.jpg 普通の大学生が起こした普通じゃない強盗事件。
  ケンタッキー州の大学図書館に眠る時価12億円を超えるヴィンテージ本を狙った事件。まさかの実話。

 2004年、ケンタッキー州トランシルヴァニア大学の図書館にて盗難事件が発生した。
 犯人は4人の大学生。 自由を追い求めるウォーレン(エヴァン・ピーターズ)と特別な何かを手にしたいスペンサー(バリー・コーガン)、とFBIエージェントを目指しているエリック(ジャレッド・アブラハムソン)とトレーニングジムの経営に携わり成功していたチャズ(ブレイク・ジェナー)。 目的は時価1200万ドルともいわれるジョン・ジェームズ・オーデュボンの画集『アメリカの鳥類』。 彼らはどうやって計画を練り、どのように実行したのか・・・という話。
 冒頭に、「THIS IS NOT BASED ON A TRUE STORY. THIS IS A TRUE STORY.(これは真実に基づいた物語ではない。真実の物語だ。)」と出る。 え、どういう意味だろう?、と思っていたら・・・モデルになった本人たちとその家族、関係者も出てきてインタビューパートもあるのであった。

  アメリカン・アニマルズ3.jpg バリー・コーガンの顔がコワい。
 『聖なる鹿殺し』のときのヤバさ具合が印象深すぎて(『ダンケルク』のときはそこまで気にならなかったのに)、スペンサーがとにかくなにかをやらかしそうで怖いのだが、本物のスペンサーがまるでアンドリュー・ガーフィールドと若い頃のデニス・クエイドの間みたいな顔をしているのでびっくりする。 普通にハンサムでいいおにいちゃんみたいじゃないか。 本物のウォーレンの方は主犯を疑われたのも頷ける感じのやばい雰囲気を発しているが、演じるほうはちょっと窪田正孝似のマイルド寄り。 エリックとチャズは本物とちょっと似た雰囲気なのに。 それがただの再現ドラマとは違う奇妙なバランスを保っているような、あえてバランスを放棄しているような。 とにもかくにも、<青春期の痛み>をしっかり描いているなぁ、と思う。
 ひとりの証言から複数の表現にするあたりが面白い。記憶は曖昧だし、その人にとってそれが真実だとしても他の人から見たらそうとは限らない、をあらわしているのが、逆説的に「真実の物語」なのかな、と思う。

  アメリカン・アニマルズ2.jpg 『アメリカの鳥類』、これで畳一畳分ぐらいある。
 本の形になってはいるが、貴重な複製画を束ねたという形状。 だから高価なのだが・・・そんな有名なものはすぐ足がつくし、ウラでさばこうと思えば足元みられて安く買いたたかれるし、いくら管理がゆるそうでたやすく盗めると思っても、本気でやろうとするなんてバカじゃない?、とついあたしは考えてしまう・・・仮に盗んだとして、どう保管するわけ? 芸術品への気配りを彼らがしていない点で、「おいおい、お前たち!」と言いたくなる感じなのだが、もうつっこみたいとこ満載だよ・・・「あぁ、バカだなぁ」と何回思ったか。
 それは2004年の彼らであり、現在の本物の彼らでもあり・・・痛みもわかるんだけど。 物語をぶつ切りする形でインタビュー画面を挿入するのも、ただの物語として消費してほしくない、こちらを居心地悪くさせていろいろと考えさせるようにということだろうか。 だとしたら、あたしはまんまとはまってしまいましたよ。

  アメリカン・アニマルズ1.jpg 実行当日、年寄りに変装。
 彼らはほんとにバカなのだが、「退屈な日常を脱したい・ここを超えたら何かが変わるに違いない」と考えることをとがめることが自分にはできるだろうか、と考える。 自分は特別だ、必ず何かを成し遂げるはずと思わなかったことなどないと言えるだろうか。 ただあたしは犯罪になることをしなかっただけ、物理的にではなくともわかっていたけど誰かを傷つけたことはあったのではないか、自分にとってこの人は価値はないと口にしなくとも思ったことは数多くある。 世界は自分の思うがままだとうぬぼれない若者の方が少ない。 でも、実際に行動に移す人の方が少数だから、余計特別だと見えてしまうのだろうか。
 彼らは行動に移した結果、罪悪感を背負って、更に収監もされる。 そんな犠牲を払っていったい何を手に入れたんだろうか? 行動に移さなかった場合に彼らが手にするはずのものは永遠に失われてしまったのだろうか。 むなしいな・・・。
 計画だけなら完璧だ、いつだって。 現実は必ず、不確定要素が入ってくる。 それをどこまで予測するか、予測しようと思うか。 本人も言っていた、「引き返すチャンスは何度もあった」と。 それでも引き返さなかったのはやはり彼らの読みが甘かったのと、「その先を知りたい」気持ちに乗っかってしまったからだ。 それもまた「若さ故」なんですかねぇ。
 なんだかすごく切なくなった。
 それは「自分がもう若くない」と思い知らされたからではない。 年齢がいくつであろうとも、何かを飛び越えれば何かが変わると考えてしまう人はいて、そのうちの何人かは実行に移してしまうのだ、ということに。 もしかしたら若いうちならそこから学びやり直しができるのかもしれないけど、若くないということはやり直しの可能性自体断たれていると思い込むよね、と。
 居心地の悪い映画だけど、でもこの感じ、キライじゃないよ。

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2019年06月06日

12か月の未来図/LES GRANDS ESPRITS

 フランスの学校・教育ものは興味深い、移民社会になってからは特に。 『パリ20区、僕たちのクラス』で気づかされてから、あたしも意識して観るようになった。 日本の学園ものはコメディとファンタジーと安っぽい感動が入り乱れているが、フランスはドキュメンタリータッチなのだ。

  12か月の未来図P.jpg そのとき、人生に光が差し込んだ。僕たちの一期一会。

 ベテラン教師のフランソワ・フーコー(ドゥニ・ポダリデス)はパリの名門・アンリ4世高校で国語を教えているが、最近の生徒たちの学力低下・やる気のなさを嘆いている。 彼の父親は国民的な作家で、コンプレックスは持っているものの、インテリブルジョアとして育ったことを当たり前だと感じているフランソワは、勉強ができないのはやる気がないだけで本人の責任だと思っている。 ある集まりで、パリとパリ郊外の学校の学力格差は教師の能力の差であるという話をしたら、熱心に聞いてくれる美女がいて、後日彼女にランチに誘われて有頂天になるフランソワ。 しかしそれはデートのお誘いではなく、国民教育省でのビジネスミーティングだった。 ベテラン教師として一年間、郊外の学校(実は教育困難校)で教えてくれませんかという申し出に、メンツから断り切れなくなったフランソワだが・・・という話。

  12か月の未来図4.jpg パリでは見るからに「いやな教師」そのもの。
 テストを返すときに点数を読み上げ、「いつになったらまともな点が取れるのかね」などクラス全員にイヤミなコメント全開にする感じ、フランソワはほんとにイヤなヤローである。 だから美女に目がくらんで窮地に陥るさまは「ざまーみろ」的な感じになるのだが、こんなのが郊外の学校に行ったらそこの生徒たちは大丈夫なの?、と心配にもなる。
 勿論、結構いい年なのに父親に自分は認めてもらえてない的な屈折した思いを抱いているのも伝わり、ただのイヤなヤツではないこともわかるのだが・・・この人の加減、絶妙だなぁ、と思う。 「主に舞台で活躍するベテラン俳優兼演出家」だそうで、納得!

  12か月の未来図1.jpg 新しい学校のレベルの低さに愕然とする。
 時間通りに来ない生徒たち、おしゃべりがやまず、前もって机の上に教科書やノートも準備しない。 初めての書き取りテストではそもそも点が取れない。
 それでやっと、「今までいたのはエリート校だった、自分は楽をしていた」ことに気づくという。 名門校に進学するような子供たちはいわゆる昔ながらのフランス人家系が多かったのであろう、アフリカ系とおぼしき名前が読めない・一回で発音できないことに焦って、価値観が崩壊する。 「教師のレベルが低い」と思っていたけど、問題はもっと根深いことを知るのだ(つまり自分は教師としてレベルが上だと思っていた、ということだが)。
 まだ若い教師たち、数学担当のガスパール(アレクシス・モンコルジェ)や歴史担当のクロエ(ポリーヌ・ユリュゲン)の話も聞いて、自分なりの授業の進め方を模索していくところは面白い。 教育指導要領みたいなものがあるところではそういう工夫は難しいかもしれないかもだが。
 生徒たちはそれぞれに事情を抱えているが、クラスのいちばんの問題児はセドゥ(アブドゥライエ・ディアロ)だ。 同じクラスの女の子が好きでちょっかいを出し、それでは嫌われるだけだと気づかない子供っぽさもあるのに、大麻入りのブラウニーを学校に持ってきたり、やたら反抗的な態度を繰り返したりして、「他に悪い影響を与えるから退学させたほうがいいのでは」と思われているという。

  12か月の未来図2.jpg しかし退学にしたとも彼の受け皿はギャングみたいなものしかない、とフランソワは反対、なんとか彼を学校に来させたいと考える。
 そのへんのフランソワの気持ちの移動がすごく自然で、「なんてイヤなヤツ」と思っていたことを忘れて応援したくなってしまうのである。 それは初めて知る自分の中にある父性、みたいな。
 他の子にも問題はあるのにセドゥにばかり肩入れしすぎでは、と思っちゃうのは日本人的感覚なのかなぁ(それはえこひいきにならないのか?、とか)。 他の子たちにも「セドゥは大変だから」という認識があるからいいのだろうか。 それに、日本よりも子供に対する学校の管理責任みたいなものは問われていない感じがする。
 しかも子供たちは子役というより、ロケ地に選んだその学校に通っている普通の子供たち、という感じがする。 だからよりドキュメンタリーっぽく見えるのかも。
 向こうの学校には<指導評議会>というものがある。 特別に指導が必要と判断されたとき、生徒本人と親が呼び出され、校長以下教師が揃って話し合う会議で、場合によってはそこで退学が告げられる。 担任はその場にいられても、最終的な評議には参加できないという過剰すぎる公平さにびっくりする。 やはり学校の捉え方が違うとしか言いようがない。

  12か月の未来図3.jpg 女性で失敗(?)してるのに・・・こりない人、ダメじゃん、フランソワ。
 結局、考えるのは「教育とは何か」である。 フランソワは従来の学校教育に適応できたからそれ以外の価値や考え方を認める必要がなかったけど、すべての人間がそうじゃない。 学校を出てからも成長できるような手掛かりを与えたり、自分で調べたりできるような力が身につくようにするのが学校なんだよなぁ。 あたしは本と映画で大概のことは学べるような気がするが、それが合わない人もいるだろうし。
 問題が多すぎて正解がない。 だから、ある一例を提示するしかないのかも。
 そっけなさすぎる終わりも、フランス映画っぽい。
 エンドロールでメリー・ホプキンの“悲しき天使”が流れた。 ひどくレトロな曲なのに、懐かしい以上の感情がわき、頭の中をぐるぐると回る。 学校で苦しんだり、ひどい目に遭う人が一人でも少なくなればいい。 全然学校とは関係ない生活をしているのにそんなことを考えてしまうのは、“学校”という存在に今でも何か期待をしているのかもしれない。

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2019年06月05日

地球の中心までトンネルを掘る/ケヴィン・ウィルソン

 短編集はあまり読まない(読むタイミングがよくわからない)あたしですが、これは“<シャーリイ・ジャクスン賞>・<全米図書館協会アレックス賞>ダブル受賞作”という帯を見て、「おっ!」っと思いまして。
 単行本なので、勿論図書館から借りましたが。

  地球の中心までトンネルを掘る(海外文学セレクション).jpg 11の短編集、連作ではなく。
 収録作は・・・。

『替え玉』
『発火点』
『今は亡き姉ハンドブック:繊細な少年のための手引き』
『ツルの舞う家』
『モータルコンバット』
『地球の中心までトンネルを掘る』
『弾丸マクシミリアン』
『女子合唱部の指揮者を愛人にした男の物語(もしくは歯の生えた赤ん坊の)』
『ゴー・ファイト・ウィン』
『あれやこれや博物館』
『ワースト・ケース・シナリオ株式会社』

 「ほんの少しだけ「普通」から逸脱した日々を送る人々の生活と感情の断片を切り取った11のエピソードが、どれも不思議としみじみした余韻をもたらす短編集」、という紹介文。 タイトルからもう、ちょっと変わってますよね感があふれてる。
 しかもどれも短めで。 2〜30ページくらい? 『ゴー・ファイト・ウィン』がいちばん長いかな、それでも60ページぐらいじゃなかったか(もう手元に本がないので曖昧な印象ですが)。 だから一編がすぐ読めてしまうんだけど、広い行間と漂う余韻に浸る時間も欲しくなる。
 冒頭の『替え玉』から「わ、来た!」という感じでガツンと。 語り手は代理祖父母派遣会社に“祖母”として登録している設定で、「なんか星新一だ!」とあたしは盛り上がりました。 次の『発火点』は、謎の人体自然発火現象により黒焦げになってしまった両親を持つ語り手が、いつか自分も両親のように突然燃え尽きる日が来るのではないかと思いながら日々を過ごす話(これだけでもうせつない!、泣きそうになっちゃった)。
 コメディ要素もあるんですけどね。 軽めのトーンで明るく語ろうとするから(半分くらい一人称形式)、余計にせつなく感じるのかも。
 日常にしてはちょっと変わってる、ぶっとんだちょっとSF的設定の中で、必死で普通を手繰り寄せようとしている人たちの物語、という感じで、レイ・ブラッドベリっぽさもある。 これって最高の褒め言葉だよ!
 それと何故かどの作品にも日本ネタが出てくる不思議、『ツルの舞う家』のツルは折り鶴のことだったし。
 文庫が出たら、多分買うと思います。

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2019年06月03日

ホワイト・クロウ 伝説のダンサー/THE WHITE CROW

 「あ、またバレエものかぁ」と最初予告を観たときは思っただけだったけど、“監督:レイフ・ファインズ”の表記に「えっ!」っとなる。
 あなたが撮ったんですか! しかも題材は実在の天才ダンサー、ルドルフ・ヌレエフで・・・えっ、それ、セルゲイ・ポールニンで撮るという話があったのでは?(この映画にセルゲイ・ポールニンも出ている)。 どうなってんだ!、と確認するために来る。
 やはり神戸はバレエ映画にある程度の需要があるのか、結構込んでいたよ・・・。

  ホワイト・クロウP.jpg 生きることは踊ること。踊ることは生きること。
   踊りたい、国や家族を棄ててでも――バレエ界を劇的に生きた男、ルドルフ・ヌレエフの光と影。

 まだ無名の若きダンサー、ルドルフ・ヌレエフ(オレグ・イヴェンコ)は1961年にキーロフ・バレエ団の海外公演のために初めてソ連を出る。 訪れたのは芸術の都パリで、ヌレエフは多岐にわたるアート作品に触れ、深くひきつけられる。 パリに住む人々の自由な生活も初めて見るものだった。 彼の行動はすべて「どう踊りに活かせるか」のためだけだが、KGBはパリでのヌレエフの行動を常に監視していて・・・という話。

  ホワイト・クロウ1.jpg あ、『海賊』!
 1961年を中心に、ちょっと先のこと、過去の場面が交差する。 自分の才能を確信しているがまだそれを表現しきれていない若者の傲慢さがいきいきと描かれている様についニヤニヤ・・・のちに大成する人だとわかっているからそう思えるんだけど、同時代の方たちは大変だったろうなぁ。
 ヌレエフ役のオレグ・イヴェンコはタタール劇場の現役プリンシパルだそうで・・・ダンスシーン本物なんだ! おまけに映画向きのルックス持ちってすごいな!、と感嘆。 ヌレエフのキャラ的には彼のほうが合っている、セルゲイ・ポールニンでは似合わない。 だからパリでのルームメイトのダンサー、東ドイツのユーリ・ソロビヨフの役をセルゲイ・ポールニンにしたのね、と納得。
 が、ダンスの場面は思っていたより少なかった。

  ホワイト・クロウ2.jpg どうしたレイフ・ファインズ、その体型と頭!
 レニングラード・バレエスクール(今のワガノワ・バレエアカデミー)でヌレエフの師となったアレクサンドル・プーシキンがレイフ・ファインズの役どころ。 有名な人らしいのでビジュアルを本人に似せたのだろうか、予告でちらっと見たときは驚愕した。
 そう、こういう多国籍の映画では「とりあえず台詞は全部英語で」ということも多いのだが・・・これは違う! ソ連ではロシア語、パリではフランス語、ソ連人とフランス人が会話するのは英語と、現実に即した言語が使われている。 だからレイフ・ファインズもずっとロシア語で喋っているのである。 役者魂と監督として自ら率先して実践する姿にしびれますよ! またプーシキンがこの映画ではかっこ悪さを引き受けざるを得ない役で・・・それを自分でやるのもえらい。

  ホワイト・クロウ3.jpg パリでの輝く時間。
 ヌレエフと最初に親しくなるピエール(ラファエル・ペルソナ)は、『彼は秘密の女ともだち』のだんなさんだ! どこかで観たことある人たちが続々出てくるのもワクワクする(でも映画を観ている最中はその役として見ているので、思い出すのはあとからなんだけど)。
 パリの人たちにとっては当たり前のことが、ヌレエフには当たり前ではないのだとお互いが理解していく過程がいい。 価値観の違いを非難するのではなく認める、自分には仕方のないことだと受け入れるような。 東側からのお客さんでヌレエフだけが自由に憧れてたわけではないのだろうけど、それだけ当局の目が厳しかったのだろうし、ソ連国内ではアメリカより先に宇宙へ行ったしこの国はもっとよくなるという楽観論のあった時代だったからなのかなぁ。

  ホワイト・クロウ6.jpg あ、『アデル、ブルーは熱い色』の人!
 クララ・サン(アデル・エグザルコプロス)は婚約者を失ったことからまだ立ち直れておらず、その喪失感がヌレエフと共鳴した・・・のかなぁ。 だんだん、“青春と苦悩”のほうに話が寄っていくなぁ、と思っていたら・・・まさかここまでの亡命サスペンスになるとは!
 まさに息をもつかせぬハラハラドキドキ感満載、しかし過剰にドラマティックではなくてドキュメンタリータッチで。 音楽も王道のクラシックなのにすっごく盛り上がる! 2時間越えの長さでしたが、その長さを忘れた。
 しかもその後のことについてはあまり触れてくれないので、「その後どうなったの?!」と思ってしまうこと確実(知っている人にとっては常識かもしれないが、あたしは知らなかったので・・・)。 『愛と悲しみのボレロ』や『ホワイトナイツ―白夜』が彼をモデルにしているとあとから知り、「・・・あぁ!」といろんなことがつながりましたよ。

posted by かしこん at 23:59| Comment(0) | 映画 movie | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年06月02日

殺人鬼がもう一人/若竹七海

 あ、若竹七海の新刊!、と本屋で思い、でも葉村晶シリーズではないな、そもそも文庫じゃないし、ということで図書館に予約。 それがようやく回ってきましたよ(でもこれより前に予約した米澤穂信『本と鍵の世界』はまだまだ待機人数が多い・・・)。

  殺人鬼がもう一人.jpg 連作短編集でした。
 東京都心まで電車で約一時間半の場所にある辛夷ヶ丘は、かつては勢いのあるニュータウンだったが今ではさびれたベッドタウン。 成長した子供たちは都心へ出ていき、年齢を重ねた親世代が多く残っている、典型的な<さびれた郊外>である。 そんな町では事件もなく平和でのどか・・・と思いがちだが、何故か放火殺人があったり、空き巣や詐欺の事件も相次ぎ、ダメ警察官の吹き溜まりと噂される辛夷ヶ丘署は上も下への大騒ぎ。 生活安全課に所属する砂井三琴と田中盛が捜査を命じられ・・・。 そこから始まる、個性が強すぎる住人たちのこと。

 『ゴブリンシャークの目』・『丘の上の死神』・『黒い袖』・『きれいごとじゃない』・『葬儀の裏で』・『殺人鬼がもう一人』の6編収録。 最初の2編は砂井三琴が語り手だが、3編目からはそれぞれ違う語り手に。 でも砂井三琴はすべてに登場するし、前の話で名前が出てきた人が次で主要人物になったりといったクロスオーバー感もあり。 田舎町が舞台ならコージーミステリっぽくもできるのに、あえてそことは最も遠い(でもよく考えたら遠くないのか)、人の悪意どころではないダークでヘヴィななにかがてんこ盛り。 でも文体はどこかユーモアを漂わせているので余計にたちが悪く、「なにこれ、ホラー!」と大変気分が重くなる感じ。
 勿論、面白いんですよ! 面白いんだけど・・・イヤミスなら重いほうがまだ耐えられる。 軽いタッチのイヤミスってこんなにイヤな気持ちになるか、とびっくり。
 こういう<底意地の悪さ>が若竹七海の真骨頂だと言われれば確かにその通りなんですけど・・・思いのほか、自分が“良識の徒”なのだと気づかされてしまいました。
 でもきっと、もしこれの続編が出たら読んじゃうんだろうな。

ラベル:国内ミステリ
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2019年06月01日

ねんざ? 時間差の

 先日、ぼーっと歩いていて、左足をくじいてしまった。
 舗装された道がでこぼこだったのと、ちょっと傾斜があったため、着地のイメージと実際にずれがあり、ぐきっといってしまったのだ。
 でもまぁ、特に痛みはなかったし、普通に歩けたし、大丈夫かしら、と思っていたのだが(ちょっと足や手をくじくのは、あたしにはわりとよくあることである)・・・何日かしてから、家の中でまた「ぐぎっ」っとやってしまい。 いや、最大の痛みが来た、というべきか。
 えっ、どういうこと!、とその日は冷凍庫にある保冷剤をタオルで巻いて冷やしてみたのだが・・・翌朝も力のかけ具合によって痛みがあり。 ものすごく痛いとかではないのだが、「あとから痛みが来る」というのはあたしの捻挫パターンとしては初めてだったので。
 で、その日は仕事に向かう途中で開いているドラッグストアに寄って冷湿布薬を買った。 途中で痛みが来ないように、更に足首に負荷をかけまいと膝までのサポートタイツをはいたら歩いても痛くなかった。 仕事場についてから、シップを貼ると・・・すっごくじわじわと薬成分が浸透しているのがわかるくらい足がジンジンする。
 あぁ、こんなことなら最初からシップを貼っておけばよかったよ・・・でもそのときは痛くなかったからなぁ。
 その段階でサポートタイツは当然脱いでいたが、じんじんしている間は机仕事なので特に歩かなくてよく、まぁちょっとした移動くらいなら問題なくできて痛みもないのである。 おぉ、シップは偉大だ! 普通に歩いて帰れるよ!
 そんなこんなで帰宅。 シャワーを浴びるため湿布薬をはがしたら・・・一部の皮膚が茶色がかった紫色に!
 ・・・なるほど、最初に足をくじいたときの内出血がうまいこと組織に吸収されず、残ってしまった部分があったのか。 それが痛みを生んでいたのね。 それがシップのおかげで拡散され、浮かび上がってきたと。 だからもう大丈夫、でもこの週末は念のためシップを貼っておきましょう。 どうせ一袋買っちゃったから。
 最近暑くなってきたから水を飲む量も増えたから足がむくみ気味だなぁと思っていたけど、流れが悪くなってたから内出血もうまく処理できてなかったのかも。 季節のせい? 年齢のせい?
 ちょっと足をひねっただけでも油断してはいけないのね、と感じた今日此頃でした。

posted by かしこん at 00:01| Comment(2) | 日記のようなもの | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする